967話 それぞれの出発
朝ご飯を食べ終わった後、宿の調理場を借りて旅の道中で食べる料理を作る事になった。
バンガさん達が宿に来る時間は不明なので、材料の買い出しはラットルアさんとヌーガさんにお願いする。
シファルさんとセイゼルクさんは用事があると出掛けて行った。
調理場で待っていると、ラットルアさん達が帰ってくる。
「早かったな」
お父さんが不思議そうに、帰って来た2人を見る。
確かに、買い出しに行ってからまだ30分しか経っていない。
近くのお店で、材料が全て揃ったのだろうか?
「宿の使っている店がすぐ近くにあって、そこで買い物が出来たんだ。品ぞろえが良くて、買い出しリストの物は全て買えたよ。しかも宿の店主が紹介状を書いてくれたから、宿に卸す値段で買えたんだ」
マジックバッグから大量の野菜やこめ、ソースなどを出しながら楽しそうに話すラットルアさん。
その隣でヌーガさんが、肉の塊をテーブルに積み上げた。
「アイビーは何をしているんだ?」
ラットルアさんが私の手元を見て首を傾げる。
「パンを捏ねていたの。おいしいパンを食べるためには重要なんだから」
よしっ、捏ねは終了。
発酵させている間に他の料理を作ろう。
「ただいま。俺も手伝うよ」
調理場にシファルさんが来る。
用事は終わったみたい。
「おかえり、ありがとう」
皆で大量の野菜や肉を切り、漬け込んだり、煮込んだり、焼いたり。
あと、ラットルアさんが失敗しないように見張ったり。
「出来た」
さすがに5人で作ると早く出来るね。
「また、凄い量だな。それにしても、うまそうな匂いだ」
調理場にセイゼルクさんが顔を出す。
そしてテーブルに並ぶ料理を見て、嬉しそうに笑った。
「セイゼルク、ラリス団長は何だって?」
シファルさんが聞くと、セイゼルクさんがマジックバッグから数枚の紙を取り出す。
ラリス団長さんに呼ばれていたのか。
知らなかった。
「報酬の事だ。ドルイドとアイビーの分もある」
報酬?
「呪具問題の解決に貢献したから、その報酬だろう」
お父さんの言葉に少し驚く。
報酬の話は一度もなかったから、出るとは思わなかった。
「ドルイド、2人分だ」
セイゼルクさんがお父さんに紙を渡す。
「あぁそうだ、ラリス団長が『町の復興に多額のお金が必要なので、報酬があまり出せなかった。申し訳ない』と、言っていたよ」
「そうか」
お父さんが私に紙を見せる。
そこには「金板2枚、20ラダル」と書かれている。
「えっ? あまり出せない?」
結構な金額だよね?
「あれほどの問題だから、もっと出てもおかしくないんだ」
お父さんが紙をマジックバッグに入れる。
「報酬も出たし、アイビーは何か欲しい物がないか?」
お父さんを見て首を横に振る。
「特に今はないよ」
旅に必要な物は揃っているし、服も問題ない。
靴もまだ大丈夫。
「髪留めは?」
今ある物で十分だから、首を横に振る。
「腕輪とか装飾品は?」
必要性を感じないから首を横に振る。
「……そうか」
んっ?
お父さんが落ち込んだ?
「ギルドに行って、全額を家族口座に入れようか」
「お父さんが必要な物はないの?」
「今のところ、ないかな」
「そっか」
あれ?
シファルさん達がお父さんを見て笑ってる?
「失礼します。ドルイドさんは、こちらにいらっしゃいますか?」
宿の従業員が、調理場に来る。
「はい、俺です。何でしょうか?」
「バンガさんという方が挨拶に来ています」
「あぁ、ありがとうございます。行きます」
料理の入ったマジックバッグ1個とソルが作った魔石とソラとフレムの作った青と赤のポーション各2本の入った小さなマジックバッグを持つ。
「ドル兄」
宿から出るとバンガさんがお父さんに走り寄る。
「気を付けて」
「うん、ありがとう」
お父さんの言葉に嬉しそうに笑うバンガさん。
ジックさん達は、少し離れたところで2人を微笑ましそうに見ている。
「ジックさん」
バンガさんの邪魔をしないように、ジックさんに声を掛ける。
彼は私を見ると、小さく頭を下げた。
「色々とありがとう。アイビー達に出会えて本当に良かった」
「そういって貰えて嬉しいです。あのこれ、旅の途中で食べて下さい。あと……役立ちそうな物を入れておきました」
不思議そうに2個のマジックバッグを受け取るジックさん。
「ジック、耳を貸せ」
シファルさんはそんな彼の耳元で、小さなマジックバッグの中身を伝える。
「えっ!」
彼は、驚いた表情で小さなマジックバッグの中身を確認する。
「うわ、噂の? 本物?」
噂って何だろう?
「あぁ、代金を――」
「いりません。それ、必要な時はちゃんと使って下さいね」
そんな時はこない方がいいけど、もしもの時はしっかり使って欲しい。
「分かった。ありがとう」
「ジック、ポーションの方だけど」
「はい」
「少量でいいから」
戸惑った表情のジックさん。
「少量ってどれくらいですか?」
「大怪我でもスプーン1杯かな、病気の時も同じ量で大丈夫だ」
シファルさんの説明を聞いたジックさんは、小さなマジックバッグを見る。
「分かりました。あっ、使う時は気を付けた方がいいですよね?」
「そうだな、周りに人がいないか注意してくれ」
「はい。アイビー、本当にありがとう」
ジックさんの言葉に笑顔で頷く。
ニャーシさんとタンタさんが、私達の会話に首を傾げる。
「後で話すよ」
ジックさんの言葉に頷く2人は、私を見て頭を下げた。
「そろそろ出発しようか」
笑顔のバンガさんがジックさん達の下に来る。
「それは?」
ジックさんが持っているマジックバッグを見て首を傾げるバンガさん。
「アイビーからの餞別だ」
「そうか。ありがとう」
ジックさんの説明を聞いて、バンガさんが私を見て頭を下げる。
「いえ、気を付けて」
バンガさん達を見送って、調理場に戻る。
「皆、おはよう」
調理場に入るとジナルさんがいた。
「「「「「おはよう」」」」」
「荷物を持って、どうしたんだ?」
マジックバッグを下げたジナルさんに、お父さんが首を傾げる。
「今から出発する事になった」
えっ?
驚いた表情でジナルさんを見る。
「また急だな」
驚いた表情のセイゼルクさんにジナルさんが頷く。
「王都に向かった者達の素性が分かった。それで急ぐ必要があると判断したんだ」
そうなんだ。
ジナルさんを見ると、疲れているのが分かる。
薄っすらと隈が出来ているし、顔色も少し悪い。
「あっ、ジナルさん。ちょっと待ってて」
急いで借りている部屋に戻ると、用意しておいた小さなマジックバッグを持つ。
バンガさん達に渡した物より魔石もポーションも沢山入ったマジックバッグ。
これだけあれば、呪具の影響を受けてもきっと大丈夫な筈。
「ジナルさん、これ」
調理場に戻り、小さなマジックバッグをジナルさんに渡す。
「ありがとう?」
不思議そうに受け取り中身を見たジナルさん。
「うわ~、これはまた……凄いな」
ジナルさんがお父さんを見ると肩を竦めた。
「呪具を追うんだろ? それぐらい必要だとアイビーが言うからな」
「ははっ。アイビー、ありがとう。さて、行くよ」
本当にすぐに行ってしまうのか。
「アイビー、料理は?」
あっ、料理を忘れていた。
「こっちもどうぞ。状況が分からないから、簡単に食べられる物を入れたから」
料理が入っているマジックバッグをジナルさんに渡す。
移動中でも食べられるように、おにぎりとサンドイッチが多めだ。
「ありがとう」
ジナルさんが私の頭をポンと撫でる。
「王都で会おうな」
「うん」
セイゼルクさん達も声を掛けると、ジナルさんは調理場を出て行った。
「明日は1日ゆっくり過ごして明後日、フラフさん達に挨拶して俺達も出発しようか」
セイゼルクさんの言葉に、お父さん達が頷く。
明後日には出発か。
王都までは何事もなく……ないといいな。




