956話 光の森から
「呪具自体が壊れた可能性か。あるかもしれないな」
シファルさんの説明に頷くジナルさん。
彼は光の森を見ると、私達に視線を向けた。
「光の森については、俺から報告しておくよ。宿に戻るなら途中まで一緒に行こう」
フラフさんは何処にいるんだろう?
元研究所は出ていると思うから、自警団の詰め所かな?
周りを警戒しながら大通りに向かう。
光の森に出入りする場所が見えたので、なんとなくそちらに視線を向けた。
「あれ?」
何か違う。
昼間は……あっ!
「光の森を守っていた、自警団がいないね」
「そうだな。おかしい」
お父さんも気付いたのか、険しい表情になっている。
「フラフが言っていた監視もいないな」
ジナルさんが、剣に手を掛けながら警戒を見せる。
「森から誰か出て来るぞ」
セイゼルクさんの言葉に、全員が武器に手を掛ける。
「待て、フラフの仲間だ」
「彼女が言っていた監視役か?」
セイゼルクさんが武器から手を放す。
「たぶん。フラフから紹介された時に会っただけだから、絶対とは言えないが」
森の中から出てきた男性は、ジナルさんを見ると少し考えたあとパッと表情を明るくしたのが見えた。
どうやらジナルさんの事を思い出した様だ。
「えっ?」
森の出入り口は少し距離があり、暗い事もあって気付かなかったけど彼の服は血まみれだった。
「ジナルさんでしたよね?」
「あぁ、それより怪我をしたのか?」
「えっ?」
不思議そうにジナルさんを見る男性。
そしてジナルさんが見ている物に気付き、視線を下げた。
「あぁ、これは返り血です。俺は何処も怪我をしていないので大丈夫です」
「なんだ、返り血か」
いや、今の会話ってそんな軽く言うものかな?
ジナルさんと男性を見て、首を傾げる。
んっ?
森から人の気配がする。
そういえば、目の前の男性は気配を感じなかった。
フラフさんの仲間って、みんな凄いな。
「お~い。あれの処理はそっちで、あれ? ジナルさん?」
光の森から自警団員2人が来る。
そして、ジナルさんを見ると驚いた表情をした。
「光の森の見守りか?」
「「はい」」
自警団員達はジナルさんの前に来ると、小さく頭を下げた。
「何をしていたんだ?」
ジナルさんの視線が森に向く。
自警団員達は、少し困った表情をしてもう1人の男性に視線を向けた。
「監視をしていたら、昔お世話になった者が来たんだ。様子を見ていたら、無理矢理中に入ってしまって。ちょうどいいから、挨拶をしようと思って」
なんだろう。
お世話になった者の話にしては、雰囲気が殺伐としている。
「無理矢理? 貴族か?」
ジナルさんが自警団員達を見ると頷いた。
「その貴族と知り合いだったのか?」
「うん。子度の頃にね。色々とお世話になって、そのお礼をしたいとずっと思っていたんだ。だから、出来て良かった」
これ、いい話ではない。
お礼って言った時、殺気が増した。
あっ、もしかしてその返り血ってそのお世話になった人?
「あ~、もしかして研究所関連?」
「そう。昔、そこに住んでいたんだ」
あっ、男性は研究所の被害者だ。
という事は、貴族は教会の支援者?
「そうか。その貴族が此処に来た理由は聞いたか?」
「呪具を買いに来たと言っていたよ」
「呪具を?」
「そう。呪具を買わないかと持ち掛けられたんだって。で、買うならこの森で待っていて欲しいと言われたらしい」
もしかして、なくなった呪具の事?
「その呪具は?」
ジナルさんの質問に首を横に振る男性。
「呪具が届くと聞いたから生かして待っていたのに、時間になっても来なかった」
「そうか。その貴族と話しは、無理か」
「ごめんね。抑えられなかった」
申し訳なさそうな表情をする男性。
「別にかまわない」
ジナルさんは、男性の肩をポンポンと軽く叩いく。
「あっそうだ。奴が持っていたバッグの中に、書類があった」
男性が持っていたマジックバッグから、豪華な装飾の施されたバッグが出てくる。
「えっと、これだ!」
そのバッグの中を探ると、複数の紙を取り出してジナルさんに渡した。
「これは! ありがとう。役に立ちそうだ」
ジナルさんは、中身を確認すると嬉しそうに笑って男性にお礼を言った。
男性は、ジナルさんの様子にホッとした表情見せる。
ジナルさんは書類を自分のマジックバッグに入れると、自警団員達を見た。
「よしっ。俺達は行くけど、自警団員は引き続き見守りだな」
「「はい」」
自警団員達は、チラッと森を見て頷く。
どうしたんだろう?
「大丈夫、あれの処理は俺でするから。という事で俺は、処理をするための道具を持って来るよ」
楽しそうに言う男性から視線を逸らす。
何も聞かなかった事にしよう。
「そうか。もしかしたら何か協力をお願いするかもしれないが、いいか?」
「もちろん。何かあったら、フラフ先輩に言ってくれればいいから」
「分かった」
「では、我々は仕事に戻ります」
自警団員達が頭を下げ森の出入り口の近くに戻ると、もう1人の男性は楽し気に研究所の方に向かった。
「行こう」
ジナルさんを見る。
さっきと同じ様に見えるけど、雰囲気が明るくなった。
男性が渡した書類に、そうとう役立つ情報が載っていたみたい。
大通りを出るとジナルさんが私達を見る。
「何かあったら、自警団の詰め所まで知らせてくれ」
ジナルさんの言葉に、お父さんとセイゼルクさん達が頷く。
「気を付けてね」
私達は宿に行くけど、ジナルさんはまだ仕事だ。
裏切り者は自警団員が抑え込んだみたいだけど、まだ危ない事があるかもしれない。
「分かった。宿に戻るだけだから問題はないと思うけど、アイビーも気を付けて」
「うん、ありがとう」
手を振ってジナルさんと別れる。
しばらく歩くと宿が見えた。
「アイビー、宿に戻ったらお風呂に行こうか」
「お風呂?」
お父さんを見る。
「そう。高級宿の風呂は、きっと凄いぞ」
確かにそうかもしれない。
「次は、いつこんな宿に泊まれるか分からないからな。満喫しないと」
「そうだね」
自分のお金では、贅沢過ぎて泊まれない。
それだったら、今を満喫しないと勿体ないよね。
もう夜なのに、何故か全く眠くないし。
それだったらお風呂を楽しみたい。
「高級宿を満喫したいなら、遊べる道具を借りたらどうだ?」
「遊べる道具?」
ラットルアさんを見る。
「高級宿は、部屋の中で遊べる道具を貸して貰えるんだよ。色々あるみたいだぞ」
部屋の中で遊べる道具?
「あぁ、聞いた事があるな。師匠が知恵の輪という物を借りた事があるそうだ」
お父さんの言葉に首を傾げる。
知恵の輪という言葉を、どこかで聞いた事がある様な……。
「あれは駄目だ」
ラットルアさんを見ると、面白くなさそうな表情をしている。
それを見たシファルさんが笑い出す。
「ラットルアは、どれだけ時間を掛けても出来なかったよな」
時間を掛けて、何をするんだろう?
「シファルは簡単に外したよな」
ラットルアさんが少し拗ねた表情をする。
外す?
「セイゼルクも外したし。あっ、ヌーガは俺と一緒だったな」
ラットルアさんがヌーガさんを見ると、少し不満そな表情をしながら頷いた。
なんだか凄く気になる。
「お父さん、お風呂の後でやってみていい?」
あっ、でも夜中だ。
さすがに寝た方がいいと言われるよね。
「あぁ、いいぞ」
えっ、いいの?
いつもだったら、眠た方がいいと言いそうなのに。
何か変だな。
「実戦に出て少し興奮状態なんだよ」
お父さんが私の頭をポンと撫でる。
「えっ、でも何もなかったのに?」
戦うかもしれないと思ったけど、なかった。
だから、守ってもらっている時と変わらないと思うけど。
「うん。それでもいつもより気を張っていたし、感覚が違っただろう?」
それは確かに。
「実戦をしたあとは、気持ちを落ち着ける時間が必要なんだ」
「お父さんも?」
「もちろん」
そうなんだ。
「だからゆっくりお風呂を楽しんで、ちょっと遊ぼうか」
「うん」




