遭遇
3話目です。
俺が相場さんについて知ってる事。
冷蔵庫には必ず缶ビールが入ってる。
遊びに行くと珈琲が必ず出てくる。
・・優しい。
避けようって思ってたのに、思わぬ事でカミングアウトする格好になった俺。思った以上に相場さんは拘らなかったみたいで少しホッとした。
結局、今は前と同じ様に一緒に飲みに行ったりして遊んでいる。
あいつは・・あれ以来連絡を寄越さない。
寄越すわけないか・・事実上別れを告げたのと変わらない。
もしかしたら、相場さんの事を誤解した・・それは無いとは思うけど・・。
今日、とうとう携帯も変えた。
心機一転・・っていうのかな。
あいつは新しい俺の連絡先を知らない。
まぁ・・家を知っているんだから、連絡先なんか知らなくたって、部屋にくればいいだけの話なんだけど・・家に入れる気はない。
今日も相場さんに押し切られるようにして、居酒屋で待ち合わせ。なんか心配してくれているのは分かるんだ。俺が落ち込んでいるって思ってるみたいで・・。
優しい人だよな。
俺はグラスのビールを空ける。
居酒屋の扉が開いたのは気がついていた。でも、複数が入ってきたから気にも留めなかったんだ。
「来希さん・・?」
その中の一人が俺に声をかけてきた。
声に聞き覚えは無かったけど、顔を上げた。
「やっぱ来希さんでしょ?」
その人は遠慮なく、俺の前に座る。
「誰?」
馴れ馴れしい感じが好きじゃない。
だから俺の声が尖がっても仕方ないと思う。
「あ、すんません。俺、陽都さんと一緒に仕事してるんですよ。前に、陽都さんから写真見せて貰ったんですよ。ちゃんと内緒って言われてますから。おれ、陽都さんそんけーしてるんで、お二人の事は誰にも言ってないっすよ。」
最後の方は声を潜めて、彼なりに気を使ったんだろうけど・・。
「なにしてるんすか? あ、陽都さんと待ちあわせっすか? でも今日は・・商談あるっていってたけど・・。」
彼は不思議そうな顔で俺を見る。
無神経。
ひどく気持ち悪い。
自分の知らないとこで、関係を言われているのも嫌だ。認めて貰えないのもきついかもしれないけど・・こんな良く分からない奴に、俺の知らないところで二人の事をいろいろ話されていたかと思うと酷く、むかついた。
「陽都とはしばらく会ってないよ。君のほうが知ってるんじゃない?
俺、あいつが何をしているのかも知らない、今日も会う約束なんてないし、もう会うつもりもない。
それじゃ・・陽都に会ったら、よろしくって言っておいてよ。」
俺は伝票を片手に席を立った。
清算をしている間、その青年の視線が自分の方にあったのは気がついていたけど・・あえて無視した。コートを羽織って俺は店を出た。
勢いで店を出て、少しして気がつく。相場さんと待ち合わせていた事を・・立ち止まり、慌てて、携帯を鳴らすと、目の前で着信音が響く。俺は顔をあげると、相場さんが目の前に居た。
「遅れて悪い・・もしかして大分待ってた?」
「いや・・店にいたんだけど出てきた・・。」
「別の店に行こうか?」
「うん・・・。」
理由を聞くわけでもなく、相場さんは店の変更を言い出してくれた。正直ホッとした。
「来希さん!!待ってください!!」
俺の後ろから大きな声が俺を呼び止めた。無視して歩き去りたいと思った。
「誰か・・追っかけて来たけど・・あれが理由?」
相場さんが後ろを指差す。俺は小さく頷く。
「陽都の仕事仲間・・らしい。」
「来希さん、俺、陽都さんが最近おかしいとは思ってたんです。すっげーがむしゃらで、身体壊すんじゃねぇかって俺らも思うほど滅茶苦茶仕事してるんです。きっと来希さんと会えないからだと思うんです。陽都さん、来希さんの事話すときはすっげーうれしそうなんです。俺・・はじめはホモって気色わりいって思ってました。でも陽都さんから聞いている内に二人の事だけは別だって思うんです。だから・・これからも・・。」
「陽都の側に居て、あいつの手助けしろって?」
彼の言おうとした言葉を俺は奪って遮った。
「男女でも性格あわなきゃ別れるよね。俺は、もう陽都にはついていけない。陽都に君みたいに心配してくれる人間が付いていてくれてよかったと思ってる。身体壊さないでって伝えてくれる?」
俺は彼に背を向けて歩き出す。
なんで他人に言われなきゃならないんだろう。
確かに、金銭面とかの手助けは一生続くわけではないかもしれない。
でも・・泥棒みたいな真似や友人達から親から金を借りまくって、返していない・・そんなのを見てしまって、このまま一緒に居るなんて無理だ。そう・・ちゃんと理由を言って、借りてくれれば、俺だって考えた。分からないな。金の切れ目が縁の切れ目・・。
俺には陽都を支えるだけの根性はないのかもしれない・・。
俺は無言でどんどんと歩いた。
はっと気が付いたのは、飲み屋街の端っこまで来た時。
相場さんが一緒にいたって事もその時思い出した。
恐る恐る振り向くと相場さんは黙って付いてきてくれていた。
「大丈夫か?眉間に皺よってる。」
相場さんは俺の眉間を伸ばすようにつつく。
「ごめんなさい・・。」
「結構歩いたよなー。どうする?俺腹減ったな。」
相場さんは辺りをきょろきょろと見渡す。そして満面の笑みを浮かべた。
相場さんの手が一軒のラーメン屋を指差す。
俺も頷いた。
同時に二人の腹がぐぐーと音を立て、俺達は大笑いしながら店の暖簾をくぐった。
営業に回って歩いて、ついでにポスティングもする。個人的には集合住宅やアパートなんかは一気に配れて効率的でいい。
よくお邪魔する顔馴染みのファミレスの駐車場、店長さんとも顔見知りで、この周辺のチラシ配りや営業の時はよく置かせてもらっている。ドア越しにレジの女の子に会釈して、チラシを相当な枚数を配り終えて俺は缶コーヒー片手に車に乗り込もうとした。
「あんた・・。」
俺の背に男の声がかけられた。客かと思い、俺は営業スマイルを浮かべて振り向く。
見覚えのあるというより、間違いなく客ではなく・・まぁ記憶の分類からいけばあまりいい印象ではない。
「こないだはどうも・・。」
「とんでもないとこ見せまして・・。」
スーツ姿の来希の彼氏が目の前に立っていた。俺達は互いに気不味い顔で挨拶を交わす。
「営業・・ですか?」
「ええ。不動産をやっていまして、よろしければどうぞ。」
俺は助手席に置いていたパンフレットを渡す。
「お仕事中ですか?」
パンフレットに目を走らせる陽都へ、様子を探ると言うわけでもないが俺は聞いてみた。なんだかんだ言ったって、来希も心配してるだろうから・・。
「ええ・・まぁ。あの・・あいつ元気にしてますか?」
歯切れの悪い言葉がそれでも、来希が気になって仕方ないのは分かる。だって、一度しか顔をあわせていない俺を呼び止めるのはそういう事だろう。
「そうですね。」
「失礼な事を伺っても・・?」
「俺と来希君がそういう関係かってことですか?」
俺がそう言うと彼は下を向いた。
「それは彼に対して相当失礼な言葉なんじゃないかな。俺は彼にとって友人に過ぎないし、彼は完全に潔白だよ。彼には友人を作る権利もないのかな。」
「すみません。」
「俺に謝られてもね。
来希君は君に関しての事は何も言わないけど、君と一緒に暮らすのを止めたって事は、相当な覚悟で動いているんだと思うよ。君が気持ちを入れ替えるなり、君も覚悟を決めないと何も変わらないんじゃないのかな?」
俺が言う事でもないとは思うんだけど・・。視線を時計にやると、客との待ち合わせの時間が迫っている。
「ごめん。お客様と約束があるから、俺はこれで・・。説教のような事をいってごめん。」
俯いたままの彼に声をかけ、俺は車に乗り込んだ。彼はそのまま動かなかった。
何ていえばいいか分からないが・・彼もまだ来希の事が好きなんだろうな。俺には何ともしてやる事は出来ないし、彼ら二人で決める事だろう。ただ・・分からないけど、来希はもう彼の元に戻るつもりは無いのではないかと・・その時の俺は思っていた。