964話 ソルにお願い
「「ありがとうございました」」
バンガさんの仲間、ニャーシさんとタンタさんが私に向かって深く頭を下げる。
「頭を上げてください。お二人が無事で良かったです」
少し慌てて言うと二人は嬉しそうに笑った。
ニャーシさんは、肩まで伸ばした真っすぐな黄色の髪で少しつり目の女性だ。
タンタさんは、黒に近い緑色のショートカットでジックさんの恋人らしい。
「それにしても君、凄い能力を持ったスライムなのね」
タンタさんがソルの傍に寄って見つめる。
ソルは少し体を引いている。
「怖がっているだろう」
「えっ! そうなの? 私は怖くないわよ」
タンタさんがソルに向かって両手を広げて見せる。
その行動にソルが体を傾ける。
「ソル、タンタは怪力なんだ。この姿は『手を出しません』という意味なんだ」
ジックさんの説明にソルが頷く。
「怪力なんだ」
ラットルアさんの呟きにタンタさんが視線を向ける。
「そうなの。ちょっと力を入れただけで色々と壊しちゃうのよね。気を付けてはいるんだけど」
そんなに怪力なんだ。
今まで周りにいなかったから、不思議だな。
「それは、凄いな」
シファルさんも感心した様子でタンタさんを見る。
「2人はもう大丈夫そうだな。バンガ達は積もる話もあるだろうから、俺達は宿に戻るよ」
久しぶりに会った仲間だもんね。
セイゼルクさんの言葉に、ソルをバッグに入れる。
「ドル兄は、この町をいつ頃出発する予定なんだ?」
バンガさんがお父さんを見る。
「そうだな。もうこの町でやる事もないし、そろそろ王都に向かおうか」
お父さんが私に視線を向けるので頷く。
「うん。そうだね」
「まぁ、準備が色々あるから数日はこの町にいると思うけどな。バンガ達は呪具の報告もあるし、別件もあるだろうからすぐに出発するのか?」
別件って何だろう?
「あぁ、少し休憩したら明日中にはこの町を出発するよ」
えっ、明日にはもう出発するの?
「そうか。気を付けて」
「うん。あ~、出発前に挨拶に寄るよ」
不思議そうにバンガさんを見るお父さん。
「えっ、駄目?」
「いや、別に問題ない。明日は1日中宿にいるから……あ、出発時間が判れば門まで行くぞ」
お父さんの言葉になぜか残念そうな表情をするバンガさん。
「出発時間は明日にならないと判らないから」
「そうか。それなら宿で待っているよ」
「うん。宜しく」
嬉しそうに笑うバンガさんに、ジックさん達が笑う。
「良かったわね。大好きなドル兄さんと約束が出来て」
ニャーシさんが、バンガさん腕を突く。
「うるさい」
不貞腐れた表情になるバンガさんに、ニャーシさんが噴き出す。
「あはははっ。ドル兄さんの前だと、バンガが面白くなるわ」
恥ずかしそうに視線を逸らすバンガさんに、お父さんが小さく笑った。
バンガさん達と別れ、ゆっくりと宿に戻る。
行きは慌てていたため気付かなかったけど、町全体が少し昨日と違う。
「皆が、明るいのかな?」
町に行き交う人々を見ていると、笑顔で立ち話をしている人が多い。
いや、昨日も笑顔の人はいた。
でも、昨日より雰囲気が明るいみたい。
「発表はまだだけど、行方不明の事件が解決した事を知ったのかもしれないな」
私の視線の先を見たシファルさんが言う。
「あぁ、なるほど」
呪具の問題が完全に片付いていないため終わったとは言えないけど、この町の問題は1つ解決したんだよね。
宿に戻るとセイゼルクさん達と別れて部屋に戻る。
「疲れていないか?」
「ん~、ちょっとだけ」
呪具の影響を受けたと聞いて、昨日のおかしくなった男性を思い出し緊張した。
違う状態だったからホッとしたけど、疲れた。
ベッドに仰向けに転がる。
「あっ」
起き上がって、肩から下げたバッグの蓋を開ける。
「ごめんね。宿の部屋だから、出てきていいよ」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
バッグから出てきた皆は、それぞれ縦運動をし始めた。
シエルにその運動は必要ないと思うな。
ソルは、さっきも外に出ていたよね?
首を傾げながら皆を見る。
「ぷっ!」
縦運動を終えたソラが、私の膝の上に飛び乗る。
「運動は終わり?」
「ぷっぷぷ~」
膝の上でプルプル揺れるソラ。
「はぁ、癒される~」
ギュッと抱きしめる。
うん、けっこう疲れているかもしれない。
「あっ!」
そうだ、ソルにお願いがあるんだった。
ソラを抱きしめたまま、ソルに視線を向ける。
「ソル、まだ寝ないで!」
うとうとしているソルに声を掛ける。
「ぺ~ふ?」
眠そうな鳴き方にちょっと笑ってしまう。
「ふふっ。ソルにお願いがあるの」
「ぺふっ」
お父さんが不思議そうに私を見た。
「ジナルさんが、呪具を持って逃げた敵を追う事になったの。前にソルが作ってくれた魔石は渡したんだけど、もう少しだけ作ってくれる?」
「ぺふっ」
私の言葉に頷くと、胸を張るソル。
「任せろって事?」
「ぺふっ!」
「ありがとう。呪具は持っているだけで影響を受けるみたいだから、ジナルさんが心配なんだ。もしかして、バンガさん達もまだ呪具に関わったりするのかな?」
お父さんを見ると頷いた。
「バンガ達は今回呪具を壊す事に成功した。しかも影響を受けずに」
「えっ? 影響は受けたよね」
「あぁ、受けた。でもソルの事は秘密だから、冒険者ギルドに『影響は受けなかった』と報告するだろう」
そういう事になるのか。
「だから、呪具の問題は全てバンガ達が請け負う事になると思う」
えっ、そうなるの?
「この町から呪具を持ち出した者達が捕まれば、呪具の問題は終わりだよね?」
「今回の呪具の問題が終わったとしても、また新たな呪具が何処かで作られる可能性は捨てきれないからな」
「そっか。新しい呪具が出来る可能性もあるんだ」
「作り方を知っている者が、全員捕まればいいが。誰が作り方を知っているのか、それが判らないからな」
「ソル。ジナルさんだけでなく、バンガさん達の魔石も作ってくれる?」
「それは、俺もお願いしたいな」
お父さんもソルを見る。
「ぺふっ! ぺふっ!」
力強く鳴くソルにホッとする。
「「ありがとう」」
部屋に魔石の生まれる音が響く。
「ソルの魔石を作る時間が、速くなっていないか?」
ソルの生む魔石を見ながらお父さんが呟く。
やっぱりそうなんだ。
魔石が生まれる時に鳴る「ポン」という音と音の間が短くなっていると思ったんだよね。
「ソル。もういいかな」
お父さんが、ソルに声を掛ける。
「ぺっ?」
不思議そうにお父さんを見るソル。
「30個もあるから、もういいよ。ありがとう」
残念そうな表情をするソル。
「魔石作りは楽しいの?」
私の言葉に、ソルはマジックバッグに視線を向ける。
そのマジックバックには、ご飯用のマジックアイテムが入っている。
もしかして魔石を作れば、ご飯になると思っているのかな?
「ソル、少し前に呪具の魔力を食べたよね?」
「ぺっ!」
不服そうに鳴くソル。
「まぁ、今回ソルは頑張ってくれたからな。ご褒美が必要か」
「ぷっ!」
ポンッ。
「てりゅっ!」
ポンッ。
「「えっ?」」
慌ててソラとフレムを見るとキラキラと光る青いポーションと赤いポーションが転がっていた。
2匹は、ソルだけにご褒美があると思ったようだ。
「ぷっ――」
「待った!」
お父さんの大きな声に、ソラ達の体がピョンと飛び跳ねる。
「あぁごめん、大きな声を出して。ソラとフレムも、協力してくれたからな。ちゃんとご褒美はあるぞ」
「ぷっぷ~」
「てっりゅ~」
「ぺふっ」
嬉しそうな3匹に、お父さんと私は溜め息を吐く。
「捨て場に行こうか」
「うん、そうだね」




