心機一転
二話目です。
俺が相場さんについて知ってる事・・。
不動産屋に勤めている。
野球が好き。
笑顔が絶えない。
部屋は3階にある。
スーツが似合う。
案内されて、相場さんの勤務先っていう不動産屋の中に入ると受付らしい小動物っぽい女の子がにっこり笑ってこっちをみた。
「おはよ~。お客さん、案内してきたよ。どうぞ。」
相場さんは俺に椅子を勧める。
軽く頭を下げて、俺は素直に椅子に座る。
「ちょっと待っててね。資料持ってくるから・・」
受付に居た女の子が入れ違うように来て珈琲を俺の前に置いてくれた。
「どうぞ」
首を軽く傾げて、彼女は「熱いので気をつけてくださいね。」と付け加えた。
優しくて可愛い。そしてお盆を胸に抱えた姿がリスっぽい。
「ありがとう。」
折角なので一口いただく。
そこへ相場さんがファイルを抱えて戻ってくる。
「お待たせ。・・あれ?そういや・・名前聞いてなかったよね。」
そういやそうだった。
俺は、相場さんの部屋ですっかり眠ってしまい、気が付いたら昼近かった。しかも、相場さんは俺をベッドへ運んでくれたみたいで、起きた時にはしっかりと布団に潜り込んでいた。そして昼ご飯までご馳走になって、今に至る。なのに・・俺は名前を名乗っていない事に、お互いに気がついていなかった。
「来希・・影山来希」
「どう書くの?」
「来るに希望の希。」
「いい名前だね。」
「・・・あんまいい事無いけどね。」
「部屋の希望は在る? 人気のあるタイプの資料、持ってきてみたけど?」
相場さんは資料を捲る。
いくつかの部屋の資料を見せてもらう。
「・・アパートでいいんだよね?」
俺は頷く。更にいくつかの部屋の間取りを見せてもらっているうちに・・どっかで見たような間取りの部屋が出てきた。
「日当たり良くて、家賃もそこそこで駅も近い。
・・あ、これ俺の住んでるとこだわ。そういや空きあったなぁ・・これは除外しとこうか?」
あのアパートなら場所もそんなに悪くない。しかも今住んでるとこから結構距離はある。俺は車を持ってないから、駅が近いと助かる。
「実物見てるし・・ここいいかも。」
「なんかあった時、俺に文句付けに来る気かい?」
相場さんは笑う。
「それもいいかもね。」
「ちょっと待っててね。」
そう言って、カウンターを越えて、一番奥に座る社長さんかな?一番偉そうな男の人の席へ行き、相場さんは俺を指差して何か交渉している。その男の人は俺を見て、相場さんに頷いていた。
俺のほうに聞こえる位の大きい声が「ありがとっす!!」と響いて、受付の女の子達がくすくすと笑ってる。
相場さんは女の子達に親指を立てて笑顔で戻ってきた。
「礼金、負けて貰った。あそこさぁ、社長の持ち物で俺のほかにももう一人、社員入ってんだ。影山さんの事は俺の友達って事にしておいたから。」
「いつから入れるの、そこ。」
「え?」
「今日でも入れる?」
「はぁ?」
「すぐに引っ越したいんだけど。」
相場さんはびっくりしたように、俺を見た。
「ちょっと待て、そんないきなり引っ越せんのか?普通、こっから他の物件もとか交渉したりやるだろ?」
「いいよ。このまま手続きしても。」
「書類とか、保証人とかどうすんの。」
「明日中には書類は大丈夫。保証人は・・これも明日中には大丈夫。」
「行動力・・あるのな。」
「うん。」
「だな。書類揃える事出来るなら今週中には入れると思うけど。」
そんな感じで俺は引越しを決めた。逃げてる・・そうかもしれない。でも・・これ以上、俺があいつの側に居ても、何もしてやれないし・・このままあいつを嫌いにはなりたくなかった。だから、本気で嫌いになる前に離れてしまいたかった。
相場さんの協力と社長さんの力添えもあって、俺は一週間もかからずに新しいとこに入る事になった。俺が引越しの準備をして出て行くまでの、数日・・あいつは一度も帰ってこなかった。
さよならってだけ手紙を残して、俺は・・部屋を出た。
新しいとこに引っ越して、俺は普通に会社にも通っていた。時々、相場さんに誘われて早朝の野球練習も見に行く。参加しろっていつも誘われるけど、それは断っていて・・でも気がついたらマネージャーみたいな感じで手伝うようになっていた。チームの人達も、普通に俺を迎えてくれる。
友達・・そんな感じで相場さんとつるむ様になって、ひと月たってた。その日は一緒に飲みに行く事になってて、仕事後に居酒屋で落ち合った。
「彼女は?」
飲み始めていい感じに酔いも回った頃に、相場さんが聞いてきた。
「付き合ってる子いるんだろ?初めて君に会った時に、ここに赤いのついてた。」
ちょんちょんと首筋を突付く相場さん。
ぶはっ!!
俺は口に入れたビールを盛大に噴出した。
「でも、引っ越してきてから、一回も見てないよね。随分積極的な子だろうから、君んちに入り浸ってるのかと思ってたのに。」
俺は思わず俯く。だって・・逃げ出してきた。しかも、相手が男だとは言えない・・。
「・・もしかして・・俺、地雷踏んだ?」
俯く俺に、相場さんはすまなそうな声を出す。
ここんとこ相場さんと遊ぶのが凄く楽しくなっていた俺・・でも、一気に現実に引き戻される気がした。俺の性癖・・相場さんが知ったらきっと引く。
自覚したのは高校生の頃だった。
気になるのはいつも同性で、社会人になってからは、そういった店で知り合った相手と付き合うようになった。あいつとは、共通の友達を通して知り合った。もう3年も付き合っていた。一緒に暮らすようになったのは2年半前だった。最初の頃は、あいつも転職を繰り返していても、明確な目標に向かっていて収入もあって落ち着いていた。おかしくなったのは、去年の夏前・・。「すっげー仕事見つけた。」そう言ってからだった。俺は詳しいことは知らない。でも、あいつがどんどん遠い存在になっていくことだけは気がついた。
「ごめんな。」
相場さんが俺の髪をクシャリと撫でた。
優しい大きな手だ。
「・・大丈夫。」
俺は卑屈な笑顔しか返せなかった。
「何か食うか?今日は俺の奢りにしてやるよ。」
楽しそうにメニューを開き、いろいろ指差す相場さん。
相場さんとは・・距離を置こう・・俺はそう思った。
部屋を出て以来ひと月、あいつからは一度も連絡が無かった・・。
一度だけ・・前の部屋の前に行った時、郵便受けには山のようにチラシが入っていて・・俺は、合鍵を置いてくるのと一緒に部屋の中に放り込んで来た。
最近、来希と顔を会わせなくなった。
一緒に飲みに行ってから、朝、一度顔をあわせた時は最近忙しいんだと彼は笑っていた。それにしたって、不自然なほど、避けられているのかと思うほど、顔を会わせなくなった。
家に帰っていない訳ではないようだ。割と遅い時間には、部屋に灯りがついている。
やっぱり地雷・・踏んだかな・・。
缶ビールをテーブルに置き頭を抱える。
繊細そうだったから・・きっと傷ついてる。
いっつもなんだよなー。つい一言が余計で・・。
女の子にもそれで振られる。
謝りに・・行った方がよくないか?
折角いい感じの友人になれたと思ったのに・・。
思い立ったら居ても立っても居られなくなり、俺は部屋を飛び出した。
割と遅い時間だと思う。
なのに、部屋を出ると・・外で話し声が聞こえた。
それはいい争いをするような声だった。
聞くとはなしに聞こえる声の一方は、来希の声に良く似ていた。
「絶対に成功するから、そしたらお前の金だって返すし、信じろよ。ずっと今まで一緒に居ただろ? なんで勝手に出て行くんだよ。今まで通りに側に居ろよ。」
相手は・・男?
その男は来希を抱きしめようと腕を伸ばす。それを突き放すようにして来希は背を向ける。
「もう・・嫌なんだ。信じてたよ・・でも・・これ以上嫌いになりたくない。」
「絶対に大丈夫だから・・だからな?」
「そうやって、俺や何人の友達裏切ったんだよ。一言、言ってくれたら俺だって・・なんで泥棒みたいな真似するんだよ。」
「なんだよ・・金かよ。結局は、金を出すのがもう嫌だってことなんだろ?」
パン!
乾いた音がその場に響く。
振り向きざまの来希の右腕が翻った音だった。
その来希を男は抱きしめた。
「もう金とかそういう事しないから・・しなくていいから。側に居ろよ。」
「離せ・・離してよ。」
俺は・・見ているわけにはいかないと思った。なのに・・足が動かなかった。
来希の声が泣いていて、何故か俺まで苦しかった。
その場から離れなくては・・頭はそう思っていた。なのに・・俺の行動は違っていた。
「離してやれよ。嫌がってるだろ?」
「・・相場さん?」
「何だよ、お前。」
「ご近所さんだよ。あんたから離れたいって、彼は部屋を出て行ったんだ。相当、迷惑かけられて、もう嫌だってさ。」
男の腕の中で来希は俯く。
「ごめん・・。」
そう呟いて、来希は男の身体を突き飛ばすように離れた。
「来希・・俺はお前が好きだよ。」
「俺も陽都の事・・好きだよ。でも・・もう無理だよ。」
来希は背を向け歩き始めた。
その姿が男らしいと思った。
俺の横を擦り抜け、彼は泣きそうな顔をしながら俺に笑いかけた。
「行こう。相場さん。」
俺も一緒に歩き出す。
「来希っ!!」
男の声、それでも来希は躊躇う事のない足取りで階段を上がっていった。
そして何故か・・俺たちは、俺の部屋に居た。
「びっくり・・したよね。・・引いた・・でしょ?」
ソファに座らせた来希にマグカップを差し出すと、彼は自虐的な笑みを浮かべて俺を見上げた。
目の前のテーブルにそっとカップを置く。
「まぁ、びっくりはしたかな。」
実はそんなにも驚いては居なかった。
目の前の床に腰を下ろしてカップに口をつける。
首筋の赤い痕、まぁ相手が男だったなら何となくは納得。
来希はそんなに女っぽいという感じではないが、スポーツをしている自分と比べると細い。整った顔立ちはしているから、女の子にもモテルと思う。目が猫をイメージする感じで少し細い。
まぁ・・どっちにもモテルんだろうな・・リア充め・・。
「俺の相手、男だよ?ホモだよ?」
「んー。だねぇ。でも、あるんじゃない?学生のころとかさぁ、後輩から熱い視線貰ったり・・」
俺はおどけて言った。
「・・それだけじゃないよ?寝てるんだよ。」
「別に・・無理して言わなくていいよ。来希は俺に気持ち悪いって言って欲しいのか?」
俺の言葉に来希が俯いた。
「好きになったのが男だった。それはそれで仕方ないと思う。
それが罪になる?
ならないよね。来希の人生、それで線引きされたりはしないでしょ?」
同情・・だったかもしれない。あまりに来希が可哀想だって思ったのかもしれない。
よくは分からなかったけど、今、俺はそれでもいいと思った。
「・・ありがとう・・。」
「飲むかぁ? ビールしかないけど・・失恋祝いって事で。」
俺は冷蔵庫の前に座り込み、ビールの缶を開ける真似をする。
「・・失恋じゃねーし。」
顔を上げた来希は涙目だったけど笑って頷いた。