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第二章フランケンシュタインは青春なラブコメが理解出来ない 6

「ここで良いでしょう」

 慧が神楽に連れて来られたのは、ラーメン屋の裏、人一人が通るのが精一杯といった感じの太陽の差し込まない薄暗い路地裏だった。

「あ、あの~それで一体何なんでしょう?」

 慧はこの神楽というメイドが何を話そうとしているのか皆目検討がつかなかった。

「単刀直入に言うと貴方の目的について知りたいのです」

「目的?」

「どうして佐々凪のフランケンシュタインが、姫子お嬢様に近づいたのかという事です」

「! ! !」

 慧は目を見開いた。

紫上しじょう学園においては裏の人間同士は相互不干渉が原則のはず。貴方もお嬢様の事を知っているなら、接触は避けるべきはずでしょう。何故接触したのですか?」

「ちょ、ちょっと待ってください。どういう意味ですか? 相互不干渉とか、接触とか……僕はただ、湯ヶ崎さんが学校の男子に絡まれていたから助けただけで……」

「とぼけないでください。貴方も佐々凪を名乗るならば、湯ヶ崎家の事くらい、入学前に心得ているはずでしょう?」

「そ、そんな事を言われても……僕は博士にこの学校に通いなさいって言われただけで……そんな事あの……湯ヶ崎家って何ですか?」

 慧は話しの展開についていけず、困りきった表情で神楽に尋ねた。すると神楽ははじめてその表情を困惑の形に動かした。

「まさか……本当に知らないとでも?」

「知らないです。ごめんなさい」

 ペコリと慧は頭を下げた。すると神楽は何かを考えるかの様にしばらく黙り込む。だがしばらくすると考えが纏まったのか、無表情のまま口を開いた。

「湯ヶ崎家とは、主に不動産関係を生業にする一族です。しかし、裏の顔は世界を統率する秘密結社。シャドウセブンが三席。鳳凰の名を冠する一族です。その長が我等の主人である湯ヶ崎翁璽ゆがさきおうじです」

「シャドウセブン? 世界を統率する?」

 フランケンシュタインである慧が否定するのも可笑しな話だが、慧にとってはあまりにも突拍子も無い話だった。

「佐々凪漆が知らないはずが無いのですが……聞かされていないのですか?」

「う、博士はそういうのわりと無頓着だから……あんまり気にしてなかったのだと思います」

(博士そういうところ適当だからなぁ……わざととかじゃなくて、普通にゲームとかしてたら伝えるの忘れちゃったとかだろうな)

 普段の漆の事を思い出し、慧は疲れた様に溜息を吐いた。

「そうですか……ならば逆にそのお嬢様が絡まれたという話が気になりますね。紫上学園では裏の人間同士のトラブルには厳しいペナルティが発生します。私達の耳にその情報が入っていないという事は、今回の件はお嬢様が完全なる一般人から絡まれたという事になりますね。どういった理由なのでしょう?」

「それはちょっと僕にも分からないですね。僕も絡まれていたのを偶然見つけたので……湯ヶ崎さんに聞いてみたらどうですか?」

「ええ、そうですね……少し嫌な予感がします。絡んできた生徒について詳しく調べてみましょう」

 神楽が無表情ながら、どこか深刻そうな口調でそう言った時だった。

「にゃあはぁ~別に調べる必要は無いだっちゃ」

 キンキンとしたアニメ声が路地裏に響く。慧は背後から聞こえて来たその声に振り返る。

「あは! こんにちは! 元気ナリ?」

 そこに立っていたのは小柄な少女だった。ウサギ耳のついたフードに大きいサングラスをしていた。

「何か御用ですか?」

 突然現れた少女に淡々と神楽が尋ねる。すると少女はニパッと笑う。

「いやいや、拙者。用というほどの物は無いのでござるが、折角だからそなたらの疑問にネタバレをかまそうかと思ったでござるよ」

(良く語尾の変わる人だな……)

 慧はぼ~と目の前の少女を眺めていた。その間にも神楽と少女の会話は進行していく。

「じゃ、じゃ~ん。これがネタバレであります」

 そう言って紹介する様に少女は手を開いた。すると背後から紫上学園の制服を着た男子生徒三人が現れる。それは姫子に絡んできた不良達だった。

「あ! この間の人達だ! 先日はすみませんでした!」

 慧がペコリと頭を下げる。しかし、それに対し男達は無反応だった。

「キャハ! この子達は私の可愛いペットちゃんですぅ~。何でも言う事を聞いてくれるんですぅ~」

 少女はそう言って楽しそうに笑った。対して男達の目は虚ろだった。

「貴方。一体何者です? 表の人間には見えませんが」

 神楽は義務的にそう聞いた。それに少女は嬉しそうに答える。

「私の名前は目芽女めめめ! 灰原灰汁次はいばらあくじ様の一番の部下なのだ!」

 少女目芽女の言った言葉に神楽の表情が始めて変わった。

「灰原灰汁次……ですって」

 神楽の表情、それは焦りにも似た驚愕に彩られていた。まるでその名前を聞く事自体に恐怖を抱いている様なそんな顔。

「ふふ、灰汁次様は言われたのですよ。鳳凰の女王。姫子を拉致して来いと。そうすれば、世界は哀しみに一歩近づくと。にぱぁ~」

「お嬢様を拉致……どうして。何が目的なのです?」

 冷徹な機械の様な目で神楽は目芽女を睨みつける。それに目芽女は純粋な少女の様な視線を返した。

「そんなの分からないりゅん。ただ灰汁次様の言う事は楽しいから私はそれに従うだけだりゅん」

「そうですか……ならば貴方には灰汁次の所まで案内して貰いましょう」

 そういって神楽は拳を構えた。明らかな実力行使の構え。

「そう簡単にいかないみゅ。正直、私、フランケンシュタインと戦ってみたかったみゅ。だから姫子を奪うのに邪魔だって名目で倒す事にしたみゅ。お前も邪魔するなら。ここで倒して、私の肉便器ペットに加えてやるみゅ」

 目芽女がそういうと男達が目芽女を守る様に前に出た。そしてゾンビの様に神楽に襲い掛かる。

「あ! 暴力はやめましょう!」

 そう言って慧が止めようとした時だった。それを制する様に神楽は前に出る。

「フゥ!」

 神楽がメイド服の中に手を伸ばした。そして出したその手に握られていたのは三節棍だった。

「ホォオオオオオオオ。アタァ!」

 気合の声と共に三節棍で躊躇無く男の頭を叩く。男は地面に倒れてそのまま動かなくなった。

「ホアァ! ホアタァ!」

 そしてその勢いのままに残りの二人の頭も叩いてあっという間に神楽は三人の男を倒した。その動きは明らかに格闘技をやっている者の動きだった。

「あ、ああ……暴力はいけないのに……」

 その惨事を慧は悲しそうな顔で見ていた。

「うっわぁ~強いなぁ~フランケンシュタインだけかと思ったけど、メイドさんも結構強いにょろ?」

 その様子に焦ったのか、汗を垂らしながら目芽女がそう呟く。

「この程度ですか? 拍子抜けですね。灰汁次の部下だというからどれほど危険な相手かと思いましたが」

 神楽はそう言って三節棍を片手に目芽女に近づこうとした。その時だった――。

「危ない!」

「……!」

 急に慧が神楽に向って突進した。予期せぬ事に神楽はそのまま慧と共に吹き飛ぶ。

(不覚……敵意が無いから油断した。やはりフランケンシュタイン。私達の敵か)

 神楽がそう思い、慧に向って三節棍を振り下ろそうとすると。、

『ドスン!』

 凄まじい衝撃音と共にさっきまで神楽が立っていた背後の壁が破壊された。

「何?」

 神楽が原因を探る。するとその壁の亀裂の中心にさっき自分が倒したはずの男の拳が突き刺さっていた。

「おっしいなぁ~後少しで殺せたナリよ。フランケンシュタイン君は中々良い動きをするナリ」

 目芽女は楽しそうに微笑む。

「馬鹿な……どうして一般人にこんな真似が?」

「あははは。それは簡単な事さ~。メイドさんは私がただこの子達を操っていると勘違いしているみたいだけどさ~。ほら。この不思議なお薬を使うと」

 目芽女は注射器の針を男の腕に突き刺した。

『ぐぉグァオオオオオオオオオオオオ!』

 すると男は痙攣しながら雄叫びを上げた。白目を剥いた叫ぶその姿は最早人間の物では無く理性を失った狼男に近い。

「ふふふ……どうだ! 凄いだろ! これが私の力。魔法の薬を作る現代の錬金術師、目芽女様だ! ニャハハハハハハ!」

 苦しそうにもがく男の隣で目芽女が高笑いする。そのアンバランスな様子が目芽女の邪悪さを際立たせていた。

「さすが灰汁次の部下を名乗るだけあって品が無い……」

 神楽はメイド服をパンパンと叩いて埃を落とすと再び男達に対峙しようとする。

「ちょっと待ってください」

 しかし、そんな神楽を遮る様に慧が目芽女と対峙する。

「目芽女さん。その人達は怪我をしています。早く治療した方が良い」

 慧は男達を指差してそう言った。確かに慧の指摘通り、男達は自らの力に耐え切れず、その体を壊していた。壁を叩いた男の拳は血だらけで骨が丸見えになっている。

「別に良いのですよ。何故ならこのペットちゃんは替えが聞くからですよ。不必要になったら殺して捨てれば良いのですよ」

 目芽女は眼鏡を取り出すと自らにかけてそう言った。

「そう……ですか……」

 その言葉を聞いて慧は悲しそうに俯いた。

「あ! 隙あり! ……だねっ!」

 すると目芽女は男達に指示を出した。男達は目芽女の言われるがままに慧に襲い掛かる。

『グアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』

 三人の男が同時に慧に襲い掛かった。コンクリートを破壊するほどの拳が慧に突き刺さり、凄まじい衝撃音が路地裏に響いた――。

「や~たね! フランケンシュタイン君を撃破しっちゃたね! これで灰汁次様も褒めてくれる……ね!」

 目芽女が無邪気に万歳をしたその時だった。

「そうか……残念ですけど。貴方は悪い人なんですね?」

 いつもと変わらぬ丁寧な口調。そこには異常などまるで無い。

「え……嘘でしょ?」

 信じられない物を見る目で目芽女が目の前の光景を眺める。そこには男達に殴られながらも微動だにしない慧の姿が有った。

「そんな……信じられないピョン。私が強化した人間は本物のワーウルフさえも殺すのに……そのパンチを食らって無傷?」

「えい」

 慧は軽くそう言うと、男達の頚動脈を指で摘んだ。それだけであれだけ凶暴だった男達は意識を失う。

「もう……止めましょう。貴方もこれ以上人を傷つける様な真似はしないと約束してください」

 慧は目芽女に向ってそう言った。それは明らかに善意からくる物だった。

「てめえ……調子に乗ってんじゃねえよ」

 しかし、それは目芽女のプライドを酷く傷つけた様だった。目芽女は注射器を指に挟み十本取り出すとそれを全て自分の体に突き刺した。

「特別なドーピングだ。普段から薬を常用している私じゃなきゃ一瞬で発狂しちまうが、私が使えば人間の潜在能力を限界まで引き出せる」

 目芽女の瞳が真っ赤に染まる。それと同時に目芽女は跳んだ。

「オラァ!」

 ガコン! と凄まじい音と共に慧の顔が横を向いた。それは目芽女の蹴りが当たったからに他ならない。

「ははは! どうだピョン。さすがのフランケンシュタインも私の蹴りの前には大ダメージだピョン」

 笑いながらバッタの様に目芽女が飛び跳ねる。慧は蹴られた顔を自らの手で元に戻す。

「これなら……中国で戦ったキョンシーさんの方が強い蹴りでしたよ?」

「っ! まだ本気じゃなし!」

 壁を蹴って目芽女が慧に向って拳を放つ。

「ごめんなさい」

 慧は小さく頭を下げるとそれを簡単に払い。少女の顎を軽く叩いた。

「ガァ……」

 それは一瞬の事だった。しかし、慧の一撃で激しく揺さぶられた目芽女の脳はその意識を彼方に飛ばしていた。

(強い……ここまで強いとは佐々凪のフランケンシュタイン)

 一部始終を見ていた神楽は無表情ながらも慧の実力に驚愕していた。

「どうしましょう……救急車とか呼んだ方が良いですよね?」

 しかし、本人である慧は自らの力には無頓着なのか、自分が倒した敵の心配をしていた。

「その必要は有りません」

 携帯を取り出した慧の手を神楽が制止する。

「この者達は湯ヶ崎家が責任を持って預かりましょう。聞いてみたい事があるので」

「えっと……でも怪我をしているし……」

「…………分かりました。治療もこちらでします。死人を出すような真似もしないと約束しましょう」

「で、でも病院に行った方が……」

「必要有りません。湯ヶ崎家には専属の医者がおります。一流の腕前ですし、設備も整っているので病院に行くよりも確実でしょう」

「そ、そうですか……」

(す、凄いスケールだなぁ……こんな世界があるのかぁ……)

 慧が呆然とした表情で神楽を見た。しかし、内心動揺しているのは神楽も同様だった。

(フランケンシュタイン……何故です? この善意に溢れる様は。敵の事さえも心から心配している様に思える……いや、そうではない。まるで敵として見られていないような……そこまでの圧倒的な力がこのフランケンシュタインには有る)

 実際、神楽が思うに、目芽女は弱い相手では無かった。神楽でさえも戦えば恐らく苦戦していただろう。

 しかし、慧の前では一般人も、超人も、等しく弱者だ。これではまるでフランケンシュタイン対その他、という構図が描かれている様だった。

(やはり危険過ぎる。フランケンシュタイン……警戒を強めねば)

 神楽は静かにそう決意した。それは必要と有らば慧を抹殺する覚悟すら内包していた。

「とにかくこれで灰汁次がお嬢様を狙っているという事が分かりました。こちらもそれ相応の警戒態勢を取る必要が有ります。私はこの者達を連れて帰りますが……慧様。一つ聞いても宜しいですか?」

「はい。何でしょう?」

「これからも、もしかしたらお嬢様の身に危険が迫るかもしれません。その時に貴方がお嬢様を守っていただけませんか?」

 この質問は神楽にとって慧を見極めるだけの質問だった。実際の所慧が何と答えようと姫子の事は自分達の手で守り抜くと決めていたからだ。

「はい。当然じゃないですか」

 しかし、慧は神楽の予想に反して迷うことも無く即答した。

「……さっきみたいに殺されるかも知れないですよ? 次はもっと強い敵が。貴方が敵になるならばそれ相応の準備をしてきます。貴方には何のメリットも無い事ですよ?」

 神楽の言葉に慧は首を振る。

「僕は今日。湯ヶ崎さんとお弁当を交互に作る約束をしたんです。だから絶対に湯ヶ崎さんを守ります。だって、そうしてないと約束を破る事になってしまうから……」

「………………」

 神楽は無言で慧を見ていた。正直、呆れていたのだ。そんな理由で戦いに挑もうとするのか……と。

 しかし、同時に何故か安堵もした。

「そうですか。宜しくお願いします」

 そう言って神楽は頭を下げた。それと同時にスーツを着た男達が神楽の背後に現れる。

「それではこれで……」

 神楽は目芽女と男達を回収するとスーツの男達と共に消えた。

「そうだ……スーパーに寄ってから帰ろう。今日はお肉の特売日だ」

 慧は明日のお昼のお弁当の献立を考えながら帰路に着いた――。



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