952話 本
「あの本屋にある本と同じだな。まさか木の板が本になるなんて」
ジナルさんが本の表紙を撫でる。
「触った時に、違和感を覚えなかったの?」
フラフさんの質問にジナルさんは頷く。
「あぁ、違和感はなかった。だから普通の木の板だと思ったんだけど……」
「本の内容は? 木箱にあったという事は、呪具に関連している事だとは思うが」
お父さんがジナルさんを見ると、彼は頷いて本を開いた。
「えっ?」
本を開いたジナルさんが驚いた表情になる。
そして、本を開いた状態で私達に見せた。
「白紙だ」
ジナルさんの言う通り、本には何も書かれていない。
お父さんはジナルさんから本を受け取ると、パラパラと違うページを確かめる。
「本当に、何も書かれていないな」
フラフさんが首を傾げて本が入っていた木箱を見る。
「フラフ?」
ジナルさんの声に、フラフさんが彼を見る。
「木箱に魔法陣でもあるのかと思ったけど、なかったわ。それにしても、どうして白紙の本なんて入っていたのかしら。しかも木の板に偽装して。偽装でいいのよね?」
「たぶん。そんな事が出来る魔法は知らない。あっ」
ジナルさんが私を見る。
それに首を傾げる。
「魔石で変化する事は出来るな」
魔石?
あっ、そうだ。
魔石を使って、木の魔物になった事がある。
「魔石ってさっきジナルが木の板に付けた物か?」
バンガさんの言葉に、全員の視線がジナルさんの持つ魔石に向く。
ジナルさんが魔石を目の高さまで持ち上げると、ジッと見る。
魔石は先ほどと変わらず、白く濁って……んっ?
「濁りがさっきより酷くないか?」
お父さんの言葉に、ジナルさんが無言で頷く。
そしてお父さんが持つ本を受け取ると、魔石に近付けた。
「おっと」
ピシッ。
本は木の板になり、ジナルさんが持っていた魔石にはヒビが入った。
「「「「「……」」」」」
全員で割れた魔石を見つめる。
「ちょっとジナル、魔石が割れちゃったんだけど。この状態で、木の板を本に戻せるの?」
焦った様子でジナルさんに詰め寄るフラフさん。
「あ~、どうかな?」
そっと木の板と割れた魔石を近付けるジナルさん。
「ごめん、無理だ」
分かっていたけど、駄目だった。
「でも、本には何も書かれていなかったし」
ジナルさんの言う通り、本は白紙だった。
だから本に戻っても役に立つ事はない。
「そうだけど、本を調べる事は出来たわ。まぁ、止めなかった私も同罪ね」
フラフさんから視線を逸らすジナルさん。
珍しく本当に困った表情になっている。
それにしても、本を木の板に変える魔石か。
そんな魔石がある事に驚いたな。
そもそも、白紙の本がどうして木箱に入っていたんだろう?
書類や首飾りは、呪具に関連する物だった。
という事は、本も呪具に関連する物だと思うんだけどな。
「本の正当な持ち主ではないから読めなかったのでは?」
お父さんの言葉に、ジナルさんの表情が変わった。
「そうだ! あの本屋の店主に『置いてある本の内容を知る事が出来るのは、本の正当な持ち主だけだ』と言われたんだった」
本屋さんの話が出た時にジナルさんが言っていたっけ。
すっかり忘れてた。
「もしあの言葉が当てはまるなら、この本はまだ必要とされているという事だな。店主は『この本たちは必要が無くなれば消える』とも言っていたから」
ジナルさんが木の板を見る。
そして魔石と一緒に、布に包むと彼が持っているマジックバッグに入れた。
「この町には、この本に詳しい本屋がある。これを見せて相談してみるよ」
「あぁ、あの本屋ね。店主が頑固で有名よね」
ジナルさんを見てフラフさんが笑う。
「でも相談にのってくれるかしら? 怒らせると、攻撃されるわよ」
フラフさんの言葉に、ジナルさんが首を傾げる。
「攻撃? 前に会った時は、攻撃なんてしなかったぞ。頑固で不思議な人だったけど、話も出来たし」
「店主と話した事があるの?」
「あるよ。相手にされなかった貴族が雇った、ならず者や下位冒険者を排除する依頼があったから。その仕事のあとに少しな」
「はぁ、貴族ってどいつもこいつも。店主が攻撃する様になったのは1年ほど前からよ。貴族が『僕に売ってくれない店なんて燃えてしまえばいいんだ』と叫んで火を放った」
うわ、最悪だ。
フラフさんの話し方から、貴族と言っても子供かな?
「店主に怪我は?」
「大丈夫、無傷よ。というか、不思議な事に火はすぐに消えたの。目撃者から聞いた話では、火を放った瞬間ポンと小さな破裂音がして消えたみたいなの。それも何度も」
火がすぐに消えたから、何度も挑戦したんだ。
「すぐに消えた? 不思議だな。それで貴族は? 話し方から子供か?」
「いいえ、30歳だったわ」
えっ?
「フラフの言い方が間違ったのか?」
あぁ、そうか。
「いいえ。30歳の貴族子息が言った通りに話したわ」
フラフさんの話に、ジナルさんの顔が歪んだ。
確かにその気持ちは分かる。
「それと目撃者が多くて犯罪を揉み消す事が出来なかったから、貴族子息は奴隷落ちしたわ。放火は重犯罪だから当然ね」
そもそも30歳にもなって、相手にされないから火を放つなんてありえない。
「そうか。本は、相談をしてみるよ。それに、この町に来た目的の1つだしな」
ジナルさんがお父さんと私を見る。
「問題が解決したら行く約束だな」
「うん」
私達の返事に、ジナルさんが嬉しそうに笑う。
あっ、セイゼルクさん達の気配が近づいて来る。
なんだろう。
少し焦っているみたい。
「何かあったのか?」
お父さんが部屋の出入り口に視線を向ける。
「ここか? いた。良かった」
私達を見えて安堵した表情をしたセイゼルクさん達。
なぜかソルが彼等の周りで飛び跳ねだした。
「アイビー、ここに来るのに階段を3回も探したよ」
ラットルアさんの言葉に首を傾げる。
爆発玉の煙を見つければ。
あっ、もう煙は消えてしまっているか。
この建物の階段は、一気に地下3階まで下りられなかった。
地下1階に下りたら、別の場所にある階段に移動して地下2階に下り、そしてまた別の場所にある階段に移動して地下3階に下りた。
爆発玉の煙の誘導がなければ、ここ見つけるのは時間が掛かるだろうな。
「そんな事より、アイビーにお願いがあるんだけど」
シファルさんがマジックバッグから木箱を取り出す。
その木箱には見覚えがある。
「ぺふぃ~」
だから、セイゼルクさん達の周りにいたんだね。
「ソルにあげても?」
シファルさんの言葉に、笑って頷く。
「あっ、でもその前にジナルさんに確認を取って欲しい」
先ほどとは違う呪具があるかもしれないから。
「あぁ、そうか」
シファルさんがジナルさんを見ると、彼は頷き木箱の箱を開けた。
「ぺふっ!」
ソルが勢いよく飛び跳ねると、ジナルさんの頭に載る。
そして楽し気に揺れ始めた。
「おかしいな。呪具があるのに緊張感がない」
セイゼルクさんの言葉に、フラフさんが笑い出す。
バンガさんとジックさんも楽しそうに笑っている。
「ジナルさん、ごめんね」
ソルを見て謝ると、彼は私を見る。
「重くないし大丈夫」
「ぺふっ? ぺふっ?」
呪具を確認するジナルさん。
その頭の上では、「まだ? まだ?」という様に体を傾けているソル。
「癒されるな」
セイゼルクさんの言葉に、ラットルアさん達が頷く。
「そっちはどうだった?」
お父さんがセイゼルクさんを見る。
「裏切者の自警団員5人と王都から来たならず者が25人。ならず者は呪具を持ち出すために雇われていた」
「合計30人いたのは驚いたけど、そのお陰でスッキリだ」
ラットルアさんの説明に笑ってしまう。
思いっきり暴れてきたのかな?
「ならず者の1人と話したんだが、呪具が入った木箱を2個運ぶ予定だったそうだ」
2個?
目の前にあるのは1個。
セイゼルクさんの話に、ジナルさんが視線を向ける。
「俺達の場所にあった木箱だけど、2個あった。1個目は呪具が入っていた。2個目は空。空の木箱を運ぶはずがないから、木箱のあった周辺を調べた。どこかに呪具があるのかと。でもなかった。見つけたのは、木箱がもう1個あった痕跡だ。俺達が行く前に、誰かが呪具の入った木箱を持ち出した可能性がある」
「王都に持って行ったのか?」
話を聞いたジナルさんが嫌そうにつぶやくと、セイゼルクさんが神妙に頷いた。
「その可能性が高いだろうな」




