957話 今日はゆっくり
「ぷっぷ~」
ソラの声だ。
お腹が空いたのかな?
「おはよう」
欠伸をしながら起き上がると、コロッと転がるソラ。
「あれっ? 胸元に載っていたの?」
「ぷ~」
「ふふっ、ごめんね」
頭を撫でるとプルプルと揺れるソラ。
「てりゅっ!」
ソラを撫でている腕にぶつかって来るフレム。
「おはよう、フレム」
「てっりゅりゅ~」
今日もこの2匹は元気だな。
「あれっ?」
窓から入って来る日差しの強さに、少し慌てる。
「もしかして、寝過ぎた?」
「アイビー、おはよう。昨日は夜遅くまで起きていたからしょうがないよ」
お父さんの声に視線を向けると、ソルを頭に乗せた状態でお茶を飲んでいた。
「おはよう。お父さん。昨日は……」
あれ?
昨日は、お風呂に入ってラットルアさん達と遊び道具を借りて、使い方を教わって。
それでどうしたんだっけ?
あぁ、部屋に戻って挑戦したんだったよね。
ベッドの横にあるテーブルを見ると、知恵の輪が数個ある。
初心者用の知恵の輪が、なかなか外れなくて……んっ?
何時寝たのか記憶にない、しかも知恵の輪が外れた記憶もない。
もしかして遊んでいる最中に眠ったのかな?
「どうした?」
「寝た記憶がなくて」
起きて、お父さんが座っているテーブルまで行く。
「あぁ、遊んでいる最中に寝たからな」
やっぱり。
ベッドの上で挑戦したのも駄目だったかな。
「アイビー、お腹は空いていないか?」
お父さんの言葉に反応したのか、お腹が鳴る。
「……空いてるみたい」
ちょっと恥ずかしくて手でお腹を押さえる。
それに笑うお父さん。
「軽く食べられるように貰って来たから、顔を洗っておいで」
「うん」
顔を洗って服を着替え、お父さんの前の席に座る。
「どうぞ」
「ありがとう」
あっ、サンドイッチと果実水だ。
「いただきます」
食べていると、部屋の扉が叩かれた。
お父さんが扉を開けると、ラットルアさんが部屋に入って来る。
「おはよう、アイビー」
「おはよう、ラットルアさん」
食べ終わる頃にお父さんが温かいお茶を入れてくれる。
「ごちそうさまでした。お父さん、ありがとう」
お茶を飲むとホッとする。
「アイビー、知恵の輪はどうだった?」
聞かれると思った。
チラッと知恵の輪が置いてあるテーブルを見る。
お父さんは結果が分かっているので、既に笑っている。
「初心者用の1個目……に挑戦中」
「まぁ、得手不得手があるからな。俺も何とか初心者用を制覇したところだ」
「お父さんは?」
「昨日借りた物は全て外したぞ」
「「えぇ」」
あれ?
ラットルアさんも同じ反応?
彼を見ると、ちょっと不満そう。
「ドルイドはシファルと同じか。あっなるほど、腹黒が得意な物なのかも?」
いや、それだったらラットルアさんも外せると思う。
「アイビー?」
ラットルアさんが私を見て、にこっと笑う。
「へへっ」
どうしてラットルアさんも腹黒だって考えた事が分かったんだろう?
顔に出た?
お父さんを見ると、笑っている。
「えっ。本当に顔にでてた?」
「顔に出てたというか、ラットルアを見て首を傾げたらなんとなく考えている事が分かるだろう」
まさか、そんな行動を取っていたなんて。
気を付けよう。
「ラットルアは何をしに来たんだ?」
「んっ? あぁそうだ。アイビーに借りた魔石を返しに来たんだ。あと、4個は使ったから報告も」
ソルの魔石を使ったの?
ラットルアさん達が入った建物にも魔法陣があったのかな?
「何に使ったんだ?」
「建物内に隠し部屋があって、そこに被害者がいたんだ。彼等を助けるのに使わせてもらった。本当に助かったよ。『あと少し遅かったら、間に合わなかっただろう』と彼等を見た医者が言っていたから」
魔法陣ではなく被害者がいたのか。
魔石が間に合って、良かった。
お父さんの頭の上にいるソルを見る。
「寝てる」
気持ちよさそうに寝ているソルを見て、小さく笑う。
「昨日は頑張ってくれたからな」
お父さんが腕を伸ばして、頭の上にいるソルをポンと撫でる。
「ぺふゅ~」
「ふふっ」
気の抜けたソルの鳴き声に、笑ってしまう。
そんな私を見て、お父さんが笑みを見せた。
「アイビー」
「うん?」
お父さんを見ると、少し真剣な表情に変わっていた。
どうしたんだろう?
「昨日はどうだった?」
「昨日?」
「あぁ、俺とバンガ達が殺気を出しただろう? 怖くなかったか?」
あぁ、お父さん達の殺気。
「最初は怖いと思った」
「うん」
「でも、大丈夫」
「本当に?」
「うん」
お父さんを見て頷く。
「そうか。実戦は、もう経験したくないと思ったりしていないか?」
「思わなかったよ。というか、昨日は何もなかったし」
「まぁ、そうだな。分かった」
「お父さん?」
どうして、そんな事を聞くんだろう?
「殺気で、怖い思いをさせてごめん。アイビーは、殺気に少し慣れているから強めに出したんだ」
慣れている?
ラトミ村にいた頃、大人達からぶつけられていたからかな?
「初めて実戦に入る子供達に、大人は殺気を出して様子を見るんだ」
「どうして?」
「人も魔物も、殺気を武器として使う事がある。戦っている最中に殺気をぶつけて動きを鈍くしたり、相手が慣れていなかったら気絶させる事も出来る。だから、慣れさせる意味と本当に殺気に立ち向かう覚悟があるか見るんだ」
「なるほど。でも魔物にもいるの?」
「魔物の中にも、殺気を利用するものがいるんだ。かなり珍しい為、驚いて大怪我をしたという話を聞く。それにアイビーは、その、特に人の問題に関わりやすいだろう」
あははっ、巻き込まれやすいからね。
「うん」
「だから殺気に慣れておく必要があると思った」
「分かった」
あの殺気は、私の為だったのか。
「それでだな……」
言いづらそうなお父さんに首を傾げる。
「ぷっ、あのドルイドが言い淀んでいる」
ラットルアさんをジロッと睨むお父さん。
それに気付き、肩を竦めるラットルアさん。
「何?」
「殺気に慣れる訓練が必要だと思うんだが、どうする?」
「やる」
必要なら、やらないと。
でもどうして言いづらそうなんだろう?
もしかして、凄く大変な訓練なのかな?
「あぁ、あれか」
ラットルアさんを見ると、困った表情をしている。
「お父さん?」
どうしよう。
少し不安かも。
「ラットルア。アイビーを不安にさせるな。えっと1日に1時間ぐらいなんだけど、俺がアイビーに殺気を向けるというものなんだ」
「殺気に慣れる為って事だよね?」
「うん」
お父さんの声がいつもより小さい。
表情も少し暗い?
「分かった。頑張るね」
お父さんがこんな反応するなんて。
もしかして凄い殺気を向けられるのかな?
だからお父さんは迷った?
これは、覚悟しないと。
「アイビー」
「何?」
ラットルアさんを見ると笑っている。
「ドルイドが言い淀んだのは、アイビーに殺気を向けたくないからだぞ」
「えっ? 凄い殺気を送るからではないの?」
ラットルアさんが私を見て笑う。
「違う。慣れるのに、そんな凄い殺気を向ける必要はないから。まぁ、多少は強くなったり弱くなったりするけどさ」
お父さんを見ると大きな溜め息を吐いた。
「大切な娘に殺気を向けるなんて……」
昨日の殺気は、私に向けてではなかったもんね
「ふふっ。なるべく早く慣れるように頑張るね」




