02 Breakfast Special ~ モーニングサービス ~
このとある世界には、動物や植物、昆虫の姿と人の姿、2つの姿を自由に変えられる6つの種族が住んでいる。
哺乳類の動物と人の姿を持つ獣人族
蝙蝠や鳥類の姿と人の姿を持つ鳥人族
植物と人の姿を持つ草人族
水生動物の姿と人の姿を持つ魚人族
昆虫と人の姿を持つ蟲人族
爬虫類と人の姿を持つ蛇人族
其々の種族が住む6つの国と、その6つ国々を結ぶ中立にして多種多様なものが集まる混沌とした流通の国、アルカンシエル。
アルカンシエルの中心にある首都から歩いて半日、鳥人族、魚人族、蟲人族の国側の港から約1日掛かる場所にこじんまりとした村がある。
自ら飛べる者や馬車を持つ者なら通り過ぎてしまう、けど自らの足以外の移動手段がない者にとっては貴重な休憩場所だ。
その村に『ゆきぐも亭』がある。
『ゆきぐも亭』は名前の通り蜘蛛の家族が経営する、首都と港を行き来する商人や冒険者を相手に発展したこの村では、貧乏商人や駆け出し冒険者でも気軽に入れる量が多く安い、数ある料理屋の1つでしかなかった。
その『ゆきぐも亭』が密かに人気になったのは蜘蛛の少女が料理を作るようになって数ヵ月後。
元々この世界で店を出せる最低限の料理の基本を5つにも満たない頃から父親に学んでいた彼女が異世界で調理技術を学びだしたからだろう。
他の国より100年先を行くと言われるアルカンシエルよりも更に、100年以上は確実に発展した異世界の技術を学び、
それを再現しようと毎日毎日何十回、何百回もフライパンや鍋を振り続けた彼女の努力により、現在店長も店員も料理人も皆半人前だらけの『ゆきぐも亭』は無事黒字営業できているのだ。
さて、村に来る商人や冒険者を相手に商売する故に『ゆきぐも亭』の営業時間は商人達が旅立つ前の朝6時から8時までと村に商人達が来て一息ついた夕方の5時から9時まで。
この村ではよくある事だが、たまにフラリと常連が来るだけで普通の料理屋なら稼ぎ時の昼は暇になる。
そして、『ゆきぐも亭』の朝の営業時間中に頼まれるものは色んな料理が頼まれる夜の営業時間と違い決まっている。
モーニングセットとサンドイッチだ。
サンドイッチは朝食に食べる人は少ないが、朝店に来た殆どの客が弁当用に注文する。
ほぼライ麦を使った固いパンに物を挟むサンドウィッチは昔からあった。
最近、素材が中々入らなくてたまにしか作れないが新メニューも追加した。
とはいえ、具は今まで通り新鮮な野菜や卵、ハムが基本。
でも具を挟むパンを変えただけで『長旅のちょっとしたご馳走になる』と大人気に。
異世界で学んだことを生かし、ここ数年で草人族の国で安定して育てられるようになり、各国の市場でも安値で取引されるようになった小麦をふんだんに使った柔らかくてモチモチしたパンを使うようになったのだ。
そして、パンとコーヒーか紅茶、日替わりのフルーツジュース、同じく日替わりのスープの4つの内どれか1つとお好きな卵料理1品が選べるモーニングセット。
食べ盛りの男達でも満足できるボリュームもあって夜と同じように1品ずつ頼むより、数段懐に優しい朝のサービスだ。
寒い日にはスープが、暑い日はジュースが、飲み物とスープはその日の気温によって注文が変わるが、それに対し最近注文される卵料理は決まっている。それは、
「すみませーん!!モーニングセット、暖かいコーヒーとオムレツでっ!!持ち帰りでミックスサンドも!!」
「こっちはオムレツとスープにしてくれ!!勿論、サンドイッチも!」
「はーい!!」
そう、オムレツである。
同じ朝食の定番卵料理である目玉焼きやゆで卵、スクランブルエッグ、ポーチドエッグが注文される事は本当にまれで、ここ1週間は片手で数えられるくらいしかない。
その理由はやはり、異世界で学んだ事で数ヶ月前から見た目も味も格段に上がったからだろう。
「モナミちゃん、オムレツ2つとスープ1つ!」
「りょーかい!アロマちゃん、パンが温まったから先に持っててね?スープも今盛るから」
「はーい!」
黄緑色の髪を自分のもう1つの姿である、真っ赤なボンボンが着いた髪留めの様に見えるヘビイチゴの茎と葉で留めたウェイトレス、アロマが厨房の蜘蛛少女、モナミに声を掛ける。
モナミはアロマに答えつつオーブンで軽く焼いたパンを3つづつ皿に載せ小さなバターの欠片を添えてカウンターに置いた。
その隣に保温器に載せた鍋から掬った、今だ美味しそうな湯気の出るスープを置く。
料理の載った3枚の皿をアロマが運ぶのを確認し、モナミはフライパンに向き直った。
軽く深呼吸し、昨日もう1度異世界で見たオムレツを鮮明に思い出す。
「昨日戻ってからも今朝の賄いになるまで練習したんだ。大丈夫」
そう声に出し、卵を手に取った。
頭の中で講師の言葉を繰り返しつつ、習った通りに卵を溶き焼いていく。
フライパンの状態。
卵の混ぜる回数。
味付け。
溶けたバターの様子。
焼くときの火加減とスクランブエッグの具合。
卵をひっくり返すタイミングとオムレツの形と焼き色。
暫くして出来上がったオムレツは、現場で働く者故に1つ1つの動作に無駄が無く洗練され、殆ど講師が作ったオムレツに最も近いものだった。
きっと彼女がこのオムレツで期末試験に出たら学年1位になっていただろう。
手早く付け合せのレタスとミニトマトを沿えカウンターに置く。もう1皿も直ぐ出来た。
「アロマちゃん、オムレツ2皿ともで来たよー」
「はーい!あ、オムレツとパン2皿づつ追加でーす!今度はトマトソースたっぷりで!!」
「了解、了解。直ぐ作るから!」
モナミに元気良く返事をしたアロマはまだかまだかと待ちわびる旅商人の客の元に向かった。
「お待たせしました!オムレツです!」
「お、待ってました!」
「御代わりのパンとオムレツはもう直ぐ出来るので少々お待ちください!」
「頼むよ」
料理を置き1度小さく微笑んだアロマはそう言うとモナミに呼ばれるまで空いた席を片付けに行った。
残された皿に乗ったオムレツ。
付け合せのレタスの緑と2つのトマトの赤に彩られた黄色一色のオムレツを割る。
中から出てくるトロっとした半熟の卵とバターの香りが食欲を刺激する。
まずは、小さく切り分けて1口。
「ん~!美味い!!」
濃厚な卵そのもの味に加わった仄かな塩気とアクセントになる胡椒の香りと辛さ、焦げていない新鮮なバターの牛乳独特の濃厚で甘いこくと風味。
濃すぎず、薄すぎず。
シンプル味付けが寝起きの胃を優しく満たす。
最初の1口に刺激された体の求めるまま、大きめに切ったオムレツをドンドン口に運ぶ。
「お待たせしました。御代わりのパンとオムレツです!」
「おぉ!・・・・・・・・そうだ。追加で注文したいんだけど・・・・」
「はい、何でしょう?」
あっという間に付け合せの野菜も食べ、最後1個のパンを皿に残った卵ソースを拭うようにつけながら食べていると、タイミングを見計らってアロマがパンとオムレツを持ってきた。
付け合せもオムレツも同じだか、『ゆきぐも亭』オリジナルトマトソースが真ん中から垂れるように掛けられた2皿目。
白い皿に生える黄色と赤のコントラスト。
見た目からもおいしそうなのが伝わる目の前に置かれたオムレツに、1皿目のプレーンオムレツでパッチリ目が覚めた胃が急かす。
が、その前にもう1つ注文。
今日は噂の新作を食べにきた事を何時も通りに働きだした脳が思い出したのだ。
アロマが注文をモナミに伝えに行ったのを見届けてやっとオムレツに手を伸ばす。
湯剥きされ煮込まれた滑らかで口当たりの良いトマトの酸味に加えられた野菜や香辛料、調味料が複雑に絡み合った甘くてしょっぱくて酸っぱくて少し辛いような不思議なドロリとしたソース。
作った当の本人であるモナミは、
「お客様に自信を持って出せるよ。
でも、まだまだあのケチャップの味には程遠い。
これからもっと改良しないと!!」
と言っているが、このソースだけでも十分美味しい。
塩気と旨味のバランスが整ったシンプルなプレーンオムレツに加わったソースのまろやかな甘みと爽やかな酸味。
それだけでさっき食べたオムレツとは別の料理に思えるのだから不思議だ。
それほど今でも十分美味い物が更に美味くなる。
その言葉通り、だんだん美味くなるソースとオムレツを一気に平らげ、コーヒーを飲みながら一休み。
複雑な味が残る舌をコーヒーの鋭い苦味で洗い流す。
「すみませーん。お会計お願いします!!」
「・・・・・・・・・ありがとうございました。
これが、持ち帰りようのミックスサンドと、」
他の客の対応に忙しい女子2人に代わり客の前に来たのは現店主の緑色の少年。
モナミと16も離れた姉が産んだモナミと同い年の甥、父親と同じカマキリのリキッドだ。
リキッドは男から料金を貰い手に持った2つ包みを確認しながら呟く。
「オムレツサンドです。
こっちがミックスサンドでこっちがオムレツサンド」
「どうも」
客が最後に注文したのが今日のお目当て、オムレツサンドだ。
元々賄いだったのをこの店のとある常連客が気に入りメニュー入りしたらしい。
「中はモチモチ外はサッと焼いてカリカリの食パンに挟まれたオムレツとハムとレタス。
パンに塗られたバターとたっぷりのトマトソースが昼になる頃には馴染んで美味いんだ~」
と、
港であの時の自分と同じように干した魚や貝、海草を仕入れていた鳥人族の青年の言葉を思い出す。
何度か来た事のある『ゆきぐも亭』の新メニュー。
その話を聞いて久しぶりに来たが、前来た時よりもさっき食べたオムレツは美味くなっていた。
何度も頼んで普通のミックスサンドが美味いのは知っている。
その2つが合わさった、初めて食べるこのオムレツサンドも期待できるだろう。
(あぁ、食べたばかりだというのに今から昼が待ちどうしい)
腹がいっぱいの今食べても後悔するのは解りきっている。
この弁当を開けるのは首都に着いて仕事を終えてから。
それを思えば、首都までの道を歩くのも苦じゃないだろう。
そんな内心が出た嬉しそうな、楽しそうな顔で店を出る客を見送り、モナミの顔も綻んだ。