938話 非常事態
コンコンコン。
「急に悪い。アイビー、ソラを少し貸してくれないか? 確認して欲しい事があるんだ」
扉の外から聞こえるセイゼルクさんの声に、お父さんが慌てて扉を開ける。
「どうしたんだ?」
「すまない、急に。ソラにスノーの状態を確認してもらいたいんだ」
セイゼルクさんの様子から、スノーに問題が起こった様だ。
「ソラ」
「ぷっぷぷ~」
名を呼ぶと、ピョンと腕の中の飛び込んでくるソラ。
「悪いな。頼む」
セイゼルクさんがソラの頭を撫でる。
「ぷっぷぷ~」
「皆は部屋にいてね」
セイゼルクさんと部屋を出ると、お父さんが扉に鍵を掛けた。
それをしっかり確認してから、急いで2階のセイゼルクさんの部屋に向かう。
「何があったんだ? 今日の朝まで大丈夫だと言っていただろう?」
お父さんが前を歩くセイゼルクさんに声を掛ける。
「あぁ、出掛けるまではいつも通りだった。部屋に戻って様子を見たら……まぁ、見てくれ」
スノーは、旅がやはり疲れたのかほとんど眠って過ごす様になった。
でも起きている時はよく食べて元気なので。しばらくは様子を見ていたのだ。
セイゼルクさんの部屋に入ると、シファルさんとヌーガさんがいた。
「この状態なんだ」
スノーが寝ているカゴを見て、「あっ」と声が漏れる。
「これは、繭か?」
お父さんを見ると、複雑な表情でカゴを覗き込んでいる。
「お父さん、まゆって何?」
カゴの中には白い塊があった。
大きさは、スノーより一回り大きいだろうか?
見た感じ、そんなに硬くはなさそうだけどどうなんだろう。
「繭は、ある魔物の子供が成長する時に作る寝床なんだ」
成長する時?
「つまり、スノーはこの中で成長をしているの?」
「「「「……」」」」
誰も答えず、眉間に皺を寄せる。
「それは、分からない。スノーと繭を使う魔物は、見た目が全く違うんだ。ただスノーの中にどんな魔物の血が混ざっているか分からないから、もしかしたら本当に繭なのかもしれない。もし繭ならこのまま成長を待つんだが、このままでいいのかも分からなくて」
セイゼルクさんがソラを見る。
「ソラ。スノーは大丈夫だろうか?」
ソラがジッとカゴの中を見る。
そしてセイゼルクさんを見ると、「ぷっぷぷ~」と鳴いた。
「良かった」
セイゼルクさんはホッとした表情を見せると、ソラを撫でる。
「ありがとう、助かったよ」
感謝の言葉にソラが腕の中で胸を反らすので、皆で笑ってしまう。
「この繭は触っても大丈夫?」
ちょっと触って見たいな。
「触らない方がいいぞ。俺の知っている繭と同じなら、繭には毒がしみ込んでいる」
お父さんの言葉に、伸ばしそうになった手が止まる。
「そうなの?」
「あぁ、身を護るための繭だからな」
それもそうか。
ただの寝床のわけがないよね。
「スノーはいつ頃、この繭から出て来るの?」
お父さんを見ると首を横の振られた。
「個体によって違うそうだ。スノーは……どうだろうな? 確か文献には最長1年と書いてあった筈だ」
「1年!」
そんなに眠るの?
「栄養は?」
「この繭が周りから魔力を吸収するそうだ。そしてその魔力を使って成長するらしい」
お父さんの説明に頷く。
「この繭、凄い役目があるんだね」
触りたいけど毒。
凄く残念だな。
「アイビー、部屋に戻ってゆっくりしようか」
そういえば休憩中だったね。
「もうそろそろ夕飯だね。ジナルさんは戻ってきたかな?」
セイゼルクさんの部屋から出て、階段の方を見る。
「急いで、そっちに! ポーションを全て持って来て! 早く!」
フラフさんの慌てた声が聞こえ、お父さん達の雰囲気が変わる。
「何かあったな。ソラを部屋に戻そう」
「うん」
お父さんと階段を駆け上がる
「俺達はポーションを持って1階に行くぞ」
セイゼルクさん達は1階に行く様だ。
部屋に戻るとソラをベッドに置く。
お父さんを見ると、ソラのポーションを2本手に持った。
「もしもの時は使ってもいいか?」
「もちろん」
お父さんと一緒に1階に下りると、食堂の前が血まみれだった。
それに息を吞む。
「かなり危険な状態かもしれない」
お父さんの言葉に頷き、声が聞こえる食堂に入る。
「ジナルさん!」
食堂の床には血まみれのジナルさんが横たわっていた。
そして彼の体には、大きな傷が3ヵ所。
どれもかなり深く切られたのか、血が溢れている。
「くっそ!」
空になったポーションの瓶をフラフさんが壁に叩きつける。
「どうして効かない!」
ポーションが効かない?
「フラフ。この宿にあるポーションはこれで全部よ」
ジナルさんが属している組織仲間のアルーさんがポーションを抱えて食堂に入って来る。
「ありがとう」
フラフさんがアルーさんの持って来たポーションに手を伸ばす。
「待て、こっちを使ってくれ」
お父さんの言葉に、フラフさんが鋭い視線を向ける。
「何?」
「これだ」
フラフさんの手にお父さんが、ソラの青く光ポーションを握らせる。
「これ?」
少し戸惑ったフラフさんは、ポーションの蓋を開けるとジナルさんの傷に向かって掛けた。
お願い、治って。
「あっ、傷が……」
フラフさんの言う通り、ジナルさんの傷が見る間に治っていく。
それを見て、食堂に居た全員に安堵の表情が浮かんだ。
「いってぇ……あっ?」
しばらくするとジナルさんが起き、血まみれの手を見て息を吞んだ。
「あぁ、そうか。切られて……」
起き上がるジナルさんにフラフさんが慌てる。
「馬鹿、起きては駄目! どれだけ血を失ったと思うの!」
「あぁ、大丈夫だ。あの傷で生きているという事は」
ジナルさんが私とお父さんを見る。
それにお父さんが笑って頷く。
「ありがとう。助かった」
「それは良い。それより、ジナルには渡していただろう? どうして使わなかった?」
そういえば、何かあった時に使う様にソラとフレムのポーションを小瓶で渡していたよね。
「あれは使った」
使った?
「ジナル! ラリス団長!」
宿に飛び込んで来た男性の声に、食堂に緊張が走る。
セイゼルクさん達は武器に手を掛ける。
んっ?
ラリス団長さん?
「大丈夫よ。落ち着いて」
女性の声に視線を向けると、服を血で染めた女性が壁に寄り掛かっていた。
ジナルさんの怪我が衝撃的に、他に人がいる事に気付かなかった。
「オグート、大丈夫だ。俺は、生きている」
食堂に自警団のオグート副隊長さんが入って来て、その場に座り込む。
「良かった」
カシメ町に入る前に森で会ったけど、なんだか随分と痩せたな。
それにジナルさんが持っていたポーションは、彼に使ったのかな?
彼の服も背中の部分が大きく切れて血まみれだ。
「ドルイド、まだ持っているか?」
ジナルさんがお父さんを見る。
それに無言で頷くお父さん。
「悪いが。ラリス団長にも貰えないか? 彼女の傷も俺ほどではないが酷い。使われた武器のせいでポーションの効きが悪い筈だ」
「大丈夫よ。彼等に貰ったポーションである程度は治ったわ」
ラリス団長さんがセイゼルクさん達を見る。
「大丈夫ではないだろう。あれを治ったとは言わない。血もまだ出ている」
セイゼルクさんの言葉に、ラリス団長さんが困った表情をする。
「いや、あの青く光るポーションは特別な物でしょう? 数に限りだってある筈。確かに傷は治ってはいないけど、これぐらいなら死なないわ。だから大丈夫よ」
「数に限りか」
シファルさんが笑うと、セイゼルクさん達も笑う。
それにラリス団長さんが首を傾げる。
お願いすれば何個でも作ってくれるから数は心配ないな。
「大丈夫だ。ほら」
お父さんがラリス団長さんにソラのポーションを渡す。
それを、複雑な表情で受け取る彼女にジナルさんが笑う。
「数は気にするな。代金は、まぁ覚悟した方がいいだろうな」
えっ?
払ってもらうの?
お父さんを見ると苦笑している。
「代金は覚悟している。瀕死のジナルがそこまで復活するんだからな」
ラリス団長さんはポーションの蓋を開けると一気に飲み干す。
「うわぁ、凄いこれ。えっ、傷痕も消えた! 凄くない? ちょっと疲れも取れたわよ」
傷があった場所を確かめて興奮するラリス団長さんに、フラフさんが呆然とする。
「本当に凄いわね。さっきのポーションはどうやって作ってるの?」
「さぁ?」
ジナルさんが首を横に振ると、フラフさんが笑う。
「なるほど、秘密ね。それにしても……凄いわね」




