941話 移動開始
フラフさんの仲間の男性は落ち着くと恥ずかしそうな表情で頭を下げた。
「えっと、お騒がせしてすみません」
「本当にね。いつも言っているでしょう? 何か問題が起こった時は、深呼吸して落ち着くのよって」
フラフさんの言葉に男性が首を傾げる。
「言われている通りやったんだけどな」
ジナルさんが溜め息を吐くと、男性に視線を向けた。
「敵は俺達を探しているのか?」
「はい。自警団では今、助けようと動いている者達と死んだ事を確認しようとしている者達とで別れて動いています。後者の者達には『生きていた場合、大怪我を負っているだろうから止めを刺せ』と指示が出ました」
「それを何処で知ったんだ?」
セイゼルクさんが男性を見ると、彼はニヤッと少し裏のある表情をした。
「俺、自警団の裏切り者達の中に紛れ込んでいたので。指示書を直接見ました。あっ、ついでにその指示書を盗んできましたよ」
それは、凄い。
もしかしてこの男性は、有能なのかな?
でもさっきの行動を見る限り……違うかな。
「あぁ、紹介がまだだったわね」
盗んで来た指示書を受け取りながらフラフさんが、チラッとお父さんと私を見る。
「彼は仲間の1人でアゼラよ」
「宜しくお願いします」
ソラが入っているバッグに手を当てるが、動きはない。
「俺はセイゼルクだ。仲間のシファルとヌーガ」
セイゼルクさんの説明にシファルさん達が少し頭を下げる。
「俺はドルイドで、娘のアイビーだ。宜しく」
「宜しくお願いします」
頭を下げるとアゼラさんが笑顔で頷いてくれた。
フラフさんは私やお父さん。
セイゼルクさん達の様子を見て安堵すると、アゼラさんの肩をバンと叩く。
「いたっ! フラフさん、何? 何?」
「アゼラは色々駄目な所が多いけど、仕事はそこそこ出来るのよ」
「そこそこって、酷い!」
アゼラさんが不服そうにフラフさんを見る。
彼女はアゼラさんが盗んで来た指示書を見て、笑った。
「敵も焦っているみたいね。今まで姿を隠していた者が、姿を見せたわ」
フラフさんジナルさんに指示書を渡す。
中身を読んだ彼は頷くと、ラリス団長さんに渡した。
「これが本物か確かめる必要はあるが、アゼラ、お手柄だな」
ジナルさんの言葉に、嬉しそうに笑うアゼラさん。
「それに自警団は今、二手に分かれているのよね」
フラフさんがニコリと笑顔を見せる。
「つまり自警団に入り込んだ裏切り者が分かりやすい状態になっている」
あぁ、そういう事か。
「ふふっ。さてと、まだ自警団には侵入した仲間がいるわ。彼等が、裏切り者を確認してくれるでしょうから、その報告を待つとして……ジナル達には、死んでもらおうかしら」
「えっ?」
フラフさんの言葉に、彼女を見つめる。
「んっ? やだ、本当に死んでなんて言っているわけではないわよ。死んだ事にした方が、動きやすくなるからね」
私の様子に気付いたフラフさんが慌てて説明してくれる。
「あっ、そうですよね」
驚いて、いつもなら気付く事に気付けなかったな。
私も深呼吸して落ち着こう。
「この宿を出た方がいいな」
ジナルさんの言葉にセイゼルクさん達が頷く。
お父さんも立ち上がると、私を見た。
「大丈夫か?」
「うん。用意しておいてよかったね」
荷物を纏めて置いて正解だったな。
「アルー、ジナル」
フラフさんの言葉にアルーさんとジナルさんが視線を向ける。
「次の場所だけど……3番目に。そこなら、敵にまだ見つかっていないから」
隠れ家かな?
「「分かった」」
アルーさんとジナルさんが少し話をすると、私達に視線を向けた。
「すぐに移動するから用意してくれ」
ジナルさんの指示で、全員が動き出す。
「ソルは、大丈夫かな?」
バンガさんに木箱を開けてもらい、中を見る。
満足そうに揺れるソルを抱き上げ、ポンと頭を撫でる。
「お腹いっぱいになった?」
「ぺふっ?」
えっ?
この反応はまだなのかな?
「本当にもう何も感じないな」
ジックさんが呪具を手にすると、嬉しそうに笑う。
でもどこか悲しげでもある。
「アイビー、行こうか」
「うん」
「ありがとう。また後で」
ジックさんを見て頷くと、3階に向かう。
部屋に戻ると、ソルをソラ達と同じバッグに入れ荷物の入ったマジックバックを肩から提げる。
部屋の中を見回して、問題ない事を確かめるとお父さんと1階に下りた。
「何、これ」
血まみれの廊下に、足が止まる。
「また、誰か怪我人でも運び込まれたのかな?」
それにしては静かだけど。
「いや、これは偽装用の血だろう」
擬装?
お父さんを見ると、廊下の先。
裏庭に出る扉を見ている。
「ジナルさん達が、裏庭に逃げ込んだ事にするの?」
あっ、死んだ事にするんだから逃げ込んだら駄目か。
「いや、これは……」
お父さんが私を見る。
言いにくい事なのかな?
「死んだ事にするには死体が必要だろう? でも、ジナルさん達にそっくりの死体なんて用意出来ない」
声に振り返ると楽しそうな表情のアゼラさんがいた。
「だから別の死体を燃やして判別出来ない様にするんだよ。これなら、死んだ事を隠した様にも偽装出来るからな」
別の死体を燃やす?
「アイビー、行こうか」
お父さんがそっと私の背を押す。
「こっちだ」
ジナルさんの声に視線を向けると、物置部屋と言われた部屋から顔を出している。
「隠し通路から外に出る」
物置部屋に入ると、バンガさんとジックさんがいた。
そして床の一部が剥がされ、階段が見えた。
凄いな、この宿にはそんな通路があったのか。
もしかして、他の「あすろ」にもあるのかな?
「セイゼルクさん達は、まだなのかな?」
「彼等は子供達を連れて別の隠し通路から外に出たわ。人数が多いと気付かれてしまうから」
振り返ると、食堂の入り口にフラフさんがいた。
「気を付けてね」
どうやら彼女とは別行動の様だ。
「はい。フラフさんも」
フードで顔を隠したジナルさんの案内で、隠し通路を進む。
しばらく右に曲がったり左に曲がったり進むと、階段を上がり通路から出た。
出た場所は、どこかの家なのか人のいる気配がする。
「こっちだ」
聞いた事がない声に体がビクリと震えるが、ジナルさんは分かっていたのか特に反応しない。
それにホッとしながら、彼に着いて行く。
「気を付けて」
外に案内してくれた男性に頭を下げて、外に出る。
彼はきっと、ジナルさん達の仲間なんだろうな。
外に出ると、あちこちで人の走り回っている気配がした。
昼間だと人が多く気配は読みにくいが、人が少ない夜は読みやすい。
「隠れろ」
ジナルさんの言葉に、近くのお店の角にお父さんと身を潜める。
少しすると、こちらに向かって来る足音が聞こえた。
「隠れ家にもいなかった。何処かで生きているんじゃないか?」
「いや。奴等はかなり深手を負っている筈だから助からないだろうって、切った奴が言っていた」
あっ、自警団の服を着ている。
彼等は、裏切り者達だ。
というか、隠れ家がバレているみたいだけど、どうするんだろう?
「あ~、何処にいるんだよ。面倒だな、もう、戻らないか?」
「駄目だ。マッタス副団長が、死体を確認しろってうるさいんだよ。なんとしてでも見つけないと」
マッタス副団長?
その人が裏切り者達に指示を出しているのかな?
「お~い。『あすろ』を調べろって指示が出たぞ。あそこはやばいから人数を集めてくれ」
「分かった」
あすろ!
フラフさんは大丈夫かな?




