932話 呪具
―バンガ視点―
木箱から出した呪具に勢いよく飛びつく黒のスライム。
ぱくっと口の中に入れると、勢いよく消化が始まった。
「本当に……食べてる」
楽しそうに揺れているスライムの姿に愕然とする。
その呪具のせいで、何人もの人間が死んだ。
調べる事も壊す事も出来ず、どれだけの者達が頭を悩ませた事か。
それが今、目の前であっという間に消えていく。
「はははっ。凄いな」
まさか、黒のスライムがこの呪具を壊してくれるなんて。
知っていれば、俺の大切な仲間が亡くなる事はなかったのに。
王都で起こった事件。
最初は夫婦の間で起こった事件として片付けられた。
亡くなった2人は、ここ数ヵ月喧嘩が絶えなかったという証言があったからだ。
次の事件も亡くなった2人が恋人関係にあり、男性が他にも懇意にしている女性がいた事から2人の間で問題が起こったのだろうと言われた。
全く関係がないと思われた2つの事件。
両方の事件を捜査した自警団員が加害者の首に残った跡を気にしなければ、そして不審に思い上に報告しなければ、次に起こった事件と結びつく事はなかっただろう。
なぜなら、3件目の事件の被害者と加害者が貴族だったからだ。
しかも、次の王を支える重要な位置に就く事が決まっている貴族の娘が被害者だった。
そしてその事件を機に、捜査の指揮は自警団からフォロンダ様に変わった。
その彼の指示で集められたのが、俺の様に裏の仕事を中心にしている冒険者達だ。
裏の仕事をしている者は、捜査に関する事を無関係の者に話す事が出来ない様に契約をしている。
そのため、表に出せない事件の捜査などに集められるのだ。
集められた俺達は、加害者の首に残った跡を重点的に調べた。
そしてその跡に残った微かな魔力から、ある呪具にたどり着く事が出来たのだ。
だが、俺達はそれを知って顔を強張らせた。
なぜならその呪具は「死」を利用して作られている事を知っていたから。
元オカンノ村に、教会が作った魔法陣の研究所があった。
その研究所から見つかった資料に載っていた呪具。
正直、そんな物が完成しているとは思いたくなかった。
だってこの呪具は、人の死を利用して作られる。
特に苦しんで死んだ者の魔力を利用するらしいのだ。
そのせいで、一体どれだけの者達が苦しめられて死んでいったのか、考えたくもない。
俺はこの呪具が事件に関係していると分かると、急いで上に報告した。
呪具の情報が漏れてしまうと大変な事になると思ったからだ。
上も同じ意見だったのか、その日の内に呪具に関係していると思われる場所に捜査が入った。
そして見つけた12個の呪具と呪具に関する書類。
その書類から、呪具は全部で20個ある事が分かった。
既に3つは使われているため、行方不明の呪具は5個。
そしてカシメ町に、呪具に関する研究所があると分かった。
すぐにカシメ町に行こうと思ったが、呪具を調べている研究者達に異常が出る。
急いで研究者達の元に行ったが、そこは血の海だった。
まさか、傍にあるだけで影響が出るなんて。
押収した資料にも書かれていなかった。
それからは、呪具を調べるよりも壊す事が最優先された。
だがその結果、新たな死者が数人出てしまう。
その中に、俺の仲間もいた。
しかも、呪具は壊す事が出来なかった。
カシメ町に来たのは、呪具の研究所があるからだ。
研究所なら、壊す方法は無理でも封印する方法を知っている可能性がある。
「ぺふ~」
「あっ……」
ソルの声にハッとする。
そして、ソルの体内に呪具が残っていない事を確かめると笑ってしまった。
「まさか、こんな壊し方があるなんて」
安堵の気持ちが湧き上がる。
亡くなった者達に、良い報告が出来るな。
「あの、この呪具に挟まっている石なんですが」
アイビーに視線を向けると、紙に描いた呪具を俺に見せた。
「石がどうしたんだ?」
「ソルが食べた呪具に挟まっていた石は緑色でした。他の色もあるんですか?」
「あぁ、他の色もある。あと、着けた者の魔力で色が変わるそうだ」
俺の言葉に、不安そうにドル兄を見るアイビー。
そんな彼女を優し気に見るドル兄。
「何か気付いた事でもあるのか?」
うわっ、声まで優しい。
昔のドル兄を知っているから、なんとなく背中がムズムズする。
「気持ち悪い」
あっ、睨まれた。
その睨みは昔のままだな。
というか、アイビーには気付かれない様に睨んだな。
なんて器用な。
「この呪具を見たきがするの」
「えっ? 何処でだ?」
焦った気持ちのせいでアイビーに詰め寄ってしまった様だ。
ドル兄に、顔を抑えられて気付いた。
「悪い」
引いているアイビーに謝ると首を横に振られた。
アイビーは優しいな。
……ドル兄は、冷たいな。
睨みに殺気が混ざってる様な?
ははっ、怖いな。
「お父さん。門番さんが休憩する部屋から女性が怒って出て来たでしょ?」
「んっ? あぁ、そうだったな」
女性の門番が怒っていたのか?
「うん。あの女性の首飾りが呪具と同じ形だと思うの。ただ、あの時は気にしていなかったから見間違いなのかもしれないんだけど」
「そうだったか?」
ドル兄が首を傾げる。
なぜか、セイゼルクさん達まで首を傾げている。
「あの女性が少し気になったの。ずっと何が気になったのか分からなかったんだけど、呪具を見て思い出した。女性が部屋から出た瞬間、首の辺りが光った事を」
「光った?」
俺を見て頷くアイビー。
「そうか。不味いな」
「どうして?」
フラフさんとが鋭い視線を向けて来る。
「呪具が、その女性に悪影響を与えている可能性が高い」
既に影響しているなら、いつ人を殺してもおかしくない状態だ。
「セイゼルク。その女性の特徴は?」
フラフさんがセイゼルクさんを見る。
んっ?
なぜセイゼルクさんに?
「肩下までの濃い緑の真っすぐな髪。目は二重で、薄い唇。門番に恋人がいると言っていた。あと、あの格好は……飲み屋で働いている可能性が高いな」
「分かったわ、ありがとう。その女性については、私に任せて」
フラフさんの言葉に、驚いて視線を向ける。
「いいのか?」
「女性の情報なら、私が動いたらいいでしょ?」
それはそうなんだけど。
「あのバンガさん」
「何?」
アイビーを見るとソルを抱っこしている。
「残りの呪具もソルが食べてしまっていいのでしょうか?」
んっ?
あっ、抱っこではなくソルを押さえているのか。
「ぺふ~」
必死に腕の中から逃げ出そうとしているな。
「ははっ。もちろんいいぞ。あと2本ある」
「ありがとうございます。ソル、食べていいって」
「ぺふ~」
アイビーの腕から逃れたソルが木箱の中に入る。
しばらくすると木箱の中から「ぐしゃ、しゅわ~」という音が聞こえてきた。
「なんだか、力の抜ける音だな」
俺の言葉にアイビーが笑って頷いた。




