963話 もう大丈夫
バンガさんの案内で、暴れているという仲間の下に急いで向かう。
ジナルさんは別の仕事があるので別行動となったが、暴れている人を押さえきれなかった場合の事を考えてセイゼルクさん達は一緒だ。
「あそこだ」
バンガさんに案内された場所は、門の傍にある普通の家。
「隠れ家だと言われないと気付かないだろうな」
「周りに紛れるような、目立たない家を選ぶからな」
私の呟きに、シファルさんが教えてくれる。
そうなんだ。
でも、大きくて目立っていた隠れ家もあったけどな。
「ジック! ニャーシ! 無事か?」
叫びながら家に駆けこむバンガさん。
お父さん達と一緒に隠れ家に入ると、中から女性のくぐもった声が聞こえた。
「バンガ、急いでくれ」
ジックさんの焦った声が聞こえる。
「んっ?」
ソルの入っているバッグが凄く揺れている。
「アイビー、ソルを出していいぞ」
お父さんを見て頷くと、ソルが入っているバッグの蓋を開けた。
「ぺふっ!」
バッグから飛び出したソルは、少し周りを見ると奥に向かっていく。
「ソル、頼む」
バンガさんの声が聞こえた部屋に入ると、両手を縛られ床に押さえつけられている女性が目に入った。
くぐもった声なのは、口を布で縛られているからだろう。
「う゛ぅぅぅぅ」
ジックさんと初めて見た女性の2人がかりで押さえているのにじたばたと暴れる女性。
不意にその女性のギョロっとした目が私を見た。
「大丈夫か?」
無意識に1歩後ろに下がったのか、お父さんが心配そうに私を見る。
「うん、大丈夫」
「えっ、何? ちょっとこれ!」
女性の焦った声に視線を向けると、ソルが暴れている女性の頭を包み込んでいた。
「大丈夫だ」
「何が大丈夫なのよ。タンタが食べられているじゃない!」
ジックさんに詰め寄る女性。
あっ、この反応は久しぶりだ。
緊張感漂う場なのに、ちょっと笑ってしまう。
いや、私だけではなくお父さんもセイゼルクさん達も笑っている。
「良く見ろ! そうしたら食べられていない事が……分かるか?」
ジックさんが、ソルに頭を包み込まれた女性に視線を向け複雑な表情になる。
「まぁ、見れば見るほど食べられているように見えるだろうな」
シファルさんが笑って言うと、ラットルアさんが頷く。
「えっ? あなた達は?」
女性が戸惑った様子で、セイゼルクさん達やお父さんを見る。
そして私を見て首を傾げた。
「ドル兄だよ。前に話した事があるだろう?」
「あっ! えっと?」
バンガさんの言葉に女性がセイゼルクさん達を見る。
「違う、ドル兄はこっち」
お父さんを見るバンガさん。
女性がお父さんを見ると、頭を下げた。
「初めまして、ニャーシと言います。バンガの仲間です」
「あぁ、初めまして。ソルは、呪具の影響を治せるんだ。だから、安心して待っているといいから」
お父さんの説明を聞いたニャーシさんは、ジックさんとバンガさんを見る。
2人が頷くのを見て、泣きそうな表情になった。
「良かった。カシメ町には、先に着いている筈のタンタを森で見つけた時にはもうおかしくて。タンタもそれに気付いていて。急いでカシメ町に来たけど、それが正しかったのか分からなくて。アンダスみたいになるんじゃないかって」
アンダスさん?
あっ、バンガさんもジックさんも悲しい表情になっている。
「また仲間を失うんじゃないかって」
呪具で仲間を失っているのか。
「大丈夫だ。ソルが解決してくれるから」
ニャーシさんの肩を優しく撫でるジックさん。
「ぺふっ!」
ソルの声に、皆の視線がタンタさんに向く。
「んっ? うぅ?」
起き上がったタンタさんは、自分の状態に首を傾げる。
その様子は、先ほどとは全く違う。
「タンタ。俺が誰か分かるか?」
ジックさんの質問に不思議そうな表情で頷くタンタさん。
「うぅ!」
タンタさんは、縛られた両手で口元の布を取る。
「私……あっ! 戻った? 嘘? 戻れたの?」
タンタさんは、自分がおかしくなっている事に気付いていたとニャーシさんが言っていた。
だから、自分が元に戻っている事が分かると愕然とした様子を見せた。
「意識は、はっきりしているか? 自分に何が起こったのか分かっているか?」
バンガさんの質問に頷いて答えるタンタさん。
まだ信じられないのか、少し呆然としている。
「縄を外すから、手をこっちに」
バンガさんの言葉に、両手を差し出そうとして首を横に振るタンタさん。
「駄目」
「えっ?」
タンタさんの拒絶に、驚いた表情をするバンガさん達。
「まだ、呪具の影響が完全に抜けたか分からないから。だから、駄目」
タンタさんの答えに、バンガさんとジックさんが優し気に笑う。
「もう、大丈夫だ。ソルがしっかり治してくれたから。あっ、ソルを紹介するよ。ソル?」
ジックさんが、ソルを探すように部屋を見回す。
「ぺふっ?」
ソルは、部屋の隅にある2個並んだ木箱の上にいた。
「あぁ、それは。あはははっ」
ソルのいる場所を見たジックさんとバンガさんが笑う。
私やお父さん達も笑ってしまう。
「その木箱には呪具がある事を知っているんだな」
「ぺふっ! ぺふっ!」
バンガさんの言葉に嬉しそうに木箱の上で飛び跳ねるソル。
「蓋を開けるから待ってくれ。その前に、タンタを助けてくれてありがとう」
「ぺふっ」
ジックさんがタンタさんを見る。
「俺達もソルに治してもらったんだ」
「えっ? 2人にも影響があったの?」
驚いた表情をするタンタさん。
「あぁ――」
「きゃっ!」
ジックさんの言葉を遮ったニャーシさんの悲鳴に視線を向けると、ソルが頭を包み込んでいた。
「そうだよな。ニャーシも呪具を運んでいたんだから」
焦る事なく納得した様子を見せるジックさん。
バンガさんも、「あぁ」と小さく頷いている。
焦った様子で立ち上がったタンタさんは、2人の様子を見て座り直した。
「食べられているみたいに見えるわね」
タンタさんの言葉に、全員が笑ってしまう。
「ぺふっ!」
ニャーシさんから離れたソルは、もう一度木箱の上に乗りバンガさんとジックさんを見る。
「分かった。あっ、この呪具の確認は必要ないのか?」
バンガさんが木箱の蓋を持って、お父さんを見る。
ソルは木箱の蓋から下りて、木箱の隣で飛び跳ねている。
「特に何も言われていないから必要ないだろう」
「そうか。ソル、どうぞ」
蓋を開けた瞬間、木箱に飛び込むソル。
そして木箱の中から、何とも言えない音が部屋に響いた。
しばらくすると満足気に木箱から出て来るソル。
もう1個ある木箱を見て、バンガさんに視線を向ける。
「分かった」
バンガさんが、木箱の蓋を開けるとすぐに飛び込むソル。
もう一度、何とも言えない音が部屋に響くとバンガさんとジックさんがホッとした表情を見せた。
「呪具の問題って、もしかしてこれで解決なのかしら?」
タンタさんが、木箱を見たまま呟く。
「あぁ、解決だ」
ジックさんが、タンタさんの肩をポンと軽く叩く。
「そっか。良かった」
嬉しそうに笑うタンタさん。
でも少し悲しんでいるようにも見えるのは、被害にあった仲間がいるからなんだろうな。
それにしても呪具であんな風に人が変わるなんて。
暴れていたタンタさんを思い出して、怖くなる。
ジナルさんは、呪具を追うんだよね?
ソルの魔石は自由に使って欲しいと渡したけど、足りるかな?
8個だったよね。
木箱から出てきたソルを見る。
宿に戻ったら、ソルに相談してもう少し魔石を作って貰おう。
うん、そうしよう。




