954話 呪具を着けた自警団員
「あの~失礼ですが、フラフ先輩の協力者の1人、ジナルさんでしょうか?」
自警団員さんはジナルさんを見る。
「あぁ、そうだ」
「良かった。自警団の詰め所でチラッとは見かけたのですが、確証が持てなくて」
自警団員さんは小さく頭を下げると、少し太めの縄を出した。
「ちょっと失礼しますね」
白目をむいた男性と、座り込んで震えている男性3人に手早く縄を掛ける自警団員さん。
「マジックアイテムは使わないのか?」
ジナルさんの言葉に、自警団員さんは縄を見せる。
「これもマジックアイテムなんですよ。反抗的な態度を取ると、締まるんです。ぎゅ~っと」
自警団員さんの説明に、男性2人から小さな悲鳴が上がる。
それを見て、楽しそうに笑う自警団員さん。
彼女は、けっこういい性格をしている気がする。
「あっ、そうだ。フラフ先輩に捕まえていた自警団員が逃げ出したと報告したんですが、聞きましたか?」
自警団員さんの言葉に、ジナルさんの表情が険しくなる。
「いや、聞いていない。逃げ出した自警団員は何人だ?」
「呪具を着けた2人です。そういえば、その内の1人はフラフ先輩からの情報でした。もしかして見つけたのはジナルさんか、そちらの方達ですか?」
自警団員さんの視線がセイゼルクさん達や私達に向く。
「あぁ我々だ。たまたま見つけたのでジナルに報告したんだ」
セイゼルクさんがチラッと私を見て、声には出さず「ごめん」という。
それに笑顔で頷く。
ソルの事も私の事も言わない方がいいからね。
「そうだったんですね、ありがとうございます。それなのに逃がしてしまってごめんなさい」
セイゼルクさん達に向かって深く頭を下げる自警団員さん。
「それはいいが、見張りはいなかったのか?」
セイゼルクさんの言葉に、自警団員さんの表情が微かに曇る。
「見た者の話ですが、急に暴れ出して素手で檻を壊したそうです」
素手で檻を?
もしかして呪具の力かな?
「見張り役の自警団員が2人を止めようとしたんですが、殺されました。檻の壊される音に気付いて他の自警団員も集まったのですが、止める事が出来ず逃げられました」
死者まで出ているのか。
「村から出た可能性は?」
ジナルさんを見て首を横に振る自警団員さん。
「門には見張りと護衛を付け、見かけた場合はすぐに殺す様に指示が出ました。緊急時の扉にも見張り役と護衛がいます。何処からも報告が届いていないので、村にいると思います」
村から出ていない事は良かったけど、村の人が被害にある可能性もある。
早く2人を見つけない危険だ。
「ジナルさん達はどちらに?」
「宿に戻る途中だ」
あれ?
光の森に行く事は言わない方がいいと判断した?
自警団員さんを見る。
特に怪しいところは見られないけどな。
ソル達が入っているバッグも揺れていないし。
「そうだったんですね。引き留めてすみません」
自警団員さんがジナルさんに謝ると、彼は首を横に振る。
「それはいいが――」
ジナルさんは言葉を止めると、光の森がある方を見る。
つられて視線を向けるが、特に気になるものはない。
「何か来るぞ」
ジナルさんが武器を手に持つ。
それに慌てた様子を見せる自警団員さん。
「ぐあぁ。あぁぁ」
えっ、今のは人の声?
微かに聞こえた不気味な声に、眉間に皺が寄る。
お父さん達にも聞こえた様で、全員が武器に手を掛けた。
「ぐあぐぁだぁ」
声が近付いてて来るので、緊張感が高まる。
あれ?
声は近付いてきているのに、気配を感じない。
隠している様な感じでもないし。
ズズッ、ズズッ。
さらに足音らしきものも聞こえたが、どこか悪いのだろうか?
足を引きずっているみたいだ。
「誰だ?」
「あぁあぁあぁ」
苦しそうな呻き声が聞こえると、足を引きずる音が大きくなった。
「あっ」
ソルが入っているバッグを見る。
「揺れてる」
お父さんがバッグを見ると、ジナルさんに視線を向けた。
「ジナル。逃げ出した自警団員だ」
「はぁ。呪具を着けた怪力か」
自警団員さんが、不思議そうにお父さんを見る。
「どうやって分かったのですか?」
「……勘」
いやお父さん、それは無理があると思う。
「さすがですね」
えっ、信じたの?
自警団員さんを見ると、尊敬した様な表情でお父さんを見ていた。
それに気付き、そっと視線を逸らすお父さん。
ジナルさんやセイゼルクさん達が、密かに笑っている。
「見えたぞ」
ヌーガさんの言葉に、少し緩んだ緊張感が戻る。
「げっ」
「うわぁ」
ジナルさんが嫌そうに声を上げる。
私も、目に入った姿につい声が出てしまった。
私達の視線の先に見えたのは、ふらふらと歩く男性。
目は真っ赤に充血し、ギョロっと動く目が怖い。
左手は折れているのか色が変わり晴れ上がり、右足も膝から下の部分の向きがおかしい。
「な、に、これっ!」
自警団員さんが顔を歪め、ジナルさんを見る。
「いや、俺に聞かれてもな」
「そうですよね。すみません」
「檻に入っていた時は、普通だったのか?」
セイゼルクさんの質問に自警団員さんは頷く。
「こんな気持ち悪い存在になっているとは聞いていません」
近付いて来る男性に、全員が少し下がる。
「近付きたくないな。というか、これ切るのか?」
セイゼルクさんの言葉に、全員が黙る。
誰も相手にしたくない様だ。
まぁ、その気持ちは分かる。
「こんなの切ったら武器が腐りそうだな」
ジナルさんは諦めた様にため息を吐くと、男性に1歩近付いた。
「あっ! そうだ」
何を思ったのか、ジナルさんがお父さんを見る。
それに嫌そうな表情をするお父さん。
「ドルイド、一気に燃やせ!」
あっ、お父さんの剣か。
あれだったら、確かに一気に燃やせるね。
「いや、駄目だろう。こうなった原因を調べる必要があるだろうから」
「ちっ」
うわ、ジナルさん舌打ちした。
「いえ、良いです。燃やしちゃって下さい」
何を思ったのか自警団員さんが、ジナルさんに賛成する。
「落ち着け。冷静に」
「無理です。あれ、どう見ても化け物です。さすがに燃やしてしまうべきだと思うんです」
もの凄く、嫌いなんだろうな。
自警団員さん、顔色まで悪くなっているし。
「それなら俺がやるよ」
シファルさんが弓を出すと、ふらついている男性に向かって放った。
放たれた矢は、綺麗に男性の眉間に突き刺さる。
「さすが」
セイゼルクさんの言葉に、シファルさんが笑う。
「「「「「……」」」」」
動きは止まったが、倒れない男性に全員が無言になる。
「「「「「……」」」」」
数秒? 1分?
まだ、男性は立ったまま。
バタン。
「「「「「はぁ」」」」」
男性の倒れた姿に、全員が安堵の溜め息を吐く。
「矢が刺さったのに、動き出すのかと思った」
ラットルアさんが腕をさすりながら言う。
同じ事を思っていた様で、全員が頷く。
「矢が刺さった後、かなり長い時間腕が動いていたよな?」
ジナルさんの言葉に、自警団員さんがぶるっと震える。
「あぁ、思い出さない。思い出さない。私は何も見ていない」
自警団員さんの様子を見て、ジナルさんが申し訳なさそうな表情になる。
「もう、大丈夫だぞ。あ~、これ調べるために運ぶ必要があるんだけど」
ジナルさんが亡くなった自警団員を指すと、自警団員さんが少し後ずさる。
「すみません、私では無理です。仲間を呼んで来ます。近くにいると思うので」
返事を待たずに仲間を呼びに行った自警団員さん。
その様子に、ジナルさんが肩を竦めた。
「本当に苦手なんだな」




