番外編 フォリアと呪具
―フォリア・スチューリス侯爵令嬢視点―
「汚いわね」
教会が作った研究所だと聞いたけど、古いし汚いわ。
それに冒険者が踏み込んだせいで、あちこちが壊れているじゃない。
「どうして直さないの?」
全く、こんな場所に私を招くなんて。
崩れた壁を指してマッタスを見ると、小さく頭を下げた。
「申し訳ありません。バレない様に人の出入りを制限していましたので、直せなかったのです」
「あぁ、そうなのね。でもこれからは隠す必要がないわね」
私達の邪魔をしていた者は死んだのだから。
あぁでも、確認がまだだったわね。
「はい。私が自警団の団長になりましたら、建物は全て立て直し呪具の研究所に整えます」
「王の戴冠式はすぐよ。建物は後でいいから、呪具を完成させてちょうだい」
なんとしても戴冠式までに呪具を完成させないと。
そして、第3王子は王に相応しくないと王都中に知らしめるのよ。
「フォリア様」
「何?」
「あの方には、我々の事を……その」
「しっかりあなた達の貢献は伝えてあげるわ。だから安心して」
これからも私達のためにしっかりと働いてもらわないと駄目なのだから。
「ありがとうございます」
チラッとマッタス見ると、ニヤッといやらしい表情で笑っている。
それに顔を歪める。
醜い。
はぁ、私がどうしてこんな卑しい物と関わらなければならないのかしら。
これも全て、叔父様が馬鹿な行動を起こしたからだわ。
何が騎士団員に呪具を付けるよ。
王都から冒険者を追い出して騎士だけで守りを固める?
馬鹿々々しい。
平民や魔物の相手なんて、冒険者にやらせておけばいいの。
騎士達は、王のためだけに存在すればいいのだから。
全く騎士団長の怒りを買い、しかも呪具の事がバレるなんて。
「フォリア様、こちらです」
マッタスの案内で、呪具を完成させるための場所に入る。
地面に描かれた巨大な魔法陣。
「綺麗ね」
どこか不気味に見えるその魔法陣。
でも、この魔法陣があれば私達は目的を達成出来る。
そう、あの方が王になったらその隣に……ふふっ。
「そうだわ、実験の結果はどうなっているの?」
「それが……」
困った様子を見せるマッタスに、苛立ちを覚える。
「まさか、思わしくないの?」
戴冠式までには、絶対に成功させろと言っておいたのに!
第3王子が新王になったら、貴族法が通ってしまう。
噂では、オードグズのために尽力してきた貴族達をないがしろにする法案らしい。
そんな物、認めるわけにはいかない。
「申し訳ありません。途中で、研究施設が王都から送り込まれた冒険者達に調べられ、そこにあった書類や道具など全て押収されてしまいました。そのせいで、研究が続けられなかったのです。あの時は、この建物も厳重に監視されていて使えなかったので」
「ちっ」
とっととあの女を殺して自警団を掌握しろと言ったのに、何度も失敗をするから大切な研究施設が守れないのよ。
くそっ、あの女はもっと苦しめてから殺せばよかったわ!
「それで、奴等の死体はいつ此処に届くの? 確か冒険者も1人殺したと言ったわよね?」
「はい。ジナルという有名な冒険者です。奴はフォロンダが送り込んで来た者で間違いないでしょう」
「フォロンダ。あぁ、あいつか」
田舎貴族に何が出来るというの。
でも叔父様は、問題を起こした辺りからフォロンダには気を付けろと言い出したのよね。
話を聞こうとしたのに、伯父様は約束の場所に現れなかった。
しばらく身を隠す筈だったのに。
叔父様は、亡くなられてしまったのかしら?
あぁお父様がもっと話の分かる者だったら、叔父様の状況を調べられたのに。
どうしてお父様は、あんなに愚かなのかしら。
「フォロンダと言う者は、注意が必要な者なの?」
マッタスに視線を向ける。
「教会を潰した組織に属している者だとは分かっています」
その噂は聞いた事があるわ。
まさか、本当だったのね。
「フォロンダが作った組織なの?」
「いいえ、違います。組織は別の者が作り、フォロンダその者の腹心だと言われております」
「そう」
だから叔父様はフォロンダに気を付けろと言ったのね。
そのフォロンダが送り込んだジナル。
「ジナルという奴は、そんなに有名な冒険者なの?」
「はい、そうです。教会関連の組織が潰れた時によく聞いた名前です。なので、一緒に殺せて良かったと思います。しかし遅いですね。自警団総出で奴等の死体を探しているので、そろそろ見つかってもいい頃だと思うのですが」
不思議そうに扉を見るマッタス。
その行動に、苛立ちが募る。
待っていないで確かめてきなさいよ。
奴等が確実に死んだと確かめる必要があるのだから。
コンコンコン。
「入れ」
マッタスが、部屋に入って来た者を見て安堵の表情を浮かべる。
「失礼いたします」
自警団の服を着た男が、傍に来ると頭を下げた。
あぁ、彼はマッタスに紹介されたから知っているわ。
タブロアよね。
「奴等の死体は確認出来たのか?」
マッタスの言葉に、神妙な表情で首を横に振るタブロア。
「申し訳ありません。死体は燃やされていたそうです」
「何、そんな……」
困った表情でチラッと私を見るマッタス。
その行動に、僅かな苛立ちを感じる。
「人が燃えているところを見た者は?」
「いません」
「では、死体が燃やされたとなぜ言い切れるの? 何か証拠があるのかしら?」
証拠がないなら、奴等が生きている可能性もあるわね。
「証拠はあります。あすろという宿の廊下に、血を拭きとった後が見つかりました。そして、裏庭に残っていた燃えカスから人骨が見つかったのです。調べたところ、間違いなく人骨だと報告を受けました。ラリス達は死んでいると判断出来ます」
血に人骨ね。
「人骨を調べた者は信用出来るのかしら?」
「それは大丈夫です。元団長を殺すために毒を用意した者ですから」
マッタスに視線を向けて首を傾げる。
「元団長? ラリスの事かしら?」
毒で死んでいないわよね?
「いえ、ラリスではなくその前の団長です。私が団長になるには邪魔なので、始末しました。まさか、次の団長にラリスが認められるとは思わなかったので」
「そう。それなら結果は信じてもよさそうね。でも誰が、何を目的に死体を燃やしたのかしら?」
森の中では魔物が食べないために燃やす事があると聞いたわ。
でも、ここは町中よ。
燃やす必要はない。
「おそらく死んだ事を隠したかったのだと思います」
「隠したかった?」
「はい。死んでいないとなれば、我々は奴等を警戒しなければなりません。ここに来るのも、まずは様子を見てからになったでしょう」
「ぷっ、あははは。それでは燃やした事は無駄ね。死んだ事は確認出来たのだから」
「はい。おそらく我々の動きが早く、しっかり対処出来なかったのでしょう。フォリア様の言う通り、すぐに死体を探し始めて正解でした。我々では怪我の状態から死んだと判断して、すぐに探し出す事はなかったでしょうから」
「物事を確実に進めていくには、確認は大切よ。これからもちゃんと確認しなさいね」
「はい」
傍にいるタブロアに視線を向ける。
「ご苦労さま。もう心配事はないわね。実験を開始しましょうか」
「「はい」」
マッタスとタブロアが頭を下げる。
コンコンコン。
「誰だ?」
「失礼します」
入って来た自警団員を見て、小さく息を呑む。
「どうした?」
「自警団の制圧が完了しました」
自警団員の報告にマッタス達がふっと笑いを洩らす。
それをチラッと見てから、自警団員に視線を向ける。
「何をしたの?」
「はい、我々に逆らう不穏分子の始末です」
マッタスの言葉に、くすっと笑う。
これで自警団は、マッタスの手の中に落ちたわね。
「お前、名前は?」
「アゼラといいます」
「そう」
ジッと目の前にいる男を見る。
整った顔をしているわね。
それに、良い体をしているわ。
「アゼラ。お前に私の護衛を任せるわ」
「俺が、ですか?」
あら、戸惑った顔は可愛いわね。
ふふっ。
「そうよ」
「えっと、それは」
何?
まさか、この私が傍にいる許可を与えたのに断るつもり?
「副団長からの許可がないと、俺は嬉しいですが頷けません」
困った表情でマッタスを見るアゼラ。
あら、「嬉しいです」って。
マッタスに視線を向けると、慌てた表情をする。
「問題ありません。アゼラ、しっかりフォリア様をお守りする様に」
少し早口で話すマッタスに、アゼラはしっかりと頷く。
「はい。分かりました。フォリア侯爵令嬢様、よろしくお願いいたします」
私の目を見てから、しっかり頭を下げるアゼラ。
その態度に、気持ちの良さを感じる。
「えぇ、よろしくね」
気に入ったら王都に戻る際に、連れて行きましょう。
きっと大喜びするでしょうね。




