924話 宿に戻ろう
「あの噂って」
「うん。人数ははっきりしないけど、冒険者が数名消えたのは本当なのかもしれない。気を付けないと」
あれ?
他のテーブルでも冒険者が行方不明になった話をしているみたい。
冒険者達の間で、この噂が広まっているのかな?
「アイビー、出ようか」
「うん」
お金を払い店から出る。
「一度、宿に戻ろう」
お父さんを見ると眉間に皺がよっている。
「どうしたの?」
お父さんは私の頭を撫でると、広場に視線を向けた。
「何かあったみたいだ」
「えっ?」
何かって?
お父さんの視線を追うと、広場の数ヵ所に冒険者達が集まって話しているのが見えた。
「あの集まり方は、問題や悪い事が起こった時になる」
冒険者達は、情報を共有するために集まる事がある。
その集まり方で、「問題が起こった」と、お父さんは判断したのだろう。
「行こうか」
「うん」
広場を横に見ながら宿に向かう。
「死体が見つかったそうだぞ」
えっ?
立ち話をしている冒険者の傍を通ると、会話が聞こえた。
「冒険者か?」
「いや、今回見つかったのは町の住人らしい。でも冒険者もいなくなっているからな」
冒険者達の話を聞きながら、足を進める。
角を曲がり冒険者達から離れると、お父さんが私を見た。
「集まっていた原因はあれだな」
「うん。きっとそうだね」
今まで行方不明の話は聞いたけど、誰かが亡くなったという話は聞かなかったのに。
「ドルイド、アイビー」
大通りに出ると、反対側から名前を呼ばれた。
見ると、ラットルアさん達が手を振っている。
「そっちに行くから、待っててくれ」
「分かった」
ラットルアさんにお父さんが応えると、子供達と一緒に駆けて来る。
「用事は終わったのか?」
「まぁ、とりあえず」
「それなら、どこかで休憩しないか?」
ラットルアさんを見ると、甘味屋を見ている。
「ラットルア。宿に戻って、ゆっくり楽しめる物の方がいいと思うぞ」
「んっ? あぁ、そうだな。そうしようか」
お父さんの言い方に何か感じた様で、ラットルアさんが残念そうに頷いた。
「皆、家に持って帰るお菓子を見つけようか」
ラットルアさんが笑顔で子供達を見る。
「「「はい」」」
「誰が一番おいしいお菓子を見つけられるかな?」
彼の言葉に、楽しそうな表情で屋台や店を見る子供達。
「あっ」
つい一緒になって、屋台に視線を向けてしまった。
「父親の状態は?」
「回復が早くて、医者も驚いたそうだ」
お父さんの質問に、楽し気に答えるヌーガさん。
「さすがだな」
「そうだろう?」
ヌーガさんの言葉に、満足そうに笑うお父さん。
それってソラのポーションについてだろうな。
でも、良かった。
あと数日で、退院出来そうだね。
「そっちは?」
「冒険者が広場で集まる事態だ」
「そうか」
ヌーガさんが小さく頷く。
「どっちにするんだ? どっちか1つだぞ」
ラットルアさんを見ると、子供達が2つの屋台を指しているが見えた。
「どうした」
お父さんが不思議そうにラットルアさんを見ると、彼は肩を竦める。
「意見が分かれているんだ。飴にするか、焼き菓子にするかで」
子供達を見ると、真剣な表情で2つの屋台を見比べている。
「グーミはどっちがいいんだ?」
「あっち」
彼女は、元気な声で飴が売られている屋台を指す。
それに頬を膨らませるアルースさん。
そんな2人の様子にミルスさんが困った表情をする。
「どっちも買えばいいのでは?」
お父さんの言葉に首を横に振るラットルアさん。
「お菓子を食べ過ぎない様に注意されているんだ。昨日貰ったお菓子を朝から一杯食べた話をしたら」
あぁ、それは仕方ないね。
「飴にする」
アルースさんの言葉に、ミルスさんが彼の頭を撫でる。
グーミさんも、嬉しそうにアルースさんに抱き付いた。
「よしっ、飴だな。色や形が色々あるけど、どれがいい? アイビーはどれにする?」
私にも買ってくれるんだ。
子供達の後ろから屋台の台に並んだ飴を見る。
花の形に、果実の形の飴まである。
「これ、可愛いな」
お父さんが花の形の飴を指す。
淡い赤から白に変わっていく可愛らしい飴だ。
「決まった?」
ラットルアさんの言葉に頷き、お父さんが「可愛い」と言った花を指す。
「これで」
ラットルアさんが子供達と私が選んだ飴の代金を払う。
「可愛い子達だね。しっかり手をつないでおけよ。この頃、この町は人が消えるからな」
屋台の店主が、ラットルアさんとお父さんを見る。
「分かった、ありがとう」
ラットルアさんが真剣に頷くと、店主が満足そうに笑う。
「帰ろう」
ラットルアさんがミルスさんとアルースさんに手を差し出す。
2人は少し戸惑った後、彼の手を握って歩きだした。
グーミさんはヌーガさんに背負われて、嬉しそうに笑っている。
「俺達も行こうか」
「うん」
5人の後を歩きだす。
「あれ?」
お父さんの声に視線を向けると、首を傾げて何かを見ている。
「どうしたの?」
何を見ているのか気になりお父さんの視線を追うが、特に気になる物はない。
もしかして人かな?
「知り合いに似ている者がいた様な……気のせいか?」
お父さんの知り合い?
「奴等だったら……」
奴等?
お父さんを見ると、なんとも言えない表情をしている。
心配というか、困惑?
「まぁ、いずれ分かるだろう」
「お父さん?」
「後で説明するよ」
「うん。でも、言いにくい事なら言わなくてもいいからね」
なんとなく、どうしたらいいのかお父さんが困っている様に見える。
「分かった」
宿に戻りながら、町の様子や冒険者の様子を窺う。
朝は気付かなかったけど、町の人も冒険者も落ち着きがない。
亡くなった者が出たからだろうか?
「捨て場には行けないかな?」
お父さんを見る。
「ん~、大丈夫」
本当に?
「ラットルア、ヌーガ」
「「どうした?」」
2人がお父さんを見る。
「捨て場に行くんだけど、一緒に行ってくれないか?」
お父さんの言葉に、2人が私を見る。
「いいぞ、一緒に行こう。ラットルアは?」
「俺も問題ない」
子供達は良いのかな?
「ラットルアさん、ヌーガさん。ありがとう」
お礼を言うと、2人は微笑んだ。
「ラットルアさん。ジナルさんがいます」
ミルスさんの言葉に、全員が彼の指した方を見る。
「本当だ。ジナ……えっ?」
ジナルさんの傍にいる女性に気付くと、ラットルアさんは声を潜めた。
そして険しい表情をした。
ヌーガさんも、同じ表情でジナルさんと傍にいる女性を見る。
「あの女性と知り合いか?」
「あぁ、教会関係者だ。王都で捕まったと聞いたけど、なんでここに?」
捕まった筈の教会関係者?
「俺達に気付いたな」
ジナルさんが、私達に手をあげる。
傍によると、女性が私達を見て小さく頭を下げた。
「そちらは?」
警戒した表情でラットルアさんがジナルさんを見る。
「彼女は我々の仲間の1人だ。ずっと教会に潜り込んでいたんだが、ようやくその任務が終わって休暇中なんだ」
あっ、ジナルさんの仲間か。
「なんだ。そういう事か」
ホッとした様子のラットルアさんとヌーガさん。
「その大切な休暇を今、終わらせようとしているくせに」
女性がジナルさんを睨むと、彼は苦笑する。
「悪い。人手が足りないんだ。協力を頼むよ」
「はぁ、この町に来たのが間違いだったわ」




