双子の弟がきたようで(2)
「で?説明してくれるんだよな?」
朝のホームルームが途中だということも気にせずに、兄である棗は僕の腕を掴んで校舎裏へと連れてきていた。
イケメンと称されるお顔は、今じゃ泣く子も黙る鬼と化している。
これが見た目は違えど、自分の顔も同じパーツで出来ているんだと思うと、鏡を見ているようだ。
棗は何も言わない僕を上から下まで見る。
今の僕の格好はこの学園の制服だ。
黒を基調としたそれは、黒のスラックスに黒色のブレザー。
淡いグレーのカッターシャツに学年カラーを示す深緑色のネクタイ。
女子は黒のスカートに学年カラーのリボン。
地味に着る人を選びそうな、そんな制服。
「なにかおかしいとこある?」
棗と恰好、全く一緒だと思うんだけど。
何回も鏡で確認したし。
ね?と首を傾げて棗を見上げると、棗は盛大なため息をついて大きく息を吸い込んだ。
「お前は!‥お前は女だろうがぁぁぁぁあ!!」
「ちょ、ばっか、声でかいし!」
はぁはぁと肩で息をする棗の口を慌ててふさごうとすると、ぺしっとその手を簡単に払いのけられてしまった。
あ、相当怒ってる。
「なんでここにいる!?」
「えー、怒ってるのそこなの?」
別にここにいること自体は悪いことじゃないじゃんと言ってやれば、問答無用で頭を叩かれた。
もう、すぐ手だすんだから。
「棗が悪いんじゃん。僕を置いて勝手に転校なんかしちゃうから」
「お前がそんなにブラコンだったなんて初めて知ったぞ」
「あっは、やめてよ。僕が?ブラコン?気持ち悪ーい」
おどけてそう言ってみせると、棗はまた僕の頭を叩いた。
その表情はどことなく疲れているように見える。
まぁ十中八九、僕のせいだけど。
「何をしに来た」
「決まってるじゃん」
僕の言葉に棗は黙り込む。
そんな棗の態度に、僕の口元には自然と笑みがこぼれる。
「棗に戻ってもらおうと思って」
「‥戻る気はない」
「でも戻ってもらわないと困るんだよねー。彼女が発狂しちゃう」
「相変わらず言葉が物騒だな」
「そう?でも本当に戻ってもらわないと発狂しちゃう気がするんだよねー。だからさ、戻ってよ、お兄ちゃん」
僕の為にも、という言葉は呑み込む。
にっこりと笑顔を作って言うと、棗はふんっと鼻を鳴らした。
ありゃ、戻る気はないのか。
相変わらず頑固だ。
本当に誰に似たんだか。
「俺は二度とあの学校には戻らない」
「なんでー?ちょっと愛情が狂気的なだけの可愛い猫ちゃんじゃない」
狂気的で盲目的で熱狂的な棗の自称彼女さんじゃないか。
それはそれは怖ろしく棗のことを愛してくれていたけども。
いつか棗は監禁されると思ってここに逃げてきたらしいけれど、そのうち刺されるんじゃないだろうかと内心ヒヤヒヤしている僕からしたらたまったものじゃない。
あんなところに、僕だけ残して逃げちゃうとか本当に信じらんない。
「俺は戻る気はない」
「それじゃあ発狂しちゃうよ」
「俺には関係ない」
いやものすっごく関係あるんだけど‥。
と言おうとした僕をほうって、棗は来た道を戻ろうとする。
「だいたい俺を向こうに連れ戻してお前に何の得がある」
「損得じゃないよ、お兄ちゃん。僕の命の危機だよ」
「大袈裟な・・こうやって逃げてきただろう」
「あっは、だってあの子怖いんだもん。それに棗が帰って僕がこっちに残れば僕は安心と平穏を手に入れられるわけだし」
だから帰ってと言外に訴えてはみるものの、棗は顔色すら変えず、むしろため息を返してくれた。
「お前どんだけ利己的なんだよ」
「僕のこと放って勝手に転校しちゃった棗には言われたくないなぁ」
本当、一言も相談なしに、朝起きたら棗がいなくなってたんだもん。
置手紙と自称彼女を残してさ。
残されて目の敵にされた僕の気持ちも考えてほしいものだよね。
本当大変だったんだから・・と話し出したら止まりそうにないから僕は口を噤む。
「樹のことはばらす気はないけど‥協力する気も戻る気も俺にはないからな」
それだけを言い残して。
見えなくなってしまった背中を思い出して、ふんっと鼻を鳴らした。
「棗に振り回されてるのは僕なんだけどなぁ」
僕を憎んで止まない猟奇的な彼女がいる場所に僕だけの残して勝手にいなくなったくせに、本当にいい加減してほしいんだけど。
・・・絶対帰ってもらうんだから・・・!