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適当ホラーっぽいシリーズ

マナーに厳しい民宿

作者: 海藤蝶子・談

 よっし! それじゃ早速やらせてもらうよぉ……ひゅーどろどろ。

 そういう雰囲気づくりはいらない? もう、分かってないなぁ。

 えー、じゃあ話すよ。

 これは私が高校一年生の時、去年の合宿の時の話だよ。

 陸上部の合宿じゃなくて、進学組のする勉強合宿なんだけど、私達陸上部も成績がひどいって言われて強引に行くことになったの。

 うちの高校ってさ、夏休みに進学組の全員だけじゃなく、一般クラス、通称通常組と私のいる運動組は希望者のみ参加できるってルールなんだよね。

 それでそこはホテルというか民宿というかも微妙なところで、大きいか小さいかも私には分からないんだけど、一部屋に八人泊まるほどだったから大きいと思うよ。

 で進学組は進学組で固まって、一般の希望者もまた固まってて、私達陸上部は少数だから一部屋にまとめられて入ってたんだ。

 みんなでだるいねーとか嫌だねーなんて言いながら勉強したり隠して持ってきたトランプとかで遊んでたんだけど、一つだけこの民宿に奇妙な点があったの。

 別に掛け軸の裏とか額縁の裏に御札はないよ? 顔に見える染みとかそういうモロのじゃないの。

 民宿の人がね、マナーに徹底していたの。

 マナァー! マナーは分かるよね? 例えばご飯食べる時にフォークを右にナイフを左に……あれ? ナイフが左だっけ? あれスプーンはどこに……まあそれはいいや。

 ご飯のことでさえ、ナプキンとか落ちた食器とかコップの持ち方とか滅茶苦茶マナーがあるのにさ、他にもお風呂に入る前に頭と体を洗うとか席順は入口から遠いところに偉い人を座らせるとかベッドメイクならぬ布団メイクでシーツは敷布団の下にきっちり入れるとか寝方で手足は布団の中に入れるとか、いちいち目つきの鋭い女将さんが部屋に来て教えてくれて「絶対に破ってはいけませんよ」なんていうの。

 正直お化けより怖かったよ。でも私達だけが頭が悪いから連れてこられた運動組だからさ、不良みたいに思われて厳しく躾けられているのかも、って思うと少し納得できるんだよね。

 君も運動しかできない人を見下したことってある? クラスで分けるからね、八組は運動組で五から七組は進学、みたいな。でもそれって差別だよね? だから最初に部屋の使い方とか畳の縁は踏まないとか厳しく言われた時はみんなでムカついてたんだ。

 でも食事は食堂で全員一斉にとるんだけど、その時に女将さんは全生徒、どころか先生にまで注意深くマナーを守るように言ってたの。

 それで進学組にいて陸上部に所属している子に直接聞いたんだけど、他の民宿の人がやっぱり全生徒にちゃんとしたマナーを教えて回っているんだって。

 それなら差別じゃなくてこの民宿がマナーにうるさいだけ、ってみんな納得してたんだ。

 でもやっぱり変だと思わない? 普通ホテルとかってお客様に楽しんでもらうものじゃん? なのに守か守らないがどっちでもいいルールを滅茶苦茶厳しく躾けるなんてお客様商売じゃないよ。

 まあ学校ぐるみで来ているわけだからそれもあるかなって思って、その時はやっぱり大して気にしなかったんだ。

 で、一日目はたくさん勉強して、特にお喋りもなくすぐに寝ちゃったんだ。勉強合宿ってさ、本当に朝昼晩ずっと勉強しかしないの。ご飯と勉強ばっかりで、夜にお風呂とか晩ご飯とかでやっと解放されたーって感じがするんだ。二泊三日だから、大体丸一日分は勉強している計算だね。

 それでさ、やっぱりせっかく修学旅行みたいに移動しているんだからこのままじゃもったいないって話が出てね。

 陸上男子の方で、倉間来夢(くらまらいむ)って言う人が、トイレに行くって言ってホテルの散策をこっそり始めたの。

 民宿の出入り口には先生が二・三人ずつ見張りがいるからさ、やっぱり民宿の中しか散策できないんだ。……っていうか本当に勉強監獄みたいなところだったね。

 でも民宿の中の散策も大変なんだよ? だって民宿の人が色々しているしさ、迷子になったなんて言い訳も一度しか使えないんだもん。

 それでも来夢くんはとてもうまくやったんだ。帰って来るのが遅すぎたけど、それはトイレで戦っていたとか言い訳してね。ひどいね……。

 そんな風に先生と口論することにもなったんだけど、来夢くんは無事に面白そうな情報を掴んで来たんだよ。

『女将、まだあれしているのねぇ』

『本当に用心深い人よね』

『鍵を閉めてるし、誰も泊めてないから安心だと思うんだけど』

『でも前例があるからねぇ』

 っていう話を盗み聞いちゃったんだって。

 これだけじゃ何を言っているかあんまり分からないけど、厳しい女将が何かをしているっていうことと、来夢くんは開かずの間があると踏んだんだ。私達が泊まってるのに誰も泊めてない、って言うんだから。

 開かずの間となったらやっぱり心霊チックなものを思い浮かべるよね? 他の部屋に御札がなくたってさ、その部屋だけびっしりと御札貼ってたらやっぱり怖いじゃん。

 それで次に来夢くんはどうしたと思う? 

 分かるよね、開かずの間を探し始めた、そういうこと。

 これが意外なほどにすぐ見つかっちゃって。だってさ、一般希望者の部屋が二○五、二○六、二○八、みたいに明らかにスキップされてるんだもん。誰だって二○七が怪しいと思うよね。

 それで部屋に来た女将さんにまた布団メイクのマナーを教わっている途中に私が『二○七はどうして空いてるんですか?』って尋ねたら『掃除が済んでいませんので』っていう無理がある言い訳と、明らかな動揺を見せてくれたわけだよ。

 それで陸上部男女から有志が集まって、開かずの二○七になんとかして入ろうってことになったんだ。

 当然私も参加したよ? 挑戦は人を成長させるからね! 

 でも当然部屋には鍵がかかっている、で鍵は民宿の奥とかどこかにしかない。

 二○六の通常組の子たちにも陸上部がいたからさ、私の顔を立ててもらってベランダから隣に移れないかも試してみたんだけど、当然窓に鍵がかかっているし、カーテンがあるから中の様子も見れなくなっている。

 じゃあ鍵を探すっていうことになるけど、わざわざ女将さんが何かして隠している開かずの間の鍵がそう簡単に見つかるとは思えないし、マスターキーを手に入れるなんてもってのほかでしょ?

 もう諦めようか、って話になった時に有志の一人聖姫乃(ひじりひめの)っていうマネージャーで通常組の子が諦めるなら、って言ってとんでもないことをしたんだよ。

 ピッキングって知ってる? これここだけの話だよ? とっても正しそうな名前してるけどさ、姫乃ちゃんって鍵屋の娘らしくってそういう鍵を針金とかそこらへんの道具を使うだけで、簡単なのだったら開けられるんだって。

 本当に凄かったよ、なんとかかんとか錠……これなら開けられるわ、みたいなこと言って口で針金挟んで鍵穴にライト当てて、プロみたいって思っちゃった。

 そんで五分も経たずに鍵が本当に開いちゃったの。完全にプロだよね

 わっと騒ぎそうになったけど、その時は五人の有志はみんなこらえたよ。消灯をちょっと過ぎた時間だからさ、トイレまでの道のりくらいに見張りはいないけど、大きな声出したら先生に怒られるから。

 それで、ついに二○七を開けて中に入ったんだけど……別に普通なの。

 特に汚れているでもない、御札がびっしりなんてこともない。

 部屋に入った瞬間に背骨に氷を詰められたような怖気が……ってことも当然ない。全員拍子抜けしちゃってさ、姫乃ちゃんが鍵開けてた時の方がよっぽどドキドキしちゃったよ。

 それで部屋に戻ろうかってなった時に、また来夢くんが言うわけだよ。

「なあ、この部屋で寝ないか?」って。

 私と姫乃ちゃんと来夢くん、それと別に男子が二人だったからどうしたものかなと思ったんだけど、布団は人数分あったし私も姫乃ちゃんも了承したんだ。

 力はともかく足には自信があったからね、キックもダッシュも、それに私達が部屋で、男子は端っこの方で寝るって姫乃ちゃんが決めてくれたからその場は丸く収まったの。

 それで布団敷いて、電気を消してまた明日。

 どうせ明日は朝にご飯食べて昼前にはバスに乗って学校へ戻るだけだから怒られる時間も特になし、だからいいかなって思ってさ。

 でもその夜、それだけじゃ終わらなかったの。

 何時ごろだったかな、部屋で寝始めたのが十時半過ぎだったから、たぶん十二時にもなってない頃だと思う。

 突然、本当に何の前触れもなく来夢くんの体がズザーって何かに引きずられ始めたの!

 足を引っ張られるように部屋の奥から部屋の玄関まで凄い速さで移動して、玄関の鍵がひとりでに開いたの。

「たっ、助けてくれぇっ!!」

 そこでやっと来夢くんの叫び声が響いて、私も立ち上がったんだ。

 眠かったしウォーミングアップもしていないけど全力で走ったよ、けど来夢くんの体は玄関の外から民宿の中まで引っ張り出されたの。

 部屋の外の廊下は明りがあるから、ようやく来夢くんの状況が私にも分かったんだけど。

 来夢くんは明らかに足だけが上がってて他のが地面に引きずられているんだけど、その引っ張られている足を誰かが持っている形跡はないの。

 ただ足首の部分の衣服がぎゅっと握りしめている跡が見えるから見えない何かが握っている風には見えた。

 ともかく私は引きずられる来夢くんを追いかけたの。廊下を曲がってホールに出た時、民宿の玄関にまっすぐ向かっているのを見て冷や汗が出たよ。

 来夢くんを引きずっている何かは外に出るつもり、それが分かっただけで凄く怖い。

 陸上部のホープである私といえど専門は長距離、何かとの追いかけっこはその時点じゃおっつかなかったし、外に出ると引きずられている来夢くんも無事じゃ済まない。

 でももし追いかけなかったら後悔する、そう思ってとにかく走ったんだけど、受付から人が出てきたの。

 女将さん、左手に塩の入った小鉢をもって、右手で塩を撒いたの。

 そしたら来夢くんが引っ張られている動きが少し止まって、女将さんが塩を撒くたびに動きが遅くなっていって、ついには泣きじゃくる来夢くんだけが残されたの。

 もう私も呆然としちゃった。急に現実から取り残されちゃったみたいでさ。

 とりあえず来夢くんをどうにかしようとそっちに近づいたら、女将さんも近づいてきてさ。

 怒られるかも、って思ったら女将さんは涙ながらに「無事でよかった……」って。

 そして事の顛末を、開かずの間の正体を教えてくれたの。

 開かずの間に人を入れない理由は分かるよね、その何かが出るからでさ。

 で、その何かって言うのが厳密に何かは分からないらしいよ。お寺から偉いお坊さんとか呼んだけど、土地神くらい凄い力を持った悪霊だって言うもんで、けど結局二○七にしか出ないし、悪霊にしたらとてもその場所に強い結びつきがあるとかで移動はしないんだって。だから二○七だけ閉めているらしいの。

 一度建てた以上取り壊しも費用の関係上できないし、むしろ一部屋ちょうどに収まっているんだから逆に都合がいいなんて言われているくらいだよ。よっぽど強いんだろうね、知らないけど。

 それで来夢くんの何が気に食わなかったのか、なんだけど、そこでマナーが関わるんだよ。

 あとから調べて驚いちゃったよ、別に布団から手足を出すなかいうマナーはないんだよね。

 それなんだよ。あの部屋には基本的に悪霊は出ないんだけど、布団から足を出しているとそれを引っ張って悪霊が出るんだって。

 布団から足を出すのってなんだか怖いよね、でもそれを本当に気にするのなんてその悪霊くらいだよね。だって大人になったらそんなの全然気にしないもん。

 ……なに? 話がチープ?

 酷いこと言うねぇ。私にしたらあれから布団から足出せないっていうのに。

 その後は結局有志達は私も含めて滅茶苦茶先生に怒られて、夏休みだっちゅうのに学校に居残されたよ。

 結局民宿がやたらめったらマナーに厳しいのは、お化けが出るから足から布団を出すな、なんて言っても信じないからだったそうだよ。だから数多くのマナーに紛れ込ませてみんなを守ろうとしたってわけ。

 でも、だったら布団から足を出さないっていうのもマナーになると思うんだ。

 だってそうでしょ? マナーって人が互いに気持ちよく接するためとか、縁起が悪くならないように、とかでするものでしょ? 自分で身を守るために行為だってマナーになるよ。

 君も気を付けた方がいいよ? マナーを破る人って嫌われるもん。敵は作らないようにね、人でも、人じゃない存在でも……。

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