頑張る兄と頑張らない弟。(4)
「あっつー…」
普段冷暖房完備の教室にいる篠宮学園の生徒にとって、炎天下のグラウンドはかなり堪えるらしい。
外で活動してる運動部がそこそこいるはずなのに。
かくいう僕もそのうちのひとりなわけで、この暑さにそうそうに体育の授業に嫌気がさした。
「なんでこんなくそ天気のいい日に体力テストの外種目なわけ?」
「ぼやくな。そんな暇あったら走れ」
「走ってますー」
そりゃあもう数人の男子を追い抜いて。
今は体力テストの1500メートルを走ってるまっただ中。
1周250メートルのサークルを6周。
あーあー、こんなに走らなきゃだめなんだったら女子のほうがよかった。
「あと2周だよ?まじつらいわ」
「涼しい顔してよく言う」
いやいや見てよ、この額から流れる汗!
これのどこが涼しい顔だなんていうのさ!
「僕と喋ってたら棗に越されちゃうよー」
「あほか。もうとっくに前の方にいるよ」
そう言われて周りを見ると、棗は僕と半周ほど先にいた。
相変わらず手を抜くということを知らない男だ。
「これで可愛い女子でもいれば頑張れるのに」
「貴一みたいなこと言うな」
「だって事実じゃん。黄色い声で頑張ってーって言ってほしくない?」
そのほうがやっぱやる気とか出るじゃん。
こうさ、さっきからちょいちょい声援とか聞こえるんだけどさ、なんていうか茶色いんだよね。
男ばっかで。
「おーおー、お前らお喋りしながら走ってるのか。随分と余裕だな。ん?」
「げ、」
「いやー、必死ですよ」
体育の先生にそう言われて思わずそう答えた僕と直巳は少しだけ距離をあけて走る。
下手に言いがかりをつけられて片付けとかさせられるのは嫌だ。
僕より数メートル先を走っていた直巳は、5周目に差し掛かったところでぐんぐんとスピードを上げていく。
…手抜いてたのはどっちだよ。
走り終わった時には、直巳はすでにゴールしていて汗が冷え切っている頃だった。
「手抜き」
「よく言うよ。僕のペースに合わせて走ってたくせに」
「お前ならついてこれただろ」
「まさか。あんなスピードで走ったら6周目倒れる」
タオルで汗を拭きながら言うと、すっごく不満そうな顔をされた。
「樹」
「ん?どしたの?」
ぽいっと、何も言わずに僕にタオルを投げつけた棗は、自分の友人の輪の中に戻っていってしまった。
投げられたタオルは湿っていて冷たかった。
それを僕は首元に持っていき熱をとるようにして首元を冷やした。
「お前ら仲いいの?悪いの?」
「どっちだと思う?」
「わかんねぇから聞いてるんだろ」
「悪くないよ。ただ棗はもともと言葉が足りないところがあるから」
それにそこそこ言わなくても通じる部分とかあるし。
今のだって特に何も言わなくもわかったし。
「わかんねぇなー」
「まぁまぁ。さ、次の種目はなんだろなー」
まぁ外で出来る種目なんてハンドボール投げくらいだけど。
「あれだろ」
「やっぱり?」
あれ、と指をさされたのは、さっきから野球部とハンド部が無駄に競り合っているハンドボール投げ。
ほんとマジ無駄。
なんか吠えたりしてるし、見てるだけで暑苦しいんだけど。
つーかむさい。
「僕人並みくらいしか肩ないんだけど」
「ああ、見ればわかる」
「さらっとひどいこと言わないでくれない?」
「そんな華奢な体つきしといてあいつらみたいに50メートルも飛ばされたらこっちが自信なくす」
あ、笑えない。
間違いなさ過ぎて笑えない。
男子の世界で女子が生きるって不便だよねー。
「次、南雲樹」
「はいはーい」
ハンドボール投げは出席順らしくって、直巳が投げ終わった後に僕、僕の後ろに棗が立っている。
「53メートル飛ばされたあとって投げつらいよねー。しかも後ろも50メートル級でしょ?」
ため息がポツリと出ちゃうのは仕方ないよね。
「樹に飛距離がないのは仕方ないだろ」
「はいはい、そういうと思ってましたよ」
どうせ女の子ですから。
と、若干投げやりになりつつも、とりあえず全力で投げる。
ボールはぐんぐんと飛距離を伸ばしつつも、なだらかに地面に向かっていく。
やがて放物線は終わって、ボールはころころと地面を転がった。
「35メートル」
「ですよねー」
直巳がはかった数字を横に置いてあった紙に記録する。
うーん、平均ですらないんじゃないか?
「まぁ投げすぎなほうだけどな」
「昔はね」
女子で35メートルとかまずありえないからね。
「樹、投げたいから向こう行って」
「はいはい。55と見た」
「55?そうだな、じゃあそれ以上いったら俺の勝ちね」
棗は意地の悪そうな笑みを浮かべると、僕に50メートル付近まで行くように言った。
僕がそこにつくのを待ってから、棗はハンドボールを投げる。
ボールは綺麗な弧を描いて、僕の頭の上すれすれを通り越して、そして少し行ったところでころころと転がし始めた。
落下地点のくぼみを見つけて、メジャーを見てみる。
……意味わかんない。
「樹」
「……56」
「56ね」
「負けたぁ」
「ジュースおごりね」
「信じらんなーい」
たった1メートルだよ?
もうわざとそれくらいになるように投げたんじゃないのって思っちゃうし。
「もう一回やってみるか?」
「おごるジュースが増えるからやだ」
絶対また56メートル飛ばす気だ。
本当、厭味ったらしいったらない。
「そうプリプリすんなよ」
「誰のせい」
「賭けに乗ったのは樹だろ」
そう言った棗は僕の頭をポンポンと撫でてから、メジャーの近くに立って次の人の名前を呼んだ。
なんか僕が女だってことをばらさないって言ってるわりに、やってること女だったときと大して変わらないんだけど…大丈夫なんだよね?