番外編 アゼラとフォリア
―アゼラ視点―
目の前で微笑んでいる女に、笑顔を返す。
き・も・ち・わ・り~。
今すぐ、この目の前にいる女を排除したい。
あぁ、落ち着け、落ち着け。
ここでの俺の役目を思い出せ。
「ねぇ」
黙れ。
「はい。なんでしょうか?」
「アゼラ、家族はいるのかしら?」
「家族ですか?」
「そうよ」
教会の奴等が、俺の目の前で殺したからいないんだよ。
「いません」
俺の心を壊すために殺された両親と幼い妹。
あれは、上手くいったと思うよ。
だってあの経験以降は、殺す事に迷いがなくなった。
十数年一緒にいた教会の奴等を殺す時も、全く迷わなかった。
まさに教会の奴等が理想とした俺だと思う。
でもおかしいんだよな。
理想通り育った俺の手に掛かって死ぬんだから本望だと思うのに、泣き叫んでいたな。
「裏切るのか」とか「育ててやった恩」とか「なぜこんな事になった」とか。
本当に、うるさかった。
「そう、それは寂しいわね。そうだ、私が家族になってあげるわ」
いらねぇ。
「それは……」
あれ?
この場合、何て言えばいいんだろう?
だって俺、別に家族なんて……。
んっ?
どうして今、フラフを思い出すんだ?
俺、彼女がちょっと苦手。
だって、一緒にいると……色々な事を考えさせられるから。
「アゼラ?」
「ありがとうございます。でも、俺にはもったいない話なので、少し困惑しています」
これでいいかな?
こんな事を聞かれるとは想像できなかったから、どう返事を返せばいいのかフラフに聞いてない。
「ふふっ。可愛いわね」
あははっ、気持ち悪い。
「でもフォリア様にそう言っていただけで嬉しいです。幼い頃に家族を亡くしたので、家族に憧れているんです」
誰かが家族っていいよなって話していた。
だから、こんな感じでいい筈だ。
「まぁ、そうなのね」
「はい、ありがとうございます。フォリア様は本当にお優しい方ですね」
んっ?
あぁ、やっぱりここにいたのか。
攫われた者達が、次々と連れて来られるのを見て気持ちを引き締める。
「呪具の実験ですよね? 彼等をどう使うんですか?」
呪具の実験方法について、分かっていない部分がある。
それについて知っていると助かるんだが。
女を見ると楽し気に笑っている。
「あの者達から魔力を取るのよ」
それは、予想通り。
「魔力を取る? 彼等には大変な事ですね」
無理矢理魔力を奪われる事は、相当な苦痛を伴う。
連れて来られた者達の中には、10歳前後の幼い子供達もある。
彼等はきっと耐えられずに死ぬだろう。
「そうね。でも私達の崇高な使命に役立てるのだから、喜ぶべきよ」
崇高か。
「そうなのですね。そうだ、こんな大きな魔法陣は初めて見ました。綺麗ですね」
魔法陣を利用する者は、「綺麗」という言葉が好きらしい。
何処が綺麗なのか、全く理解出来ないが。
「そうでしょ? 奪った魔力を魔法陣に通すと美しく輝くのよ。それがまた綺麗なの」
「それは、早く見たいですね。その後はどうなるんですか?」
奪った魔力を魔法陣に流す事までは、押収した書類に書かれていた。
ただ、奪った魔力だけでは呪具を完成させられない。
呪具を完成させるためには、膨大な魔力が必要だから。
ここにいる数十人から魔力を奪っても、きっと足りない。
それをどうやって補うのか。
それが知りたい。
「中央にある呪具に、その光が集まって青く光れば成功となるらしいわ」
「らしい、ですか?」
「えぇ、まだ成功していないのよね。邪魔をする者が多くて、困った者だわ。ラバール様のためにも早く成功させないと駄目なのに」
ラバール……誰だっけ?
関係者の名前は一通り覚えたんだけど思い出せないな。
「フォリア様。ラバール様とは誰ですか?」
あっ、表情を作るのは忘れた。
「やだ、嫉妬しているの?」
良かった、目が悪くて。
いや、頭か?
「そうではないですが……気になって」
視線を逸らしたら、恥じらっている様に見えるか?
「ふふっ。第1王子よ。私達の理想を叶えてくれる方」
元第1王子か。
「ラバール様のために呪具を完成させようとしているのですね」
「そうよ。彼のため、そしてこの国のためよ」
「素晴らしいですね」
腐り切っていて。
あっ、魔法陣の縫われた布が首に巻かれていく。
あれは書類には書かれていなかったな。
どんな役目があるんだ?
「あの布の魔法陣も綺麗なんですか?」
「えぇ、それにあの布の役目は凄いのよ。彼等の魔力を一気に3倍にしてくれるの」
魔力を増幅される魔法陣。
まさか、あれが完成していたなんて。
俺に使われた魔法陣は未完成だった。
だから、生き残ったといえるが。
この女は知っているのか?
魔力を奪われた時以上の苦痛に襲われる事を。
「無理矢理に魔力を増やすのは、そうとう苦痛らしいわ。でもその苦痛に揺れる魔力こそが、呪具には必要らしいの」
「……」
「私初めて見るのよね。だから楽しみだわ」
女の楽しそうな表情に、思わず武器に手が伸びる。
「攫った者は、全員この建物内にいるんですか?」
「さぁ、どうだったかしら? マッタス、実験用に攫った物は全てここに集めたの?」
女の言葉に、指示を出していたマッタスがすぐに頷く。
「はい。実験は何度か必要だと思いましたので集めました」
それなら、もういいな。
これ以上、この女から得られるものはないだろ。
隠し持っていたマジックアイテムのボタンを押す。
ドーン。
1回。
ドーン。
2回。
「何? 何が起こっているの?」
慌てて俺に身を寄せる女に、吐きそうになる。
ドーン。
3回。
ドーン。
4回。
ドドン。
5回目で反応。
つまり、5ヶ所目に設置したマジックアイテムの場所に行けばいいな。
ドーン。
ドーン。
「フォリア様。爆発音がどんどん大きくなっているみたいです」
「そうね。何があったのかしら?」
俺が道標で設置したマジックアイテムの爆発です。
「危ないので、移動しましょう」
「でも……」
魔法陣を見る女。
ドーン。
あと2回。
ドーン。
爆発の威力で、部屋が揺れる。
「ひっ、行きましょう」
「はい。こちらに」
「アゼラ、これを持って」
女が床に置かれていたバッグを俺に差し出す。
「これは?」
「呪具よ。未完成だけど」
女からバッグを受け取り、部屋を出る。
ドーン。
今までいた部屋の扉近くが爆発する。
それを見た女の顔色が一気に悪くなる。
「早く案内して!」
女を連れて目的の場所まで走る。
今いたのは地下3階。
目的の5ヶ所目は、地下1階の階段。
「止まって下さい」
「……」
女を見ると、かなり息が上がっている。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけないでしょ! 全く、なんなのよ! やっと実験が出来ると思ったのに! いったい誰が邪魔をしたのよ!」
いきなり怒り出す女から、少し距離を取る。
「ラリスにオグート。ジナルにフラフ。それにフォロンダ様に彼の組織の仲間達。あと今回はバンガとジック。彼等がいるから、俺の出番はここまで。ちょっと残念だよな。最後はグサッとしたかったのに」
「えっ? アゼラ? 何を言っているの?」
俺の態度に、目を見開く女。
「名前を呼ぶな。気持ち悪い」
「えっ? 何? どうしたの?」
フォリアが不安そうに手を伸ばすが、避ける。
「残念。俺は敵だよ」
「う、そ……嘘よ……」
あぁ、この絶望に染まった顔。
ちょっとだけ、すっきりしたな。
「もういいか?」
階段の影から、バンガとジックが現れる。
「うん。もっと言いたいけど……やる事あるからいいや」
俺の言葉に、バンガとジックが顔を見合わせる。
「これの行き先を言ってやれば?」
バンガの言葉に、笑顔になる。
「あぁ、そうだね」
女に視線を向けると、震えた。
そんなに怖い表情をしたかな?
まぁ、そんな事はどうでもいいや。
「フォリア、お前はこれからどうなると思う?」
「私は貴族よ。私に手を出す事は許されないわ」
「そう今は貴族。でも貴族籍から出されたら?」
「えっ? そんなのお父様が許さないわ」
「これなんだと思う?」
バンガがマジックバッグから書類を出して、女に見せる。
それを読んだ女は、首を横に振る。
「そんな、ありえない」
「もうお前は貴族じゃない。だから、どうなろうと誰も気にしない」
「いえ、私は貴族よ。私に何かあれば、多くの貴族達が騒ぎ出すわ」
「そうかもな」
俺の言葉に、パッと表情を明るくする女。
「分かっているのなら、私を早く助けなさい」
「だから、消えるんだよ」
「えっ? 消える?」
「そう。フォリアが大好きな叔父と同じだな」
「叔父様?」
困惑した表情で俺を見る女。
わざとニヤッと笑って見せる。
「ひっ」
「前スチューリス侯爵、お前の叔父はある場所にいる。そして毎日、毎日魔力を提供している」
まぁ、無理矢理だけど。
「どういう事?」
「罪を犯したら、償いのは当たり前。でも貴族達は騒ぐだろう? だったら内緒で償わせればいいんだよ」
「そんな事、許されるわけがないわ」
「いいや、許されるよ。だって、誰も知らないんだから。皆の前で裁かれれば、そんな非道な事は出来ない。多くの人の目があるからな。でも、貴族は裏で解決しようとする。それなら俺達も、裏で償わせればいいという事だよ」
楽しそうに言うと、女は力が抜けたのかその場に座り込んだ。
「魔力を奪われる事がどれほど苦痛な事か知るといいよ」
バンガとジックを見ると苦笑していた。
それに肩を竦め、次の仕事に向かう。
「あとは、任せた」
「「気を付けて」」
「うん。2人もね」




