947話 行こう
「不測の事態が起きたら逃げてくれ。また後で」
セイゼルクさん達は、彼等が調べた建物の内部を調べる事になった。
1ヵ所はソルが反応した場所なので、呪具があるかもしれない。
大丈夫かな?
呪具を付けた人は、人を殺すみたいだし。
「分かった。また後でな」
ジナルさんの言葉に、セイゼルクさん達は笑って頷くと会議室を出て行った。
「あれっ?」
危険な場所に行くのに、なんだか皆が楽しそうに見えた。
見間違いかな?
「アイビー、知っているか?」
お父さんを見る。
「何を?」
「人を殴ったり蹴飛ばしたりするのは悪い事だ。罪にもなる」
「う、うん」
いきなりなんだろう?
どうして今、そんな当たり前の事を聞くの?
「でも鬱憤がたまると、何かを殴ったり蹴飛ばしたくなったりする」
「まぁ、そういう人もいるよね」
「冒険者も、そういう思いに駆られる時がある。理不尽に遭遇した時は」
あぁ、そうかもしれない。
弱い人が巻き込まれていた場合は、そんな感情に駆られるだろうな。
「冒険者の良いところは、その感情に駆られた時は原因で憂さ晴らしが出来る事なんだ」
んっ?
「しかも、殴っても蹴っても罪になる事がない。なぜなら調べている時に邪魔をしたという事に出来る……ではなくて、仕方ない事だから」
「……まぁ、そうかな」
邪魔をしなくても、した事にするんだね。
いいのかな?
でも、どうして今この話をするんだろう?
「セイゼルク達は、すっきりした表情で合流出来るといいな」
んっ?……あっ!
危険な場所に行くのに楽しそうだったのは、憂さ晴らしをする気だから?
「ははっ、怪我をしないならいいけど」
それだけは心配。
「大丈夫だよ。彼等は強い、そしてソラとフレムのポーションを持っていて、ソルの魔石まである」
「そうだね」
「俺達も準備をしようか」
お父さんの言葉に頷き、部屋に戻る。
「皆、集まって」
部屋に戻るとソラ達にこれからの事を話す。
お父さんと私が、ソルが反応を示した教会の作った研究所に調べに行く事。
そして、皆にはついて来て欲しい事を。
「一緒に来てくれる?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ! ぺふっ!」
「にゃうん」
ソルだけ反応がおかしいけど、皆で一緒に行く事になった。
それぞれの頭を撫でると服を着替え、雷球と弓の準備をする。
「お父さん、許可をしてくれてありがとう」
準備が終わるとお父さんの傍に立つ。
「うん。ただ、残酷な物を見るかもしれないから覚悟はしておいてくれ」
「うん」
残酷な物か。
怖いけど、ふぅ……うん、大丈夫。
今までだって色々見て来たんだから。
ソラ達を肩から提げたバッグに入れると、部屋から出て鍵を閉める。
会議室に戻ると、子供達の父親とジナルさんが一緒にいた。
2人の会話が終わるのを、少し離れた場所で待つ。
「あれ? どうしたんだ?」
バンガさんが会議室に入って来ると、ジナルさん達を見て頷いた。
「あぁ、話中か」
ジックさんも来ると、4人でジナルさんを待つ。
しばらくすると、子供達の父親が会議室から出て行った。
「彼は、訳ありか?」
お父さんの言葉に、ジナルさん首を横に振る。
「訳ありではなく、俺達の仲間だ」
「えっ?」
ジナルさんの仲間?
全く気付かなかった。
あっ、お父さんだけではなくバンガさんやジックさんも驚いている。
「冒険者をしながら、町や村の様子を見て回る者だ。組織の者といっても、何か知ったらそれを伝えて情報料を貰う。情報を買っている組織については、何も知らないだろうな。俺達の様に特殊な訓練を受けているわけではないし。なんというか、ちょっと手伝ってくれている仲間という認識だ」
そういう仲間がいるんだ。
ジナルさんの組織には、色々な人がいるんだな。
「何を話していたんだ?」
「貴族の噂の有無と、この町の来る事になった経緯などだ」
「そうか。役に立ちそうな物はあったか?」
お父さんの言葉にジナルさんが眉間に皺を寄せる。
「『元第1王子が、この町にいた』と、噂されていたそうだ」
第1位王子に元が付いている。
という事は、なんだっけ……廃嫡だ。
「バンガとジックは、この噂を知っていたか?」
ジナルさんが2人を見ると、彼等は首を横に振った。
「王都にいた時も、この町に来る間にも聞いた事はない」
バンガさんが真剣に言うと、ジックさんも横で頷く。
「元第1王子が関わっていたらどうする?」
「「……」」
ジナルさんの問いに、バンガさんもジックさんも無言になる。
元がついても王家の人間だもんね。
「元第1王子の扱いはどうなっているんだ?」
お父さんがジナルさんに視線を向ける。
「奴は母親が処理された後に、母親の実家に送られた筈だ」
あっ、母親は処理されたんだ。
「つまり王家ではなく貴族だな。貴族として扱えばいいだろう」
「そうだな。うん、奴は既に貴族だ。母親は侯爵家だったな」
お父さんの言葉に、賛同するバンガさん。
その表情はホッとしている。
「今は子爵だ。母親の起こした問題のせいで降爵されたんだ」
ジナルさんはそう言うと、小さな声で「そうか、子爵か」と呟く。
そしてニヤリと笑った。
絶対に、悪巧みを考えていそうだな。
「準備は大丈夫だな?」
ジナルさんの言葉に、全員が頷く。
フラフさんがいないけど、別行動かな?
「行こうか」
会議室を出て、宿を出発する。
しばらく歩いて、気付く。
先ほどまで走り回っていた自警団員の姿がない。
ジナルさんの組織の人が対応すると言っていたけど、もう終わったのかな?
「どうした?」
「自警団員がいなくなっているから気になって」
お父さんの質問に答えると、前を歩くジナルさんが振り返る。
「裏切り者の自警団員なら詰め所だ。無事かどうかは分からないけど」
「連絡があったのか?」
お父さんが少し驚いた表情を見せる。
「あぁ。フラフが確認に行った」
つまり、裏切り者達がジナルさんの仲間に制圧されたという事だよね。
「早いな」
お父さんの言葉に私も頷く。
「手加減は必要なしと言っておいたからな」
ジナルさんの言葉に、バンガさんとジックさんが「うわぁ」と呟く。
そんな2人の様子に首を傾げ、バンガさんを見る。
「組織の奴等は容赦がなくてさ。なぁ?」
バンガさんがジックさんに賛同を求める様に視線を向ける。
それを受けてジックさんが頷く。
バンガさんとジックさんは裏の仕事を任されるほど強いし、おそらく彼等も容赦がない方だと思う。
「処理」という言葉からなんとなくそう思う。
そんな2人が容赦ないという事は、もの凄く非道?
そんな彼等が手加減なしで……確かに2人の様に「うわぁ」となるね。
うん。
―ジナル視点―
アイビーの様子を見て、ホッとする。
バンガ達と話している内容はちょっとあれだけど、緊張はしていない様子だ。
「なんだ?」
ドルイドに視線を向けると、すぐに気付かれた。
「まさか許可を出すとは思わなかったから」
俺の言葉に、肩を竦めるドルイド。
「ジナルだって賛成しただろう?」
「まぁそうだが、ドルイドは反対すると思った。しかも弓を持っているし」
「弓での初実戦だな」
「そうだな。ただ今から行く場所は今まで以上に危険だぞ」
「そうだな」
ドルイドが少し顔を伏せる。
「後悔しているのか?」
「いや。アイビーが弓を本格的に習いだした時から考えていたんだ。何時から実戦に入ろうか。アイビーは、守られる方ではなく戦う方を選んだからな。だから今回の事は言い機会だと思った。今なら、彼女を助ける手がいっぱいある」
だから許可を出したのか。
「雷球での実戦経験があるからある程度の事は大丈夫だと思うが、何があるか分からないぞ」
「分かっている。それについては少し迷った。ただ……」
ドルイドを見る。
「アイビーは巻き込まれやすい。だから助ける者が多い時に、色々と経験させておきたい」
「分かった」
確かに巻き込まれやすいよな。
話を聞いて、俺でさえ驚いたんだから。
でも、実戦経験か。
必要だとは思うが……。
「ドルイド、アイビーの弓はまだ不安定だ。そこは考えなかったのか?」
「どういう意味だ?」
あれ?
意味が伝わらなかったのか?
「もっと安定してからでもいいと思うんだが」
「えっ?」
驚いた表情で俺を見るドルイド。
「えっ?」
そんな反応を返すドルイドに俺も驚く。
アイビーの弓の実力は、見ていたから知っている筈。
それなのに、どうして驚くんだ?
「そういうものなのか? 俺の時は……」
ドルイドの言葉に、ある人物が思い浮かぶ。
「モンズさんから剣を習いだして、どれくらいで実戦に入った?」
「4日だ」
あぁ、ドルイドの師匠であるモンズは実戦が好きらしいからな。
その場の雰囲気と緊張感から学べだったか?
「ジナル?」
「いや、分かった。俺達が、しっかり守らないとな」
「あぁ」
まぁ、大丈夫だろう。




