949話 対峙する
「どうする?」
ジナルさんがフラフさんを見る。
「そうね、ジナルは様子を見て突入してくれる? 油断させたいからまずは1人で」
「分かった。フラフはどうするんだ?」
「私は周りを調べるわ。ドルイドとアイビーは、ここで……この通路は隠れる場所がないわね」
フラフさんの言う通り、今いる場所には隠れる場所が1つもない。
でも、扉が見えるから部屋はある様だ。
「部屋があるのね。中を見て、問題がなければ中で待機して。私が戻って来る前にジナルに危険が迫ったら手助けをお願い」
フラフさんの指示に全員が頷く。
彼女が周りを調べるため離れると、ジナルさんがお父さんと私を見る。
「気を付けて」
「ジナルもな」
ジナルさんが、灯りが漏れる扉の中をそっと窺う。
その様子を見ながら、別の扉の前に移動する。
「じゃぁな」
ジナルさんに視線を向けると、扉を足で蹴飛ばしているのが見えた。
ガーン。
「なんだ? 誰だ、お前は! えっ? 死んだはずでは?」
聞いた事がある様な声だな。
……誰だっけ?
「タブロア、残念だったな」
あぁ、タブロアさんだ。
「くそっ」
ガシャーン。
何かの壊れた音が響く。
「どうした、何があった? えっ、ジナル? どうして生きているんだ?」
さっきとは違う男性の声だ。
「アイビー」
お父さんに視線を向けると、いつの間にか目の前の扉が開いていた。
「この扉、ジナル達がいる部屋に繋がっているみたいだ」
部屋の中を覗くと、ジナルさんと男性が2人。
そして、怯え疲れた表情をした沢山の人がいた。
「あれは行方不明になっていた者達だな。手枷をされている」
声を荒げている男性2人に見つからない様に、そっと中を覗き込む。
「魔法陣だね」
行方不明の者達は魔法陣の中にいて、既に動き出しているみたいだ。
「あぁ。あれは、問題だな」
んっ?
ソラ達が入っているバッグを見ると揺れている。
「どうした?」
「ソラ達が……」
お父さんがバッグを見て、部屋の中を見る。
「何かしたいのかもしれない、蓋を開けよう。皆、ここは敵の前だ。静かに、見つかったら危険だから」
動いていたバッグの動きが止まる。
それを確認したお父さんが、バッグの蓋を開けた。
すぐに顔を出したのはソル。
ソルは、バッグから出ると部屋の中をジッと見ている。
次はシエル。
周りを見回してからバッグから出ると、お父さんの傍に寄った。
ソラとフレムは、顔を見せたがバッグの中に戻った。
少し待ってみたが出てこないので、バッグの中で待機するのだろう。
「ドルイド、アイビー」
小声で名前を呼ばれ振り向くと、周りを調べていたフラフさんがいた。
彼女はバッグから出ているソルとシエルを見て、少し不思議そうな表情をする。
「周りはどうだった?」
「この階にいた敵は眠らせてきたわ。部屋に入らなかった……あぁ、繋がっていたのね」
この短時間で、敵を倒して来たんだ。
全く音もなく。
凄いな。
「どう?」
「魔法陣が既に動いている」
お父さんの言葉に、嫌そうな表情を見せるフラフさん。
「困ったわね」
「あはははっ。だが、手遅れだ。見ろ!」
狂った様に笑ったタブロアさんの声に、体がビクッと震える。
急に笑い出すから驚いた。
「魔法陣は、既に動いている。俺を倒したところで、目の前にいる奴等は助けられない。あはははっ、お前は遅かったんだよ」
「確かに動いているな。あれが効くかな?」
落ち着いた様子を見せるジナルさんに、タブロアが怪訝な表情になる。
「何をするつもりだ?」
「魔法陣を止めるつもりだ」
「もう手遅れだって言っているだろう!」
苛立ったタブロアに、ジナルさんがにこやかに笑う。
「やってみないと分からないだろう?」
ジナルさんが取り出したのは、ソルの魔石。
タブロアは、それを訝し気に見ると馬鹿にした様な表情になった。
「そんな物で何が出来る?」
ジナルさんは、タブロアの声を無視して魔石を魔法陣に放り投げた。
「ちっ、余計な事をするな!」
タブロアがジナルさんに向かって剣を振り上げる。
「邪魔だ」
振り上げた腕を足で蹴るジナルさん。
ゴキッと音がすると、タブロアさんが後ろに吹っ飛び苦痛の声を上げた。
「「よっわ」」
お父さんとフラフさんを見る。
2人とも呆れた表情で、倒れて痛がっているタブロアを見ている。
まぁ、確かに勢いだけで弱かったけど。
「魔法陣が」
フラフさんの言葉に、魔法陣に視線を戻す
「何? あの黒い線」
「たぶん、魔力だろう」
魔法陣から出ている黒い線に、フラフさんが首を傾げる。
お父さんの説明で、一応納得したみたいだけど不思議そうだ。
「魔石が吸収しているのね。これ、やっぱり凄い魔石だったんだわ」
フラフさんがポケットから魔石を出してまじまじと見る。
パーン。
「えっ?」
魔法陣を見ると魔石が砕けてしまっている。
でも、魔法陣はまだ微かに光っていた。
「1つでは足りないみたいだな」
ジナルさんが次の魔石を魔法陣に放り投げる。
「止めろ。何なんだよ、その魔石は!」
タブロアが腕を押さえて叫ぶ。
ジナルさんは、チラッと彼を見ると無視をした。
「死ね」
もう1人の男性が影からジナルさんを狙うが、彼は慌てる事なく軽々と避ける。
そして、男性の足の前に剣を出しコケさせると背中に足をのせた。
「残念」
「ラリスがいなかったら、奴が団長だったと言われているのよね。ん~、あの実力では無理だと思うのだけど、どう思う?」
フラフさんが私を見る。
えっ、どうして私?
「たぶん、無理だと思います」
ジナルさんは男性の動きをしっかり見ていた。
それに全く気付いていなかった男性には、団長なんて無理だと思う。
「そうよね。でもあれは『ラリスがいなかったら俺が』と妄言を言っていたそうよ」
とうとう「あれ」呼ばわりになってる。
しかも妄言。
「ごめんなさいね」
「えっ?」
フラフさんを見ると、少し困った表情をしている。
「イラっとすると口が悪くなるの」
「全く、気になりません。フラフさんなら、どんな話し方でもかっこいいです」
「ふふっ、ありがとう」
「お~い」
ジナルさんを見ると、こっちに手を振っている。
どうやらここにいる事はバレていた様だ。
敵の2人の表情から、彼等にはバレていなかったみたいだけど。
「魔石を持っていないか? 俺の分は使い切った」
「えっ?」
魔法陣を見ると、まだ微かに光っている。
「私のを使うわ」
フラフさんが慌てて魔法陣に向かって魔石を放り投げる。
「今までは1つで魔法陣を解除出来たのにね」
「そうだな。それだけこの魔法陣が厄介な物という事だ」
「くそが~」
タブロアさんは急に怒鳴ると、私達がいる場所とは反対の場所に走った。
「何をするつもりだ?」
フラフさんは武器を手に、ジナルさんの隣に立つ。
ジナルさんは既に剣を構えている。
「アイビー、こっちだ」
お父さんが指した場所は、本棚があり身を隠せる場所。
「隠れて。敵がいたら使って良いからな」
お父さんが私の持つ弓に視線を向ける。
「分かった」
「全員、死ね」
タブロアさんは呪具を手にすると、自分の首に付けた。
「ぐわぁぁ」
タブロアさんの目は血走り、苦しいのか首を押さえてうめき声をあげている。
「見苦しいわ」
フラフさんが嫌そうにいると、ジナルさんが頷く。
魔法陣から出られない者達は、タブロアさんが怖いのか離れようとしている。
でも手枷に何かされているのか動けない様だ。
「はははっ。これで俺は最強だ」
痛みが落ち着いたのか、ギョロっとした目でジナルさんを見ると剣を手に襲い掛かった。
ジナルさんは、タブロアに向かって剣を構える。
「ぺふっ」
聞きなれた鳴き声が聞こえると、タブロアさんの首から上が何かに包まれた。
「「「「……」」」」
「えっ?」
それが何か知っている私やジナルさんは無言になり、分からない敵の1人は戸惑った声を上げた。
バタン。
倒れるタブロアさん。
首に付けた呪具は、その拍子に首から外れたのが見えた。
「ぺっふ~」
満足気に鳴くソル。
見ると胸を反らしている。
そんなソルを見て、ジナルさんが笑い出す。
「ははははっ、良いところをソルに持っていかれたな」