969話 アイビーの訓練
シファルさんが作ってくれた的に向かって矢を構える。
深呼吸して、矢を放つ。
「惜しいな。左に逸れた」
あ~、さっきは右で今回は左かぁ。
「ドルイド、そろそろ覚悟を決めたか?」
シファルさんが、傍で見守っていたお父さんを見る。
「覚悟って?」
今は王都に向かう旅の途中。
こんな所で覚悟が必要な事って何だろう?
「はぁ、分かった」
お父さんが私の前に神妙な表情で立つ。
「アイビー」
「うん。何?」
「……はぁ」
えっ?
そんなに言いにくい事なの?
緊張してきた。
「矢の訓練中に、俺がアイビーに殺気を送るから」
あっ前に言っていた、殺気に慣れるための訓練か。
「分かった。お願いします」
お父さんを見ると、凄く嫌そう。
そんなお父さんに、シファルさんが溜め息を吐いた。
「ほら、この特訓もアイビーのためなんだから」
「分かっている」
少し離れた場所に立つお父さん。
「次の矢を構えて」
「はい」
的を見て矢を構える。
「腕の位置に気を付けて、集中」
「はい」
深呼吸して的を見ると、ぞわっとしたものに襲われた。
「ひゅっ」
あっ、お父さんの殺気か。
「凄い」
これまでにも、お父さんの殺気を感じた事はある。
一番強く感じたのは、元研究所に侵入した時。
でもあの時とは違う。
殺気は、自分に向けられるとこんなに怖いんだ。
大丈夫だと頭で分かっているのに、恐怖で体の震えが止まらない。
「大丈夫か?」
シファルさんを見て頷く。
「大丈夫。これぐらい、慣れてみせる」
的に向かって矢を構える
小さく深呼吸し体の震えを押さえると、矢を放つ。
「「えっ!」」
シファルさんと私が、同時に驚いた声を上げる。
「真ん中? 驚いたな。普通は殺気に気を取られて、的から大きく外れるんだけど真ん中に当たるとは」
シファルさんの呟きを聞いて、本当の事なのだと頬が緩む。
まさか、今まで一度も当たった事がない的の真ん中に矢が刺さるなんて。
「嬉しい」
「それよりドルイド」
「なんだ?」
驚いた表情で的を見ていたお父さんが、シファルさんを見る。
「殺気が強すぎる」
「えっ? セイゼルクに話を聞いていたから、かなり加減はしたが」
「それに、最初から殺気をアイビーにぶつけるのは間違っている」
「んっ?」
お父さんが不思議そうに私を見る。
それに私も首を傾げる。
「最初は殺気をぶつけるのではなく、周りを殺気で囲うんだ。そして、その中で矢を放つ訓練。その環境に慣れたら、殺気をぶつけられた状態に変えるんだ」
お父さんの眉間に深い皺が寄る。
おそらく師匠さんとの訓練を思い出しているんだろうな。
「そうだったのか。悪い、アイビー」
「大丈夫」
怖いと感じたけど、私のためだと分かっていたから。
「もう一度練習しようか」
「はい」
弓に矢をつがえ、深呼吸する。
「ドルイドは、殺気を押さえてくれ」
「分かった」
お父さんが私を見て頷いたので、矢を構える。
あっ、殺気が随分と抑えられている。
それに、あまり恐怖を感じない。
的に向かって矢を放つ。
「あっ」
的に当たった時と同じ動きをしたつもりだけど、左に逸れた。
的にかすりもしなかったな。
「的に当たったのはまぐれだったのかな?」
悔しいな。
「……偶然? いや、まさかな?」
シファルさんの小さな呟きが聞こえ視線を向ける。
お父さんも不思議そうに、彼を見ている。
「どうしたんだ?」
「ちょっとな。ドルイド、最初の時のようにアイビーに殺気をぶつけてみてくれ」
「えっ?」
お父さんが戸惑ったようにシファルさんを見る。
「まだ、早いんじゃないか?」
「少し試したい事があるんだ」
シファルさんの言葉に「分かった」と頷くお父さん。
「アイビーも悪いな」
「大丈夫」
きっと私のためだろうし。
矢を構えると、ぞわっとした恐怖に襲われる。
2回目だから声は出なかったけど、やっぱり怖いな。
ぐっと体に力を入れ恐怖と戦い、矢を構える。
そして、矢を放つ。
「「「あっ」」」
放った矢は、的の真ん中あたりに当たる。
「どうして?」
殺気をぶつけられた方が的に当たる?
そんな事はあるのかな?
「アイビーは、何かの妨害を受けていて本来の力が出せない状態なんだよな」
シファルさんの言葉に、お父さんが頷く。
まぁ、そういう事なんだろうな。
「殺気をぶつけられると危機感を覚えて、その妨害を跳ね除けているのかもしれないな」
「そうなのかな?」
お父さんを見ると、横に首を振った。
「どうかな? 俺には、分からない」
お父さんの言葉に頷くとシファルさんを見る。
「もう少し、殺気をぶつけた状態で訓練を続けよう。俺の話が合っているなら、これからの訓練方法を変える必要がある」
「うん」
シファルさんを見て頷く。
これからの訓練方法にも影響するなら、私の状態を分かっていた方がいい。
「矢を構えて。さっきの的は刺さっている矢が邪魔だから、もう1つ用意した的の方を狙おうか」
「分かった」
先ほどとは違う的に向かって矢を構える。
全身を襲う殺気に、今回も恐怖で体が震えてしまう。
「自分の間合いで放っていいぞ」
「はい」
ゆっくりと息を吐き的を見る。
そして、的に向かって矢を放った。
「やっぱり」
真ん中より少しずれたけど的に当たった。
「もう1本」
「はい」
何度か繰り返すと、シファルさんの話しを実感してくる。
「今日は、ここまで。15本中13本が的に当たったな」
「うん。嬉しい」
こんな事、初めてだから笑顔になってしまう。
頬を押さえていると、シファルさんに笑われた。
「まさか殺気が、こんなに役立つとはな」
お父さんが的を回収して持って来てくれた。
「見せて」
的は全部で5枚。
真ん中に当たっている矢もあれば、ぎりぎりの矢もある。
これが全て真ん中に当たるようにしたいな。
「ドルイド。これからも矢の訓練の時は、殺気を頼む」
「分かった」
「アイビーは、暇な時に弓や矢などを持たずに的に当てた時の動作を繰り返し行う事。道具を使っての練習とは違い体に負荷がかからないから、何度も繰り返し行って体に動きを覚えさせるんだ。ただし雑にしない事、一つ一つの動作を思い出して丁寧に行うように」
「分かった」
今日の動きを思い出してやってみよう。
「それとアイビーは全体的に筋力が足りない。だから、基礎訓練も欠かさず行う事」
「うん」
弓を正確に放つためには、体がぶれたら駄目。
真っすぐ立ってそれを維持するための筋力が重要らしい。
あと、腕にある筋力は当然だけど背中にある筋肉も鍛えないと駄目みたい。
シファルさんが、私に役立つ基礎訓練を教えてくれたけどまだまだ筋力は足りていない。
「頑張ろうな」
お父さんも私と一緒に基礎訓練をしている。
「うん」
的に当たった時の気持ちよさ。
あれを忘れないように、毎日頑張ろう。
「ぷっぷ~」
「てりゅ~」
ソラとフレムが私の傍に跳んで来る。
ソルとシエルは、ゆっくり傍に来た。
「待っていてくれたの? ありがとう」
皆は、私が矢を使い始めると遊ぶのを止めて、近くで様子を見るようになった。
皆の傍に矢が刺さった事はないので危ないから非難しているわけではないと思うけど、不思議だな。
本日より「最弱テイマー」の新しい章を始めます。
2025年もアイビー達を宜しくお願いいたします。
年末より「ドラゴンは幸せが分からない」を更新しております。
そちらもどうぞよろしくお願いいたします。
ほのぼのる500




