919話 魔物を飼う?
「あの、町の中に逃げ込んだ魔物は大丈夫なんですか?」
噂の真偽も気になるけど、町に魔物が潜んでいる状態も気になる。
「魔物と言ってもノースだから、大丈夫よ」
ノース?
魔物について書かれている本に載っていたな。
確か、王都周辺の森に生息していて、野ネズミに似ている姿だったはず。
えっと、人を攻撃する事はないと書かれてあったような気がするな。
「研究所はノースを調べていたのか?」
怪訝な表情をするジナルさんに、フラフさんが首を横に振る。
「ノースは、研究所にいた他の魔物のエサとしていて買われていただけよ」
「他の魔物のエサ?」
「そう。数年前から、貴族や金持ちが魔物を趣味で飼いだしたでしょ?」
えっ、そうなの?
魔物を飼うの?
「法律で禁止されているが」
「うん。でも、貴族の間では密かに取引されていたみたいね」
「愚かだな。魔物を飼うなんて」
ジナルさんの言う通り、本当に愚かだ。
魔物は未だに不明な部分があるのに。
「そうなんだけど。大人しい種類の魔物だったら、飼えると思うんでしょうね。実際に貴族達は、飼っているみたいだし」
気性の大人しい魔物が狙われたのか。
「その辺りで妥協してればよかったんだけどねぇ」
フラフさんの不穏な言葉に、ジナルさんが嫌そうな表情になる。
「まさか?」
「そう。王都にいる貴族の馬鹿が、まだ誰も飼った事がない少し凶暴な魔物を要求。それに応えたのが教会の作った組織よ。魔物を研究出来るし、金にもなると飛びついたんでしょうね。ちなみに、貴族は『魔物をしっかり躾けておくように』と、命令したそうよ」
「はっ? 躾? まさか研究所で、魔物を躾ていたのか」
ジナルさんが、唖然とした表情でフラフさんを見る。
「そうよ。しかも躾に鞭を使用したみたいで、魔物は大暴れ。入れられていた檻を壊して、研究所内で暴れ回ったの。研究所の周りが異様な音に気付いて自警団に連絡。自警団が乗り込んだ時には、凄い惨状だったみたいね。暴れていた魔物は、すぐに討伐。それで終わったと思ったら、エサだったノースが町へ逃げ出していたので大慌てよ」
「なるほど。逃げ出したノースの数は?」
呆れた様子で首を振るジナルさん。
「不明よ。研究所内にあった書類を確かめたけど、分からなかったわ」
セイゼルクさんが、フラフさんの答えに眉間に皺を寄せる。
「それは、危険だな」
えっ?
ノースは人を襲わないんだよね?
もしかして襲うのかな?
「お父さん。ノースは危険な魔物なの?」
「いや、ノース自体は問題ない。人を襲う事はないし草食だ。ただ、ノースの増え方が問題なんだ」
「増え方?」
「そう。繁殖能力が凄いんだ。外敵がいない場所で繁殖したら、一年で数千匹に増えるだろう」
そんなに!
「ノースは植物だったらなんでも食べる。数千匹に増えたノースによって食糧難に陥って滅んだ村があるぐらいだ」
「そうなんだ」
「最後の1匹になるまで根気よく討伐するしかないのよね。まぁノースが町に入った場合、根絶は無理だと言われているんだけどね」
それは、大変だ。
あとでノースについて本で情報を確かめておこう。
「フラフ」
フラフさんがジナルさんを見る。
「何?」
「町で行方不明者が出ているんだよな?」
「えぇ。忽然と姿を消すと言われているわ」
「どこまで調べた?」
「それが……行方が分からなくなっている者達の数を把握しているだけなの」
フラフさんの言葉に、ジナルさんが目を見開く。
「まだその程度なのか?」
「うん。冒険者ギルドに紛れ込んでいた奴等が、ギルマスの暗殺を目論んだの。こっちの問題を先に片付けるために動いていたから、行方不明については後回しになってしまったの」
「ギルマスの暗殺? ギルマスは強いから自分で対処するだろう。情報だけ渡せばよかったのでは?」
首を傾げるヌーガさんにフラフさんが首を横に振る。
「ギルマスは今、自由に動けない状態なのよ」
「どういう事だ?」
少し焦った様子のジナルさん。
「教会関係者が住んでいた家を調べている最中に、建物が爆発したの。それにギルマスが巻き込まれたのよ。左足の太ももから下と片目を失ったわ。何とか命は助かったんだけど、今も療養中なのよ」
ジナルさんの表情が険しくなる。
「爆破の原因は? 建物に仕掛けられていたのか?」
「いえ、冒険者ギルドに紛れ込んでいた者が、ギルマスを殺す目的で仕掛けたの」
「あぁ、くそっ」
ジナルさんを見ると苛立った様子が分かる。
もしかしてギルマスさんと親しかったんだろうか?
「冒険者ギルドに紛れ込んだ者達の排除はいつ頃終わる?」
「そうね……奴等に指示を出していた者が昨日判明して、今日確保に向かったから……後処理も含めると、4、5日かな?」
「分かった。次はどう動く予定だったんだ?」
「行方不明の調査よ。商業ギルドに紛れ込んだ者達は全て把握済みで、既に仲間が捕まえるために罠を張ったわ。だから、私が出来る事はないのよ」
フラフさんの言葉に、ジナルさんが頷く。
「行方不明の調査に俺も参加するよ」
セイゼルクさんがジナルさんの言葉を聞き、シファルさん達に視線を向ける。
シファルさん達は、その視線を受けると頷いた。
「ジナル。俺達も手伝おう」
「助かるよ、ありがとう」
「私からもお礼を言わせて、ありがとう。本当に人手が足りなくてね」
フラフさんが少し疲れた表情を見せる。
それにジナルさんが首を傾げる。
「王都から手伝いに来ている者はいないのか?」
「いたんだけど、もう王都に戻っているわ」
「もう?」
不思議そうな表情をするジナルさん。
「そうなの!」
フラフさんが不満そうに叫ぶ。
「まだもう少し手伝って欲しいと思ったのに! でも、仕方ないのよね」
「どうしてだ?」
「逃げていた教会関係者が、動き出したらしいの。下っ端過ぎて大目に見た奴等がいたでしょ? そいつらと接触を取り始めたんだって」
「下っ端どもか。運よく捕まらなかったんだから、違う人生を歩めば良かったのにな」
呆れた様子のジナルさんに、フラフさんが残念そうな表情をする。
「本当よね。真面目な生き方が出来る機会だったのに。おそらく最後の機会。まぁ、そういう訳で協力してくれていた者達は王都に戻ってしまったという事なのよ」
フラフさんが肩を竦める。
「王都の方も慌ただしくなっているんだな」
王都にいる木の魔物は大丈夫かな?
「そうね。でもまぁ、王都には色々な曲者が揃っているから大丈夫よ」




