942話 偽装
―フラフ視点―
ジナル達が宿を出て行ったあと、急いで彼等が使っていた部屋に向かう。
大丈夫だと思うが、忘れ物があったら回収しておかないと。
「大丈夫そうね」
最後の部屋を確かめると、静かに息を吐き出す。
「フラフさん。大丈夫?」
1階に下りると、アゼラが楽しそうな笑顔で近付いて来る。
そんな彼の頭をポンと撫でる。
「大丈夫よ」
「良かった。あっ、血はこれぐらいでいい?」
アゼラの言葉に、血で染まった廊下を見る。
「多くないかしら?」
「えっ? でも3人分でしょ?」
まぁ、そうだけど。
そこまで正確にしなくてもいいと思うのよね。
水で流してしまうのだし。
「あとは、これ!」
アゼラが笑いながらマジックバッグを掲げる。
そしてそこから、ジナル達の代わりに燃やす者達を取り出した。
「男2個に、女1個」
「これでいい?」と言いたげな表情で私を見るアゼラに頷く。
「それでいいわ。やりましょうか」
「うん」
3人の遺体を引きずって、裏庭に出す。
廊下には、遺体を引きずった痕跡が出来た。
「燃やしてくれる? 私は、廊下の処理をするわ」
「分かった。任せて」
アゼラを見て、少し不安を覚える。
「アゼラ、やり過ぎない様にね。ほどほどよ」
ジナル達を燃やしたと思わせるためには、完璧に燃やしてしまうのは駄目。
少しだけ、痕跡を残さないと。
「大丈夫」
アゼラの言葉に頷くと、血で染まった食堂や廊下の処理に向かう。
死んだ事を隠したいなら、出血量を隠すのは当然。
だから、モップで血を拭きとってはバケツの水でモップを洗う。
水を入れ替え、もう一度廊下をモップで拭く。
これを、何度も何度も繰り返す。
「これでいいかしら?」
血を拭きとった廊下は、ぱっと見は綺麗に見えた。
でもよく見ると、あちこちに血が飛び散っている。
完璧に血を拭きとる必要はないので、モップを軽く洗い壁に立てかける。
裏庭に出ると、独特の臭いがした。
それに微かに表情を歪める。
「そろそろ来るかな?」
アゼラの言葉に、宿周辺の気配を調べる。
「いるわね」
「うん、5人、6人はいるね。 あははっ、どうやって殺そう?」
楽し気に笑うアゼラを見る。
「人を殺すのは、楽しい?」
「うん」
アゼラは教会が管理する研究所で生まれ、研究所で育てられた子供。
人を殺す事は楽しい事だと教えられた彼は、殺す事に迷いがない。
研究所を潰す時、一番壁になったのがアゼラを含む研究所育ちの者達だったのよね。
彼等は殺す事に迷いがないだけではなく、死も恐れなかったわ。
なぜならアゼラ達は「人」ではなく研究所を守る「道具」として育てられてしまったから。
研究所から助け出した時、組織の上層部は彼等の処分を検討したのよね。
それに「待て」を掛けたのはフォロンダ様。
彼は、私や他数名にアゼラ達を育てて欲しいと託したの。
「どうしても無理だと分かってから処分を考えればいい」と言って。
私もその考えに賛成だったから、喜んでアゼラを預かったわ。
まぁ、それから色々と大変だったわ。
特に人を殺す事が悪い事だと教える事が。
今でも分かってくれているのか、不安だわ。
とりあえず、仲間を殺す事は駄目だとが理解してくれているからいいけれど。
私はアゼラに、組織とは離れた所で生きえ欲しかった。
でも重要な戦力になってしまって……本人の希望とは言え残念だわ。
「でも、全員は殺しちゃ駄目だよね?」
アゼラの言葉に、笑顔になる。
「そうね。燃えカスを確認する者が必要だから」
「やっぱりそうだよね」
少し残念そうに言うアゼラの頭を撫でる。
以前だったら、絶対に全員を殺していたのに今では考えてくれる様になったわ。
これは、成長よね。
「あらっ?」
宿周辺に集まっている敵の数に少し驚く。
10人以上いるわね。
「ちょっと多いのではないかしら?」
宿には私とアゼラしかいないのに。
「フラフさんは守るからね」
アゼラを見ると、笑みを消し真剣な表情で外にいる敵に意識を向けている。
敵が増えた事で、危険を感じたのかしら?
研究所で見た彼は、攻撃を受けても刺されても、そして私を殺そうとした時も笑っていた。
でも今は、笑みを消し真剣に敵に向き合っている。
「大丈夫よ。私もアゼラも強いでしょ? あんな敵に殺されたりしないわ」
「絶対だよ。死んだら駄目だからな」
アゼラらしくない言葉に、視線を向ける。
彼の表情にいつもは見られない不安がみえ、少し驚いてしまう。
今まで、アゼラが不安を見せる事はなかったのに。
対処方法が分からず混乱する事はあった。
さっきみたいにね。
自分で考えるのが、まだ苦手だから。
「もちろん死なないわ」
力強く答えると、宿の扉が無理矢理に開けられた。
火を慌てて消し、足で土をかぶせる。
……これぐらいでいいわよね。
「アゼラ、今侵入してきた敵をお願いね。あっ、まだ顔は隠しておいて」
「うん」
顔を覆面で隠すと武器を持ち、裏庭から宿に入るアゼラ。
そのまま、こちらに向かって来ていた敵に襲いかかった。
裏庭の扉がこじ開けられる音に、視線を向ける。
「まったく困った者達ね。人様の家に入る時の礼儀を知らないんだから」
襲いかかってくる者達を、返り討ちにしていく。
結構強いわね。
でも、まだまだ私の敵にはならないわ・
「あっ。駄目だわ」
アゼラに全員を殺しては駄目だと言ったのに、私が全滅させてしまいそう。
慌てて襲って来る敵を剣ではなく蹴り上げる。
「ぐっ」
倒れた敵の呼吸を調べ安堵する。
「良かった」
力加減が出来ていたわね。
最後に襲いかかった者の顔を確かめる。
あらっ、丁度良かったわ。
彼だったら、良い目撃者になってくれるだろうから。
「フラフさん?」
そっと窺う様に声を掛けてくるアゼラ。
視線を向けると、覆面を手に持ち申し訳なさそうな表情をしていた。
もしかして全滅させてしまったのかしら?
「どうしたの?」
「2人でいい?」
「ふふっ。もちろんよ」
必要な荷物や証拠となる書類などを持って、アゼラと共に宿を出る。
「楽しかったね」
「そうね」
アゼラが笑うので、私も笑う。
あっ、つい本音が。
話題を変えよう。
「アゼラ、自警団にまた行ってくれるかしら?」
「もちろん。情報収集だね」
「そうよ。危ないと思ったら、自警団からすぐに離れてね」
「分かった」
アゼラが持っているマジックバッグを受け取り、自警団に行く彼を見送る。
「私は、ジナル達と合流ね」
隠れ家には無事に着けたかしら?
―裏切り者の自警団員視点―
「うっ。いったぁ」
腹を抑えながら、周りを見る。
「ここは何処だ?」
何処かの庭……あっ!
勢いよく起き上がると、腹に鈍痛が走る。
それを手で押さえながら、周りを見る。
「あの女はいない? ははっ。生き延びた。よっしゃぁ」
あの宿の店主、馬鹿だな。
俺に止めを刺さないなんて。
「んっ? 庭の一部が燃えているな」
燃えた部分を確認すると、骨の様な物が転がっている。
「慌てていたみたいだな。処理を疎かにするなんて」
おそらくラリスやオグートの骨だろう。
「あっ、いた」
仲間の声に視線を向ける。
「廊下に血を拭きとった痕跡が残っていた。それにこっちに何かを引きずったみたいなんだけど、ここに何かなかったか?」
「あぁ、あった。これだ」
俺の持っている物を見て、仲間が笑う。
「ラリス達は死んだみたいだな」
仲間の言葉にニヤリと笑い、残っていた骨を集めて布で包む。
「マッタス副団長にいい情報を届けられそうだ」




