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短編

いぬとうさぎ

作者:

 寒い寒いある日の事。野ウサギのラズはいつもの様にお散歩に出かけました。

 お日様は出ていても、吹いてる風がとても冷たいので、ほかの動物たちの姿が見えません。

 町に近い森の中、いつもなら人の姿もあるのですが……この寒さにどうやら人間もお家の中のようです。


 ラズは、少しだけ森の入口に行ってみる事にしました。以前、人間に銃を向けられて以来なるべく近づかない様にしていたのですが、今日はなぜだが入口まで行かなければいけないような気がしたのです。

 ピョンピョン跳ねて、止まってみては耳をピクピク。周囲を伺いながら進みます。

 冷たい風がラズの毛を撫で通り過ぎ、開けた場所に出てきました。森の入口の前に広がるのは草原です。

 美味しい草が生えているのですが、人間が怖くてなかなか来られないのです。

 人の気配も感じられないので、思いっきり草を食べようと大好きな草のたくさん生えているところを探しました。


「寒いけれど、今日は来て良かったな。美味しい草がお腹いっぱい食べれる。」


 ラズは、鼻歌を歌いながらピョンピョンピョンピョン踊るように移動します。

 あっちの草、こっちの草と移動しながら大きな岩の近くまで来ました。

 森の入口寄りあるこの大きな岩は、下の方に小さな穴があいており、ラズのような小さな生き物達にとっては絶好の隠れ場所になります。

 お腹もいっぱいになったし、少し休憩してから家に帰ろうと思ったラズは、穴に近づいていきました。

 すると、何やら悲しみに溢れた鳴き声が聴こえてきました。


「キューン……クゥン……寒いよ……冷たいよ……お家に帰りたいよ……」


 声を聴くと、どうやら仔犬のようです。こんな寒い日に、どうしてこんな所に?とラズは声のする方へ向いました。


「やぁ、僕はラズ。」


 向かった先には小さな箱、薄い布が強いてある中には小さな仔犬がブルブルと震えながら必死に鳴いていました。

 ラズは怖がらせないように、明るく声を掛け軽く自己紹介をします。


「寒いよ……助けて……お腹すいたよ……」


 ブルブルと震えながら、ラズの目を見て必死に訴えかける仔犬に、人間に捨てられてしまった仔なのだとラズは確信しました。

 こんなに寒い日に、暖かい毛布などもない箱の中に小さな仔犬が一匹だけ。命を大切にしない人間らしい酷い扱いです。


「今日は格段に寒い日だからね……ねぇ、君はこの箱から出られるかい?僕は見たとおり大きくないから君を銜えて出してあげる事が出来ないんだ……出てきてくれたら暖かい場所に連れて行ってあげれるんだけど……」


 ラズは仔犬を怖がらせないように、優しく問いかけました。


「やってみる……んっ、しょっ……」


 仔犬はラズの言葉にゆっくり頷き、そんなに高くない箱をよじ登り、ボテッと草の上に落ちました。

 それを見たラズは慌てて怪我が無いか確認しようとしますが、仔犬は箱から出れたことが嬉しいのか、尻尾をちぎれんばかりに振り、ラズに怪我が無い事を伝えます。


「どこも痛い所は無い?」

「うん。」

「ちょっと遠いんだけど、最近子供を産んだ狼の知り合いがいるんだ。そこまで頑張って着いてきてね?」

「……うん。」

「ごめんね、お腹すいてるのに……」

「ううん。ボクがんばる。」


 森の中へとラズと仔犬は入っていきました。狼さんの巣穴まで少し距離があるので、ラズは仔犬の名前を考えていました。


「ピーター……ジグ……スティン……んー、どれがいいかなぁ……」

「ねぇ、ラズ。どうしたの?」


 ラズがブツブツ独り言を言っているので仔犬は思わず声を掛けました。


「君の名前を考えているんだ。」

「名前?」

「そう。ボクにはラズって名前がある。君はある?」

「ジーク……」

「え?」

「まだ目が合いてない時に、誰かに優しい声で『ジーク』って呼ばれて舐められたよ?それが名前?」

「ジーク……そうか、君の名前はジークって言うだね。」


 ラズは嬉しそうに、『ジーク』と口の中で呟いていい名前だなぁと微笑みます。

 そうこうしているうちに、狼さんがいる巣穴に辿りつきました。


「ルイス~」


 ラズは穴に向かって叫びます。ここにいる狼はとても穏やかで、肉よりも魚を好む変わり者です。

 本来狼は群れで行動しますが、あまり狩りに積極的でないルイスは群れからつまはじきにされたのです。


「あら?ラズ、いらっしゃい。どうしたの?」


 しばらく待つと、のそのそと銀色の毛並みをした狼が現れました。


「ルイスにお願いがあるんだ。この仔……ジークにミルクを飲ませて欲しいんだ。」


 そう言って、ラズはジークをそっと前に押し出し告げます。


「あら、仔犬じゃない。ラズが連れて来るなんて珍しいわね。」

「必死に鳴いてたから……」

「良いのよ。ジーク……だったかしら?着いてらっしゃい。」


 ルイスはジークを見て言いました。そして後をトテトテついて行こうとしたジークが気付きます。


「ラズは?」


 後ろを振り返り、ラズに問い掛けました。


「ボクはこの中に行く事は出来ないんだ。」

「どうして?」

「ルイスはボクを食べないけれど、中にいるのは狼だからね……」


 ジークの疑問に、ラズは答えます。そのやり取りをルイスは静かに見守りました。


「でもルイスは一人でここにいるんでしょう?」


 今度はルイスを見上げて問い掛けます。


「この間まではね。私が子供を産んだ事はラズから聞いたかしら?」

「うん。」

「子供達はまだ乳離れ出来ていないけれど、狼としての本能に忠実に動き出してるし、穴の奥には子供達の父親もいるの。」

「父親?」

「えぇ、狼の群れのボス……一番強い狼よ。何度かラズは追いかけ回されたからね。」


 クスクス笑いながらラズを見やり、ルイスはジークを先に促します。


「ジーク。ボクはここで待っているから、後で遊ぼうね。」


 ルイスに着いて穴の奥に行くジークを見送りながら、耳をピクピクさせて、ラズは言いました。

 そんなラズを振り返り、ジークは嬉しそうに『キャウン』と鳴いて尻尾を振って答えました。


 しばらく穴の中を歩くと、少し先の方で何やら騒がしい声が聞こえはじめました。


 「あの仔達はまたじゃれてるのね……」


 小さく呟いたルイスの声に、ジークは問います。


「あの声はルイスの子供達?」

「えぇ、そうよ。ジークと同じ位かしらね。丁度今から子供達にミルクを飲ませるところだったから、一緒に飲みなさい。だけど、うちの仔達は兄弟でいるから場所争いが激しいの。負けない様にね。」


 そう言って、ルイスは優しくジークに声を掛けました。そうこう言いながら歩いていたら、目の前にジークと同じ位の仔狼が6匹飛び出してきました。


「「「「「「ママ!!お帰り!!」」」」」」

「ただいま。さぁ、ミルクの時間にしましょう。この仔はジークと言うの。一緒にミルクを飲ませるから意地悪しないで仲良くするのよ?」


 ルイスがそう言いつけると仔狼達は元気に返事お返して、ジークを真ん中に入れてくれました。仔狼達はとても優しくて、ミルクの出がいい場所を教えてくれたり、飲みやすい体勢なども教えてくれたので、ジークも仔狼達の一員になったように思えました。


 お腹いっぱいになるまでミルクを分けてもらい、満足したジークは仔狼達に挟まれた事もあり、ウトウトし始めます。

 それを見たルイスは、優しい顔をしてそっと頭を舐めて寝かしつけました。

 我が子に紛れて眠る仔犬の姿に、穴の前で待つラズにこの事を伝えようと、そっと穴の入口に向かいました。


 ジークの帰りを待つラズは、穴の近くにあった幹が盛り上がって出来た空間の中でお昼寝していました。

 そこに何かが近づいて来る音に飛び起き、耳をピクピクさせて様子を伺います。


「ラズ?」


 それはルイスの声で、慌ててラズは這い出て「ここだよ」と声出して知らせました。


「ジークは?」

「子供達と一緒に眠ってしまったのよ。」

「そうなんだ……」


 寂しそうな顔をしたラズを見て、ルイスは言いました。


「大丈夫よ。ジークはすぐ起きて貴方と一緒に遊ぶはずだから。」

「でも、同じ位のルイスの子供達と一緒の方が絶対楽しいはずだから……ボク、帰るね。しばらくジークの事お願いします。」

「ジークを置いていくの?」

「うん、でも明日また来るよ。日も落ちてきたし、この辺はボクにとっては危険だからね。」


 そう言って辺りを見回した後、ラズはルイスに背を向けて自分の住んでいる洞穴へと戻っていきました。


 翌朝、宣言通りにルイスの住む穴の前にやってきたラズは、穴の前でしきりに辺りを見回しているジークを見つけました。


「ジーク!!」

「ラズ!!」


 お互いを確認した後、ラズは大急ぎでジークの元へと向かいます。ジークも待ちきれないと言わんばかりに、ラズに向かって走ります。それを、穴の前で見ていたルイスは微笑ましそうに目を細めて見ていました。


「ひどいよラズ!昨日勝手に帰っちゃったでしょう?」

「ごめんね。でも、ルイスからジークが寝ちゃったって聞いてたし、この辺はボクにとっては危険だから一度帰って、朝にもう一度来る方が安全だったんだ。」

「ルイスから話は聞いてたけど……だったらラズもルイスの穴に入ればよかったんだ。」


 拗ねた感じでジークはラズに言いました。すると、ゆっくりと近づいてきていたルイスが話に加わり説明します。


「ラズはウサギだから……狼や犬であるジークとは違うのよ。私はあまり狩りが好きではないからラズと友達になれたけれど、本来なら追うもの追われるものの関係だもの。」


 まだ小さなジークに話の内容がどこまで伝わっているのかは分かりませんが、ルイスは続けました。


「私の子供達は今はまだ狩りが出来ないけれど、もうすぐ狩りも覚え始める。そうなれば、ラズの事を獲物と捉えてしまうかもしれない。仲良くなれないとは言わないけれど、それが自然界では当たり前の世界になるの。」


 ルイスの話を聞いたジークは、小さな頭で考えながら言いました。


「じゃあ、ボクはラズと一緒にいて危険から守るよ!!ボクは犬なんでしょう?だからラズを危ない物から守るために強くなるよ!!」


 目を輝かせてジークは言いましたが、それを聞いたラズは首を振りました。


「ボクの事は守らなくて大丈夫。ボクとジークとでは生きて行く時間が違いすぎるから……だからね、ボクは守ってもらうよりたくさん遊びたいな。」


 耳をピクピクさせて、ラズは言いました。ラズはジークとの思い出が欲しかったのです。

 ラズは生まれた時はたくさんの兄弟がいましたが、ある日親兄弟とはぐれてしまい、この森で一人で生きてきました。

 ルイスと出逢ってからは、寂しい日は少なくなりましたが、子供達を身ごもってからは中々逢えなくなり寂しい日々が戻ってきていたのでとても嬉しかったのです。


 そういったラズの気持ちが幼いジークにも届いたのでしょう。その日から来る日も来る日もラズとジークは遊びました。

 美味しい樹の実を探しに行ったり、ラズの大好きな草が生えている場所を探したり、森を駆け回ったり……とても充実した日々を二人は送りました。


「ねぇ、ジーク。」

「何?ラズ。」

「また明日って素敵な言葉だよね。」

「うん!また明日もラズとたくさん遊ぶんだ。」

「……あのね、ジークに言わなきゃいけないことがあるんだ。」

「何?」

「実は、ずっと探してた家族が見つかってね。明日会いに行くことにしたんだ。」

「じゃあ、ボクも行く!!」

「ごめんね。連れて行ってあげたいのはやまやまだけど、一人で行かなきゃいけなくて……」

「そうなんだ……でも、すぐ帰ってくるよね?」

「ううん……そのまま向こうで暮らそうと思って。ジークにはルイスの子供達が傍にいるし、ボクも安心なんだ。」

「みんながいても、ラズはいないじゃないか。」

「大丈夫、いつか必ず逢えるから。だから、ボクの事忘れないでね?」


 そういったラズは、何故か消えてしまいそうに儚くて、ジークは不安になりました。でも、ラズは『必ず逢えるから』と言っていました。ラズが嘘をついたことは一度もありません。ジークは「分かった」と答えを返し、明日見送りに行くからと念押しして帰っていきました。

 その後ろ姿を見送ったラズは、瞳を潤ませ耳をピクピクさせて自分が住んでいる洞穴へと戻りました。


 翌朝、ジークがいつもより早めにラズの住む洞穴へと行くと、穴の前でラズが待っていました。


「ジーク、見送りありがとう。」

「ラズのお陰でボクは生きてこれたから、ラズの新しい旅立ちの時には笑顔で送ろうって昨日決めたんだ。だからね、ラズ……絶対また逢おうね!!」

「もちろんさ!!」


 お互いの顔を寄せ合って、ふふっと笑いながら、ラズとジークは森の入口に向かいます。


「ボクたちはここで出逢って、ここで分かれるんだね。」

「入れ違いだね。」


 ジークの言葉に、昔を思い出しながらラズは答えました。そしてラズは、一歩前に出てジークを振り向き、耳をピクピクさせて頭を下げました。


「今までとても楽しかったよ!!ジーク、ありがとう。」


 同じように、ジークも頭を下げて言いました。


「ボクもラズのお陰でとても楽しかったよ!!」


 そして今度は同時に言います。


「「またね!!」」


 同時に後ろを向きジークは森へ、ラズは草原へと歩きだしました。

 また逢える日を願って……

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