935話 ソルの反応
建物をよく見ると、扉に小さな甘味の印を見つけた。
「お父さん。お店の中に入ってみる? 危険かな?」
お店に入るだけなら問題ない筈だけど、呪具の魔力があるからどうだろう?
「すぐには影響を受けないみたいだし、大丈夫だろう」
お父さんの言葉に頷くと、緊張しながらお店に近付く。
お店の窓から中を覗くと、複数の人が見えた。
全員の首を見たが、呪具はない。
という事は、建物内に呪具があるのだろうか?
お店の扉を開けると、ソルが激しく揺れた。
その揺れを気にしていると肩に衝撃がきた。
「おっと!」
丁度お店から出て来る男性と、肩がぶつかった様だ。
「すみません。前を見ていませんでした」
「俺も見ていなかったから、ごめんな。怪我はない?」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
男性と小さく頭を下げあいお店の中に入る。
「ごめん。店の中に気を取られていた。痛みはないか?」
お父さんが小さな声で謝る。
「大丈夫。それに、お父さんが謝る必要はないよ。私がしっかり前を見ていなかったのが悪いんだから」
私の頭をポンと撫でるお父さんに笑う。
あれ?
ソルの入っているバッグを見る。
「揺れが落ち着いている」
お店の中に入る時は、一番激しく揺れていたのに。
「落ち着いている?」
「うん。というか揺れるのを止めたみたい」
どうして揺れなくなったんだろう?
呪具の魔力がこの店にあるなら、今も揺れている筈なんだけど。
「揺れる原因が無くなった?」
お父さんが首を傾げる。
揺れる原因。
つまりこの店から呪具の魔力が無くなった。
店の中から移動した。
「移動?」
「「あっ!」」
お父さんと顔を見合わせると、扉に視線を向ける。
「お父さん、さっきの男性だ」
男性の姿を思い出す。
坊主頭ではなかったからバンガさんの仲間ではない。
「いらっしゃいませ。どうかしましたか?」
あっ。
お店に入ったんだった。
声が聞こえた方を見ると、男性が不思議そうに私とお父さんを見ている。
それに困った表情をしてしまう。
「香りに誘われて入ったんですが、何を売っているんですか?」
お父さんの言葉に、男性が嬉しそうに笑う。
「当店は、ふわふわに焼いた生地に果物が混ざったクリームを挟んだ『クルーム』という名前の甘味を販売しております」
ふわふわに焼いた生地?
興味を引かれて、カウンターに置かれているカゴの中を見る。
「おいしそう」
本当に生地がふわふわしている様に見える。
「どれが一番人気ですか?」
お父さんの質問に首を傾げる。
さっきの男性を追いかけずに、甘味を買うのかな?
「一番人気は、ラズーという甘酸っぱい果物を挟んだ物ですね」
「ではそれを2個。そうだ、さっきお店から出てきた男性が誰か、ご存知ですか? ぶつかってしまって、もしかしたら怪我をさせてしまったかもしれないんですが」
お父さんの言葉に男性がおかしそうに笑う。
それにお父さんが首を傾げる。
「ちょっとぶつかったぐらいだったら大丈夫ですよ。彼は自警団員ですから」
えっ、自警団員?
自警団の服を着ていなかったから分からなかった。
お父さんの表情が微かに険しくなる。
「そうなんですね。それなら大丈夫かな?」
「えぇ、ヒシューなら大丈夫。あっ、彼よりあなたの方は大丈夫でしたか?」
男性の言葉にお父さんが頷く。
そして密かに私を見たので、大丈夫と笑って頷く。
「では、こちらを」
男性から甘味を受け取り、代金を払うと店を出る。
「さっきの人、自警団員だったね」
「そうだな。はぁ」
お父さんが大きな溜め息を吐く。
「どうしたの?」
「ヒシューという者が単独で関わっているのか、もしくは……」
もっと多くの自警団員が関わっているのか。
「一度宿に戻る?」
「アイビーは、疲れていないか?」
宿から出てまだ1時間程度、疲れるわけがない。
「大丈夫だよ」
「それなら甘味を食べながら休憩して、もう少しこちら側を調べようか」
「うん」
お父さんと近くにあった椅子に座る。
そして買った甘味を頬張ると、本当にふわふわの生地だった。
「果物の酸味があって、さっぱりしているから食べやすいな」
「うん。これだったら3個か4個は食べられそう」
私の言葉にお父さんが笑う。
「また、買いに来ようか」
「うん。賛成」
甘味を食べ切り、散策を再開する。
大通りを進むとどんどん店が減っていき、民家が増えていく。
「アイビー」
お父さんに呼ばれて視線を向ける。
「あれが光の森だ」
お父さんの視線を追うと、大通りの右に曲がって真っすぐ進む場所に沢山の木々が見えた。
「あそこが光の森なんだ」
私が連れ去られ、そして色々あった場所。
「あそこは入り口だな。前は、中にある教会に辿り付く事が出来るか誰でも挑戦が出来たそうだ。でも今は、教会の関連施設だと分かったため近付く事が禁止されている」
光の森の入り口辺りに、自警団員の服を着た4人が見えた。
呪具を持っている自警団員がいたので、彼等が味方なのか敵なのか分からない。
あれ?
誰も入れない場所?
「あっ。誰も入れないなら隠し場所になる?」
お父さんも気付いたのか、光の森に鋭い視線を向ける。
「うん、呪具を隠すのに最適な場所になるね」
光の森に続く道を確認する。
お店はなく、人が住む家も森に近付くと全くない。
「怪しまれずに近付くのは無理そうだね」
「『気になって見に来た』と言えば……教会に関わった者だと思われそうだな」
「うん」
それだけは絶対に嫌だ。
「森には入れないけど、近付く事なら出来る場所がある。そっちに行ってみようか」
「そんな場所があるの?」
「あぁ。といっても、教会は見れない。ただ、光の森を近くで見る事は出来る場所だ」
教会は見られないのか。
少し残念だな。
あの場所に行く事が出来るなら、紫のポーションを持って行くのに。
「アイビー、どうした?」
「なんでもない。行こう」
光の森を守っている自警団員に視線を向けると、1人が私達を見ていた。
「見ている事に気付いたのかな?」
お父さんを見る。
「そうみたいだな。近付いて来る気配はないな」
「うん」
遠くから見ているぐらいなら、ちょっと気にされる程度だよね。
ただ、少し警戒しておく方がいいかもしれないな。
お父さんは大通りに戻るとそのまま真っすぐ歩く。
3本目の曲がり角で右に曲がりしばらく歩くと、
「こっちだと思ったんだけど……」
目の前には壁。
つまり行き止まり。
「おかしいな」
お父さんは不思議そうに来た道を振り返る。
「光の森に近付かない様に、壁を建てたのかな?」
壁に近付くと、ソル達が入っているバッグが微かに揺れた。
そっとバッグに手を当てる。
「お父さん」
お父さんが私の手がバッグに当てているのを見て頷く。
「報告だな」
「うん。ただ、激しくは揺れていないんだけど」
「ここからだと、教会までかなり距離があるからな」
呪具の魔力が弱いのから、揺れからが弱いのかな?
そういえば、自警団員に反応した時も最初は揺れが小さかった。
これは、宿に戻った時に確認しないと。
「アイビー、移動しよう」
「うん」
来た道を戻り大通りに出る。
そのまま大通りを歩くと、小さな広場に出た。
「ここで大通りが終わりだな」
「うん」
大通りの終わりは、広場になっている様だ。
ただ、広場の近くには店が少なく人も多くない。
そのため広場は、なんとなく寂しく見えた。
「お父さん、これからどうする?」
「大通りに面している建物は、もういいな。帰りは、奥を散策しようか」
「そうだね」




