俺が殺されるから、勘弁しろ。By勇者。
魔王を倒した勇者は王女様と幸せになりました。
そんな一文で終わる物語はこの世界にも非常に多い。
そこには国の勇者を身内にしたいという感情もあっただろうし、王女自身が勇者に惚れることが多いのも理由だった。
そしてこの度わずか一年足らずで魔王城にたどり着き、魔王をたおした歴代でも最強と名高い勇者――アルズは魔王討伐後に王城に赴いていた。
そもそも単身で魔王城に乗り込み、魔王を倒したというのだから末恐ろしい勇者である。
アルズの髪色は綺麗な赤だ。目は紫。顔立ちが整っている事もあってアルズは大変女性陣に騒がれる存在だった。
どんな女性が迫っても拒む姿がクールと言われている。この国の第一王女であるルカーナもそんなアルズに夢中であった。
ルカーナは謁見の間で、王に報告をするアルズをキラキラとした瞳で見据えている。
金色にきらめくふんわりとした髪を腰まで伸ばし、青色に光る瞳を持つルカーナはまさに童話の世界から出てきたお姫様のような存在だった。
頬を赤く染めてアルズを見つめる姿はまさに恋する乙女であり、娘を可愛がっている王も誠実な彼になら娘を嫁がせてもいいと思っていた。
辺境の村に生まれた平民であった彼が王家に連なる事ができるのである。これ以上の褒美はないだろうという事で、議会でこのことは決定している。ルカーナはアルズと結婚することができると興奮してやまないのだ。
城下町でも勇者が王女と結婚する事例は多いため年齢の近いルカーナとアルズが結婚するのではないかと噂されている。
「―――ということで、此度、魔王を倒すことを終えました」
アルズの報告が終わると共に、「顔をあげよ」と王が口にする。
この場には既に王女と勇者の結婚を知らされている上層部の人間や、それを知らないものの魔王を倒した勇者を見ようと訪れている貴族達が溢れている。
お父様が告げれば、私とアルズ様の結婚は認められるのだ、とルカーナは嬉しそうに微笑んでいる。
「褒美として我が娘、ルカーナをそなたに嫁がせよう」
「…………」
王の言葉に周りが騒ぎだし祝福の声をあげるが、肝心のアルズは「は?」とでも口に出しそうな、信じられないものを見るような目で王を見て居た。
そんなアルズの表情を見ているのは王やその周辺に控えている王族だけである。
「おめでとうございます。ルカーナ様、勇者様」
「なんとめでたい事か」
周りが次々とお祝いの言葉を告げ、湧きだっている中に勇者の声が響いた。
「……すみません。俺はルカーナ様と結婚する事はできません。他の褒美では駄目でしょうか」
その言葉に、その場に静寂が包まれた。
耳を疑ってアルズを凝視する者、信じられないものを聞いたかのような表情を浮かべる者―――それぞれが驚きを示している。
それは王や王妃、王女達も同様であった。
王は我が愛娘をめとらせるといっているのに断るのかという表情を浮かべ、王妃は私の可愛い娘が気に食わないのかしらと眉をひそめ、王女はどうして断るのだろうとその瞳に涙をためる。他の王女や王子達もアルズに驚きの視線を向けている。
「我が娘に文句があるというのか」
「滅相もないです。ルカーナ様に文句があるはずがございません。ただ俺には結婚を約束した娘が居ますので…」
アルズの言葉にまたその場がざわついた。
誰もそんな話を聞いたことがなかったのだから、当たり前の言葉だろう。最も中には『最愛の恋人が居たからこそ、誰もを拒んでいたのか』と納得する人間も居たが。
「その娘と別れ、我が娘と結婚せよ」
親ばかであり、可愛い娘がアルズを好いている事を承知な王はそのような王命を下すが、
「……俺が殺されるので勘弁しろ」
引きつった顔でそう言われる。どうやら思わず出た言葉らしく敬語ではなかった。
またもや、その場を静寂が支配する。誰もが声を発さない。
王も王妃も王女も、他の貴族達も耳を疑ってアルズを見るばかりだ。
「…というより、王女と結婚すると噂が出回ってたとしたらその時点で俺殺されそうなので、弁解しに行きたいのですけれど」
お願いしますと切実に頼むような声であった。
明らかに本気である。寧ろ『魔王討伐に行きます』とこの王城で一年前に告げた時よりも切羽詰まった表情である。
「もしかしてアルズ様はその野蛮な女性に結婚を強要されているのですか!?」
口に出したのは王女である。どうしてもアルズと結婚したいルカーナはそうであってほしいと願っている事は一目瞭然であった。
そこで王もはっと我に帰る。
「そうである。これは王命であるから、断る事は出来ない。その娘に危害を加えられたくなければ――――」
「いい加減にしろよ。俺が殺されるんだって。強要とかされると国が滅ぶ。大体勇者になった時『一年以内に帰ってこなかったら魔王城に乗り込む』って言われたんだって。あいつが来たら地獄絵図になるから頑張って一年で魔王倒したんだぞ」
呆れたような声で告げられた言葉は大概周りにとって理解不能なものであった。しかし、勇者であるアルズの恋人はそれだけ規格外であった。それをアルズは幼なじみとしてよく理解していた。
そこで王がまた何か言おうとする中で、ドオンッという音が響き渡った。
それは何かを破壊するような音だ。ついでにいえば、人の悲鳴らしきものも聞こえてくる。
その場に居る王族や貴族といったこの国のトップ達が「何事だっ!?」と騒ぐ中で、アルズだけはいつも表情の変わらないその顔を変化させていた。
「あ、やべぇな……」
若干引きつった顔で、だけれども仕方ないなぁとでも言う風にアルズは言った。
いつもの何も興味を示さない表情が確かに感情を表していた。
ガタンッ、という大きな音と共に城壁に何かがぶつかった。そして次の何かが壊れる音と共にガラガラと王座の間の壁が壊されていった。
開け放たれた穴から入ってくるのは一頭の巨大なドラゴンとその上に君臨する一人の少女である。
ドラゴンの体は大きい。鱗の色は真っ白で、何処か神秘的な雰囲気を持つそれはその黄色の目に知性を帯びていた。
頭からは二本の角が伸び、口から見える鋭い牙は人を簡単に噛み砕きそうな凶暴さがあった。
その姿にその場に居るほとんどの人間が瞠目していた。
騎士が剣を構え、貴族が逃げまとい、誰もが動揺しながら動く中でアルズだけは頭に手を抑えてそのドラゴンの上に偉そうに足を組んで立っている少女に視線を向けて居た。
「アールーズ」
そしてその少女がアルズの姿をその視界にとらえ、声を上げる。
髪色は滅多にいない黒髪。腰まで真っすぐに伸びた綺麗な夜色のそれは外から入ってくる風に揺れていた。意志の強そうな深緑の瞳はアルズを射抜くように見ていた。
その声と同時に少女が腰に下げていた長剣を抜く。その長剣を少女は思いっきり投げる。その先に居るのはアルズである。アルズはそんな行動に一瞬目を瞬かせたが、口元を緩めてそれを軽く右に避ける。
投げられた長剣は絨毯のひかれた床に突き刺さり、少女とアルズ以外の人々が固まる。
そんな中で、アルズは少女に声をかける。
「フィナンシェル。何で此処に?」
「それはもちろん、アルズがそこのお姫様と結婚する何て噂が出回っているからに決まってるでしょ!! あんた、私と付き合っておいてまさか地位に目が眩んでお姫様と結婚する気とかじゃないでしょーね?」
ふふと笑いながら言う目は笑っていない。
「当たり前だろ。さっき断った所だ。まぁ、陛下達はしつこくフィナンシェルと別れてルカーナ様と結婚するようにいってたけど」
「いい判断ね。この私に手を出しておいて、結婚しようといっておいて他の女と結婚するとかほざいたら有言実行で殺してたもの」
「俺が結婚したいのフィナンシェルだし、魔王退治に出かける時散々『浮気したら殺すから』っていわれたからな」
殺す、などと物騒な事を言われながらもアルズの声は穏やかだった。
アルズの言葉にフィナンシェルと呼ばれた少女は強張っていた顔を変化して、頬を緩めて満足そうに笑った。
真っ白な巨大なドラゴンの上に偉そうに立つ少女と、それに動じずに普通に会話を交わすアルズ。
姫と勇者の結婚話の発表のために集められた貴族達はその様子に驚きすぎて動けない。そもそもドラゴンを従えているというのがおかしいのだ。
確かに歴史上ドラゴンと絆を交わし、共に生きている者はいるもののそんな存在が今の時代に居るとは噂も聞いたことがなかったのだ。
それに城壁を壊して此処に入りこんでくるのは明らかな王族への無礼行為である。
「き、貴様、何者だ」
実際に我に帰った王はドラゴンに脅えながらもそんな声をあげた。
「私? 私はフィナンシェル。そこにいる勇者の恋人よ」
その声には敬意なんてものあったものじゃなかった。
「なっ、無礼な―――」
「無礼? 王様、貴方、私の男をお姫様と結婚させようとしておいて何偉そうに口を開いてんのよ。これは私の男で、先約済みなのよ?」
「ひっ」
フィナンシェルに鋭い眼つきで睨まれた王は情けないにもほどがあるが脅えたような声をあげた。最もその目は何処までも本気で、若い少女が纏うと思えないほどの覇気があった。
「聖剣に選ばれた勇者だからって私の男を一年間も魔王退治なんていう馬鹿げた害虫退治に付き合わせたのにも怒ってるのよ? アルズが神託されたしいくっていうから行かせたけど、本当ならこの子と一緒に王宮を破壊しつくしてやろうかと思ってたぐらいなのに」
この子と言いながら自分の乗っているドラゴンを見る姿に幾人もの人間が思わず身震いをする。
こんなドラゴンに襲撃されればたまったものではない。そもそもドラゴンはある一定の強さ以上のものなら一体で国を滅ぼせるとも言われているのだ。フィナンシェルの乗っていたドラゴンは明らかにそれだけの力を持っているのが見てとれた。
王に対して無礼がすぎる言動のフィナンシェルにアルズはやれやれといった様子だ。
「とりあえずこれは私のなんだから、ふざけた事抜かしたらそうね、あんたとお姫様にまずは脅しとしてハゲになる呪いでもかけてあげるわ。それでも駄目ならそうね、ヒルンサル山脈に放り込んであげるわ」
ふふと物騒な事を呟きながらその笑顔は何処までも楽しそうだった。
ちなみにヒルンサル山脈とは危険度Sランクに認定されていて、並の実力では生きて帰ってこれないと言われている場所だ。
まさに弱肉強食が体現しているようなその場所では地位も名誉も関係ない。生き延びるために必要なのは実力なのだ。
そんな場所に王族がいって生きて居られるわけもない。
それを聞いた彼らは現在、固まっている。
「あ、そうそう。城の修理費は私とアルズに対する迷惑料って事でそっち持ちでよろしく」
そんな風に清々しいまでに笑って、フィナンシェルはアルズに続けて言う。
「アルズ、乗って。帰るわよ」
「ああ」
フィナンシェルの声に、アルズはドラゴンに近づく。そして「乗せてもらうな」と一言ドラゴンに声をかけて、なれたようにドラゴンの背へ飛び乗った。
そうしてそのままドラゴンはアルズとフィナンシェルを背に乗せたまま空へと飛び交った。ドラゴンが離れていく様子を、残された面々は茫然と見ている事しか出来なかった。
アルズ
歴代最強勇者。でも恋人には勝てない。
一年以上魔王退治かかるなら魔王城に乗り込むと無茶を言う恋人が居たため一年できっちり終わらせた。
フィナンシェルとは幼なじみ。
フィナンシェル。
ドラゴン従えたり、国を滅ぼすレベルの魔物倒したり、圧倒的なチート娘。でも乗り込んでくるまでは平凡を装ってた。偉そう。
アルズが魔王退治に時間かかるようなら本気で乗り込んでさっさと魔王倒してアルズを連れて帰るつもりだった。
あと浮気したら本気で殺すつもり満々だった恐い子。
王族貴族に敬意はない。というより国に属さなくても普通に生きていける自信があるため特に気にしてない。
危険地帯だろうとアルズとフィナンシェルなら生きていけるので、最悪の場合魔物溢れる地で暮らそうとまで計画していた。
強さ的にいうとフィナンシェル>アルズ>|超えられない壁|>その他。
フィナンシェルがチートすぎて誰も勝てません。