双子の弟がきたようで(5)
どうやら兄を追って転校したこの学園は少々変わったところらしい。
初等部から高等部まである篠宮学園の敷地は半端なく広い。
児童の身の安全を第一に考えられた初等部は中等部、高等部から離れた街中に設置されているのだという。
全寮制になるのは中等部からのようで、中等部にあがると街中から離れた自然豊かな校舎へと移り変わるのだという。
小中高一貫した教育――――これが篠宮学園の強みだという。
そして、篠宮学園はもともと男子校だった。
その名残のせいで今でも女子の生徒数は数えるほどだという。
そのくせ生徒の収容数は馬鹿みたいに多く、いわゆるマンモス校らしい。
だけどポイントはそこじゃない。
この学園にこんなにも人が集まってくるのは、この学園の設備にある。
スポーツに力を入れているこの学園では、体育館やグラウンド、プールなどの設備が半端ないくらい整っている。
世の中のスポーツマンはここから輩出されたといっても過言ではないくらい。
そしてここの卒業生やらがビッグになって寄付金を学園に渡すのだと。
そしたらビックリ、寮が設備がものすごく整っちゃいましたと。
いったいどんだけの額の寄付金もらったんだろうねー。
本当、金の無駄遣い。
教室だって冷暖房完備だ。
「なーに変な顔してんだよ」
「うげ」
ぺしっと僕の頭を叩いたのはルームメイトであり、ここに転校してから一緒に行動をしてくれる直巳だ。
相変わらず憎たらしいくらいのイケメンだ。
「そんな変な顔してた?」
「ああ、してた。物憂げな顔でぼーっと外の景色見てるお前に何人の男が悶絶したか」
「悶絶って‥」
言い方悪くない?
ていうか、なんで男の僕に男が悶絶するの。
意味わかんないという感じで直巳を見れば、呆れたようなため息をつかれた。
「お前男に欲情されたいの?」
「‥…は?」
いや、まぁ…元は女だし。
そういう意味では…欲情はされたいよね。
あ、今男の子だった。
「…なわけ、」
「じゃああれなんだと思う」
「あれ?」
あれ、と言われて指をさされたほうには、廊下からこちらを見る男子数人。
心なしか頬が赤くなっているような気がする。
「…………」
少しだけ考えた結果、僕はその数人の男子に向かってにっこりとほほ笑んで手を振ってみた。
その途端にその数人は顔を茹蛸みたいに真っ赤にさせて、少しかがみながら廊下をトイレの方に全力疾走していった。
「あーあ」
「あーあ、じゃねぇよ」
「あいた」
僕の頭をこつんと叩いた直巳を見上げるようにして睨み付ける。
直巳の手って骨でごつごつしてるからこうやって叩かれると痛んだよね。
「そうそう、そういう顔が煽ってるっていうんだよ」
「はぁ?なに、直巳って実はそっち系……ちょ、痛いって!」
教科書を丸めて思いっきり叩くのは反則でしょ!
しかも僕の教科書。
信じらんない。
「てかさ、実際どうなの?」
「あ?」
「いやいや直巳がどうとかじゃなくて。学校としてどうなのって話」
「なにお前興味あるの?」
「ちょ、そんな引いてますって全面に出したような顔やめてよ」
明らかに口元引きつってるんですけど!
さっきまで僕のことそういう扱いしてたのにいきなりひどくない!?
「まぁ‥ないわけじゃないな。ここって女子がいないわけじゃねぇけどやっぱ閉鎖的だし。だいたい女子って言っても女子にカテゴライズするのも億劫になるような女ばっかだし」
「うわー、さらっとひどいこと言ってる」
「事実だ」
うわー、なおさらひどいんですけどー‥。
ていうか、そっか、やっぱりここってそういう感じだったんだ。
なんとなく、ここに転校してからうっすら感じてはいたんだけど。
男子にしてはなんか距離近くない?とか。
男子2人で手つないでない?とか。
男子同士なのに顔赤くない?とか。
「引いたか?」
「いや‥とくに偏見はないけど、片足突っ込む気はないかな」
だいたい僕、女の子だし。
どう頑張ったってそんなことできないし、ていうか普通に恋愛になっちゃうし。
「そうか」
「え、なに、やっぱ直巳って「あ?」‥なーんにもないでーす」
怖い怖い。
なんか一瞬直巳からすっごいドス黒い何かがあふれ出た気がする。
思わず冷や汗かいちゃったじゃん。
「樹」
「ほ?どったの、お兄ちゃん」
にっこりと笑いかけるようにして顔を向けたのは、僕と顔のパーツだけが一緒の兄。
僕の表情がお気に召さなかったのか、それとも僕の言葉がお気に召さなかったのか、棗は一瞬にして顔を顰めた。
こんなにもわかりやすいのに、周りは棗は表情があまり変わらないなんて言う。
まぁ双子だからそういうのがわかるだけなのかもしれないけど。
「これやる」
「へ?何このノート」
ぽいっと乱雑に机に置かれたのは、棗が愛用する方眼紙ノート。
こんなうっすらだけど線ばっかりのノートに板書するとか、本当ありえないよね。
ていうか何のノート。
パラパラとめくっていくと、数学、英語、社会、と各教科が数ページにわたっていろいろと書かれていた。
え、マジでなんなのこれ。
「え、本当に何か言ってくれないとわかんないんだけど」
いくら双子でもそこまで意志疎通とかできないよ?
僕が手にしていたノートをパラパラとめくった直巳はどこか感嘆してるように見えたけど。
「どうせ樹のことだからわかってないと思って作ったけど正解だったな」
「へ?だからなにが」
「お前ここがほかの高校と違って前後期制っていうのは知ってるんだよな」
「うん、知ってる。もらったパンフレットに書いてあったもん」
3学期制じゃなくって前後期制だからみんなといろいろずれちゃうかもねーなんて言ってたし。
遊べるかなー?なんて喋ってたくらい。
「じゃあ前後期制の場合、中間考査が6月だってのも知ってるよな」
「‥…は?」
え、今なんて言ったの。
中間考査が6月‥?
棗の言ってることが意味わかんなさ過ぎて直巳を見ると、直巳は「もうそんな時期か」と肯定も否定もしてくれなかった。
いや、肯定と言われれば肯定か。
「マジ?」
「泣いて喜べ。そのノートは4月から今までの板書の要点だけまとめてある優れものだ」
「え、本当?お兄ちゃん大好きー!」
がばっと思いのまま棗に抱き付くと、棗は少しだけ嫌そうな顔を見せたものの、僕のされるがままになっていてポンポンと頭1つ以上低い位置にある僕の頭を撫でてくれた。
あとから聞いた話、この時の様子で男子も女子も何人かトイレに駆け込んだんだとか。