第5話 出発の準備
バンッーーバンッーーバンッ。
早朝。バルーン村を出てすぐ側で銃を発砲するシグの姿があった。
狙う先には小学生くらいの岩があり、所々に被弾エフェクトの赤いマークが付いている。
岩との距離はおよそ25メートル。これ以上離れると撃った弾丸は結晶が弾け飛ぶように消滅してしまう。
銃の特性を知る上で様々な実験を繰り返していたあたしはこの事を知った時、ひょっとしたら花火のようになるのでは?と思い夜空に向かって乱射しまくり、結果およそ50発を無駄にし更にフィールドのど真ん中でやっていた為帰り道にモンスターと連続遭遇したときは本気で死ぬかと思った経験がある。
その経験を踏まえて練習及び実験をする際は出来るだけ村から近くの場所で行い、残弾が半分になる頃には一旦村の中へ戻るという習慣が身についていた。
ちなみに今はもうこの銃。コルトSAAの特性は完全に熟知しているため、こんな射撃訓練の真似事をする必要などないのだが、毎日実験と称して射撃を繰り返している内に完全に癖になってしまい、こうして毎朝早く起きるとこの岩に向かって射撃を繰り返していた。
「ふぅ……そろそろ戻るか」
一通り撃ち終え弾薬も残り少なくなってきたのを確認すると銃をホルスターに仕舞い村の中へと戻っていった。
いつもならこれで雑貨屋に寄って消費した弾薬を補給してから朝食を摂りに酒場へと向かうのだが……その様子を遠くからただジィっと見つめる影があることにこのときのシグは気づかなかった。
☆
酒場に着くとそこにはゴウル・リュー君・カリンちゃんの三人がスープにパンを浸して朝食を食べる姿があった。
あたしは「おはよー」と挨拶しつつゴウルの隣に座るとマスターに三人が食べているのと同じ物を注文するとはたかも最初から用意されていたかのように「どうぞ」とスープとパンのセットが置かれる。
「さて、それじゃあ今日は……何するんだっけ?」
「リューとカリンにこの辺りのモンスターについて教えるんだろ?」
「あぁそうだった、そうだった」
ゴウルに指摘されて今日の予定を思い出すとあたしはアイテムストレージからゴウルにも見せた自作のモンスター図鑑を二人に手渡す。受け取った二人はそれを開くと、ゴウルに見せた時同様にかなり驚いた表情で絶賛してくれた。
「凄い!これシグお姉ちゃんが作ったんですか?!」
「なに、この絵……もうプロ並みじゃない」
「この村の近辺に出てくるモンスターは比較的弱いけど、村から離れていくと面倒くさいのだったり強いのが出てくるからよく覚えておいてね♪」
「「はい!」」
「それからゴウル。午前中二人には勉強しててもらうけど、ゴウルはあたしと一緒に来てもらって良いかな?」
「構わんが何かあるのか?」
「あたしがこの村に来てから十日。そろそろ他のプレイヤー達が来る頃だから次の村に行く為の情報収集と買い出しをしておこうと思ってね」
「あぁ、なるほど。そういうことなら付き合おう」
「ん、ありがと。……ところでさ?」
「なんだ?」
「あたし達って、そのパーティを組んでる事で良いんだよね?」
「むっ……まぁわしは元からお前さんと組んでいるから良いとして、お前達はどうするんだ?」
「「ふぇ?」」
図鑑に見惚れていた二人が突然話を振られ間の抜けた声とともにポケッとした表情を浮かべる。
……むぅ、この子達はひょっとしてあたしを試しているのか?いやそれとも挑発してるのだろうか?だとしたらその誘いには答えてやるのが筋というもの……良し、ならばその誘い応えて進ぜよう!
「やめんか馬鹿者。朝から盛るな」
ーーゴンッ
「あだっ!ゴウル酷い!女の子の頭叩くなんて紳士のする事じゃないよ!」
「時も場所も選ばず発情する奴が何を言うだ!」
全く意味が解らない!あたしは二人の純粋無垢な挑戦に応えてあげようとしただけなのに!
殴られた頭をさすりながら睨みつけるあたしを無視してゴウルは話を進める。
「はぁ……要するにリューとカリン。二人は俺たちの仲間になるのかって話だ」
「え?僕らなんかがお二人の仲間に?」
「そうだ。同じ銃士同士だ。ならば一緒に行かないか?」
「え、あ……え、あれ?」
突然ゴウルの言葉にリュー君がポロポロと大粒の涙をその瞳から流し出した。
カリンも同様に驚きの表情のまま涙を流している。
その涙の理由をあたしとゴウルは直ぐに理解した。
銃士は基本的に嫌われる傾向にある。
ゲーム開始直後、銃は射程が短く威力も劣る上に再装填に時間がかかるとあって多くのプレイヤー達から非難の声が挙げられていた。でもそれはこのデスゲーム 開始前の話だ。それまでは遊び半分で使うプレイヤーが大半で余りの扱い辛さからまた新たに再設定して出戻りが可能だったが、デスゲームが開始されてからはそれも不可能になり、遊び半分で選んでしまったプレイヤーは宿屋に閉じ籠り延々とゲームクリアされるのを待ち続けているという。
だが中には勇気を出してフィールドへと出て行くプレイヤーもいた。
しかしどこのパーティもそんなお荷物を抱えてフィールドへ出て行く者は居らず、結果。
銃士はどこへ行っても嫌われ、笑われ、蔑まれてしまう。
かくいうあたしも始まりの街から出て行く際に言われた名前も知らない剣士の言葉が頭を過る事がある。
『銃士選ぶとかマジバカじゃんwww。でも君可愛いから一緒に連れて行ってやろうか?w』
腹が立った。純粋に怒りだけが沸き起こりあたしはそいつの顔面を殴り飛ばして股間に二発の弾丸を浴びせてやったが、街の中ではダメージは一切通らない安全圏なので殺すどころか痛めつける事さえ出来なかった。
それでもあたしはまだ良い方だろう、なんたって仕返しが出来たのだから。でも二人の性格を考えると仕返しどころか言い返す事すら出来ずただ耐える事しか出来なかっただろう。それを考えるとまるで自分に言われた時以上に腹が立ってきた。
あたしは席を立つと涙する二人の間に入って頭を抱き寄せる。
「大丈夫。これからはあたし達がいる。もう我慢して堪える事なんてしなくて良いよ」
「「シグお姉ちゃん……ぅあああんっ!」」
「おー、良しよし。これからは一緒に強くなってこうね♪」
泣きわめく二人の頭を撫でその様子を微笑ましく眺めるゴウルと目が合うと同じ事を思ったのか自然と笑みが溢れてしまった。
☆
「それで、有力な情報はあったか?」
酒場を出たあと、あたしとゴウルは話していた通り。村中のNPCに手分けして話しかけ次の村がある情報を聞き出していた。いくら小さな村とはいえ一人ひとりに声をかけていたんじゃキリがない。実際にゴウルに手伝ってもらっても半日はかかってしまった。
今は集合場所にしていた雑貨屋の通りで買い物ついでに得られた情報の交換をしていた。
「まぁね。でもかなりの長旅になりそうだよ。ゴウルの方は?」
「なかなか面白い話があるぞ♪」
ゴウルは珍しく声を弾ませるとメニューバーから地図を可視表示で見せてきた。
地図はこの村の地図で円形に囲まれており、雑貨屋のある地点には現在の居場所を知らせる為の黄色い光点が点滅している。
「北側に行くと馬車を貸し出してくれる小屋があるそうだ」
「嘘ぉ?!」
「本当だ。実際行ってみたら一頭1000Nrでレンタルしていた」
し、知らなかった……あたしが一番長くこの村についていながらも全く知らなかった。
改めて情報収集の大切さを理解すると同時に次の村ではフィールドに出るより先に情報収集をする事を誓った。
買い物を終えるとリュー君達が待つ酒場へ向かいながら話を続ける。
「でもあたし乗馬の経験なんてないよ?」
事実。
いくら多趣味なあたしでも乗馬の経験をなど一切なく。昔行った動物園では柵越しに馬を撫でる程度でしか触ったことすらない。
そんな人間にいきなり『馬を借りてきたからそれ乗って移動するぞ』と言われても無理な話だ。
それらの不満をぶつけて言うとゴウルはニヤリと笑って答えてきた。
「なら、そっちの方がむしろ好都合だ」
「どういうこと?」
乗馬の経験があった方がこっちの世界でもすぐに乗れちゃうものじゃないのだろうか?
頭に?を浮かべているとゴウルはそのまま説明を続ける。
「わしは乗馬の経験があるんだが、現実の馬に乗るのとじゃ全く違うもんだった……お陰で跨るのにも時間がかかったもんだ」
「へぇ〜、って乗馬も出来るってゴウル本当何者なの?」
「む?むぅ……そうだな。あえていうなら時代を超えてやってきた西部劇の保安官ってところか?」
「あー、痛い人ですね。解りますワカリマス」
それだけ言ってあたしはスタスタと先を歩き、もう目と鼻の先にあった酒場へと入っていった。
「…………酷ぇ」
残されたゴウルの呟きを聴く人は誰もいなかった。
☆
「さて、それじゃこれからの予定を話すよ」
「「はい!」」
「………」
あれ、さっきの流したことに怒ってるのかな。
ゴウルの返事だけが聞こえないけど……まぁいっか、話は聞いてくれてるみたいだし。
勝手に納得するとアイテムストレージから次の目的地がマークされている紙の地図を具現化させ皆んなに見えるようにテーブルに置く。
NPCから情報を仕入れる為にわざわざこの地図を買わされたのだ。そうしないと他では販売していないと言い、事実他にもいくつか回ってみたがどこにも売っていなかった。
でもわざわざ買うだけのかいはあった。
地図にはここから次の目的地までの道のりしか書かれていないが、出現するモンスターや採取可能アイテムなどが書かれていてかなり役立ちそうだった。
地図を広げるとあたしは早速説明を始めた。
「次の目的地はここ、北方の町リベラム。普通に歩いて行くと一週間はかかるけど、今回はゴウルが見つけてくれたレンタル馬車で移動するからおよそ四日間で着くことになるわ」
「レンタル馬車?」
「私達馬に乗ったことなんてないよ?」
「大丈夫!あたしもないから♪」
最後の一言に二人の顔がやや……いや、かなり引きつった表情をして『それって大丈夫?』と言いたげな顔をしている。
まぁ言いたいことは解んないでもないんだけどねぇ。
「心配するな。シグには先に言ったが、この世界の馬は現実のものより扱いがかなり難しい。だから変な癖を付けたまま乗るより全く知らない状態で乗る方が返って好都合だなんだ」
と、それまでそっぽを向いていたゴウルが助け舟を出してくれて補助をしてくれた。ありがとうゴウル!
それを聞いた二人も納得したように頷いている。
一通りの説明を終えるとあたしは二人に貸していた図鑑のモンスターを覚えたかを確かめる為の問題を出し、見事満点だった為、午後からは乗馬訓練をすることにした。
ゴウルに案内されて着いた場所は普通の民家のような建物で入り口の手前には椅子に座ったまま居眠る老人のNPCがおり、その頭上に小さな馬の絵がのった看板が風に揺られてキコキコと鳴っていた。
あたし達は店内に入っていくと乗馬講習料の100Nrを支払いニ〜三十分の講習を受けると早速乗馬訓練を始めたのだが、先に軽く練習していたゴウル以外は全員跨るだけでも悪戦苦闘の連続だった。
女性用アバターの中では比較的に背が高いあたしですら目線とほぼ同じ高さにある馬の背中は乗るだけでも困難だったのに、あたし以上に背が低いカリンちゃんは最早『乗る』というより『登る』と表現した方が良いくらい可哀想な感じになっている。
ただその中で意外な才覚を発揮していたのはリュー君だった。
リュー君は最初。乗ることにこそ手惑いはしていたものの、その後は馬を操り歩かせたり走らせたりして気がつくとあっという間にゴウルすら追い抜いていた。
基本的に負けず嫌いなところがあるあたしとゴウルはそれに感化されると必死に操ろうとするが、乱暴に扱ったせいか馬に怒られしばらくフリーズモードに入られてしまったりと散々な目にあった。
乗馬訓練はけっきょく日が暮れて夕方になるまで続き、あたしとゴウルとリュー君は自在に馬を操る事が出来るまで成長したもののカリンちゃんはなんとか歩かせられる程度までしか出来なかった。
こればかりは流石に仕方がないということで当日は一番上手く馬を乗りこなすリュー君の背中に乗る事となった。
……クソっ!その役はあたしがやりたかったのに!!
でも普段はリュー君には気の強いカリンちゃんが乗馬中はびくびくと小動物のように震える姿を想像するとこれはこれでなかなかメシウマな展開になるので良しとしよう。
はぁああ、怯えるカリンちゃん可愛いよぉお〜♪♪♪
後はいつものように酒場で夕食を摂りながら明日の早朝には移動を開始することを伝えて早く休めるようにその日は解散した。
自室に戻ったあたしは明日からしばらく銃の点検が出来ない為、完全分解からの完全清掃をして一日を終えた。
久しぶりの投稿!
次回からは次の町リベラムまでの道中で起きた出来事を書いて行きたいと思います!