950話 ぺふ~
「ぺふっ?」
周りを見て体を傾けるソル。
私達の反応が不思議なんだろう。
「おいしかった?」
「ぺふっ」
「そっか。良かったね」
ソルを撫でるとプルプルと揺れ、そしてある方に視線を向けた。
ソルの視線を追って、タブロアさんが呪具を手にした場所を見る。
「もしかして、呪具がまだあるの?」
「ぺふっ」
興奮気味に鳴くソル。
呪具の下に行きたいのか、そわそわしている。
「一緒に行こう」
お父さんがソルの頭を撫で、私を見た。
「うん」
ソルを抱き上げると、反応を示した場所に行く。
「これか」
お父さんがテーブルに乗っている木箱の中を見る。
一緒に覗き込むと、その数に顔が歪んだ。
「何個あるんだろう?」
これが出回ったら大変な事になっていただろうな。
「ぺふ~」
嬉しそうに鳴くソル。
「15個以上は確実にあるな。ここで対処出来て良かったよ」
「うん、そうだね」
「ぺふっ! ぺふっ!」
早く欲しいって言っているみたい。
「あはははっ、ソル~」
ソルを見てお父さんが笑う。
「真剣な話をしている筈なんだけど……くくくっ」
うん、分かる。
会話に間に入る、嬉しそうな鳴き声に笑いたくなってくるよね。
「ぺふ~」
ソルの期待を込めた視線と鳴き声。
それに、つい笑ってしまう。
「あははっ、ちょっと待ってね。ジナルさん。呪具をソルにあげてもいい?」
確認があるかもしれない。
「ちょっと待ってくれ。数とあと、俺が知っている呪具と一緒なのか見ておきたい」
「ソル。少しだけ待ってね」
「ぺふ~」
残念そうに鳴くソル。
すぐにジナルさんに視線を向けると、プルプルと震えた。
「ははっ、悪い。書類が見つかったから、こっちが先な。すぐに終わるから」
「ぺ~」
ソルの頭を撫でる。
「大切な事だから、待っていようね」
「ぺふっ」
少し待つと、書類の確認を終えたジナルさんが呪具の入った木箱を確認した。
「全部で19個か。2個だけ、他の呪具とは違うな。書類に書いてあったんだが、2種類の呪具を作ろうとしていた様だ」
「2種類?」
お父さんが、木箱に入っている呪具を見る。
「1つは強靭な騎士を作ろうとして出来た、殺しの衝動を生み出す呪具。ここにある呪具は、持っている力を倍増させる改良版みたいだ。タブロアが自信ありげに着けたのは、改良版だったからだな。それにしても動きが遅かった様な……」
王都で起こった殺人事件は、その呪具が使われたのか。
改良版が出回ったら、もっと被害が出たかもしれないからここで見つかって良かった。
「もう1つは魅了させる呪具だ。この呪具も成功はしていない。失敗したのは嬉しいが、ここに失敗作の呪具がある。これが何を引き起こすのか、書類には書かれていなかった」
心を魅了?
つまり、呪具で人を操ろうとしたって事?
「洗脳とは違うの?」
どちらも心を操る事だよね?
「魅了は、人の心を惹きつけて虜にしてしまう事だ。家を乗っ取る時には、こっちを使うな。洗脳は、人の思想や主義を根本的に変えさせる事だ。本人の意思を無視して使うなら、洗脳の方が便利だろうな」
お父さんの説明に、首を傾げる。
ちょっと、分かりにくいな。
「魅了の呪具なんて、どう使うつもりだったんだろうな?」
ジナルさんを見ると、木箱から1個呪具を取り出す。
「あぁ、そうか。次の王に着ける事が出来れば、フォリア・スチューリス侯爵令嬢が王妃になったかもしれないな」
お父さんがジナルさんを見て、首を傾げる。
「次の王に、婚約者はいないのか?」
「分からない。情報が一切流れてこないから」
ジナルさんの返答に、お父さんが驚いた表情をする。
「一切? 何も?」
「あぁ。もちろん、噂ぐらいならあるぞ。髭がある、ないとか。でもそれ以上の情報はない。誰かが情報を完璧に制御しているんだろうな。まぁ、その誰かとはフォロンダ様とその仲間達なんだろうけど」
あっ、フォロンダ領主なんだ。
あと少しで戴冠式だよね?
王都にいけば、見られるのかな?
ちょっと気になるな。
「ぺふっ~」
ソルが待ちきれなくなったのか不満そうに鳴くと、ジナルさんがハッとした表情をした。
「あぁ、ごめん。1個は調べるため、回収……して大丈夫か?」
手に持っている呪具を見て、ジナルさんが眉間に皺を寄せる。
「調べさせたら被害が出るし、かといって調べないと後々困る事になるかもしれないし」
そうだ。
この呪具は、調べるのも大変だったんだ。
「ぺふっ!」
力強く鳴くソルを見ると、私に視線を向けていた。
それに首を傾げる。
「どうしたの?」
「ぺふっ」
ソルの視線が、私のズボンのポケットに向く。
そこにはソルの作った魔石が入っている。
ポケットから魔石を取り出す。
今、この魔石を見るという事は……振り返って魔法陣を見る。
あっ、魔法陣が光っていない。
という事は、魔法陣を無効化出来たんだ。
あれ?
それならどうして魔石を見たの?
「魔法陣は、魔石4個で無効化出来たよ。ありがとう」
視線の先を見たジナルさんが、私に笑いかける。
「いえ、んっ?」
さっき話していたのは、呪具を調べるのは大変だと……。
「ソル、この魔石は呪具を調べる時に役立ってくれる物なの?」
「ぺふっ」
自慢気に鳴くソル。
ジナルさんが、私の言葉に驚いた表情をした。
「本当に?」
「ぺふっ」
「ありがとう、ソル。残りは全部食べて良いぞ」
「ぺふ~」
嬉しそうに鳴くソルは、木箱に飛び込んだ。
しばらくすると、緊張感が漂う筈だった空間に力の抜けた音が響いた。
「うん、この空間に笑いを呼ぶ音だな」
ジナルさんの言葉に、フラフさんが笑う。
「本当にそうね。それより、これを見て」
フラフさんが、魔法陣の中にいた被害者の首を指す。
そこには、布が巻かれていた。
よく見ると、全員の首に同じ物がある。
「これ、魔法陣が縫われているみたいなの」
フラフさんが、被害者の1人から布を取り広げると魔法陣があった。
「彼等はどうしたんだ? 大丈夫なのか?」
ジナルさんが、ぐったりしている被害者の顔を覗き込む。
「息はあるな」
「魔法陣の光が消えたら、意識を失ったわ。でも、命に問題はないみたいだから安心して。肉体的にも精神的にも限界だったんでしょう。彼等に今必要なのは、ゆっくり休む事だわ」
「そうか。それでその布の役目は?」
「私が知っている文字や印ではないの。ジナルはどう?」
フラフさんから布を受け取ったジナルさんが。
じっくり魔法陣を見て、表情を歪めた。
「この印は倍、いや数倍? でも何をだ?」
「魔力じゃないか? 呪具に必要なのは魔力だ」
声に視線を向けると、バンガさんが部屋に入って来た。
隣にはジックさんもいる。
「終わったのか?」
ジナルさんの問いに、バンガさんが頷く。
「あぁ、仲間が揃ったら王都に連れて行く。それまでは、フラフさんが提供してくれた隠れ家に放り込んでおいた」
フォリアさんの事だよね?
呪具に関わった以上は、罪を償う事になるのだろう。
「バンガはこれが何か分かるか?」
ジナルさんが、魔法陣の縫われた布を見せる。
「分からない。アゼラなら何か聞き出したかも。あっ、彼からフラフに伝言。『呪具について話しがあるから、あとで隠れ家に行く』と」
フラフさんに視線を向けるバンガさん
「分かったわ、ありがとう。とりあえず、このままにしておけないから布は回収するわね」
フラフさんは、被害者から布を取ると空のカゴに放り込んでいく。
「待て。魔法陣が縫われているんだから、さすがにその扱いは駄目だろう」
ジナルさんの言葉に、フラフさんの動きが止まる。
「この布からは全く魔力を感じないから大丈夫だと思ったのだけど、駄目かしら?」
「ぺふっ」
いつの間にかフラフさんの傍にいるソル。
ソルの視線の先は、彼女が持っている布。
もしかして次は布?
「ソル、その布が欲しいの?」
「ぺふっ」
「魔力はないと思うけど……」
フラフさんは布を不思議そうに見る。
「ソルが反応するという事は、魔力がある筈だけど」
お父さんの言葉に頷く。
「とりあえず1枚、ソルに渡してみてくれ」
ジナルさんを見て頷くと、フラフさんは持っていた布をソルの前に置いた。
すぐにソルが布を包み込む。
数秒後、布から離れたソルは満足そうな表情をしてカゴに視線を向けた。
「反応から見て魔力があるみたいだな。1枚だけ残して、あとはソルに」
「分かったわ。お願いね」
「ぺふ~」




