がめついパイロット 2つの腕輪(賢者・愚者)
帝国兵たちが魔法使いが作った光球の下で迷路をさまよっていた。
光球はいくつもあり、それだけ帝国兵の集団が探し物をしていた。
迷路に入ることはできたが出口がない。入り口に戻ることはできる。
それでは上官にどやされてしまう。彼らはやみくもに歩くだけだった。
エルマー伯爵はジャンを鋭い目つきでにらみつけていた。
「お前は皇帝陛下の命令が聞けないと申すのだな」
「わたくしは帝国の生まれではございませんし、皇帝からなんらかの恩恵も被っておりませんが」
エルマーのこめかみに青筋が立った。整った顔立ちが恐ろしい。
「陛下の恩寵はあまねく世界中に広がっておるのだ。生きているのは陛下のおかげなるぞ」
不敵に笑った。「それでは神ではありませんか。ならば賢者の腕輪など不要というもの」
エルマーが歯ぎしりをした。皇帝が神ならば賢者の知恵など必要ない。
だがおめおめとは引き下がれない。金髪を揺らした。
「陛下には不要だが、配下の者たちには有用だ」
切り返しの早さにジャンは感心したが表情は押さえていた。
「神様のお手並みを拝見したいですね。それではお引き取りを」
退室を促したが出ていこうとしない。肩をすくめてその場から消えた。
ジャンが消えたことでエルマーは腰を抜かした。
人が消える魔法など見たことも聞いたこともない。
様子見に来たギルド長に助けられるまで動けずにいた。
帝国中にジャンの似顔絵付きの手配書が配られたのはしばらくしてからだった。
ファビアンはじっくりと時間をかけて周囲を窺った。
1月前まで帝国兵であふれていた洞窟は入り口に警備が2名いるだけでひっそりとしていた。
仲間のエルンストとサンデルを手信号で呼んだ。
彼らは冒険者だがパーティは組んでいない。
今回だけ手を組んだだけだった。目的はお宝の横取り。
帝国が探したということはとてつもないお宝が洞窟に眠っているという噂が流れた。
ただ入り口は兵がいて通常では入れない。
帝国で腕の立つ盗人の3人が腕試しのために集まった。
ファビアンは小柄ですばしっこく、1度も現場を目撃されたことがなかった。
エルンストは太っていたが、身のこなしに支障はなく、隠し場所を見つけるのが上手かった。
サンデルは変装が得意で、今も爵位持ちの兵に化けていた。
サンデルが偉そうに警備の兵に近づく。「ご苦労。何か変わったことはないか?」
2人の兵がいぶかし気にサンデルに答えた。
「異常ありません。ステン様は何をしにこちらへ」
「ヴィル隊長からの命令でな。見回りの1つでもしてこいと追い出された」
兵から険が取れた。その間にファビアンとエルンストが洞窟に忍び込んだ。
魔力を貯めた魔道具で前方を照らした。ファビアンは分かれ道になると壁に小さな印を記した。
印に即した道に入っていく。「またここに戻った」
ファビアンが何度目かのため息をついた。
迷路を歩いていくと必ず入り口近くに戻ってきてしまう。
どのルートを選んでも関係なかった。エルンストと交代した。
エルンストも隠し扉や偽装された出口をコース上では発見できなかった。
最初の分かれ道の上に入り口と同じ方向に穴は開いていた。
2人の持っている道具では上部の穴には届かない。出直すことにして撤収した。
イサはイロカ自治都市の最年少議員だった。
父親が急死したため一族のごり押しで議員になったばかりだった。
まだ14歳の軽くカールした赤毛の可愛い女の子に政治ができるのかと批判もあったが、
後ろ盾のウール商会の勢力は大きかった。
形式上ウール商会の当主はイサとなるが、実権は母親のアーデルハイトが握っていた。
アーデルハイトが商会を切り盛りしていたのは父親が存命中からであり誰も異議を唱える者はいない。
イサは両親から経営や政治に関する知識だけでなく、帝王学ともいえるリーダシップに関する知識も
叩き込まれていた。
だが知識はしょせん知識であり、実践の経験が不足していた。
それを承知で評議会の議員たちはイサを送り出した。
失敗させ、ウール商会の勢力をそぐために。
イサは一礼した。「初めまして。わたしはイロカ市のイサと申します。あなたが案内人のジャンさんでしょうか?」
「ええ、そうですよ。お嬢さん」ジャンは笑顔で返した。
「評議会の議員として、賢者の腕輪への道案内をお願いしたいのです」
右手で顎をさすった。「金貨をどのくらい用意できますか?」
「500枚です」即答だった。イサの顔を見つめた。イサも視線をずらさない。
「あなただけを案内するのなら500枚で手を打ちましょう」
イサが目を丸くした。「わたし1人だけですか?」
ジャンが頷いた。「危険ではありますが、金貨500枚以上を値引くのです。
虎穴に入らずんば虎子を得ずともいうでしょう」
「よろしくお願いいたします」挑むような目つきでジャンを見つめた。
「それでは今から参りましょう」わずかに腰が引けたが、すぐに立て直した。
洞窟の入り口で見張っていた兵たちはジャンとイサが通り過ぎても何の反応もしなかった。
まるで見えていないかのようだった。武装している兵の間を通るのは心臓が飛び出しそうになった。
入ってすぐに魔法で浮き上がったときはスカートに手をやって下から見えないようにした。
まさかイサたちを追っている者がいるとは気がつかなかった。
ファビアンとエルンスト、サンデルの3人は忍び込むタイミグを図っていた。
そこに若い男と少女が兵士に誰何されずに洞窟へと近づいた。
なんらかの魔法的阻害がされていると考えた3人は2人のすぐ後ろにへばりついた。
魔法で浮かんだ2人を羨ましそうに見送ったのはサンデルだった。
「やっぱ魔法使いは楽だよな」ファビアンとエルンストも同意見だったが無言で壁をよじ登る準備をした。
身軽なエルンストが壁の凸凹に指や足を乗せて先行した。
ハーケンを打ち込み丸環にロープを通す。がっちりと固定して次に登っていく。
エルンストが出口に到着するとファビアンが続いた。
最後のサンデルは登攀に慣れていなかったので手間取った。
ロープをそのままにして奥へと進んだ。
ジャンが放った炎弾が10体のスケルトンを燃やした。
残った1体がイサに迫った。悲鳴を上げそうになるのをこらえているが足が震えていた。
「杖を使って撃退してください」涙目になりながら杖を振るとジャンと同じ炎弾がスケルトンを襲った。
奥へと進むにしたがって洞窟の幅が広くなってきた。
広くなるにつれ魔物も強くなってくる。2人の前やや上方に光玉が浮き、十分な明るさを確保していた。
ジャンと同じ魔法でオークやオーガといった下級魔物から果てはドラゴンまで屠っていった。
戦い慣れしていなかったイサでもこれだけ魔物と戦えば度胸もついてくる。
借り物の魔法であったとしても自身につながった。
巨大な岩の扉にたどり着いた。ジャンに促されて扉の横にある文字を黙読した。
時間を置かずに文字の下に指で書いていく。
扉が重々しくあいた。内側は白い壁で追われた通路だった。
盗人の3人は滅茶苦茶な魔法に驚きつつこっそりと追っていた。
1本道だったこともあり追いかけるのは楽だった。
だが見つからないように距離がとれたのはサンデルの嗅覚のおかげだった。
犬のように鼻が利いたので安全地帯から2人が魔物と戦うのを見物していた。
「俺たちだけだったら途中で死んでいたな」サンデルが独り言を漏らした。
耳がよい2人はもっともだと内心で同意していた。
エルンストは力に自信はあったが、魔物を相手にするほどではない。
ファビアンに至っては喧嘩をしたくないからこそ泥をしているくらいだった。
スケルトンの仲間になってしまうのは確実だった。
ジャンに従って半歩後ろについていく。自信に溢れてはいないが、腹をくくった顔になっていた。
洞窟と違って壁が柔らかく光っている。光玉はなくなっていた。
ずっと奥まで続いている。目を凝らしても見えない。
遥か彼方だったはずなのに突然空間が広がった。
床がなくなっていた。足元は固く歩けた。
振り返っても何もない。目印になるものがないので居場所すら不明になった。
ジャンの背中だけが頼りだった。触れたいのをぐっと我慢して足を動かす。
ぼうっとしてきた頭を振った。漫然とではなく意思を込めて前を見つめた。
何かが浮かんでいた。それに意識を集中した。
細部が明らかになってくる。腕輪だった。
外側はつるりとしているが、内側にはびっしりと模様が描かれていた。
小さな四角もあれば、丸もある。それらを細い線が結んでいた。
腕輪に右手を伸ばすと勝手にはまった。
縮まってイサの腕のサイズにぴったりになった。
盗人の3人は光を放つ壁にくっつくように歩いていた。
隠れる場所がないので目立たないようにするにはそうするしか方法がなかった。
いきなり壁も床もなくなったことで声を上げそうになった。
1人だったらパニックになっていた。一時的な徒党だったがゆえに弱みは見せられないと
歯を食いしばって我慢した。
壁はないが歩けたので腰をかがめて進んだ。
イサが腕輪をはめたときには飛び出しそうになったエルンストをファビアンとサンデルの
2人がかりで抑え込んだ。
エルンストも冷静になり、魔法使いを思い出し落ち着いた。
そこにふわふわと腕輪が漂ってきた。
サンデルが伸ばした手をファビアンが払った。
サンデルがファビアンをにらみつけた。エルンストが奪おうとしたが、喧嘩腰だった2人に阻まれた。
「馬鹿野郎。下手に手を出すと腕輪がはまっちまうだろうが」
ファビアンの一言でサンデルとエルンストがハッとして伸ばしかけた腕を止めた。
横目で腕輪をにらみながら、3人は額を集めた。
腕輪は売り物であり、はめてしまったら切り落とすことになる。
浮かんでいる腕輪を3人で1つの袋を広げて押し込んだ。
サンデルが変装して腕輪をある貴族に売った。
皇帝に売り込んだのだが相手にされなかった。
宙に浮いてもいない腕輪を賢者の腕輪と証明することもできない。
特徴でも伝承に残っていればよかったのだが、残念ながらそんなものはなかった。
内側にある模様なんてはめていれば見えるわけがない。
購入した貴族も賢者の腕輪としてではなく、お守りの1つとしてだった。
貴族は出征を控えていた。帝国の勝利は疑うべきもないが、それで死んでしまっては損をする。
生き残っていないと勝利の美酒には酔えない。
帝国は自治都市同盟に併合か戦争かを迫った。
予兆はかなり前からあった。各都市は個別に防衛戦の用意をした。
傭兵を雇い、都市を要塞化または出城を設けた。
ただ連携することは考えていなった。
形式的だったが同盟は代表者会議をイロカで開いた。
イロカが指導的な都市だとか、人口が多いまたは地理的に便利というわけではなかった。
ウール商会が誘致に積極的だったからだった。
イロカの代表は少女のイサだった。右腕には鈍く白銀に光る腕輪があった。
このままでは各個撃破され、各都市の富はすべて帝国に奪われると主張した。
その上で迎撃計画の概要を話した。矢面に立つ都市にとってはありがたいことだったが、
帝国から離れ途中で降伏を受け入れるつもりだった都市には迷惑なものだった。
イサは弁舌で同盟の意見を統一した。その代償として迎撃部隊の指揮官に任じられた。
10代半ばの女の子に傭兵が従うわけがない。
反対派による嫌がらせのようなものだった。
イサは金という武器で傭兵を手なずけ、さらに奇抜な戦術で帝国軍を撃破した。
戦力差が20倍もあったのに同盟は帝国を退けた。
帝国軍が壊滅的な打撃を受けその後10年間軍を動かすことなかった。
イサが死ぬまで自治都市同盟に帝国はちょっかいを出さなかった。
もう1つの腕輪をした貴族は軍事行動中に命令に反する言動で大敗北の一因となった。
それがなければこれほどの被害にはならなかったと評された。
戦いの中で貴族は戦死し腕輪は奪われた。
腕輪は幾人かの貴族を破滅させた。イサの死亡とともに腕から消えるまでもう1つは不幸をまき散らしていた。