917話 豪快な店主
宿「あすろ」に向かいながら、町の様子を窺う。
特に町の人達が怯えている様子はない。
行方不明になっているのは一部の人なのだろうか?
「ジナルさん。セイゼルクさんとシファルさんは、宿で合流するの?」
「あすろ」で空いている部屋を確認しているんだから、そうなるよね。
「たぶん。ただ、いなかった場合は屋台に行ったんだと思う」
「んっ? 『あすろ』にいない場合ってどういう事?」
「2人には、町の様子を見て『あすろ』に行くか『屋台』に行くか決めてもらう事にしたんだ」
どうして屋台?
あぁ、噂の収集かな?
噂を集めるなら、町の洗濯場か屋台か冒険者が利用する広場の調理場がお薦めだもんね。
大通りから左の道に入りしばらくすると、見慣れた宿の印が目に入った。
そして「あすろ」という言葉も。
「大きいな」
お父さんの言葉にジナルさんが宿「あすろ」を見る。
「カシメ町の宿は、だいたいこの大きさが普通なんだ」
そうなんだ。
今までの宿と比べると2倍の大きさかな?
部屋数が多いと掃除が大変だろうな。
「荷物を置いたら、1階に会議室があるからそこに集合な。さて、行こうか」
ジナルさんが宿に入って行くので後に続く。
宿の中はとても綺麗で、淡い暖色系の壁が温かみのある空間を作っていた。
「2人はいないか。店主、いるか?」
「ごめん、ちょっと待って」
ジナルさんの言葉に答えるように、カウンターの奥から声が聞こえた。
しばらく待つと、小柄で儚げな印象の女性が姿を見せた。
「ごめんなさいね。少し手が離せなくて。あらっ?」
女性はジナルさんを見ると、次にお父さんやラットルアさんを見た。
「ジナルはとうとう仲間に見捨てられたのかしら?」
「はっ?」
女性の楽し気な言葉に、ジナルさんが呆然とする。
「だっていつもの2人ではないから、チームを解散したのかと思って?」
笑っている女性に、ジナルさんが溜め息を吐く。
「他のメンバーとは別行動をしているだけだ」
「まぁ、そうだろうとは思ったけど。ん~、ジナルの態度から見ると、彼等を調べる必要はないみたいね」
「あぁ、俺が何者なのかある程度は知っている。あと、アイビーはフォロンダ様のお気に入りだ」
「えっ? ……えっ? あの冷血漢のお気に入り?」
冷血漢?
フォロンダ領主が?
とても優しくて……まぁ、凄い腹黒だけど。
「お前なぁ。聞かれたらどうするんだ?」
「フォロンダ様なら、私の性格を知っているから大丈夫よ。それに本人を前に『冷血漢だ』と言った事があるのよね。あの時は、凄い視線で見られたけどね。あはははっ」
見た目は儚そうだけど、どうやら豪快な性格みたい。
見た目と性格は合ってなくて、面白いな。
「凄いな。俺には出来ない事だな」
「あんなの勢いよ、勢い」
「その勢いで、色々やらかしているくせに懲りないな」
ジナルさんの言葉に、女性が肩を竦める。
いったい何をやらかしたんだろう。
気になるな。
「それで今日はどうしたの?」
「部屋は空いているか? 子供を含め10人なんだけど」
「10人ね。今日は大丈夫よ。部屋の希望はあるのかしら?」
「ラットルア達の希望は?」
ジナルさんが、ラットルアさんとヌーガさんに視線を向ける。
「ヌーガ達の3人は、個室で頼む、俺は子供達と一緒の部屋にして欲しい。俺と一緒の部屋でいいか?」
ラットルアさんが子供達を見ると、嬉しそうに3人が頷く。
「分かったわ。3人が個室で1人は4人部屋というか家族部屋ね。そっちの彼等は?」
女性が私とお父さんを見る。
「アイビー、一緒でいいか? 個室の方がいいか?」
「一緒が良い」
「俺達は2人部屋を頼む」
「分かったわ。ジナルは個室よね」
「あぁ」
「はい。部屋の鍵。個室は2階。2人部屋と家族部屋は3階よ。あっ、忘れる所だったわ。私は宿「あすろ」の店主で、フラフというの、宜しくね」
宿の店主はフラフさん。
見た目を裏切る豪快な性格だから、忘れられない人になりそう。
「よろしくお願いします」
私の言葉に、嬉しそうに笑うフラフさん。
「君は良い子ね。用事があったり用意して欲しい物があったら何でも言ってね。出来る範囲で手伝うから」
「ありがとうございます」
親切な人だな。
「フラフ、アイビーが気に入ったのか?」
「えっ?」
ジナルさんの言葉に首を傾げる。
「えぇ、だってあのフォロンダ様のお気に入りなんでしょう? それに礼儀正しいし可愛い」
フラフさんを見ると、楽しそうに笑いながら私を見ていた。
ちょっと恥ずかしくなり、小さく頭を下げる。
「ふふっ。あっ、もうこんな時間じゃない。ジナル、鍵。皆に渡してね。用事があるからまた後で」
時計を見て慌てたフラフさんが、奥に戻って行く。
それを見送ったジナルさんが、小さく笑った。
「部屋に行こうか」
ジナルさんは、カウンター横にある階段に向かう。
そういえば、この宿は階段が宿の出入り口から見えているな。
今までの宿は、出入り口からは見えない位置にあったのに。
なんで他とは違うんだろう?
「また、後で」
ジナルさん達とは2階で別れ、私とお父さん。
それにラットルアさんと子供達は3階に行く。
3階に着くと子供達とは別れ、お父さんと借りた部屋に入る。
部屋の扉を閉め、マジックアイテムを作動させるとソラ達の入っているバッグの蓋を開ける。
「皆、宿の部屋にいるから少しだけ声を控えめにね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
いつもより控えめに鳴いた皆は、興味津々で部屋の中を見回る。
そのいつもの姿にホッと安堵の息が漏れた。
「大丈夫か? 疲れているみたいだな」
お父さんの言葉に頷くと、椅子に座る。
「ここ数日で色々とあったから」
旅の道中は何もなく、ゆっくり楽しめたのにな。
「そうだな。いったい、何が起こっているのか」
お父さんも小さく息を吐くと、テーブルを挟んだ向かい側にある椅子に座った。
「着替えて、1階にある会議室だよな」
「うん」
「「……」」
本当に疲れているのかな?
座ったら、立ち上がるのが面倒に感じる。
「着替えないとな」
お父さんの言葉に小さく笑うと、椅子から立ち上がってマジックバッグに手を伸ばした。
旅で汚れた服を、マジックバッグから部屋にあったカゴに移す。
「洗濯が必要だね」
予備の服もなくなってきたし。
「今日は疲れているから無理だけど、明日なら大丈夫だろう。町の洗濯場に行くか? それとも宿の洗濯場を借りようか?」
カシメ町にある洗濯場か。
セイゼルクさんとシファルさんが噂を集めているけど、場所が違うと別の噂を聞けるかもしれない。
「町の洗濯場に行こう」
お父さんが私を見て笑う。
「分かった。ただ、これからの話し合い次第では行けない事もあるだろうけどな」
「うん。ややこしい問題みたいだしね」
「そうだな。着替えたし、1階の会議室に行こうか。ソラ達はお留守番を宜しくな」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
部屋から出て鍵をしっかりと閉める。
丁度、ラットルアさんも部屋から出てきた。
「子供達は?」
「眠っているよ。父親に会えて、ようやく安心出来たみたいだな。ずっと気を張っていたから」
ラットルアさんの言葉にお父さんが頷く。
「あの子達のためにも、問題は何とかしたいな」
「そうだな」
ラットルアさんが、出てきた部屋を振り返る。
扉に鍵がかかっている事を確かめると、3人で1階に向かった。




