第1話 衝撃のスタート
「おねーちゃん。準備できた?」
「ん〜〜?……うん!出来た、これで使えるはずだよ!」
「ありがとう、お姉ちゃん♪」
あたしは月姫の部屋でPCとダイジェストの接続を確認するとバイクのヘルメットのようなゲームハード。ダイジェストを月姫の頭にすっぽりと被せる。可愛らしく微笑む彼女の顔を見るといつも心が癒されるが、こんな風に笑えるようになったのは本当に最近になってからだ。
月姫は数年前に事故で両手足を失い。自分一人では生活するのも困難になってしまい、それのせいで周囲からは奇異な瞳で見られ、学校どころか部屋から出ることもなくなってしまったが……。
ダイジェストが発売されてからは何故か少しずつ表情が明るくなって、コールド・アースが発売されたと知った時は本気で心の底から喜んでいた。
どうしてそんなに喜ぶのか不思議に思って聞いたら月姫は「また歩けたり、ボールで遊べるから!」だと言った。それを聞いた瞬間、あたしは何があってもこのゲームを手に入れようと心に決めていた。ここで動かなければ姉であるどころか、人間ですらない!とすら思っていた。
だからだろうか、コールド・アースが二つも手に入ったときは二人して「また一緒に遊べる!」と心底喜んだものだ。
あたしは月姫をベッドに寝かし付けダイジェストの起動を確認する。
「あと五分でオンラインサービスが始まるけど、今からでもログインして初期設定のアバター作れるからね。あ、トイレとか大丈夫?」
「平気だよ♪それじゃ先に行ってるからまた後でね。お姉ちゃん♪」
「うん、行ってらっしゃい」
「それじゃあ……『システム・スタート!』」
システム・スタートはダイジェストを起動させる為の音声起動システムでプレイする度に言わなくちゃいけないのが恥ずかしいけど、中にはそれがイイ!って言う人もいるようなのだ。
ダイジェストが起動するとヘルメットから特殊な電気信号が送られて、対象者の意識は一度フィード・アウトしてしまうがすぐに感覚がリンクして目が覚めたらそこは仮想世界にいるという仕掛けらしい。
ちなみにあたしはダイジェストの初期設定時に二回ほど使用しただけでちゃんとゲームをするのは今回が初めてだ。
月姫の意識が落ちたのを確認すると寒くならないように毛布をかけて早々に自室へと戻り、ベッドの上で既にスタンバイ中の自分のダイジェストを被る。月姫の設定が終わったら自分も早く入れるように準備していたおかげだ。
「さてと……『システム・スタート』」
ーーピピッとダイジェストが音声起動を承認した音が耳元で流れるのを最後にあたしの意識はそこで暗い底へ落ちていった。
★
『コールド・アースへようこそ。アバターを作成してください』
目が覚めると同時に女性の声をしたアナウンスが流れ、目の前に名前・性別・種族・髪型・髪色・瞳の色・身長・体格・武器など様々な項目が出てきた。
ただそれらの項目の下に赤い*印で
『・ネカマプレイは可能ですがゲーム内に性別を見破るアイテム及びスキルが存在します。
・初期プレイ時では種族によってステータスの変動はありませんが、その後は種族によって専用のスキルが存在しステータスの上昇方も変わります』
と書かれていた。ーーなんだろネカマプレイって……?
あたしは上から順に項目を埋めていくことにしたが、種族と武器の選択には一番時間を取られたと思う。
種族は全部で四種族。
一つ目は人間ヒューマン。最もスタンダードな種族で説明書きではバランスのとれた種族で前衛でも後衛でも使いやすい万能タイプと書かれていた。
二つ目はエルフ。弓と風と回復魔法を得意とするパーティには欠かせない種族と、セールスマンの売り込みのような書き込みがあった。
三つ目はドワーフ。力自慢で鍛治職人向けのパワフルな種族。これには注意書きで身長と体格に制限がかかるそうだ。
四つ目は妖あやかし。魔法は不得意だが、身体能力が異常に高い種族とあるが。これにも注意書きがあり、プレイヤーの容姿にあった妖怪がランダムで一つだけ形成される為、気に入らなかった場合は辞めることをお勧めします。と書いてあったが、これはたぶんカッパみたいな顔の人はその後ゲーム内でガチの河童の格好のまま行動しなければならないのだろう……。
その中であたしが選択したのは妖だった。
何故かと聞かれれば純粋に好奇心で選びたくなったからだ。『もし自分が妖怪だったら一体何になったのだろう?』という興味がどうしても抑えられなかったからだ。それに『ここで選択してもすぐに変える事が可能だから別に良いかな』という安心感まで加わったら選択しない手はない!
そう思って試しに選択して目の前に出現した鏡に映し出されたのは……自分じゃん。
現実世界の自分と殆ど変わらない自分の姿が写し出されていた。
変わっている所があるとしたらセミロングだった茶髪がボーイッシュなショートの黒髪に変わり、左目の下あたりにあったホクロがなくなっているくらいだ。
「………………まぁ、これでいっか」
悩んだ末、好奇心に負けて選択した種族にどこか落胆しつつあたしは妖の種族を選択した。
ーーはぁ、別に猫娘みたいな耳が生えたのとかを期待したわけじゃないけどさ……あたしってばそんなに表現されにくいのかなぁ。
そんなことを思いながら完成したアバターが以下の通りだ。
名前:Sigーシグー
性別:女性
種族:妖<ラーミア族>
髪型:ボーイッシュ風ショートヘア
髪色:ブラック
瞳の色:琥珀色
身長:165cm
体格:中肉中背→B87/W62/H88
武器:銃<拳銃ハンドガン・デリンジャー>
体格で何故スリーサイズが出てくるのかは果てしなく疑問だったが、そこは目を瞑ろう。例え製作者の陰謀だとかなんかがあったとしても黙認して考えないようにしよう。それが世のため人のためよいうものだ。
さて、気を取り直して武器カテゴリで銃を選択した理由はぶっちゃけると趣味だからだ。
あたしが通っている学校はいわゆるお嬢様学校で清楚でおしとやかなイメージがあるのだが、どうにも肌に合わないせいか時々中学の男友達と一緒に地元から離れた場所のサバゲー会場でよく遊んでいたりする。
正直名前も本名のもじりというのもあるが、大手銃器メーカーからとったという方がどちらかというと多い。
ーーそれにしても、デリンジャーって……大丈夫なのかな?
ガンマニアなら知らない人はいないだろう護身用として使われている銃だが、果たしてこの世界でも通用するのか……疑問しか残らないっていうかさっきから疑問だらけだなぁ。
兎に角。アバターの制作も終わると再びアナウンスが流れ、オンラインサービスが開始したのを知らせる。
『それでは行ってらっしゃいませ。ご武運をお祈りします』
そして今度は視界が真っ白になるほどの光に包まれていった。
★
視界がはっきりと映るとそこには数多くのプレイヤー達が目の前の巨大な時計塔と噴水のある広場に集まっていた。
「うわぁ、凄い人……」
周囲を見渡す限り人で溢れ返っている。見ているだけで酔いそうだ。
仲間と合流して挨拶する人もいれば早くも情報交換をする人たちや、同じ初心者の人なのに装備を自慢する人たちなんかもいる。
「さて、月姫はどこにいるのかなっと……ん?何だろうこれ」
探索に出かけようと思った矢先に視界の右隅にメールのマークが表示され点滅しているのに気がついた。
ーーえっと、確かこういう時って右手の人差し指を上から下に振り下ろせば良いんだっけ?
うる覚えの説明書を思い出しつつ軽く振り降ろすとメニューウィンドウのようなものがズラリと並び出す。
(凄い……まるでSF映画みたい!)
口では出さず些細な感動を覚えながら『NEW』と表示されたメッセージ欄をタップして届いたメッセージを読む。
『ヤッホー!お姉ちゃん♪
いま時計塔横の噴水広場にいるよ!キャラネームはーFoxーフォックスーだから間違えないよーに!それじゃねぇ〜♪』
……何でキツネ?
名前のもじりやアダ名とかなら解るが、そんな字は一つも使われていない筈だし、昔好きな動物は何かと聞いたときはウサギと即答していたのを今でも覚えている。
じゃあ何でキツネなんだろ?むぅ……解らん。
悩みながらもあたしは指定された噴水広場に向かって歩いていくが、オンラインサービスが始まった直後ということもあるのか、自分と同じように待ち合わせる人集りで満載状態になっている。
例えるなら、そう。一昔前の渋谷・ハチ公前的な感じだ。
「こんなに多くちゃ探しようもないじゃない……」
ボヤキながら一応周囲を見渡すが、当然解る筈もないく途方にくれたあたしは、とりあえず近くのベンチに腰掛けてメニューバーから先ほど月姫から届いたメッセージを開き、返信ボタンを押して自分が今いる場所と髪型や髪色などの特徴を書いて送信する。
月姫と違い、こういったネットゲームなんて全くの初心者なあたしはヘタに動き回るよりもこうやってその場にいた方が良いものだ。
それにしても人多いなぁ〜、3万人に限定販売して即完売するくらいなんだから、多いんだろうとは思ってたけど、まさかこんなに風に人が集まるなんて……しかも種族がみんなそれぞれ違うからコスプレ大会のイベントに参加してる気がしてきたよ。
「ねぇ、君。ひょっとして初心者?」
「ん?」
ぼ〜っと辺りを見渡していたら声をかけられた。
顔を上げてみるとそこには立っていたのはエルフ族の男子二人だ。耳が長いし、なんかキラキラ〜ってしてるから多分エルフで間違いないと思う。
「良かったら俺らこれからフィールドに出て少し狩りしようと思ってんだけど一緒にどう?」
「ここだけの話、僕らこのゲームβテスターだからやってるから色々と教えてあげれると思うんだよね♪」
とまぁ、もの凄い典型的というか、古典的なナンパを仕掛けてこられた。
この手のタイプは2、3度断った所で諦めない上にしつこいだけじゃなく最後は逆ギレしてこっちが悪いように言ってくるタイプだ。間違いない。断言できる。
通っている学校が学校なだけに今まで制服で街へ出歩けば大抵ナンパに会い続けてきたせいで本ッッ当に不本意ながらもその人が最初にどんな風に声をかけてくるのか。話し方や声のトーンなんかでそれがどういうタイプの人間かが解るようになってしまった。
お陰で大抵のナンパから逃れるための術を持っているが、今時こんな古典的なナンパをしてるのは昭和生まれの寝たきり状態のお爺ちゃん世代の人くらいのものだ。
「お兄さん達、元βテスターなんだぁ……じゃあこんな所で話してるよりレベル上げしてった方が良いんじゃない?」
「ははっ痛いところ付いてくるなぁ〜。でも二人だけでやるよりか人数いてパーティ組んだ方がずっと効率が良いんだよ」
「ふーん。でも遠慮しとくよ、友達とも待ち合わせしてるし。その代わり……あそこにいる子。見える?」
「ん?どれどれ?」
あたしは視線の先にいる背の低い人間の女の子を指差す。
2人組も吊られて視線を写し女の子を確認する。
「あの子、さっきからずっと誰かに声かけて欲しそうにしてるよ」
「え〜?嘘だぁ、さっきからずっとメニューウィンドウから目ぇ離してねぇじゃん」
「はぁ……お兄さん達ナンパとか初めてでしょ?」
「ッ?!」
あたしの一言に二人組みは図星だったのか驚いた表情を浮かべる。
「あー、やっぱり。良い?アレはナンパ待ちしてるの。その証拠にメニューウィンドウ開いてても全然指とか動かしてないでしょ?」
「……た、確かに」
「あれは『声をかけてくれ』って言ってんの。解った?解ったらホラ、さっさと行く!」
「あ、は、はい!」
何故か最後に敬語を使うと2人はそそくさと退散して指定した女の子の方に向かっていく。
遠目からだが、案の定ナンパは成功したらしく、すぐに何処かへ移動していった。
これがあたし流のナンパ回避術だ。友達は言葉たくみに撃退することが多いが、残念ながらあたしにはそんなトーク力は持ち合わせていない。だから他の人を犠牲に回避するという術を身につけたのだ。
友達からは「むしろそっちのが凄いよ」と言われたが……どこが凄いのか正直解らない。
「あの……」
「ん?」
またナンパか?と思いつつ声の主を見ると、今度は人間の男性プレイヤーが声をかけてきた。
一難去ってまた一難とはよく言ったものだが、今度は先ほどの二人とは違う様子だった。
「何かよう?」
「ひょっとしなくてもお姉ちゃんだよね?」
「は?」
いきなり何なんだこの人と思いつつもその男はメニューバーを軽く操作するとあたしからも視認できるようにウィンドウを可視表示にして見せてきた。何なんだと思いながらもそれに目を通す。
「え?本当になに……Foxって……え、つっむぐ?!」
「わー!待ったまった!リアルネームはダメ!」
思わず本名を叫びそうになったが、それを月姫ーーフォックスに手で口を塞がれる。
そういえば、この世界では本名で呼び合うのはマナー違反だったのを忘れていた……。
「あんたそのアバターなに?!」
「はっはー♪一回でもいいからなってみたかったんだよね♪」
もう一度月姫の身体を見るが、やっぱり誰がどう見ても男だ。
長身の黒髪にガタイの良い身体つきはスポーツ選手というより格闘選手のようにみえる。
顔のパーツはよく見ると現実の月姫と同じに見えるせいか面影すら残ってる。
「あちゃー……まさか妹が弟になるなんて……ショック超えてもう有りだな」
「アリなんだ?!」
「いや、だって……ねぇ?」
「ねぇって、どういうことだよ……それより、こっち来て。仲間紹介するからさ♪」
「へ?仲間?」
わけが解らないままあたしは月姫に連れられて噴水広場から人混みの少ない場所に移動する。
そこは街の街道になるのか、NPCが開く露店や店が数多く存在しプレイヤー達が色々な装備やアイテムを購入してる姿が見られる。あたしたちはその中にある小洒落た喫茶店のような店へと入っていく。
ーーカランッとドアに取り付けられたベルがなり中へ入るとクラッシックな作りをした店内の奥のテーブル席には男女複数のプレイヤーが集まりお茶を飲みながら話しあっていた。
「お、フォックスこっちだ!」
そのテーブル席に陣取るエルフの男が月姫を見つけると片手を上げて呼び、月姫もそれに答えながら席へと移動するので仕方なしにあたしも後ろについて行く。
「お待たせ。こっちが話してた人だよ」
「え?あ、えーっと……シグです。……ねぇ、これって?」
「ネットで知り合ったネカマ仲間!」
「ネカマ?」
そういえばアバターを作る時も注意書きであったけど、なんなんだろ?
「知らないの?ネカマってのは男が女に、女が男になってゲームをする奴らの事だよ」
「え……じゃあこの人達も」
『もちろんネカマでーっす!』
「は、はは……ですよね」
ゲーム開始早々濃いなぁー!!
基本一週間ペースで投稿していきますが、投稿が遅れるようでしたらいつでも受け付けています!
尚、誤字脱字・アイディアなどに関しても積極的に受け付けていますので気軽に感想またはメッセージをお願い致します!