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月を見上げたら  作者: とんぶり
6/7

月を見上げたら

5話目。

胸糞悪くなる主人公の元彼が出てきます。監禁と性的行為、精神的DVを思わせる表現があります。

そういうのにトラウマのある方は読むのはおすすめしません。

 相場さんについて俺が知った事。

 野球が本当に好きだって事。

 意外に丈夫って事。

 哀しみを抱えてるって事・・。

 

 あの日から、でも付き合ってるとかでもなくて、それ以上になるわけでもないけど俺と相場さんは互いの家を行き来してる。時折、すごく真剣に相場さんが俺を見るから、どうしていいか分からないときも在る。

でも・・俺は陽都(はると)ときちんと別れたという状態でもなくて・・俺は別れたつもりなんだけど・・陽都はそう思ってなくて・・携帯に出ないと職場にも連絡が入ってくる事が増えた。

きちんと別れ話をしようって決めて・・俺は陽都と会う事を決めた。


 本当は二人で住んでいた部屋には行きたくなかった。陽都が俺に何かするとは思っていないけど・・。

「・・久しぶり。」

ドアにもたれかかる様にして、俺を迎え入れる陽都は、この前会った時よりも痩せていた。

少しタバコの匂いが気になったけど・・部屋は俺が居た時とあまり変わっていない。

「ちゃんと、片付けてるんだ。」

「あんまり部屋に戻ってないからな。散らかる暇が無い。」

「忙しいの?」

「まあね。」

「そっか・・。」

会話が続かない。

前はそんな事なかった。

居心地が悪い。

陽都はじっと俺の目を見つめてる。

「あのさ・・。」

「俺はお前が好きだよ。」

目を逸らす俺を陽都がいきなり抱きしめてくる。

「ごめん・・。」

陽都からタバコの匂いがする。この腕に抱きしめられるのが心地いいと思っていたのは、ついこの間の事だったのに・・。妙な居心地の悪さと、切なさと、違和感。

「俺にはもうそんなつもりは無いよ。無理だよ。もう戻れない。」

その抱きしめる腕を解こうとするけど、もとから俺達には力の差があった。陽都は学生時代からバスケの選手として活躍していた。その力は俺よりずっと強い。

「一緒に居たら戻れるよ。」

「陽都・・。」

違う・・違う・・もう戻る事なんて出来ない。

「愛してる・・来希。」

耳元や首筋に落されるキスにゾクリとする。

それは感じてるとかではなく気持ち悪いとか嫌だという嫌悪感。

勿論抱かれたくなんかない。

何もされたくない。

「やめて。俺は陽都と別れたい!」

俺は叫ぶ。

服のボタンに手をかけていた陽都の腕がピクリと動く。

「別れたいのか・・他に男でも出来たのか?」

陽都の声が少し低くなる。その声が、一緒に居た時から少し苦手だった。暴力とかは振るわない・・でも陽都と意見があわなくて喧嘩になった時に、その声を陽都が出し始めたら最後だ。俺が泣いて許しを請うまで徹底的に彼は言葉で傷つけてくる。過去にあった事や、何か今までに気に食わなかった事を全て持ち出して、自分の正当さを見せ付けてくる。大好きで一緒に居たくて仕方なかった頃は、それでも我慢できた・・でも、今の俺にはもう我慢の出来ない事だった。

「あいつか?同じアパートのあいつに抱かれでもしたか?」

「違うよ。相場さんはそんな事しない。」

「ふーん。本当かよ。」

身体を守るように俺は胸の前で手を交差させた。

その手を掴む陽都の手は痛いくらい強い。

「身体に聞けば分かるよな?お前やらしい身体してるからな・・ずっとしてなきゃ、わかるよな?」

「やめてよ!」

俺の振り上げた腕が陽都の顎を捉えた。

陽都の目に怒りが宿ったのが俺にもはっきりわかった。

「・・この・・」

掴んでいた腕が思い切り俺を突き飛ばした。俺は後ろのベッドルームのドアにぶつかり、半開きだったドアに背中から吸い込まれるように部屋の中に倒れこんだ。

「げほっ・・」

背中の痛みなんて感じる余裕もなかった。部屋に入った陽都が俺の上に圧し掛かる。

「素直に抱かれりゃいいんだよ。お前を愛してるのは俺だけだ・・お前は俺のものだろ!?」

「違う!!俺は・・」

「分からせてやるよ・・。」

低い怒りが篭った声が俺の首元で囁く。

そのまま俺は抵抗も出来なくて何度も何度も陽都に抱かれた。まるで一方的な暴力のようなセックスだった。俺は一度も感じる事も無く、苦痛な時間がずっと続いた。その中でただ感じていたのはそこから逃げ出したい・・ただそれだけだった。そしてその行為は俺が意識を手放すまで続けられた。


 俺が、身体がだるいって思いながら目を覚ました時、陽都は側に居なかった。元からそうだ・・陽都はセックスが終わったあとは、すぐに身体を離してタバコを吸いに行く。

でも、今回はほっとしていた。

そして・・自分の身の違和感に気が付く。

俺の腕は手錠で拘束されていた。

「何だよ・・これ・・。」

縛られたりはしていない・・家の中を動く事は出来るって事だけど・・外に出るなって事かよ・・?

冗談じゃない。

俺はそのまま玄関へと向かう。鍵をあけドアノブを回すが・・外側に何か細工をしているのか、ドアは開かない。

「・・最悪・・。」

自分の声が掠れたのがわかる。

まさか・・陽都がそんな事するなんて思いたくなかった。

ベランダから飛び降りるにしても、ベランダ側の窓は開かないように金具で細工がされている。

開く窓は小窓で手首を拘束された状態では通り抜ける事が出来ない。

俺が来るから・・細工していたのか・・。

「狂ってるよ・・。」

陽都のシャツだけを羽織らされた姿だと今更に気が付いた。

自分の服は脱がされた時のままベッドルームの床に落ちていた。

幸い・・携帯がそのままポケットに入っていた。

「お願い・・出て・・。」

俺は祈る気持ちで相場さんの番号を鳴らした。

仕事中だからか・・相場さんは電話に出ない。

俺は何度も何度もかけ続けた。

そして数十回のコールで、いつもより幾分か低い声で相場さんは出た。

ホッとして涙が出てきた。

『ごめん・・営業中で・・今、長話は出来ないんだ。切らなきゃならないよ。』

「助けて!!お願い!!陽都の部屋に監禁されてる。」

『監禁!?』

俺は場所を伝え、すぐに携帯を切ると上着の中に電源を切って隠す。

相場さんがそうしろって言ったから・・。

いつ陽都が戻ってくるのかも分からない。絶対、助けてやるからって、相場さんは言った。

俺は、床に座り込む。

なんで・・こんな事になったんだろう。

俺が陽都の側に居るのをやめたから?

俺のせい・・。

俺が陽都を拒否したから?

膝を抱えて蹲ってた。

どんだけ時間が過ぎたんだろう・・。

部屋の鍵を開ける音がする。

俺は身が竦む・・陽都だったら?

どうすればいいんだろう・・。

今・・俺は陽都の事が怖くて仕方なかった。

ドアが開く。

「来希!?」

声が・・安心できる声が部屋に響く。

俺は思わずそのまま部屋を飛び出した。相場さんに体当たりするように飛びついた。

その手の中には鍵を開けたと思われるいくつかの道具が乗っていた。

「ありがとう・・。」

「なんつーか、すごいカッコしてるな。」

「・・鍵開けも出来るの?」

「しっ・・。」

相場さんは声を低めた。

誰かが部屋に近づくのが分かる。

足音は部屋の前で止まり、次の瞬間にすごい勢いで陽都が部屋に入ってきた。

凄い視線が相場さんを睨み、ついで俺に笑顔が向けられた。

「来希・・こっちへおいで。」

「・・絶対に嫌だ・・」

俺は相場さんの背に思わず身を隠してしまった。

「嫌だってさ。」

相場さんが平然と言い放つ。

「手錠外してやれよ。これは犯罪だ。普通じゃない。」

「俺達の事に口を出すな。来希は俺のそばに居るのが自然なんだ。」

「でも来希は嫌がってるよ。だから、君の側を離れた・・それだけの迷惑をかけた事を自覚してないの?」

思わず相場さんの服をぎゅっと掴んでいた。

「来希は・・お前に騙されてるんだ。」

「訳わかんねー事言ってんじゃねーよ。俺が来希騙してどうすんだよ。」

「いい加減にしてよ!!」

俺は本気で叫んでた。

「俺は物じゃない。俺は本気でもう付いていけない!!

陽都・・いつも自分は好きな事ばっかやって・・結局、俺の事なんてほったらかしじゃないか。それで都合悪くなった時だけ、戻ってきて・・一緒に居て欲しい時に側に居てくれた事無いじゃないか。

それで、俺が何かやろうとすると、別の男が出来たとか疑って・・それじゃ陽都はなんなの?何日も帰ってこなかったりするのに、俺が仕事で帰るの遅いだけでも一々チェックして・・俺は何なんだよ!? 俺の存在って何なんだよ!?」

呆気に取られたように、陽都は俺を見ていた。だろうな・・陽都と付き合ってから、俺が声を荒げた事なんて殆ど無かった。

「・・ごめん・・でも俺は・・。」

「好きだって言うんだろ? 好きなら相手の気持ちは関係ないのか?ふざけんな!!」

「来希だって・・俺の事好きだろ?」

「好きだったとして・・それが何・・?もう付いていけないよ。どんどん嫌いにならせないでよ!!」

俺は泣いていた。ぼろぼろ涙が零れてた。

大好きだったよ。陽都の事。自分の事、後回しにしても、多少の事は我慢してもいい位好きだった。

だから、ずっと一緒に居たんだ・・だけど・・もうこのまま戻ったとしても、前のようには一緒に居る事なんて出来ない。

「さよならだよ、陽都。手錠・・外してくれない・・?」

陽都が動くのを待つまでもなく、相場さんは手持ちの器具で鍵を外していた。玩具のようなそれは意外と簡単に外れた。

ベッドルームに戻って俺の服に着替えると・・シャツはちょっと破かれて悲惨なことになっていたけど、上着で隠れるからいいやって思う事にした。

「来希・・ごめん・・それでも俺はお前が好きだよ・・お前が俺の全てなんだ・・お前が居なくなったら俺は死ぬしかない・・。」

陽都の部屋を出る時・・陽都がそう呟くのが聞こえた。

俺は・・踵を返し、陽都の頬を力いっぱい平手で叩いた。

グーで殴ってもいいと思ったんだけど・・それは痛いだろうから。

「別れたから死ぬとか言わないでよ!?情けない!!本当にふざけんなっての!!

自分の人生、人の事で全てにしてんじゃねーよ!!だから一緒に居たくなくなって行くんだ!!

なにか都合が悪くなれば、人のせいかよ!?違うだろ!!

お前、俺よか仕事取ったんだろ!!違うのか!?だから、帰ってこなかったんだろ!!だったら、仕事成功させて見返してみろよ!!それ位の気概は無いのかよ!!

そんな、お前なんかっ!!だいっ嫌いだ!!」

俺は一息に叫んでた。

陽都は呆然と俺を見つめ返してた。

もう戻るつもりなんて全く無かった。

残された陽都がどう思っていようと関係ないと思った。


 相場さんの車に乗せてもらい・・ものすごくほっとした。

言いたい事も全部言えたから、すっきりしたのもあった。

「・・相場さん、ごめんね仕事中に。でも本当に助かった。相場さんが居なかったら、きっと俺・・前に戻ってたと思う。」

「実は、結構ビックリした。ガチでヤバいかもって思った。

知り合いに鍵業者がいてさ・・ずっと前にチラッとやり方教えてもらった事はあったから、道具借りて急いだんだ。彼氏が戻ってくる前で良かったよな。」

「話合いに行ったんだけど・・話になんなかった・・。結局、あれで分かってもらえたらいいんだけど・・。」

「分かってくれなかったら・・心配なら今日からでも俺んとこにくればいい。ずっとボディーガード代わりはしてやるよ。」

「あはは・・ありがと。」

「俺、結構・・本気かも知れないよ。来希の事好きかもしれない。」

笑う俺に相場さんが真剣な声で言う。

丁度、車がアパートの前に止まりエンジンを切って相場さんの視線が俺を向く。

「監禁って聞いて、本気で心配した。」

「相場さん・・ごめん・・俺・・。」

俺は?相場さんの事は結構好きだ。

それが恋愛感情なのかはまだ分からない。

特に今はいろんな事があり過ぎて・・。

「ごめん。こんな時に言うなんてな。これから考えてくれればいいよ。

・・うん、今まで通りに、来希が笑ってくれればいい。」

ごめん・・と俯く俺の頭を大きな手が撫でた。

「取り合えず、部屋戻って風呂入って、着替えなよ。すっげぇ疲れた悲惨な顔してる。」

優しい大きな手がゆっくりと俺の頭を撫で続けた。


  俺は変われるかな?



 あの一件以降・・俺は相場さんと顔を会わせてない。それは避けているとかではなくて、偶々お互いに忙しかったって事なんだけども・・。

そして陽都からは郵便受けに「ごめん」とだけ書かれた手紙が入っていた。

付き合った当初とか、今まで一緒に居て、そんなに深くも考えては居なかった。でも、こうなってくると相手の嫌な部分とかが目に付く。でも、それはお互い様なんだよな。だから、こうなったのは陽都だけのせいじゃない。

一緒に居ただけで楽しかった頃に戻れたらいいのにな・・。

お互いの温もりだけで安心できた頃に戻れたらいいのに・・。

そう思う時もある。それはなんだかんだ言っても陽都が好きだからなんだと思う。戻ることはもうないって解ってるんだけど・・。

 電車を使い会社へ行く。会社では当たり前のように自分の席に付き、仕事をこなす。仲間といつものようにふざけたり笑ったりしながら一日が終わる。

また電車に乗って家へと向かう。

日が長くなったな~って電車の窓からの風景を見て思う。

駅を抜けると・・相場さんの車と同じ車がそこにあった。

営業に駅前にも来るのかな・・?

まさかね、相場さんのわけないか。

俺はその車の横をすり抜けようとした。

「来希!!」

車からではなく、俺の後ろから相場さんの声がした。振り向くと、缶コーヒーを手にした相場さんが笑顔で立っていた。

「近くまで来ててさ、そろそろ帰ってくる頃かなって。」

「待ってたの?」

「そう。どっか飯食いに行かないか?」

「・・うん・・。」

「大丈夫か?・・元気ないな。」

俺は頷く。本当にこの人は優しいと思う。

「あんな事あった後だから、側に居てやりたいって思ったんだけど・・忙しくて顔出せなかったから、心配してたんだ。」

助手席に腰を落ち着けると、大きな手がぽんぽんって俺の頭を撫でた。

「・・ありがとう。」

「何食べに行こうか?」

結局はいつも行く居酒屋に腰を落ち着けて飲んだ。

帰りは代行を使って自宅へ戻った。その車の中で、相場さんに手を繋がれた。驚いて相場さんの顔を見ると、彼は笑顔を俺に向けていた。


 俺は・・どうしたいんだろうな・・。

今は解らなくなって居た。

相場さんの事は結構好きだと思う。

開け放した窓から空を見たら、真ん丸い月が俺を見下ろしていた。

しばらく俺は月を見上げてた。

たまに・・実家に帰ってみようかな・・。


 有給が丸ごと残っていたし、ずーっと休んでなかったからと俺はまとめた休みを取らせて貰えた。

実家の広い居間にごろんと転がる。畳を変えたばかりなのか井草のいい匂いがした。

昼のこの時間は実家には誰も居ない。むくりと起き上がった俺は仏間に入ると、二番目の兄貴の遺影に手を合わせた。俺とそっくりな兄貴は俺よりもずっと清華な微笑を浮かべてた。

また居間へ戻って、猫の相手をしながらぼーっとしているうち、俺は眠ってたみたいだった。

玄関からする人の声で目が覚めた。

猫が横で大きく伸びて声のする方へと走っていく。

「誰か帰ってんの?」

三番目の兄、鉄三郎の声だ。

「俺~。」

「おお!!来希かぁ?」

ドア越しにも大きな姿が良く解る。

「今、源司兄も来るぜ。」

荷物を抱えるようにして鉄兄は部屋へと入って来た。

「久しぶりだな。来るって分かってりゃ、店早仕舞いにして父さんも母さんも帰ってきたのに。」

「いいよ。二、三日居るから。」

「そうか。そうか」

嬉しそうに笑う、鉄兄のごつくて大きな手が小さい頃から大好きだった。その手は、繊細な料理を作り出す。忙しい父母に代わって、幼い俺の面倒を見てくれたのは鉄兄と源司兄だった。その鉄兄は父母を手伝い、店のシェフとして忙しい毎日を送っている。

「今日は、兄貴と飲むつもりで買い物してきたが・・まぁ、お前も食えるものばっかだし・・飲むよな?」

俺は頷く。

扉が開く音がして、もう一人の兄も入ってきたようだ。

「なんだ?鉄、誰か来てんのか?」

鉄兄と同じこと言いながら、肩に猫を乗っけて一番上の兄の源司兄も部屋に入ってきた。

「来希じゃねぇか。」

「二、三日こっち居れるんだってさ。」

鉄兄がコップや箸、皿を目の前に並べていく。

源司兄が一升瓶を取り出した。

「いいねぇ、さすが兄貴。」

ラベルを確認した鉄兄がにんまりと笑う。

「いい酒なの?」

「まっな。」

兄貴につがれるままに一口飲み干すと、すっきりした口ざわりで飲みやすく、嫌な後味の全くない酒だった。日常の話とか、いろんな話をした。こんだけ、いっぱい喋るのって久しぶりだったと思う。明日も忙しいからって、先に席を切り上げたのは鉄兄だった。

んで、俺の横をすり抜けざまに、なんか悩みあんなら源司兄に相談しろよって耳打ちしていった。

俺が引っ越す時も、何も言わないで保証人になってくれたのは源司兄だった。

悩みになんのかもわからない状態なんだけどね・・。

「言いたくないなら、無理に話さなくていい。」

源司兄は軽くグラスを飲み干す。

「うん・・。」

「この前よりは明るい顔しているからな。少し安心した。」

それはアパートの保証人を兄貴に頼んだ時を指しているんだとすぐに解った。あの時は早くどうにかしたくて・・陽都から逃げ出したくって必死だったのかもしれない。

「あのね・・兄貴、俺・・あいつと別れた。すんげーいろいろあったの。」

俺はグラスを両手で握り締めるようにして、心に重石のようになってしまった陽都の事とかを話した。兄貴はただ黙って聞いてくれた。

「監禁するほど、俺に離れて欲しくないって事なのかなって思った。でも・・それっておかしいよね。それじゃぁ、俺の意思はどこにあるの?陽都の事は好きだけど、もう絶対一緒に居るなんて無理だ・・。」

「そうだな。他の考えはわからんが、相手の意思を無視するのは単なる自己満足だ。別れて正解だったんじゃないかな。お前が明るくなった、それだけでも理由は十分だ。」

「兄貴にそう言って貰えると安心する。」

兄貴は優しい笑みを浮かべた。

体がおっきくて、俺と外見は正反対。豪快で豪放、奔放に跳ねた髪の毛まで兄貴の性格を物語ってる。兄貴は独立して、小さなゲーム作成の会社を興したんだ。それなりにマニアックで人気のあるゲームを何本か出してる。その前はホームページとかデザインとかをやってる会社にいたんだけどね。俺もその影響でプログラムの会社に入ったんだ。

「やばいって思ったら・・いや思う前にいつでも俺に連絡しろよ。」

俺のグラスに新しく酒を注ぎ足してくれる。

「最近・・仲いい人が同じこと言ってくれた。その人が監禁の時に助けてくれたの。」

無言で兄貴はグラスに口をつけポツリと言った。

「惚れそうか?」

「・・・。」

俺は返答に困った。まだ相場さんに対しての気持ちが良く解らないから。

「危険な時を助けてくれた相手には好意を持ちやすいからな。ま、ゆっくり考える事だ。」

それから話題は別の方向へ言って、俺と兄貴は大笑いしながら遅くまでずっと話してた。


 首元になんかモコモコした感じがして目を覚ますと・・実家の猫が俺の頭の横で伸びていた。その尻尾が首元でふかふかと動いてる。

手を伸ばして携帯を見ると7時半。

俺は着替えて居間へ行く。後ろから猫もとことこと付いてくる。

もう、兄貴達は起きていた。

父さんと母さんは少し前に仕込みの為に出かけたと言う。

相変わらず忙しい夫婦だ。

「ゆっくりしていけってさ。店の方にも顔出せって。」

鉄兄が味噌汁とご飯をよそってくれる。

食事は終わったらしい源司兄は新聞片手にお茶を啜ってる。

「鉄兄は店いいの?」

「ああ、今日俺は休み。」

「源司兄は?」

「ああ・・そろそろ行く。来希、ゆっくりしてけよ。」

俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、棚に置いてたヘルメットを片手に源司兄は出て行った。

鉄兄も用事があるとかで出かけて行き、俺はまたぼーっとテレビを見たりしながら過ごし、夜は兄貴と飲んだりして休みを過ごした。

なんとなく、気持ちが落ち着いた感じがした。

 

 ほんの三日離れただけだったけど、アパートに戻ると帰ってきたって感じがした。

まだ、住んでそんなに経ってないのにね。

窓を開けると相変わらずの風景。駅と住宅街しか見えない。

でも風は気持ちいい。

冷蔵庫には鉄兄が持たせてくれた煮物とかがいっぱいあるのを思い出し、なんだかうれしくなる。

出かける前よりかなり気持ちが明るくなってるのを自分でも解った。



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