970話 洞窟へ行こう
朝食を食べて休憩をしたら、基礎訓練をする時間。
体をほぐす運動が終わると、体がぶれないようにする訓練を始める。
ゴザを敷いて、その上に仰向けになりゆっくりした動作でやる訓練。
最初は、ゆっくり動かす事に驚いた。
今までとは全く違う動きだったから。
「ゆっくり息を吐いて。持ち上げた足が揺れないように」
シファルさんの注意を聞きながらゆっくりと体を動かす。
「ゴザから腰が浮かないように注意して、足が揺れてるぞ」
「はい」
ゆっくりする動きだから楽なのかと思ったら違った。
体が揺れないようにゆっくり動く事がこんなに大変だなんて。
う~、斜めに持ち上げた足が揺れてしまっている。
一緒にしているお父さんもシファルさんも全く動いていないのに!
「次」
「はい」
体を四つ這いにして右手を前に左足を後ろに伸ばす訓練。
これもゆっくり。
繰り返すとじんわり襲い掛かるつらさ。
旅で歩き回るし、お父さんと基礎になる運動もしていた。
でも、まだまだ必要なものが足りていないと分かる。
頑張らないと。
「はい。あとは体をほぐす運動で終わろう」
立ち上がって、ゆっくり呼吸しながら最後の運動をする。
「終了。お疲れ様」
「今日も、ありがとうございました」
シファルさんにお礼を言うと、ポンと頭を撫でられた。
「少しずつ、足が揺れないようになっているからな」
「ありがとう」
でも、本当かな?
私、筋肉がつきにくいんだよね。
「終わったみたいだな。少し休憩をしたら、出発しようか」
休憩に入った私達に気付いたセイゼルクさんが傍に来る。
「それで、どっちに向かう事になったんだ?」
セイゼルクさんが持っている地図に視線を向けるお父さん。
今日の朝食時。
ラットルアさんとヌーガさんが、ある洞窟に行こうと言い出した。
セイゼルクさんは王都に着くのが遅くなるから駄目だと反対。
でも、2人は諦めなかったため、3人で話し合いをしていたのだ。
「行く事になった」
諦めた様子を見せるセイゼルクさん。
きっと押し切られたんだろうな。
「そうなると思ったよ」
シファルさんが笑ってセイゼルクさんの肩を叩く。
「シファルが諦めるように言ってくれても良かっただろうが」
ふふっ、シファルさんが反対したら2人も諦めるよね。
「えっ? どうして?」
首を傾げるシファルさんに、セイゼルクさんが驚いた様子を見せる。
「まさか、シファルも行きたかったのか?」
「そうだよ。2人が言いださなかったら、洞窟に向かうようシエルにお願いするつもりだったんだ」
「……はぁ」
シファルさんを見て溜め息を吐くセイゼルクさん。
ラットルアさんやヌーガさんのように、セイゼルクさんに相談する事なく連れて行くつもりだったのか。
「洞窟まで少し距離があるんだろう? そろそろ出ようか」
お父さんがセイゼルクさんをいたわるように肩を叩くと、彼は肩を竦めた。
「そうだな。疲れは大丈夫か?」
私に視線を向けるセイゼルクさん。
「大丈夫。しっかり歩けるよ」
荷物を持って、ラットルアさん達が行きたいと言った洞窟に向かって歩き出す。
「ぷっぷぷ~」
「ぺふっ」
ソラとソルが、私の周りで元気に飛び跳ねる。
「あれ? フレムは?」
シエルはセイゼルクさんと先頭を歩いているけど、フレムの姿が見えない。
「あそこにいるぞ」
お父さんの指した方を見ると、シエルの頭の上でフレムが揺れていた。
「もう頭の上にいるの?」
訓練前に見たフレムは、いつものように元気だった。
今日は、楽をしたい日だったのかな?
「そういえば、これから行く洞窟には何があるの?」
傍を歩くラットルアさんに視線を向ける。
「洞窟の奥に、大きな湖があるんだ」
湖のある洞窟なんだ。
「その湖で採れる魔石が、すっごく綺麗なんだよ」
つまり、魔石を採りに行きたいという事なのかな?
「そんなに奇麗なの?」
魔石は洞窟に寄って違いがあるから、見ていると楽しんだよね。
「うん、凄く綺麗だ」
後ろからヌーガさんの声が聞こえた。
チラッと見ると、私を見て笑った。
洞窟に行ける事が嬉しいみたい。
「一緒に探そうな」
「うん」
ヌーガさんは、どんな魔石が好きなんだろう?
「そろそろ洞窟の傍にある目印が見えてくる筈だが……」
出発してから3時間ぐらい。
セイゼルクさんが、確認するように周りに視線を向けた。
「セイゼルク。右のあれだ」
ラットルアさんが指した方を見ると、大きな岩が見えた。
近付くと、大きな岩に穴が開いている。
「あれが洞窟の出入り口?」
ラットルアさんを見ると頷いた。
「にゃあぁ」
洞窟の中が少し見える距離に来た時、シエルが警戒した様子で鳴いた。
その瞬間、お父さん達が武器に手を掛けた。
「ソラ、フレム、ソル。こっちに」
傍に来たソラ達をバッグに入れる。
「シエル? 何かいるのか?」
「にゃっ」
セイゼルクさんの問いに、鋭く鳴くシエル。
尻尾を激しく動かし、かなり警戒している。
「シエルがこんな反応をするのは初めてだ」
お父さんの言葉に、全員に緊張が走る。
確かに、洞窟の中にいる魔物をシエルがここまで警戒した事はない。
「グルル」
唸り声と共に洞窟から大きな魔物が出てくる。
でも、その魔物を見て首を傾げる。
かなり体格がいいけど魔物のフォーだよね?
いつもならシエルの姿を見ると逃げるのに、どうして今日は逃げないの?
「クル、クル」
洞窟から、小さな鳴き声が聞こえた。
視線を向けると、フォーが唸り声を上げる。
「あぁ、そういう事か。シエル、ここは引こう」
えっ?
驚いてセイゼルクさんを見ると、お父さん達も納得した表情をしていた。
洞窟からゆっくりと離れる。
フォーが追って来るかと思ったが、暫く離れると中に戻って行く姿が見えた。
「どうしたの?」
「子育て中だ」
子育て中?
あっ、洞窟の中から聞こえた鳴き声はフォーの子供だったんだ。
いつもなら逃げるのに、シエルに向かったのは子供を守るため。
「なるほど」
「これは、諦めるしかないな。俺達だったらフォーは倒せるけど、子供を守ろうとしているフォーを殺すのは気が引ける」
「そうだな。今回は諦めるか」
ラットルアさんに賛同するようにシファルさんが言う。
「あっ、シエル」
「にゃうん?」
シファルさんを見るシエル。
「この近くに別の洞窟はないかな?」
「諦めたんじゃないのか?」
セイゼルクさんが驚いた表情でシファルさんを見る。
「湖のある洞窟は諦めたけど、久々に洞窟を探索したい気分なんだ」
頭を抱えるセイゼルクさん。
でも、シファルさんの気持ちは分かるな。
だって、さっきまで洞窟に入るつもりだったからね。
「にゃうん」
シエルが尻尾を軽く動かしながら、シファルさんに向かって鳴く。
「その反応はあるんだね?」
「にゃうん」
「よし、ではそっちの洞窟に行こうか。その洞窟はここから近い?」
「にゃうん」
近くにあるんだ。
「セイゼルク、近くにあるって。行くぞ」
「全く、はぁ」
楽しそうに先頭を歩くシエルとシファルさん。
溜め息を吐きながら、歩きだすセイゼルクさん。
そんな彼らを見て、ラットルアさんとヌーガさんが笑っている。
「行こうか?」
お父さんを見て頷くと、近くにあるという洞窟に向かう。
「あの三人のリーダーは大変だろうな。慣れている筈のセイゼルクが、あんなに疲れているんだから」
お父さんの言葉に笑ってしまう。
でも本当に、誰がリーダーになるんだろう?
あのシファルさんを抑えられる人なんて、いるのかな?




