948話 侵入
元研究所に着くと、ジナルさんが先に周辺を調べる事になった。
残った私達は2人1組になり、別々の場所に隠れジナルさんが戻って来るのを待つ。
お父さんと一緒に隠れた場所から、元研究所を見る。
夜なので灯りがないせいか、昼より不気味な雰囲気を醸し出している。
「怖い雰囲気だね」
お父さんに言うと、心配そうな表情になった。
「大丈夫か?」
「もちろん」
大丈夫だけど、この雰囲気を何処かで見た様な気がする。
ん~、何処だっけ?
あっ、前世の記憶だ!
死んだ人が出て来る時の雰囲気に似ているんだ。
えっ、まさかいないよね?
「お父さん」
「どうした?」
「呪具で死んだ人が動いたりしないよね?」
「どうかな?」
お父さんの返答に目を見開く。
「まさか、動くの?」
えっ、あの怖い光景を目の前で見るの?
「呪具で不滅の騎士を作ろうとしていただろう?」
「うん」
「不滅の騎士は死を恐れず、致命傷を負ってもすぐには死なない」
「そう言っていたね」
「致命傷を負えば、すぐに死ぬ事はないにしても普通は動けなくなる。でもそれを呪具の力で無理矢理動かすなら、もしかしたら心臓が止まっても動けるのではないかと思ってさ」
心臓が止まっても呪具の力で戦わせる。
怖い存在だけど、それを作り出そうとする人の方がもっと怖いかも。
「イカレテるよね」
人を人とも思っていない。
「あぁ、そんな事を考える奴は全員イカレテいる。だから、遠慮する事はないぞ」
「えっ?」
「弓で狙う時は遠慮など不要だ。思いっきり急所を狙え。生かそうとする必要はない」
お父さんの言葉に息を呑む。
「うん。でもお父さん」
「なんだ?」
「狙ったところに当たる確率はもの凄く低いから」
「大丈夫。大丈夫。アイビーは本番に強い子だから」
えっ?
本番に強い?
いや、そんな事は絶対にないから。
「お父――」
「戻って来た」
お父さんの視線を追うと、ジナルさんが手を上げた。
「どうだった?」
隠れた場所から移動し、ジナルさん達と合流するとバンガさんが聞く。
「どうやらこの場所が正解みたいだ」
つまり、呪具に関わっている者達がいるんだ。
「しかも、裏には馬車が数台停まっていた。中を確認したら、鎖が転がっていたよ。あと血の付いた布も。行方不明の者達が集められたかもしれない」
ジナルさんの説明に、お父さんの雰囲気が変わる。
バンガさんとジックさんも、スッと表情が消えた。
皆の雰囲気に、弓を掴んでいる手に力が入る。
今までと違う。
実戦のお父さんはこんな風なんだ。
バンガさんとジックさんも、すごく怖い。
「んっ? フラフか?」
ジナルさんが少し戸惑った様子で、元研究所の方を見る。
少しすると、フラフさんが現れた。
「自警団は?」
「仲間に任せてきたわ。そうそう、ここにフォリア・スチューリス侯爵令嬢、マッタス、タブロアがいるわよ」
彼女の言葉に、バンガさんとジックさんが笑う。
「フォリアはこちらで処理する。問題ないか?」
ジックさんの言葉にお父さん達が頷く。
「もちろんよ。そう言うだろうと思って、アゼラを送り込んでおいたわ」
「さすが」
ジナルさんが笑って言うと、フラフさんが当然と頷く。
「フォリア達のいる場所をどうやって探る? この建物はかなり大きい。地下にいるだろうが、地下も広いと聞いた。それに他の研究所と同じなら、中は複雑になっているんだろう?」
質問をしたバンガさんに向かって、フラフさんが笑う。
「大丈夫。アゼラが、奴等のいる場所まで案内してくれるわ」
「どうやって?」
バンガさんが首を傾げると、フラフさんが直径5㎝の玉を取り出す。
「爆発玉よ」
爆発玉は聞いた事がある。
音と煙を出すマジックアイテムだったよね。
火は出ないから、合図を送ったりするときに使うけど森では使えない。
音に魔物が集まって来るから。
「起動させれば、爆発する。音と煙を辿れば、私達が探していた者に辿り着けるわ」
アゼラさん、大丈夫かな?
今、敵の中にいるって事だよね?
「バンガ達はこれ」
フラフさんがバンガさんに紙を渡す。
「これは?」
「あなた達の待機場所よ。混乱に乗じて、アゼラがフォリアをそこに連れて来るわ。誰にも見られず外に連れ出しやすい場所は、そこだけなの。失敗しないでね。まぁ、音で敵の目は私達に向くから大丈夫だと思うけどね」
「分かった、ありがとう」
「あぁ、そうだわ。その場所だけ爆発音が違うから気にしないでね。あと騎士崩れが結構いるから、気を付けて」
騎士崩れ?
元騎士の事かな?
「お父さん、騎士崩れって何?」
「貴族出身の元騎士達。実力ではなく家の地位で騎士になったから実力はないが、後ろ盾があるせいで騎士の中ではそれなりの地位にいたんだ。でも問題ばかり起こすせいで首になった、現状に不満を抱えている屑共だ」
あぁ、なるほど屑か。
バンガさんとジックさんが、フラフさんに頭を下げると建物に向かった。
「さっき見たのは騎士崩れだったのか」
ジナルさんの呟きにフラフさんが、暗闇に向かって手を上げた。
不思議に思って暗闇に視線を向けると、複数の気配を感じた。
うわっ、フラフさんの仲間かな?
近くにいるのに、気配を全く感じなかった。
「仲間が近くにいるのは気付いていたが、あそこだったのか」
ジナルさんも少し驚いた様子を見せる。
それにフラフさんが笑う。
「彼等は、この町にいる精鋭達よ。他にも数人待機させているわ。騎士崩れは彼等に任せて。でも地下は私達が対応する。間違いなく魔法陣があるからね。あれの対応は、私達の仕事でしょう。あっ」
フラフさんが私を見る。
「魔法陣については大丈夫だ。アイビーは何度も魔法陣の事件に巻き込まれている」
「そうなの? 大変な人生を歩んでいるのね」
ジナルさんの説明を聞いて、フラフさんが私の頭を撫でる。
大変な人生か。
そうかもしれない。
でもそのお陰で、お父さんや皆に出会えたから悪い事ばかりではないんだよね。
「あぁそうだ、フラフ」
「何?」
「アイビーに貰った魔石をすぐに取り出せる様にしておけよ」
フラフさんがジナルさんを見る。
「すぐに?」
「あぁ、そうだ」
「分かったわ。ジナルがわざわざ言うという事は、重要なんでしょうから」
フラフさんは腰に巻いたマジックバッグから魔石を取り出すと、少し考えたあとポケットに入れた。
「よしっ」
それを満足そうに見たジナルさんは、元研究所に視線を向けた。
それに釣られて、私も元研究所を見る。
ドーン。
合図だ。
「行こうか」
ジナルさんを先頭に元研究所に向かう。
「確認しろ!」
「何があった」
爆発音のせいで、静かだった建物内から声が聞こえる。
どの声も慌てているのが分かる。
建物内に入ると、右側の廊下に煙が見えた。
ジナルさん達は周りを警戒しながら、煙に向かって行く。
「大丈夫か?」
緊張で体が震えそうになるのを抑えながら頷く。
「うん」
お父さんに小さく笑って見せると、頷いてくれた。
ドーン。
階段の階下から煙が上がって来る。
「下には、誰もいないな」
ジナルさんが階下を確認すると、地下1階に下りる。
キーン。
カーン。
何処からか、戦っている音が聞こえた。
フラフさんから聞いた、精鋭達が戦っているのかな?
頑張って。
ドーン。
左の廊下から煙が上がっている。
「こっちだ」
「侵入者だ!」
見つかった!
視線の先には、薄汚れた顔を歪めた男。
これは騎士崩れ?
敵が姿を見せた瞬間、フラフさんが一気に倒す。
うわぁ、本当に強い。
一瞬で決めた。
ドーン。
左側に曲がる廊下の先に煙が見えた。
ドドン。
あっ、音が違った。
廊下の先にある階段から煙が見えた。
ドーン。
地下2階に下りると、敵が3人いた。
それはお父さんとジナルさんが倒した。
ドーン。
まだ左側から煙。
廊下を警戒しながら進むと、扉の開いている部屋があった。
通りすがりに中を見ると、檻が見えた。
嫌な場所。
ドーン。
今度は右側に煙が見えた。
「隠れて」
フラフさんの言葉に、近くの部屋に入り息をひそめる。
バタバタと走る音が聞こえた。
隠れている場所の前を、男女が走り抜けた。
あっ、アゼラさんだ。
彼の足音だけ聞こえなかったな。
ドーン。
部屋から出て、アゼラさんが走って来た方に向かう。
曲がり角から煙が見える。
ドーン。
階段で地下3階に下りると、ある部屋から灯りが漏れていた。




