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世界で一番バカな恋

作者: 八音 都和

 この先、僕から君に連絡することはもう……ない。昨日、とうとう会ってしまった。僕が長いこと目をつむり、耳を塞ぎ、避け続けてきたもう一人の君の姿、裏側の君に。


 君は最初から僕にとっては禁断の果実だった。おそらくそうだろうと感じながらもその味を少しだけ知った瞬間、予想していたよりも遥かに早いスピードで僕は君に墜ちた。僕と一緒にいない時の君なんて知らなくていいと思った。君はそんな小さな束縛すら煩わしい。

 いや、君が束縛を煩わしく思ったからじゃない、ただ知るのが怖かった。いつだって自由にどこかへ飛んでいく君を捕まえるなんて僕にはとてもできなくて……。なら何も見ない、何も聞かないまま少しでも長く君と一緒に居られる時間を選んだ。

 君と過ごす時間は、甘く切ないものだった。別れた後、すぐにケータイを取り出し誰かに連絡する君を見る度、会っていたときの幸福感を上回る寂しさと虚無感が激しく僕を襲った。君は、何の躊躇いもなく僕の隣で穏やかな寝息をたてたあの春の夜を覚えているか? 雨上がりの空に二本の虹を見たあの美しい秋の午後を覚えているか? 僕に体をあずける君越しに見た窓に、桜がハラハラと舞うのが見えたあの素晴らしい夜も、虹の架かかる空が美しかった秋の夕暮れも、君にはただの過ぎた時間に過ぎないのだろう。

 君は普段と何も変わらず、自由に振る舞っていただけだったね。僕をはめるつもりも騙すつもりも、これっぽっちもなかったんだよね。仕掛けられてもいない罠、張られてもいない網、仕組まれてもいない蟻地獄に自ら飛び込んだのは誰でもないこの僕だ。君は少しも悪くない。すべての君への行動と想いは、僕の明確な意思のもとに起こされた。君は少しも悪くない。君の自由は果てしなく、そして君は僕の後ろ盾や思いやりなんて少しも必要じゃなかった。

 恋の醍醐味とも言える「酸い・甘い」。それらは人を好きになればこそ味わえる、本来は素敵なものなはずなのに。すでに歪み始めた僕のそれは、これからきっと、惨めな自分を受け入れられず、深い絶望へとつながっていると、今日ようやく気づいた。


 僕らの狂おしいほどのやせ我慢の毎日。そのうえに成り立つ君の自由なそのスタイル。僕らの張り裂けそうな想いが君に届く日が、果たしてくるのだろうか。来るはずない。僕らのこの胸の痛みを踏み台に手に入れている自由を君が心から楽しめているなら、僕はもうそれでいい。

 少しの間でも、甘美な夢を見させてくれた君に感謝する。素敵な時間とそれ以上に募る深い不安と激しい痛みをありがとう。顔の割に骨張った指も、いたずらっぽい笑顔も、眠そうな声も、その細い腕も、もう求めることはない。


 君に関する情報はもう何ひとつ要らない。今までの君とのすべて思い出は胸の奥深くに、そしてこれから僕に起こるすべての出来事は君の五感のどこを通ることもなく、同じように君のうえに起こることも僕の感情にふれることなく、サラサラと流れていくんだろう。僕はもう十分過ぎるほど君との時間を楽しんだ。これ以上君は僕との時間を作らなくてもいい。


 君の放つ魅惑の毒は、これからもまた誰かを狂わせるだろう。僕はもうそろそろ脱け出すよ。自分が壊れてしまわないウチに君を降りよう。これから僕は君へ何も発信しない。君は僕からの連絡が途絶えたことにさえ気づくことなく、いつもと変わらない自由な毎日を送るだろう。そんなことを気にしている僕はまだまだ君の呪縛の中から抜け出せていない。でも、僕の願い事の中から君を消した。君との未来を、もう望まない。


「なに、君の正体なんて最初から薄々感づいていたことだよ。元々僕は一人だ。一人の自分に戻るだけ。元に戻るんだ、大したことじゃないさ……。」


 君を思い出す夜に打ち勝ち、君を跡形もなくすっかり忘れ、春の木漏れ日のような暖かな気持ちが胸いっぱいに広がる日もそう遠くはないだろう。どうしようもなくそう信じたい。どうか僕を解放してほしい。

 僕に告ぐ。お願いだから……次は幸せな恋をしてくれ……。


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