3.ちょっと成長しました
俺が転生して3年が経過した。
色々なことがそれなりに分かってきた。
まずは俺。
カル=エルフェナン、3歳。
この世界で意識が覚醒したあの時は、生後10日程だったようだ。
今では森を元気に駆け回るやんちゃっ子だ。
ってか、この年でこんなに駆け回って息が切れないって、この体やけにスペック高いな。
これも種族特性か?
次にお母さん!
アリーフィア=エルフェナン。
超が付くほどの美人!
明るくて優しくてマジ天使!
マザコンと言われようが気にしない!
もし言ってくるような奴がいたらこう答えてやる!
「羨ましいだろ?」
ってな!
ハンカチ咥えて、「キーッ、悔しい!」って言うこと間違いなしだ!
もう想像ついてるかもだけど、種族はエルフ。
そう、エルフさん!
ということは息子である俺もエルフさん!!
なお今はママではなくてお母さんと呼んでいるが、それは、
「カル君!3歳の誕生日おめでとう!」
「ありがとうママ!」
「うんうん。それでね、カル君。今日からはママじゃなくてお母さんって呼ぼうか。」
「うん、分かった!お母さん!」
「キャー、カルくーん!」
なんてやり取りがあったからだ。
その時ガッシリと抱きしめられたが、幸せな柔らかさだった。
「10歳になったら母様、15歳になったら母上って呼ぶようにね。」
「いいけど、それはエルフの風習か何かなの?」
「お母さんの趣味よ!」
「じゃあどうして5歳じゃなくて3歳なの?」
「だって待ちきれなかったんですものぉ?。」
なんてやり取りもあった。
両手を頬に当ててのクネクネは何度見ても可愛いかった。
最後にお父さん!
知らない。
以上。
…
いや、どうやらこの家には父親がいないらしい。
一度も見たことがないのだ。
デリケートなことだから、お母さんにも聞くに聞けない。
まあ、そのうち教えてくれるだろう。
次にこの世界について。
人族、獣人族、魔族など様々な種族が存在し、魔物なんて物もいるらしい。
そして魔法。
まだこれはあるかもしれないというレベルだ。
エルフは魔法が得意なはずなんだけど、お母さんが魔法を使ってるところを見たことがない。
では何故魔法があるかもと思ったか。
それは書斎にある沢山の本。
絵本や小説、図鑑など様々な本があった。
これは読み漁るしかないでしょう!と意気込んだまでは良かった。
だが、ここで問題が。
字が読めない。
そりゃそうか。
話してる言語からして日本語ではないのだから。
これも転生特典なのか、頭の中では日本語なのだが、声に出すとこの世界の言葉になっているのだ。
もちろん意識して日本語を話すこともできる。
意味がないからしないけど。
逆もまた然り。
相手はこの世界の言葉で話してるが、頭の中で自動的に日本語に変換される。
不思議な感覚だが、今までは不便はなかった。
しかしここに来て文字である。
これも自動的に日本語に変換されれば苦労はなかったのだが、そこまで甘くはなかった。
仕方なく図鑑を開いて、まずは文字の習得に努めた。
そして絵本や旅行記に魔法に関するらしき記述があることがわかったのだが、フィクションなのかどうかイマイチ判断がつかない状態なのだ。
ちなみにエルフは魔法が得意っていうのは旅行記に書いてあったのだが、違うのかな?
まあこれはいずれお母さんに聞いてみよう。
で、俺ら母子が暮らしてるのは広大な森の中。
ちょっと散策したくらいでは抜けられない規模の広さだ。
そこにお母さんと俺の二人だけで住んでる。
他に住人は見当たらない。
てっきりエルフの里とかに住んでるのかと思ったが、どうやら違うらしい。
細かいことはまだまだあるが、現在知り得ることはざっとこんな感じだ。
いずれはこの森を出て、世界を旅してみたいな。
そして今、俺は何をしているのかと言うと、庭で目の前にフワフワと浮かぶ緑色の綿毛みたいなのをジッと見ていた。
3歳になる少し前から、薄っすらぼんやりと見え始めて、最近ではハッキリと見えるようになったのだが、これは一体なんなんだ?
大きさはタンポポの種くらい。
あちらこちらに大量に浮かんでいる。
普段は見えないのだが、見ようと意識を集中すると見えるのだ。
試しに掴もうとしてみる。
フワリと逃げられてしまった。
『綿毛のクセに生意気な!
大人しくコッチにこい!』
と思いながら手を伸ばした瞬間、
ブワッ!!
っと周りの綿毛が突き出した手に集まった。
「おぉ…」
驚きで思わず声をあげる。
ガタンッ!
その時後ろから物を落とす音がした。
振り返ると、目を見開いて驚いた表情をしたお母さんが立っていた。
その足元には洗濯物が入ったカゴが。
どうやら近くの川で洗濯を終え、帰ってきたところのようだ。
でもなんでそんなに驚いてるんだ?
驚いた顔も絵になるな。
カメラないか、カメラ。
「カル君!?あなた今どうやって風の精を集めたの!?それもとんでもない量!魔力がないのに、一体どうやって!?」
なんだか凄く興奮されてます。
「えぇっと、風の精ってなぁに?」
十中八九、この綿毛のことだろうけど、とりあえずトボけて首をコテンと傾げてみた。
「あぁもう、カル君ったら可愛い!!」
抱きしめられた。
柔らかい。
この奥様ったらチョロい。
柔らかい。
「風の精って、この緑色のフワフワしたやつ?」
そのまま浸っていたかったが、”魔力がない”という聞き捨てならない単語が飛び出したため、煩悩を振り払い、断腸の思いで会話に戻る。
俺を解放したお母さんがまたしても驚いた顔をしていた。
あれ?俺何か変なこと言ったか?
「カル君!?風の精が見えるの!?」
「?お母さんには見えないの?」
「ええ、お母さんには見えないわ。ただそこにあるって感じるだけ…」
そう言った後、お母さんは少し考える素振りを見せ、そして、
「カル君にはもう少し大きくなってからと思ってたんだけど、これなら可能性はあるかも…。ねぇ、カル君、魔法って知ってる?」
「うん、知ってる!絵本でエルフのお姉さんが使ってた!凄く強いの!!」
この流れはもしかして、魔法を教えてくれちゃうのかな?
いいぜ!大歓迎だ!
うん?なぜかお母さんが苦笑いしてる。
「お母さん、どうしたの?」
「な、なんでもないわ。それじゃあカル君に魔法の使い方、教えてあげるね。」
「ホントに!?やったー!」
なんか誤魔化された感じがするが、まあいいだろう。
なんてたって魔法を教えてくれるのだ。
細かいことを気にする必要はない。
「それじゃあまずは一度やってみせるから、よく見ててね。」
そう言ってお母さんは近くにある木に向けて手をかざした。
「”風よ、我が呼びかけに応えよ”」
お、綿毛が3つ手に集まってきてる。
「”汝に命ずる。我が剣となり、敵を切り裂け”」
集まった綿毛が合わさって、三日月形になっていく。
「”風の刃”」
ズバンッ!という音が聞こえた。
木の方を見る。
ゆっくりと倒れ始めた。
そして、綺麗な切り口の切り株が出来上がった。
「すごーい!お母さんカッコいい!!」
いや、マジで凄いぞ。
両手を広げたよりも太い木をこうもあっさりと切り倒すなんて、並みの威力じゃない。
そしてクネクネして照れてるこの可愛さも、並みの威力じゃない。
「おっほん。じゃあ説明するわね。」
あ、復活した。
「魔法っていうのは大まかに3つの工程から成り立つの。
精を呼び寄せる。
精に魔法のイメージを伝える。
精を解き放つ。
これが魔法よ。簡単でしょ?魔法には属性があって、使いたい魔法の属性によって呼び寄せる精も変わるわ。さっき見せた魔法は風属性。だから風の精を呼び寄せたのよ。他には火、水、土の属性があるわ。」
ふむふむ、なるほど。結構単純だな。
「その3つの工程を実現させてるのが、さっきお母さんが唱えてた言葉なの?」
「その通り!流石カル君!あれは呪文と言って、精へ魔法の情報を伝えるための言葉なの。でもね、ただ呪文を唱えるだけではダメ。そこに魔力を込めて唱えないと、精に情報が伝わらなくて、魔法が発動しないのよ。そして、強くて複雑な魔法程多くの精が必要で、それに伴って精密な魔力制御と大量の魔力が必要となるわ。エルフは魔法が得意って言われてるんだけど、それは魔力と精を感じる力、魔力の制御、魔力量の全てにおいて他の種族よりも優れているからね。」
ここで魔力が出てくるのか。
「お母さん、魔力ってなぁに?」
「魔力は体内を巡る精みたいなものね。
個人差があるけど、誰もが宿しているものなの。
…それでね、カル君。落ち着いて聞いてね。」
そう言うとお母さんは、俺の両肩に手を置き、今まで見たことのない真剣な眼差しで俺を見た。
「カル君にはね、魔力がないの。」
「うん、さっきそんなこと言ってたね。」
…
あ、お母さんが固まってる。
重大なことを言ってるっぽかったのに、返事が軽過ぎただろうか?
ここは、「な、なんだってー!」と驚くべきだったか?
風の精達が俺達の間をヒューって通って行った。
なかなか空気の読める奴らだ。
ちょっとまとめてみよう。
魔法は精を呼ぶ、イメージを伝える、発動するの3工程から成り立ち、それには呪文と魔力が必要となる。
決まった命令語が魔力を込めることよって精用の言語に変換され、それを精が実行する、といった具合だろうか?
魔力は誰もが持っているはずだが、なんでだか俺にはないらしい。
ということは、
「い、いい?カル君?魔力がないってことはね…。」
「精に魔法の情報を伝えられないから、魔法は使えないってことだよね?」
いつの間にか復活したお母さんと会話を続ける。
「使えなかったらそれはそれで僕は気にしないよ。でも僕でも魔法を使える可能性がありそうだったから、お母さんは魔法のことを教えてくれたんでしょ?」
そう、お母さんは可能性があると言っていた。
本来魔力がなければ魔法は使えない。
俺には魔力がない。
だから俺には魔法が使えないはず。
なのにお母さんは俺に魔法が使えるかもしれないと言った。
なぜそう思ったのか?
そのきっかけはなんだ?
何を持って俺に魔法が使えると?
俺は一体お母さんに何を示した?
風の精が見えること?
…いや、風の精を集めたことか!
「…魔力がない僕が風の精を集めた、つまり、魔法の3つの工程の一つ目ができた。だからもしかしたら僕でも魔法を使えるかもしれない?」
首を傾げてお母さんに確認してみる。
するとお母さんは目をキラキラと輝かせ、満面の笑みを浮かべた。
「やっぱりカル君凄いわ!お母さんが言おうと思ってたこと全部言っちゃうんですもの!」
抱き締められた。
幸せな柔らかさだ。
そうか、だからお母さんは洗濯物を落とす程驚いてたのか。
あんなに驚いたお母さんをみるのは初めてだったが、本来出来るはずがないことを目の前でやられたらそりゃ驚くよな。
「じゃあ僕頑張ってみるよ!」
「えぇ、応援してるわ。」
もっと堪能したかったが、鋼の意思ので離脱し、近くの木へ目を向ける。
さて、じゃあやってみますか。
手を突き出し風の精を呼ぶ。
『来い!』
ブワッと風の精が集まる。
「えっ!?」
お母さんが驚きの声をあげた。
どうしたんだろう?まあいいや。
次はイメージを伝える。
イメージかぁ。
切ると言ったらやっぱりこれだな。
『日本刀!』
こんなんだぞって頭で日本刀をイメージする。
すると集まった風の精が、日本刀の刃の形を形成していく。
自分で言うのもなんだが、結構いい加減なイメージだと思うんだけど、上手く伝わったみたいだ。
魔法の2つ目の工程も問題なさそうだな。
「無詠唱!いえ、それよりも!」
あ、確かに俺呪文唱えてないや。
お母さんが驚いてたのはそのせいか。
最初に風の精を集めたとき、念じただけで出来たから、呪文のことを失念してた。
まあ上手くいってるみたいだからいいか。
最後に発動させる。
『行っけーーー!!』
「カル君!ちょっと待って!精の量が多過ぎよ!」
えっ!?もう発動させ…
…
………
「カル君?カル君ならもう言わなくても分かってると思うわ。それでも言わないわけにはいかないから言うわね。」
はい、言われなくとも分かっております。
「お母さんは嬉しいのよ。魔力がないから、いつか魔法が使えないってことを教えなきゃって思ってて、それを聞いたらカル君落ち込むかもって心配してたの。だから、カル君が魔法使えてとっても嬉しいの。」
魔法が得意なはずのエルフの子が魔法を使えない。
確かにショックだろうな。
あ、お母さんが今まで俺の前で魔法を使わなかったのは、もしかして俺を気遣ってか?
「でもね、それとこれとは話は別!カル君は手加減っていう物をしっかりと覚えなさい!」
ビシッと指さすお母さん。
指した方をちらりと見る。
視界を遮る物がない。
あるのは無数の切り倒された木々。
当分の間、薪には困らなそうだ。
「ごめんなさい…」
素直に謝る。
強くて複雑な魔法程多くの精が必要となる。
逆に言えば精が多ければ多い程、魔法は強力になるようだ。
俺が放った魔法は、放った瞬間こそ一振の日本刀サイズだったが、すぐに数え切れない程に分裂し、サイズも一つ一つが5m程になった。
その結果が目の前の惨状である。
お母さんが巨木を切り倒した時に集まった精は3つだった。
3つであの威力なのだ。
数え切れない程の精だとどうなるか、少し考えれば分かるはずなのに、魔法が使えるかもってことで舞い上がってて、そこまで考えが至らなかった。
ここが人里離れた森の中でよかった。
そして、全てが俺より前へと飛んで行ってよかった。
もし全方位に散らばっていたら…
近くにいるお母さんに当たっていたら…
そこまで考えてゾッとした。
何だろう?最後の行っけーーー!!がダメだったのかな?
目の前の沢山の木を見て、つい無双したくなったのが精に伝わってしまったのかもしれない。
次回からは気をつけよう。
それと野生の動物達に犠牲になった者もいるかもしれないので、後で散策して美味しく頂こう。
「幸い周りに人の気配がなかったから良かったけど、もし人がいたら怪我をさせてたかもしれないわ。最悪死なせちゃったかもしれないのよ?」
「はい、気をつけます…」
まさに今考えてたことを言われた。
しかし美人は怒っても絵になるな。
こうやってお母さんに怒られるのは初めてだが、顔の横に指を立ててお説教する姿はとても可愛いらしく、微笑ましい。
「聞いてるの!?カル君!」
「はい!聞いてますん!」
聞いてませんでした。
「その割には笑ってたわよ!」
お見通しですか。
「ちょっと考え事をしてて…」
「何を考えてたの?正直に言ってごらんなさい。」
「お母さんは怒っても可愛いなぁって。」
「カルくー…!…落ち着きなさい、アリーフィア。今あなたは母親としての役目を果たさないといけないの。耐えるのよ。」
おぉ、耐えてる。
両手を広げて抱き締める体制のまま耐えてる。
いつまでもチョロい奥様ではないということか。
「カル君!そんなこと言ってもお母さんは誤魔化せないわよ!」
やるな。
両手を広げたままだと説得力ないが、そっちがその気ならこっちもやってやる!
徹底抗戦だ!
「お母さんは僕のこと嫌いなの?」
必殺上目遣い!
「ぐっ!嫌いなわけないじゃない!大好きよ!」
「僕もね、お母さんのこと大好き!」
ここですかさず笑顔だ!
「カル君!」
「お母さん!」
そして抱き締められる。
柔らかい。
やっぱりこの奥様ってばチョロい。
柔らかい。
こうして初めての魔法講座は終わり、その後は洗濯物を干すのを手伝い、魔法を放った方角を散策した。
熊が真っ二つになってるのを発見し、我ながら引いたのは内緒だ。