頑張る兄と頑張らない弟。(2)
「寿人!助けて!」
「むり」
扉を開けて聞こえてきた声に短くそれだけ告げた直巳は扉を閉めた。
え、ひどい。
「ちょ、寿人!あけろって!」
ドンドン。
そりゃあそうなるわな。
扉をたたく音は鳴りやむどころか、ものすごい勢いでたたかれている。
そのうちあの扉壊れるんじゃないのってくらい音出してる。
「騒音だけど、あれ」
「んなもん俺が知るか」
いや知ってください。
これがどこぞのアパートやマンションだったら苦情ものだし。
もう即効で追い出されてますけど。
「ひーさーとーー!!!」
「…うぜぇ」
舌打ちをついた直巳はドアノブを握って少し考えた後、意を決したようにして扉を開けた。
いきなり開いた扉に勢い余ってか、扉をたたいていた張本人が勢いそのままに部屋に倒れ込んできた。
それをわかっていたようにして直巳は避けて、扉を閉めると見向きもせずに共同スペースに戻ってきた。
「うわー。漫画みたいな登場だねー」
廊下に顔面からダイブするなんて。
今どきどこのコメディ漫画でもやってないんじゃないの。
「え、誰」
僕の声が耳に届いたのか、バッと顔を上げたその人は僕の顔を倒れながら見た。
あ、この人イケメンだ。
なんか行動がすっごく迷惑で馬鹿だけど、顔だけ見たらイケメンだ。
大事なことだから2回言ったけど。
金に近い明るい髪をツンツンと立たせていて、耳にはピアスがついている。
爽やかにも見えるのに、どうしてかな、ちゃらいイメージのが強く残る。
むくっと立ち上がった彼は、思っていたよりも身長が高かったようだ。
そんな図体であの扉思いっきり叩いてたのか、この男。
「どちら様?」
「えっと‥むしろどちら様?」
ここの住人、僕なんですけど。
きょとんとしながら、いきなり入ってきたイケメンを見ていると、イケメンはっと何かに気が付いたような表情をした。
「もしかして寿人の彼女‥!」
「あほか」
イケメン君の発言にコンマ数秒でコメントした直巳は、クッションをイケメン君に投げつけた。
クッションは見事イケメン君の顔面に命中。
「常にお前の頭は足りないとは思ってたけど、そんなに足りてないとは思ってなかった」
「え、ちょ、寿人ひどい!」
「事実だ、受け止めろ」
「寿人!?」
直巳はどうやらご立腹らしい。
言葉の節々に嫌味という嫌味がこもっている。
そんな直巳の嫌味を全くと言っていいほど気にも留めていないイケメン君はいきなりズザーという音が聞こえそうなほどきれいな土下座をした。
「は?」
「頼む!俺に勉強を教えてくれ!」
「断る」
「なんで!」
「俺の勉強時間が減る。他をあたれ」
直巳はそう言い切ると、用はないとばかりにさっきまで座っていた位置に腰を下ろすと再びシャーペンを手にした。
思ったより非情なんだなぁと思いながらイケメン君を見ると、今にも泣きそうな、捨て犬のような目をして直巳を見ていた。
うわぁ、デカい男があれをやってもちゃんと見れるって…イケメンって怖いわ。
「寿人ぐらいしか頭のいい奴いないんだよ!」
「彰がいるだろ」
「彰!?むりむり!彰のとこに教えにもらいに行ったら2日でぶち切れられた」
「だろうな」
直巳はつけていた眼鏡を外してため息をついた。
「頼む!」
「……うぜぇ」
「さんきゅー!」
うざいって肯定の意味なんだろうか。
なんて思っていると、話を終えたイケメン君が僕の方をむいた。
改まって見ると、直巳には劣るものの、やっぱりどこから見てもイケメンだ。
この学校、イケメンの在学率半端なく高いんだけど気のせいじゃないよねー。
「で、どちら様?」
「あほか。部屋の前に名前貼ってあったろ」
直巳はグレーのマグカップにコーヒーをいれて机の上に置くと、ため息をつきながらそう言った。
どうやら彼もここで勉強するらしい。
「あ、噂の転校生!」
そう言ってイケメン君は私にビシッと指をさした。
ていうか噂って何の噂。
「俺まだ見たことなかったんだよな。そっかー、寿人と同じ部屋になったんだ。あ、俺東根貴一。6組なんだ、よろしく!」
にかっと笑ったイケメン君もとい東根君はチャラさを全く感じさせないような爽やかな笑顔を見せてくれた。
もうなんか眩しさすら感じるくらい。
「えーっと‥南雲樹です」
「うん、知ってる!棗君の双子の弟君でしょ?パッと見だけじゃ似てるって思わないけど!あ、俺のことは貴一でいいよ」
「あーよく言われる。僕も樹でいいよ。呼びにくいでしょ?」
なんとなく喋っててわかったけど……貴一と喋ってると疲れる。
なんでだろう…なんていうかテンションが常に高いっていうか。
休まる時がないっていうか。
「貴一、お前はここに何しに来たんだよ」
「ああ、勉強しに来たんだった!」
思い出したように言った貴一は、コーヒーが置かれた場所に教科書を広げだして勉強をしだした。
貴一は今日は国語をするみたいで、現代文と古文のノートが開かれている。
ていうか、高校の定期試験の勉強で国語の勉強するって珍しいタイプだよね。
「あーもーさっぱりわかんねぇ」
「‥授業でやっただろ」
「やったけどさー、昔の言葉とか意味とか全部違うし全く頭に入ってこないし」
「入れる気がないの間違いだろ」
教室の机のように突っ伏してしまった貴一はすでにお手上げ状態だ。
開始して20分ほどしか経っていないのに、コーヒーばかりがすすんでいて、すでにマグカップの中身は空になっている。
「をこなりってなにー?」
「お前のことだ」
「ぶっ」
「え、なに!なんで樹笑ってんの!?」
いきなりのことに思わず飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになってしまった。
いやだって…をこなりの意味って確か愚かだとかばかげているとかでしょ?
それを間髪入れずにお前だって返すんだもん。
「つーかさ、お前暇なんだろ?こいつの勉強見ろよ」
「へ?僕が?直巳が頼まれたんじゃん」
なんでそんな面倒なことをしなくちゃなんないのさ。
さっき僕、勉強なんて面倒だって言ったばっかじゃんか。
「僕人に教えられるほど頭良くないんだよね」
「心配すんな。こいつより頭の出来がわるい奴見たことないから」
「さらっとひどいこと言わないでよ!」
「うるさい。俺は英語で手いっぱいなんだよ」
直巳はそう言うと、僕にそこ座れと言わんばかりに、僕からマグカップを取り上げて机の上に置いた。
どうやら僕が貴一に勉強を教えるのは決定事項になってしまったみたいだ。