958話 師匠の訓練
お父さんはまだ少し複雑な表情をしている。
殺気に慣れる為だから、しょうがないのに。
「お父さんは師匠さんに訓練してもらったの?」
「あぁ。初日に本気の殺気をぶつけられて失神した」
はははっ、師匠さんならやりそうだね。
もの凄く楽しそうな表情で。
「俺もやられたな」
ラットルアさんを見る。
「そうなの?」
「うん。まぁ俺の場合は、失神する様な事はなかったけど。基礎体力を付ける運動中に、急に殺気を向けられるんだよ」
そんな方法もあるんだ。
「初めの頃は殺気を向けられるたびにビビってたな」
「普通だな」
お父さんの言葉に、ラットルアさんが笑う。
「何かされたのか?」
「魔物と交戦中に後ろから急にとか、洞窟内で魔物と遭遇した瞬間とか。あと、盗賊が潜んでいる建物の捜索中にもあったな」
「「……」」
師匠さんならやりそうだね。
お父さんが強いのは、師匠さんの特訓の成果なのかな?
「アイビーには、そんな訓練はしないぞ。セイゼルクに普通の方法を聞いたから」
普通って。
まぁ、師匠さんの訓練方法は独特だとは思ったけど。
だってラットルアさんが話を聞いて驚いていたからね。
「分かった。ありがとう」
サンドイッチを食べ切り、果実水を飲む。
「ごちそうさま」
「ラットルアの用事は、魔石の事だけか?」
お父さんがラットルアさんを見る。
「うん。あとは、セイゼルク達が来るのを待ってる」
「んっ? ここに来るのか?」
「あぁ、用事が終わったら」
コンコンコン。
「はい」
「セイゼルクだ。ラットルアはいるか?」
セイゼルクさんの声に、ラットルアさんが扉を開ける。
「アイビーは起きているか?」
「はい。起きてるよ」
セイゼルクさんが部屋に入ってきて、私を見る。
「元気そうだな」
彼の優し気な微笑みに、笑顔になる。
「ジナルから伝言だ。2時間後に会議室に来てくれと」
ジナルさんから?
会議室という事は、何かあったのかな?
「昨日の報告と、これからの事を話したいそうだ」
あぁ、報告か。
また、何かあったのかと思ってしまった。
「分かった。アイビーも大丈夫か?」
少し心配気に私を見るお父さん。
それに首を傾げる。
心配される様な事があったかな?
「大丈夫だよ」
「ラットルアの用事は?」
「終わった。あっ。子供達に顔を見せる約束だった。行かないと」
ラットルアさんは少し慌てた様子で、私達に挨拶をすると部屋を出て行った。
「慌ただしいな」
セイゼルクさんがラットルアさんを見送ると、お父さんと私を見た。
「フラフから2人に伝言を預かって来た。『忙しくて報告には顔を出せないけど、怪我もしていないし元気だからね』と。顔を見せないと心配すると思った様だな」
「ふふっ。確かに心配すると思う。伝言をありがとう」
セイゼルクさんにお礼を言うと、彼は小さく頷いた。
「俺もまだ用事があるから、あとで」
「あぁ、また後で」
セイゼルクさんが部屋を出る。
「忙しそうだね」
お父さんは良いのかな?
「俺は冒険者ではないからな」
あっ、そうか。
お父さんは冒険者ではないから、動く必要はないんだ。
「時間になるまで、ソラ達と遊ぼうか」
お父さんの言葉に、ソラ達がピョンと飛び跳ねる。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
えっ、ソルはいつの間に起きたの?
「にゃうん」
シエル?
そういえば、シエルの姿を見ていなかった。
どこだろう?
シエルの鳴き声が聞こえた方を見ると、スライムの姿で欠伸をしているシエルがベッドにいた。
一緒に寝ていたのに、気付かなかったな。
「眠そうだね」
シエルの傍に行き、頭を撫でる。
「昨日の夜はずっと、外で自警団員達の動き回る気配がした。おそらくそのせいで眠れなかったんだろう」
そうだったのか。
隣で熟睡してごめんね。
ゆっくり頭を撫でていると、頭の上に重みが乗る。
「ぷっぷ~」
少し不満そうな鳴き声のソラ。
シエルだけを構ったのが気に入らないのかも。
「ソラ、頭から下りて」
「ぷっ?」
「そこにいたら遊べないよ」
「ぷっぷぷ~」
頭から下りるソラ。
さて、皆でどうやって遊ぼうかな。
……
「アイビー、そろそろ行こうか」
ソラを転がすのはやめ、お父さんを見る。
「分かった」
ソラもフレムも転がされるのが好きなので転がしていたけど、楽しかったのかな?
ソルは、転がっているソラとフレムにぶつかるのが好きだし。
まぁ、楽しそうだったからいいか。
「皆、遊びはお終い。私とお父さんは会議室に行くけど、皆も来る?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
皆の返事に専用のバッグを肩から下げ、ソラ達をバッグに入れていく。
「準備はいいな?」
「うん」
部屋から出て、お父さんが鍵を閉める。
「アイビー、おはよう」
廊下を進むと、シファルさんがいた。
「おはよう。シファルさん」
3人で、昨日利用した会議室に向かう。
「おはよう」
会議室に入ると、ジナルさんがいた。
「おはよう、ジナルさん」
ジナルさんは笑顔だけど、少し顔色が悪い。
それに、疲れた表情をしている。
もしかして休めていないのかな?
「どうした?」
ジナルさんを見ている私に気付いた彼が、首を傾げる。
「休めていないの?」
私の言葉に、ジナルさんが自分の顔に手を当てる。
「色々とあってな。でも、今日の用事が終われば休めるから」
それは、まだ休めないという事だよね。
「倒れない様にね」
「ははっ、これぐらいだったら大丈夫。ありがとう」
お父さんとシファルさんの間に座ると、セイゼルクさん達が会議室に来た。
「全員が揃ったな」
バンガさん達は来ないのか。
「とりあえず、呪具に関連した者達は全て捕まえる事が出来た。フラフとラリスから『ありがとう、何か奢る』と伝言を預かって来た。あと光の森を調べたが、複数の死体が見つかった」
それは、フラフさんの仲間が殺した貴族かな?
「あっ、貴族とは別だ」
別なんだ。
「死体を調べた結果、おそらく呪具を着けた自警団員がいただろう?」
あぁ、あの怖い見た目になっていた。
「それと同じ状態みたいだ。着けていた呪具も、ヒビが入っていた。ソルが反応した時は、まだ呪具にヒビが入っていなかったかもしれないな」
「呪具のせいで死んだ者達の捨て場になっていたという事か?」
セイゼルクさんの問いに、ジナルさんが頷く。
「おそらく。いま、捕まえた者達を尋問しているから、何か分かるだろう」
「行方不明者は全員が見つかったのか?」
ジナルさんはシファルさんを見て、首を横に振る。
「ほとんどは、無事に保護が出来た。アイビーがくれた魔石のお陰だ。だが、手遅れだった者もいる」
間に合わなかった者もいるんだ。
「これからの事なんだけど、尋問がある程度終わったら俺は王都に向かう事になった。行方不明の呪具が既に町を出た事が分かったので、それを追う。それでなんだが、ドルイドとアイビーは、このあと時間があるか?」
時間?
「あぁ、大丈夫だけどなぜだ?」
お父さんが不思議そうにジナルさんを見る。
「これから本屋に行こうと思っているんだ。一緒に行こうと言っていただろう? 急に悪いんだけど」
本当に急だな。
あっ、木の板に変わった本について話しを聞きたいのかも。
それだったら、急いだほうがいいよね。
「私は大丈夫。お父さんは?」
「俺も大丈夫だ」
ジナルさんは私達の返答にホッとした表情をした。
「それならこれから行かないか?」
「うん」
ついに本屋だ。
楽しみだな。




