第3話 酒場での出会い
始まりの街・ラグーンから北へ数十キロ。
そこに北側の最初の村バルーンがある。
あたし、小夜鳴 時雨ことシグはそこでたった一人この世界のゲーム攻略に勤しんでいた。
脱出不可能なこのゲームが開始されてから一週間。
多くのプレイヤーは混乱し宿屋から出ることなく、外部との連絡を絶ってしまう者と早くゲームクリアをしようと焦る者とで二分された。
あたしはーーどちらでもない。
☆
「あーっ、今日も疲れたぁー」
そう言ってあたしはベッドになだれ込むように倒れる。
このゲームが始まってから早くも一週間が過ぎ、その間にあたしはレベル上げや武器の生産と強化を行ってきた。
最初の頃は戸惑いもしたがーーこのゲームをクリアする。そのことに変わりはない。
だからあたしは比較的に早く立ち直る事が出来たし自分が今何をするべきか、どうすれば良いのかを見極める事ができた。
その結果。
あたしは始まりの街。ラグーンをすぐに出て他のプレイヤー達が余り来そうにない北エリアのこの村、バルーンに身を潜めることにした。
北エリアのバルーンを選んだ理由は主に二つ。
一つは始まりの街ラグーンの出入り口が南側に一つしかない事だ。
ラグーンは始まりの街というだけあってかなり巨大な街だ。マップで見た限りだと南北2km東西1km近くある。
普通こんなに巨大なら出入り口が一つだけな筈がないのだけど……まぁ考えていたって仕方ないんだけどね。
二つ目は北側へ行くにつれてモンスターが少しだけだが、強くなっている気がするからだ。
これなら他のプレイヤーがすぐに来る心配はないし、狩場の独占や争いの心配もない。でも流石にこの村にたどり着くまでの間は常にギリギリの戦闘だっだ正直、村にたどり着けたのは奇跡に近いとすら思うくらいだ。
それでも一週間経った今でも他のプレイヤーが来ないのは最初の無謀ともいえる努力のお陰だろう。
武器もあれから新しく新調する事が出来た。流石にデリンジャーだけじゃいくら何でも心許なかったのと、限界を感じたからだ。でも、銃の素材など解る筈もなく駄目元でNPCの鍛治職人を訪ねてみると一丁だけだが、デリンジャーなんかよりもずっと強力な銃が生産出来た。
銃の名前はコルト・シングル・アクション・アーミー。通称SAA。
デリンジャーのような上下二連中折れ式拳銃とは違い、弾倉が回転し次弾を発砲できる回転式拳銃。所謂『リボルバー』と呼ばれるジャンルに分類される。
コルト・SAAは西部開拓時代から存在する銃で今現在でも生産は続いている正に『最古の銃』だ。
リボルバーの弾倉の保持方法は主に三つ。
弾倉振出式・中折れ式・固定式の三つだ。
この中でコルト・SAAは固定式と呼ばれる機構になっている。
固定式はレンコン状の回転式弾倉が固定されていて弾を再装填するときは銃後部にあるローディングゲートという場所から一発ずつ空薬莢を捨て、また一発ずつ弾を装填しなければならない非常に面倒な構造なのだが、それ故に固定式は他の二つに比べてより堅牢に作られておりどんな強力な弾丸でも使う事が出来る。
単純が故に強力で、単純が為に壊れにくい。正にシンプル イズ ベストという言葉を具現化したような銃だった。
ちなみに弾倉振出式と中折れ式に説明すると、まず中折れ式(トッ
プブレイク)は固定式に比べて頑丈ではないが、銃身を折り曲げ露出させる事により再装填の速度を速めることが特徴だ。
次に弾倉振出式は銃本体の左側にシリンダーを振り出す事により、中折れ式の再装填の速度を保持したまま、固定式の頑丈さも兼ね備えたチートに近い武器だ。
あたしは現在そのコルト・SAAを二丁装備している。
といっても、映画やアクションドラマのように両手に銃構えて撃つスタイルをするためではない。
あんなのは視聴者に”魅せる”為に映画監督などが作った技法で実践で使うのはただのバカかお調子者のどちらかだ。一つの標的に”二丁拳銃だ!これで相手を蜂の巣だぜ!”なーんて実際にやる奴がいたらあたしはそいつが死ぬ方に全財産を賭けても良い。それだけ愚かな行動だ。
じゃあどうしてあたしはそこまでボロクソ言うのに二丁装備しているのか?
簡単だ。それはこのSAAの装填方法が固定式で再装填に時間がかかり過ぎるからだ。
コルト・SAAの装弾数は6発。デリンジャーの三倍だ。でもデリンジャーは再装填が瞬時に行えるので装弾数の少なさをカバー出来る、しかしSAA(この子)はそれが出来ない。これは構造上の問題なので仕方がないとしか言いようがない。だからそれを補う為にもう一丁同じ銃を作り、二丁所持することにしたのだ。
それに名前の通りこの銃の作動方式は『シングル・アクション』で撃つ度に撃鉄を起こして撃たなければならない。それなのに二丁構えていたら撃てる物も撃てなくなってしまう。
例外として『ダブルアクション』ならハンマーを起こす必要もなく撃てるが……それでも二丁はないな。
リボルバーに限らず例え自動拳銃でもありえないな。
ベッドに倒れたままもう今日はこのまま寝て休もうかと思ったが、まだ夕日が傾いたばかりで寝るには早すぎる。
仕方なしに夕食がまだだった事もあり、あたしはムクッと疲れて重たくなった体を起こす。
バルーンは小さな村だが、それでもパブのような軽くご飯やお酒を飲める場所がある。
そこへ行こうと一階に降りて宿屋を出る前にNPCの店主に「帰ったらお風呂に入りたい」と言ってその場を後にする。こうしておけば自室に戻ると同時にお風呂にも入れるのだから、現実世界に比べてかなり楽ちんだ。
パブは宿屋を出てすぐ隣にあるためあっという間に着くと、店内はNPCの客が数人と店のマスターが一人いる……だけじゃなかった。
この村を拠点にしてから一週間。今まで何度もこの店に訪れ毎回変わる事のない顔ぶれに馴染んでいたのに今日はカウンター席に一人だけプレイヤーの先客が鎮座していた。
(まずいなぁ、もう他のプレイヤーが現れたか……って、え?)
気まずさを感じつつ適当な席に着こうとした時、カウンター席の彼の装備に目が止まった。
ツルツルのスキンヘッドにグリーンのバンダナを巻き、どこかの森で擬態でもしてきたかのような同じくグリーンの服装をする彼の右足とそのすぐ横に立て掛けられた物に思わず見入ってしまう。
(銃だ。それもあの銃はひょっとして……まさかスペンサー銃?!)
このゲームが始まってから見る初めての仲間に会えたというのもあるが、彼の横に立て掛けられたその銃に思わず見入ってしまうと、視線に気づいたのか彼が振り返って目が合った瞬間ーーその場の空気が全て飲み込まれてしまったかのよう重い重圧が全身にかかる。
VRMMORPG歴は短いが、それでも現実世界でのサバイバルゲーム歴が長いから解る。
まだ言葉を交わしていないが、目を合わせてしまっただけだが、それでも直感的に彼がとんでもなく強い事が解る!
あたしは無意識の内に額に嫌な汗を浮かべ緊張で高鳴る心臓を必死に抑えようと左手を胸の前にやるが、反対の手では右足のレッグホルスターに収められている銃を抜こうとする。
(どうする?ここは一旦店を出る?いや、それよりも……)
目を合わせてから恐らく10秒も立っていないはずなのに緊張で動けないでいると彼はーー二カッ!と笑顔を見せてきた。
「はっはっは!すまん、すまん!驚かせちまったかぁ?!まぁそんなとこにいないで隣来いよ!」
「ふぇ……は、はい」
大きな笑い声を上げると彼はまるで友人でも招くように隣に座るよう空いているカウンター席をバシバシ叩いている。これが現実だったらイスが壊れそうな勢いで……。
あたしはおずおずと隣に座ると彼は子供の頭ほどありそうな大きくゴツゴツとした手で握手を求めてきた。
「わしはゴウルってもんだ!いやー、同じガンマンを見るのは初めてだから嬉しいぞ!」
「えっと、シグって言います。あたしも初めてですよ」
「だろうなぁ〜、まぁ先に何か頼め!ここはわしが持つから好きに頼め!はっはっは!」
「そんな!悪いですよ、会ったばかりの人に…」
「気にするな!この広い世界でまだ誰も来とらんと思ってた村でまさか同じガンマンと出会う事になるとは思わなんだ。これもきっと何かの縁だ!」
はっはっは!と最後にこれまた豪快に笑い、これ以上言っても無駄だと思ったあたしはアルコール入りのヴォールンというビールに似た酒と軽くつまめるものを注文した。
「その銃、ひょっとしてスペンサー銃ですか?」
「む?おぉ、よく知ってるなこんな骨董品を……あぁそうだ。この村の鍛治職人にさっき生産してもらったんだ」
「そんなバカな!あたしの時はこの子しか出来ませんでしたよ?!」
「コルト・シングル・アクション・アーミーか……そいつもかなりの骨董品だが、こいつと負けず劣らず良い銃だ。
……シグと言ったか?お前さんひょっとしてこの村に着くまではずっとデリンジャーだけで来たんじゃないか?」
「そ、そうですけど……」
「ふむ……実はな。このゲームが始まってからNPCの武器店でデリンジャー以外にもう一つ販売されたのがあるんだ。それが……これだ」
ゴウルは一度スペンサー銃をアイテム・ストレージに仕舞い代わりにスペンサー銃より若干長めの銃を取り出す。
「スプリングフィールドM1873だ。
金額がデリンジャーよりも高かったが、こいつなら多少離れた位置にいてもしっかりダメージが通るからわしはこいつを買ってこの村まで来たんだ。ひょっとしたらそれが原因かもそれねぇな」
「……わぉ」
スプリングフィールドM1873。
確か、アメリカ陸軍が採用した最初の標準装備のライフルで装弾数は1発だけの銃だ。
まさかスペンサー銃の元になった銃が拝めるとは……というか何で運営はこんなにも古い銃ばかり登場させるんだ?
使い方を知らなきゃ撃つことすら出来ないじゃん。
幸いにもデリンジャーはまだ素人が使い方を知らなくても何となく使える銃だが、スプリングフィールドM1873(こいつ)はある程度の知識と構造を知らなきゃ弾を込めることすら出来ないし、運良く分かったとしても癖が酷い上に常にメンテナンスを要求される銃だ。
ーーあ、でもここ仮想世界だから弾詰まり(ジャム)とかないのかも。
「ん?もちろんジャムったぞ。売ってたコイツの弾丸".45-70-405"カートリッジが全部銅製のカートリッジだったからな」
「うぁ……どんだけリアルに再現してんですかこのゲーム」
心中を察してくれたゴウルがあたしの疑問に答えてくれた。
「はっはっは!全くもってその通りだが、どうやらこの街にはちゃんと真鍮製の弾薬があったからたぶん大丈夫だろ!」
M1873には二つの弾薬がある。
一つは先ほどゴウルがポロっといった銅製の弾薬だ。
これはこの銃が生産された当初からある弾薬なのだが、3年後の1876年に起きたブラックヒルズ戦争でリトルビッグホーンの戦いにおいてジョージ・アームストロング・カスター中佐率いる大隊が全滅した。
その理由は銅製の弾薬を使っていた為といわれている。
銃を発砲した際に薬室内で弾薬が膨張し、弾詰まり(ジャム)の原因となったらしい。
それ以降は二つ目の弾薬。真鍮製の弾薬となった。
真鍮製とは日本の5円玉などに使われている銅で通常の銅よりも膨張しない為、現在の弾薬の基本材料としても使われている。
ーーいくら距離をあけて撃てる銃だからといってもジャムると解ってて使うなんて……あたしにはマネ出来ないなぁ絶対。
奇怪なものでも見るような目で見ていたあたしだったが、2発しか装填されてないと知りながらモンスターに突っ込んでいく自分も人の事は言えないと気づいて視線を逸らしてガブガブとヴォールンを飲むとゴウルが再び話しかけてきた。
「とりあえず、そろそろ情報交換しないか?俺は今日ここに着いたばっかでこの辺りにどんなモンスターが出てくるのかはさっぱりだ」
「別に良いですけど、代わりに何を教えてくれるんです?お金でも良いですけど」
奢って貰っといてなんだけど、この辺りに出てくるモンスターはやっぱりそれなりに強い。でもあたしはそのモンスターの攻撃パターンから出現場所に弱点まで知り尽くしている。
『銃職仲間だから〜』というだけでその情報をあっさり渡すほどあたしもお人好しじゃない。まぁいくらか割り引いてやるくらいなら良いけどね。
「ふむ……そうだな、お前さん。人を殺したり殺された奴の話を聞いたことがあるか?」
「いいえ、聞いてないよ」
どうやら情報をくれるらしい。
ソロプレイに励むようになってからは外部からの情報などロクに持ち合わせていないから助かる。
「じゃあ、あのクソマスクが言ったことを覚えてるか?」
「このゲームからは抜け出せないこと、蘇生アイテムなどは普通に機能してるって……待って。ひょっとして誰か試したの?」
あたしの質問にゴウルは無言で頷く。
ーーなんてバカなことを試したプレイヤーがいるんだ!
マスクは言った。
例えモンスターに殺されようが自殺をしようが死ぬ事はなく普段通りに蘇生ポイントで復活出来ると。
でも、その次のことをマスクは言わなかった。
プレイヤー同士が殺しあった場合のことを。
言わなかったのだ。どうなるかを説明しなかった。
まるで余興を楽しむ為に敢えて気になるようにだけ言い残してそれ以上は何も説明されなかったのを思い出す。
「偶然の事故だったらしい。
四人組のパーティリーダーがモンスターを討伐中にダメージを深く負い回復しようと前衛から外れようとしたら突如モンスターが突進し、そいつに体当たりした。
だが、幸運にもHPはギリギリ残ったんだが、助けようとした見方の弓に運悪く当たっちまい、HPはそのまま全損してーー死んだ。
蘇生ポイントでいくら待とうと現れず、フレンドリストからも名前が消えていたそうだ」
「そんな……!」
信じられないとばかりに目を見開きゴウルを見るが、彼は悲しそうにグラスに目をやったまま俯いている。
彼のその様子から嘘を言っているようにはとても見えない。
ーーどうやら、本当の話のようだ。
「南側の方じゃだいぶ有名な話なんだが、お前さんのような一匹狼には新鮮な情報だったろ」
「……確かにその通りね。友達にメッセージを飛ばしてもまだ返ってこない事が多いから」
事実。月姫とは連絡が取れ、あのネカマプレイヤー達と行動を共にするらしいが、その日に出会ったアイシャ達とは未だに連絡が取れないでいた。
「そうかい。まぁ、まだこのゲームが始まって一週間だ。だんだん慣れてくるだろうよ」
「そうね……それで、モンスターの情報だっけ?」
「あぁ、出来れば詳細に聞きたいんだが今の情報だけで足りるか?」
「ふふっ。この店も奢ってくれたしそれで十分です」
あたしはアイテムストレージから一冊のノートを取り出す。
この世界にはモンスター図鑑なるものが存在しない。
だからあたしは趣味の一環として独自のモンスター図鑑を作ることにしたのだ。
ノートの中にはモンスターの写真……これは雑貨屋などで普通に売ってる小さい箱型のカメラで風景などを瞬時に焼き付けるもので撮った写真だ。
写真の上にはそのモンスターの名前が書かれ下には出現場所・報酬金額・アイテム・攻撃種類・攻撃パターンに弱点や体長とおおよその重量などなど事細かく詳細に書かれている。
それを見せるとゴウルは目を見開いて驚く。
「こいつぁスゲェ!まるで攻略本じゃねぇか!売ったらかなりの金になるぞ!」
「地道な努力の成果だよ♪」
「はぁ〜っ!俺にはとてもマネできねぇな。いっそ情報屋にでもなったらどうだ?」
ゴウルは割と本気で言ってくれたが、流石にそこまでやりたいとは思っていないし、この先あたしみたいな人は必ず出てくるだろうからやめておくことにした。
「……なぁ、一つ提案なんだがよ」
「ん?」
しばらく図鑑に目を通していたゴウルだったが、何か思い至った顔をして問いかけてきた。
「お前さんさえ良ければしばらく一緒に行動しないか?」
突然の提案に驚きあたしは飲みかけていたヴォールンを吹き出しそうになる。
「ゴホッケホッ……ほぇ?」
「この図鑑を見てて思ったんだが、北側に行くにつれてモンスターが強くなってってるように思える。
それに伴って武器も強くなってるのは確かだが、このままじゃ殺られるのも時間の問題のはずだ違うか?」
「………」
ゴウルの指摘はその通りだった。
確かに武器も強くなってるのは分かる。
でも村から遠ざかるにつれてよりモンスターの強くなってるのも確かだ。このまま行っても良くて次の村が限界だろう。
あたし達は銃使い……ガンスリンガーだ。
確かに遠くからモンスターを倒すことも出来るし一発一発が強力だ。でも無限に撃ち続けられるわけじゃない。
装弾数が無くなれば再装填が必要だし弾薬の購入も必要だ。
剣と同じで銃本体にだって耐久値が設定されており鍛冶屋に定期的に持っていって回復しなければいけない他に所有者本人が銃の簡易分解から完全分解までのメンテナンスをしてやらなければならない。
それをしなかった場合、最悪戦闘中で弾詰まり(ジャム)や故障を起こすことだってありえる。
だいいち今はまだ自分の持つ知識で補える銃しか出ていないから良い物のこの先もずっとそうなるとは限らない。
ーーそれらを考えた結果あたしの答えは既に決まったも同然だった。
「解りました。一緒に行きましょう」
「おぉ!ありがとう、これから改めてよろしくな!」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
そう言ってあたし達は握手の代わりに持っていたグラスをカツンッとぶつけ合い残っていた酒を飲み干した。
ーーまるで西部劇の酒場でデカイ仕事をするガンマンたちのように。