923話 冒険者達の噂
洗った服の水を絞りながらお父さんを見る。
「どうした?」
「さっきのフェスさん。ちょっと……」
説明しずらいけど、彼女に違和感を覚えた。
お父さんの傍により小声で聞く。
「あんなに色々な事を、普通に生活している女性が見れるものなのかな?」
彼女の話から、誰かの話を聞いたのではなく自分で見た事を話している感じだった。
これが誰かから聞いた話しだったら、納得出来るんだけど。
「確かにそうだな」
お父さんも、彼女に違和感を覚えたのかな?
「彼女はおそらく、話を広めたいんだろう」
「えっ? 広める?」
お父さんを見ると、周りを見回していた。
その行動に首を傾げながら、周りの様子を窺う。
あっ、フェスさんの話で盛り上がってる。
そういえば、彼女は声を抑えずに話していたから周りにもしっかり聞こえていたよね。
「彼女には思惑があるんだと思う。その原動力が何かが問題だな」
問題?
「どういう事?」
「彼女の事を何も知らないから判断は出来ない。でも、もしもどこかの組織に属しているなら敵の組織を潰すために、その組織の悪い噂を流している」
なるほど。
「もしくは犯罪に巻き込まれた被害者、またはその家族。町の人を守るために、要注意人物について噂を流している」
そうか、どちらも考えられるんだ。
「よしっ、これで最後だな。アイビーは?」
「終わったよ」
水気を切った服や布を大きなカゴに入れ、マジックバッグに放り込む。
あとは干すだけ。
それは宿の庭を借りよう。
「さてと、これからどうする?」
お父さんの言葉に、少し考える。
冒険者広場に案内版がなかったから、広場の噂が拾えていないんだよね。
でも、用事もないのにうろつくと目立つだろうし。
「冒険者達の噂をどうするの?」
「あぁ、予定が狂ったからな。広場の近くで甘味屋を探すか」
「それはいいね。行こうか」
広場の近くなら利用するのは冒険者が多い筈。
お店にいる人は限られるけど、少しは話を聞けるかも。
冒険者広場近くに戻り、周辺に視線を向ける。
「結構あるな。食事処に飲み屋。あと甘味屋」
「そうだね。お父さんは甘味屋でいいの?」
もう少しでお昼だから、お腹が空いていたら食事処でもいいけど。
ただ私は、朝ご飯を食べ過ぎたのかまだお腹は空いていないんだよね。
「アイビーはお腹が空いているのか?」
私が首を横に振ると、お父さんが笑った。
「朝、少し食べ過ぎたよな」
「うん。フラフさんの料理はおいしかった」
つい、お替わりをしてしまうぐらい。
「そう。ついあと少しを何回かしてしまった」
あっ、私も。
気付いたら、いつもより食べていたんだよね。
「夕飯が楽しみだね」
「食べ過ぎに注意だな」
「うん」
お父さんの言葉に真剣に頷くと笑われた。
「甘味ぐらいがちょうどいい。あの店はどうだ?」
お父さんが指した方を見ると、角にある甘味屋の様だ。
「近くで見てみよう」
「あぁ」
お父さんと一緒に角にある甘味屋に行く。
客層は女性冒険者の方が多いかな。
「丸い焼き菓子?」
お父さんが店の中を見て首を傾げる。
その視線を追うと、お皿の上に果物を載せた15㎝ほどの丸い焼き菓子があった。
「生地は少し薄めだけど、普通の焼き菓子より大きいよね? どうやって食べるんだろう?」
あっ、上に載っている果物を落とさない様に焼き菓子で包むんだ。
でも載っている果物が多いから、食べると後ろから零れちゃってる。
「食べにくそうだけど、うまそうだな」
「うん」
「この甘味屋でいいか?」
「もちろん」
お店の名前は「丸かじり」
そのままの店名にちょっと笑ってしまう。
「いらっしゃいませ、どうぞ」
2人用のテーブルに案内されると、店内を見回す。
皆が、甘味に齧り付いている風景はちょっと面白い。
まぁ、それに参加するんだけど。
「上に載せる果物を自分で選べるんだな。凄いな、果物の組み合わせで味が変わるらしい。あと生と煮込んだ物でも違うみたいだ」
お父さんが真剣な表情で、店の壁に貼ってある果物の説明や組み合わせのついての説明を読む。
でもしばらくすると、首を横に振った。
「駄目だ、分からないから。お店の人のお薦めにしよう」
凄く真剣に考えていたのに、お薦めか。
でも、私もよく分からないんだよね。
「私もお薦めにしよう。それにしても、凄い量の果物を扱っているよね」
壁の貼ってある果物の説明によると、季節によって変わるみたいだけど20種類近くの果物があるみたい。
「そうだな。聞いた事がない果物もあるよ」
「お父さんでも聞いた事のない果物があるの?」
森の奥で成る実について知ってたりするのに。
「あぁ。ただ以前は果物に興味がなかったから、忘れている可能性もあるけどな」
その可能性は大いにありそう。
お父さんがお店の人にお薦めを聞くと旬の果物だと教えてくれたので、2人でその中から一番人気の組み合わせを頼んだ。
「少しお待ちください」
甘味が来るまで周りに意識を向ける。
「『豪雪』チームが解散するそうよの」
お父さんの後ろには3人の女性冒険者がいる。
「本当? でもまぁ、あそこはリーダーがねぇ」
「そうそう。あれはリーダーが務まる器ではないわ」
厳しい意見だな。
「おかしいな」
「そうだな。フィンは遅れる時も来れなくなった時も、絶対に伝言をくれるのに」
その隣は2人の男性冒険者か。
どちらの男性も背が高くがっしりした体格なので、女性が多い店だと目立つね。
「此処に来る直前に問題が起こって、伝言を頼めなかったとか?」
待ち合わせをしているフィンさんが来ないのかな?
「前にそういう事があった時は、同僚がフィンの伝言を教えてくれた。何もないのは、やっぱり変だ」
「そうだな。自警団に様子を見に行くか?」
フィンさんは自警団員なんだ。
「そうだな。行こう」
2人の男性冒険者は、お店の人に事情を説明して店から出て行った。
フィンさんに何も起こっていなければいいけど。
「自警団で何かあったみたいね」
3人の女性冒険者だ。
「ねぇ、昨日見たあの事を誰に相談する?」
「あ~それねぇ」
何を見たんだろう。
気になる。
「自警団は駄目よね。自警団の牢屋にいる筈の者が外にいたんだから」
それって、フラフさんが言っていた捕まっている筈の教会関係者かな?
確か一週間ぐらい前だと言っていた気がする。
「冒険者ギルドは、今は忙しいわよね」
「「……」」
自警団は怪しくて、冒険者ギルドはノースの問題で忙しい。
「商業ギルド?」
「自警団以上に信用出来ないわよ」
近くにいる女性冒険者たちは、ずいぶんと詳しいみたい。
それにしても商業ギルドが自警団より信用出来ない理由は何だろう?
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
女性冒険者達を少し気にしならが、お皿に載った甘味を見る。
小さめに切られた果物と、甘く煮込んだ果物が載っている。
おいしいそう。
「「いただきます」」
上にある果物を落とさない様に生地で包み込むと、食べる。
「おいしい」
薄い生地だけどふわふわだ。
果物の酸味もあって、食べやすい。
「うまいな」
「うん」
「「ごちそうさま」」
汚れた手を、甘味と一緒に来たお絞りで拭く。
「数日前から、広場に戻ってきていない冒険者がいるらしいわ」
んっ?
フィンさんを持っていた2人の男性冒険者のあとに座った女性と男性の冒険者だ。
「あぁ、俺も聞いた。しかもここ1週間で5人だろ?」
えっ、そんなに?
「5人も? 私が聞いたのは3人よ」
2人の冒険者の会話を、私とお父さんだけではなく3人の女性冒険者も気にしている。
「少し前に教会関係者が大量に捕まったから、この町も安全になるかと思ったんだけど」
「組織の上の奴等が捕まったせいで、見逃された下の奴等が暴走しているんだろう。自警団と冒険者ギルドが、正常に機能していれば落ち着いて来る筈だが」
「そうね」
自警団と冒険者ギルドか。
正常な状態ではないんだよね。




