6.襲われちゃいました
「ただいま、母様。今日はイノシシを狩ってきたよ。」
「お帰りなさい、カル君。いつもありがとう。」
いえいえ、その笑顔をいただけるのならお安い御用です。
あれから更に月日が流れ、現在12歳。
どうやらこの体は鍛えれば鍛えただけ強くなるようだ。
今では素手で岩を砕くことだって出来る。
我ながらデタラメだ。
このイノシシだって、突っ込んで来たところをカウンターの正拳突一撃で仕留めたのだ。
もちろん細マッチョだ。
夢の6パックだ。
決してゴリマッチョではない。
「それじゃあご飯の準備するわね。あ、カル君、帰ってきたばかりで悪いんだけど、薪が切れそうだから用意して貰ってもいいかしら?」
「うん、いいよ!」
別に疲れてないし、薪なんてすぐ用意できるのだから断る理由がない。
しばらく薪には困らないんじゃなかったかって?
俺の魔法や剣術の練習台であっという間になくなったよ。
早速外に出て、少し森に入って手頃な木を見繕う。
あれでいいかな?
『切り刻め』
木に向けて魔法を放つ。
風の刃によって目の前の木が薪サイズに切り刻まれる。
『奪い取れ』
切り刻まれた木から水分を取り除いていく。
これで薪の完成。
余計な枝葉は放置。
いずれ森に帰るでしょう。
出来上がった薪を運ぶのが一番の重労働だ。
物をまとめて運べる魔法はないだろうか?
そんなことを考えながら薪を縄で括っていると、
「そこのお前。」
声をかけられた。
振り返るとそこにはエルフと思われるお姉さんが剣を構えていた。
かなりの美人さんだ。
やはりエルフは皆美形なのだろうか?
「アリーフィア=エルフェナンの子で間違いないな?」
「違いますん。あなたこそ、どちら様でしょうか?」
美人ではあるが、なんだか危険な香りがしたので曖昧な返事をしておいた。
「穢れし者に名乗る名など持ち合わせておらん。」
あらま、つれないお方。
初めての異世界人との遭遇なのに、カル君悲しい。
まあいい。
こちらとしてもいきなり剣を向けてくるような人とは関わりたくない。
「そうですか。それでは失礼しますね。」
「逃がさんぞ。」
ペコリと会釈をしたところに斬りかかってきましたよ、この人。
「ほう、今のを躱すか。少し侮っていたようだ。」
バックステップで躱すと、お姉さんは感心したように言った。
「ではこれならどうだ。」
先ほどよりも鋭い斬り込み。
それも一撃では終わらず、二、三と流れるように斬撃が繰り出される。
なかなかの速さだ。
「くっ!ちょこまかと!」
なかなかの速さではあるが、「キャー!カル君凄いわ!これならどうかしら?これは?キャー!まだまだ行けそうね!」と躱す度にテンションと速度を上げていくどこぞの奥様に比べれば大したことない。
これならいくらでも躱せる。
でもキリがないな。
「ならば!」
む?なんだ?
「”風よ、『散れ』薙ぎ払え”。…なっ!」
魔法を唱えようとしたのか。
つい条件反射で割り込んでしまった。
しかし、斬りつけながら魔法を唱えるなんて、なかなかのテクニシャンだ。
魔法をキャンセルさせられたことに警戒したのか、お姉さんは攻撃を止めて距離を取った。
「お前、今何をした!」
「え?何が?」
何をしたかと言えば、お姉さんが呼び寄せた風の精を散らしただけだ。
精がなければ魔法は発動しないからね。
ただそれを素直に教える必要はないので、とぼけてみた。
これを特訓中にすると、「もう!カル君ってばずーるーいー!」と頬を膨らませて怒られる。
あの可愛さは国で保護すべきだと思う。
ちなみに精を呼び寄せる工程は、命令を与える精を選定するためのものだということが分かっている。
不特定の精に命令をすることは出来ないから、呼び寄せて特定しようというわけだ。
逆に言えば、特定さえ出来ればわざわざ呼び寄せる必要はないわけで、
「ならばもう一度!”風よ、薙ぎ”『吹き飛ばせ』ぐはっ!」
とまあ、こんな風に離れたところにいる精を使って魔法を発動することが可能だったりする。
今のはお姉さんが呼び寄せた風の精をそのまま使わせてもらった。
こうすると相手の魔法を妨害しつつ至近距離で魔法を放つことができる。
我ながらエゲツない。
もし自分がやられたら、モニターにコントローラーを投げつけるレベルだ。
まあこれは精が見えてるから可能なわけで、普通は無理なのだろう。
『受け止めろ』
吹っ飛んだお姉さんを風のクッションで受け止める。
こんな美人さんに怪我をさせるわけにはいかないからね。
どうやらお姉さんは吹っ飛んだ衝撃で気を失ったようだ。
さて、どうするか。
と、言ってもやる事は決まっている。
このまま放置するという選択肢は存在しない。
何故ならここで起きたことは“風の囁き“によって母様に筒抜けなはずだからだ。
もしここで放置を選択したら後が怖い。
筒抜けにも関わらずここに現れないのは、俺なら大丈夫という信頼の証だろう。
俺としてはその信頼に応えるようにしたい。
「薪はまた後でかな。」
母様に告げるように呟き、お姉さんを背負ってその場を後にした。
背中に感じる柔らかさは不可抗力ですよ。