第07話 スポーツテストと美冬の不安
今日は年に一度のスポーツテスト、いつも以上に張り切る健吾と洋介。
いやいややっても仕方ないので楽しくやっていた。
しかしそんな中1人美冬は悩む……。
トペルカオリジナル小説第7話、スタート!
---- 4月5日 ----
「お~しお前ら今日も全員いるな~」
いつも通り担任の一言からHRが始まる。
「で、今日なんだがまぁ大体の奴はわかっていると思うがスポーツテストだからな、お前たちの体力を測るのに必要な物だから手を抜かないように。とりあえず今日はこれでHRは終わりだ、と言ってもスポーツテストだからそのまま俺が残るわけだが、名前を呼ばれた奴から順番に前へ出て来い。じゃ、荒木~」
担任から記入用紙を受け取り席につく。
う~んスポーツテストかぁ~。俺自身はまったく問題ない。ただ気になるのが……。
俺は自分の隣の席を見る。
すると予想通り河上さんが意気消沈していた。
「えと、大丈夫?」
というかスポーツテストでそこまでとは……体育祭どうなるんだ? あ、でも委員だから出る必要ないし関係ないか。
「はい……」
「まぁそんなに気負わなくていいと思うんだが……ただのスポーツテストだし」
「そうなんですけど……やっぱり気になります」
「んーそんな事言ったら智子どうなるんだ?」
「え? 智子さんですか?」
「あいつ超が付くほどの運動オンチだし」
「あ、やっぱりそうなんですか……って、あっ!」
『しまった』という表情をして口を押さえるが既に遅し。
「はは、『やっぱり』か、河上さんも言うようになったね」
「あぅ……あの、今の事は智子さんには……」
河上さんが懇願するように俺を見つめてくる。本気で心配しているらしい。まぁそんな顔されたらちょっとしたイタズラ心が沸く訳で。
「あぁ、大丈夫、わかってるよ。智子には……」
「一字一句きっちりと伝えてあげるよ」
笑顔でそう答える。
「え!? ちょ、ちょっと待っ――」
「よし、全員に行き渡ったな、じゃあ全員好きな所から回って良いぞ」
担任が河上さんの言葉を遮るようにそう告げると全員散り散りに教室を出ていく。
「うし、じゃあ行くか」
わざとそう言って俺は立ち上がる。
「あ、荒木さん!? ま、待ってください!」
慌てるように立ち上がる。
やばい、この反応いい……。笑いそうになるのを堪えて智子の席へと向かう。
「なぁ智子~」
「ん~? なぁに和真君」
「実はさっき河上さんがお前の事――」
「わぁああ~~~待ってください! 待ってください!」
河上さんが涙目で慌てて割って入ってきた。
う~んさすがに可哀想かな? まぁたまにはいいだろう。
「ねぇカズくん、梨乃ちゃんすごい慌ててるけど何言おうとしてるの? もしイジワルなら許さないよ?」
どうやら本当に許さないらしい。顔は笑っているが目が笑っていない。さすがにそんな雰囲気を目の当たりにして冗談を続ける程馬鹿じゃないわけで……俺って美冬に弱いよな……。
「あーいや、ごめん。やっぱ何でもない。俺もう行くわ」
「え! ちょ、ちょっとカズくん!?」
俺はその言葉を後ろに早々に教室を出て行く。
「お前何やってるんだ?」
健吾が不思議そうに聞いてくる。
「いや、別に……緊張してるように見えたからちょっと、な」
「ふ~ん、相変わらずお節介だな」
「あぁそんな事言われなくてもわかってるよ」
「ところで和真」
不意に後ろから声を掛けられる。
「ん? なんだ洋介?」
「一つ聞きたい事がある」
真剣な表情で俺を見る。
「なんだ?」
「なんで君は僕を河上さんの歓迎会に呼ばなかったんだい?」
「あー……」
やっべぇ……マジでこいつの事忘れてた……。
「ごめん、お前の事マジで忘れてた……ごめん」
俺は二度謝る。これは完全に俺の落ち度だ、というか周りの奴も言ってくれればいいのに……。
「まぁ顔上げて、気にしてないから。それに実は歓迎会の事は知ってたし」
「え? そうなのか?」
「うん、歓迎会の前日に森下嬢からメールで『河上さんの歓迎会やるけど来ない? たぶんカズくん洋介君にメールするの忘れてると思うから……』てきたんだ」
なるほど……さすが美冬、抜かりない。というかそれなら俺にちゃんと言ってくれればいいのに……。
「じゃあなんでこなかったんだ?」
「実はその日は別の予定が入ってて行けなかったんだ」
「そっか……悪いな。俺が初めからお前にも連絡しておけば予定が合っている時に歓迎会出来たのに、ほんとごめん……」
俺は深々と頭を下げる。
「いや、別に謝らなくてもいいさ。それにたぶんメール送れなかったと思うよ?」
「……え? それってどういう意味だ?」
「なにせ歓迎会前日は携帯が壊れてしまって次の日に買いに行っていたから」
「そうなのか……いや、でもそれは結果論だろ? やっぱり俺が悪――」
「はぁ~、だからもういいって気にしてない」
「あぁ……わかった。今度昼飯奢らせてくれ。それくらいしないとお前に申し訳ない」
こいつ変な所で頑固なんだよな。でもこればかりは譲れない。
「君は相変わらずだねぇ~わかった。じゃあ今度遠慮なく奢ってもらおうかな」
「あぁ」
「終わったみたいだな。で何処から回る?」
健吾がタイミングを見計らったようにそう聞いてくる。
「そうだなぁ~」
この学園のスポーツテストはイベントみたいになっていて好きな所から回ることが出来る。だから最初に何処を回るかで早く終われるかどうかが決まってくる。
まぁそれだけじゃ『イベントか?』と返されるだろうが実はこのテストで各テスト毎に1位の人には図書券が貰えるという意味不明な景品がある。
確かスポーツテストって『国民の運動能力を調査』するのが目的だったはずなんだが……この学園ではイベント好きな奴が多いというのが拍車を掛け、半ば『体育祭の前哨戦』みたいな事になっている。殆ど図書券目当てだろうが。
「とりあえずすぐに終わりそうな奴がいいよなぁ~」
「となると握力かい?」
「でも握力って人少ないと思って皆行くから結局かなり並ばされなかったっけ?」
健吾がそう補足する。
「あーそういえば去年そうだったな」
去年握力はすぐ終わるから早いだろと思っていたら思いのほか並んでいて結局時間が掛かってしまったのを今でも覚えている。
「んじゃあ一気にやれるシャトルランなんてどうよ?」
シャトルランか、健吾の言うように大勢で出来るから順番が回ってくるのは早いだろうが……。
「陸上部のお前ならいいかもしれないが俺たちがやったら間違いなく他のテストで死ぬぞ?」
「じゃあ何処に行くんだよ」
もっともだ、まぁ別の案なんてないわけで……
「うーん。洋介何かないか?」
「そうだねぇ~、正直何処から回っても同じだと思うよ。結局は全部周らないといけないんだし」
「それもそうだな……とりあえず体育館に行くか」
「おう」
「いいよ」
結局順番が決まらないまま体育館に向かった。
「さて、体育館に着いたわけだが……」
辺りを見渡すと予想通りほぼすべての場所で長い列が出来ていた。
「まぁ予想通りだね」
「そうだなぁ」
「地道に少ないところから行くしかないよな」
「少ないところというと……前屈か?」
「あぁ」
「じゃあ前屈って事で、ゴー」
洋介が楽しそうに腕を上に上げ列に並ぶ。
「なぁ健吾、なんで洋介の奴あんなに楽しそうなんだ……?」
「俺に聞かれても困る……」
洋介のテンションが気になるがおかしいのいつもの事だから無視しよう。うん。
そんな事を考えながら列に並んだが思いのほか早く順番が周ってきた。
「さて、と……」
特に力む事もないので普通に始める。
目の前にある棒に手を置き、奥の方へ押す。
む……これが限界かな。
手を離すとすぐに記録用紙が手渡された。
長座体前屈の欄を見ると『53.2』と書かれていた。
ふむ……平均を知らないからどれくらいかわからんな。
その場から離れ、先に終わった健吾達の元へ行く。
「よ、お待たせ」
「和真、どうだった?」
さっそく健吾が聞いてくる。
「まぁ普通じゃないか? ほれ」
「ふむ……53.2……平均より少し高いか」
「そうなのか?」
「あぁ、たぶんな。と言っても平成20年度の記録と比べてだから今年はわからないけど」
「そっか。そういうお前はどうだったんだ?」
「ん? 俺か? 俺は……ほれ」
手渡された記録用紙を見ると『58.1』と記入されていた。
「お前……体柔らかかったんだな……」
「当たり前だ。いつも柔軟してるからな」
「ふむ……洋介は?」
「え? 僕かい? 僕は……そうだねぇ、ここは秘密にしておこう」
「なんだよそれ……まぁいいけどさ」
「そんな事より早く全部周ったほうがいいんじゃないのか?」
「それもそうだな……とりあえず体育館で出来る奴を出来るだけ周っておこう」
とりあえず今一番空いている反復横飛びに向かうことにした。
---- Mifuyu side -----
「ふぅ……」
体育館で出来るものはほとんど一杯だったから先にこっちの方に来たけど後回しの方がよかったかな……。
50メートルを走り終えた所でふとそんなことを思う。
後ろを振り返ると私より3秒程遅れて梨乃ちゃん、その後約1秒程で智子が50メートルを走り切る。
「お疲れ様、二人共大丈夫?」
「はぁ……はぁ……だいじょうぶ……です……」
「ぜ、ぜんぜん……大丈夫じゃ……ないよぉ……なんで……はぁ……はぁ……こんな事……しないと……いけないのぉ……」
智子が今にも死にそうな顔でそう愚痴を零す。
「なんでって、私たちの運動能力を測るためでしょ」
「それは……そうだけど……というか……みぃちゃん……なんでそんなに元気……なの? みぃちゃんって貧血持ちじゃないの……?」
「それはそうだけど……急な運動をしなければ大丈夫よ」
「ふぅ……大分、落ち着いてきました……」
「そっか、でも意外ね。私てっきり梨乃ちゃんは智子ぐらい体力ないと思い込んでいたけどそうじゃなかったのね」
「あはは……よく言われます。でも私もそんなに体力ないですよ?」
「ふふ、そっか。じゃあ私と同じね。私も体力はあまりないから」
「うぅー二人共余裕そうな顔してぇ~私にもその体力分けてよ!」
「えぇ!? えと……そんな事出来ませんよ……?」
梨乃ちゃんが智子の嫌味を普通の反応で返す。
ふふ、梨乃ちゃんらしいな。
「智子……そんな事言う前にまず甘いもの控えたら? また増えたんでしょ?」
「ぅ……」
私がそういうと智子が急に黙り出した。
「うぅ……なんでみぃちゃんも私と同じように食べてるのに太らないの……?」
智子が涙目でそう聞いてくる。
「私はいつも適度な運動をしてるから。智子はそういうのしてないでしょ?」
「……だって運動苦手なんだもん…………」
智子が聞こえるか聞こえない程度の小声でそう答える。
「もう……」
「あはは……」
「しょうがないわね。ほら、智子元気出しなさい! 今日学校終わったらクレープ奢ってあげるから。後半分、がんばろ? ね?」
「ほ、ほんと!? 本当に奢ってくれるの? だったら私頑張る!」
さっきまで生気が抜けたような顔をしていたのが嘘のように元気にり、目を輝かせる。
はぁ……こうやって甘やかすから駄目なのよね……。ちょっと反省をする。でも言ってしまった事は仕方ない事だから今日だけは奢ってあげよう。
でも智子いいのかな……そんなんだから……。うぅん、今日これだけ動いてるから大丈夫。たぶん……。
「梨乃ちゃんも遠慮しないでね?」
「え!? いいんですか?」
そう言いつつも何処か子犬のようにソワソワしていた。
たぶん梨乃ちゃんに尻尾があったら今頃すごい勢いで左右に振られている気がする。
そんな想像をしてしまい、気が付くと少し顔から笑みが零れてしまっていた。
「うん、もちろんだよ。友達だもの」
私はその笑みのままそう答えた。
「ありがとうございます」
本当に嬉しそうな顔でお礼を言う梨乃ちゃん。
ふふ、なんだか妹が出来たみたい。そういえば洋介君が梨乃ちゃんは前の学校で『クラスの妹』だったって言ってたっけ。最初はよくわからなかったけど今ならなんとなく分かる気がする。…………カズくんはこういう子が好きなのかな?
最近2人が急激に仲良くなった気がするし…………て、なに考えてるんだろう。どうしちゃったんだろう……私、今までこんな事考えたことなかったのに……。
なぜだか急に不安になってきた。…………違う、私はカズくんを好きになる資格はない。カズくんの記憶を奪った私になんか…………やめよう。こんな事考えるのは。余計に悲しくなるだけ……。自分にそう言い聞かせ思考を中断する。
気が付くと2人が私を心配そうに見つめていた。
「みぃちゃん、なんだかすごく難しそうな顔してるけどどうかしたの?」
「う、ううん。なんでもないよ」
「あ!? もしかして今日持ち合わせがなくてクレープ食べれないとか!?」
「大丈夫よ。ちゃんとあるから。心配してくれてありがとう。智子」
「え? う、うん……」
納得が言っていない顔だが深くは追求してこない。相手が本当に嫌がることは絶対にしない、それが智子の優しさ。
「美冬さん大丈夫ですか?」
こちらも心配そうに見つめてくる。
私は智子の時と同じように『大丈夫だよ』と言うと梨乃ちゃんが『わかりました。もし、悩み事があるなら言ってくださいね? 私じゃあまり力になれないかもしれませんが……』と答えてくれた。
「うん、ありがとう。ごめんね、ちょっと暗い感じになっちゃって、ほらもう十分休憩したし、次行こ」
私は時たま良い友達に恵まれたなっと思う。そしてそれと同時にこの友達を一生大切にしようとも思う。
この関係がいつまでも続きますように…………。
一方その頃和真達は――――
「はははは! どうした和真、健吾! そんなんじゃ僕に勝てないぞー!」
「なんかあいつ性格変わってないか?」
「あぁ……」
体育館で出来る物がほとんど終わった所(握力と上体起こしが思いのほか並んでいて後回し)で俺たちは体育館で残った物、シャトルランをすることにしたのだが……洋介が序盤から飛ばして現在15往復目(つまり30本目)……最初は俺も健吾もあんなんじゃすぐにばてるだろうと思っていたがばてるどころかペースがまったく落ちていなかった。
「おい健吾、お前陸上部だろ……なんであんな奴に負けてるんだ?」
「うるせぇ、俺は短距離なんだ。それにまだまだ体力に余裕がある。といかシャトルランは速さを競うものじゃないだろう」
「それもそうだな」
「どうした二人共、ペースが落ちてきてないか?」
「気のせいだ」
実はちょっときつかったりするのだがこいつにだけは負けたくねぇ……!
「問題ない」
健吾のその言葉と同時にブザーが鳴る。
負けたくないとは思ったが回数がかさむにつれ2人との差が広がり、今では話す余裕がない。洋介と健吾も同じなのかまったく喋らなくなっていた。
80本目に入ると足がかなりダルくなり、とうとうブザーに間に合わなかった。
「チッ……!」
なんとか続けようと速度を上げようとするがまったく上がらない。
そしてそのまま次のラインを越える前にブザーがなってしまった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
すぐには立ち止まらず軽く歩きながら息を整える。
81回……か、まぁこんなもんか……。もともと体力ないし。
自分にそう言い聞かせながら2人を見る。
健吾はまぁ、陸上部員だし良いとして……洋介がかなり意外だったな。てか去年同じクラスだったのに全然知らなかった……まぁあいつと話すようになったのはもうちょっと後の事だから当たり前か。
「ふぅ……」
美冬たち今なにやってるかな……河上さん緊張してたけど大丈夫かな。まぁ美冬と一緒に居れば心配する必要はないとは思うが。
「…………河上さん、かぁ」
ポツリとそんな言葉が漏れる。
出会ってまだ5日しか経ってないんだよなぁ……でもなんだか前からずっと友達だった感じがする。もちろんそんな事はないのだが感覚的にそう思った。
やっぱり彼女の雰囲気がそう感じさせるのだろうか? あの何処となくかまってやりたくなる雰囲気が…………ってそれじゃあ智子と同じじゃねぇか!?
自分の思いに自分で突っ込みを入れる。
……そういえば河上さんだけ苗字なんだよな。しかもさん付けで。自分から友達だって言っておいて苗字ってのもちょっと硬いよな……かといっていきなり名前で呼ぶなんて失礼……いや、河上さんなら顔を真っ赤にしながら『名前で……いい、です……』とかいいそうだな。よし今度機会があったら試してみよう。もちろん2人っきりの時に、外野がいると茶化されそうだからな、特に智子と先輩に……。
でもよくよく考えると2人っきりになるのがまずないんだよなぁ~。となると問題はどうすれば2人っきりになれるかなんだが…………俺なんでこんなに悩んでるんだ? 別に2人っきりじゃなくてもそれとなく名前で呼んでいいかなんて事聞けるだろ。そりゃあ確かに周りに茶化されはするだろうけどあいつらなら特に問題はないはずだ。…………茶化されるのが嫌、なのか?
自分に自分で問う。
なんで嫌なんだ? 別にそれはいつもの事だろ。なのになんで…………。
全力で思考を巡らせるが答えは出てこなかった。
これ以上考えても無駄だと結論を出し、俺は現実に戻る。
気が付くとどうやらちょうど120本目に突入したらしい。周りにいる人もワクワクした様子で走っている人たちを見ている。その中には健吾と洋介の姿もあった。
走っているのは8人程度、120本目で8人って結構多いな。さすがスポーツ学校。
それから少し眺めていると、122本目で健吾の辛そうな顔が一瞬見えた。
「あいつ、もう限界かな」
そんな事を思いながら見ていると123本目のラインを健吾がブザーより遅れてラインを踏み、反転するのが見えた。そして健吾が次のラインを超える前にブザーがなった。
俺はすぐに健吾に駆け寄る。
「健吾、お疲れ。大丈夫か」
「……はぁ……はぁ、大丈夫、だ……」
しばらく苦しそうにしていたがすぐに息が整い始めた。さすが陸上部と言った所か。
「123、か去年よりはいいけどあいつに負けるとは……」
そう言って健吾が洋介を見る。
「だな。正直あいつがあんなにすごい奴だと思わなかった」
洋介はというと、健吾が抜けた次のライン、つまり124本目で間に合わずそのまま終わっていた。
「はぁ……はぁ……やっぱり、結構……きついね……」
洋介がそういいながら近づいてくる。どの口がそれを言ってるんだか……。
「健吾、正直驚いたよ。まさかあそこまで粘るなんてね」
「……俺はお前に驚いたけどな。なんかやってるのか?」
「いや、特には……記者として色々な所を走り回っているうちに体力がついただけかな」
「そうか」
健吾が悔しそうに俯きながらそう答える。
あれ? もしかして健吾相当落ち込んでるのか?
まぁ健吾にしてみれば陸上部の自分が部活もしてない(正確には運動部にだが)奴に負けたんだから当たり前か。
「……次は負けないからな。陸上部員として」
突然、健吾が頭を上げ、洋介にそう宣言する。
「ふ、望むところだよ」
その言葉に満足したのか洋介が嫌な笑みを浮かべる。
うを!? なんか2人の間に火花が散って見えるぞ!? これは来年が見物だな!
「あ~そのなんだ、2人で熱くなるのはいいんだけど次行かないか?」
「……そうだな」
「うん、そうだね。こんな所で時間を無駄にしたくないし。それで次は何処に行くんだい?」
「そうだな……シャトルランで疲れてるし無難にハンドボール投げじゃないか?」
「お、それには俺も賛成」
「ふむ、僕もそれでいいと思うよ」
「んじゃ外に出るか」
靴に履き替えるために一度正面玄関に向かい運動場に出る。
その一角に奥に進むにつれ線の間隔が広がっている場所が見えた。どうやらそこがハンドボール投げのようだ。
人はそんなに並んでないように見えるのですぐに順番が回ってきそうだ。
人で埋まる前に少し早足でその列に向かうとそこには見知った3人の顔があった。
「美冬?」
俺がそう声を掛けるとそこに並んでいた女の子が1人振り返る。どうやら当たりだった様だ。
「あれカズくん?」
如何にも『なんでここにいるの?』という顔で見てくる。
なぜ!? 俺がここに居たらいけないのか!?
「あぁそうだが……」
「うーんおかしいなぁ~カズくんの事だからてっきり先に体育館の方を周ってくると思ったんだけど……」
あぁ、なるほど。そういう事か。
「よく先に体育館を周るってわかったな。まぁその通り先に体育館行って来たよ。もう殆ど終わったけどな。体育館でやってないのは握力と上体起こしだけかな」
「そっか、私たちは最初に50m走をやって、その後握力と上体起こしとそれから…………」
「ちょ、ちょっと待て。50mやった後に体育館に行った? 俺たち会わなかったよな?」
位置的にも場所的にもどちらかが気付くと思うんだが……。
「え? あ、違う違う。私たち体育館に行ってないよ」
「え!? じゃあ何処で握力とかを? いや、まぁ握力は何処でも出来るけどさ」
「もしかしてカズくん知らないの?」
「知らない? 何がだ?」
なんだ? このスポーツテストには俺の知らない隠された秘密でもあるというのか!?
「和真くん~、握力と上体起こしと長座はぁ~視聴覚室で出来るんだよぉ~」
突然智子が喋り出す。
「……は? 視聴覚室?」
え? なにそれ? 知らないよ?
「うん、女の子だけ特別にそこで出来るんだよぉ~。ねぇ~梨乃ちゃん」
「は、はい。私もちょっとびっくりしちゃいました……」
そう言って『えへへ』と笑う河上さん。
やっぱ可愛いよなぁ~……ってそんな事今はどうでもいい!
「WHy! なぜ!?」
……は!? だから俺達が最初やった奴には女の子がいなかったのか!? なにそれズルい!
「カズくん、意味被ってるよ……」
美冬がそんな突っ込みを入れるが関係ない。
「いや、だってな……」
そこまで言った所であることに気が付く。
「ん? ちょっと待てよ? 今ちょっとズルい! と思ったけどよくよく考えるとそれって余計に時間が掛かるんじゃ? 女の子だけでもかなりの人数だろ」
「うん、時間は掛かるけどやっぱり恥かしいし……」
「あぁ、なるほど……そういう事か」
この学校って所々で変わってる所あるよな……良い意味でも悪い意味でも。
「次の方どうぞ~」
そんな事を話しているうちに担当の先生から声が掛かる。
「さて、誰が最初に行く? 誰も行かないなら俺が行くけど」
「カズくんいってらっしゃ~い」
「和真くん頑張ってねぇ~」
「荒木さん、頑張ってください」
「さっさと投げてこいよ」
「同士よ! 僕は君に期待しているよ!」
皆から励ましの声が聞こえて来る。妙に嬉しそうな顔で。お前ら絶対わざとだろ! そんなに最初が嫌なのか!? …………別に泣いてなんかいないからな!
とまぁそんな事言っても意味がないから大人しくボールを掴む。まぁ、あれだ、何事も言いだしっぺが最初なんだよな。嫌じゃないけど。
手元でボールを何度か投げた後、ハンドボールをホールドし、思いっきり投げる。
指から離れたボールは少し左に反れるが余裕でライン内、数秒間飛んだ後に重力に従って落下していく。
するとすぐに計測が開始された。
結果は25m、まぁ悪くはない、自分の中ではだが。
その後すぐに2投目を投げるが結果は24.5mと少し下がった。
「ただいま」
俺がそういうと皆が労ってくれた。別にそんな労うほどの事じゃないだろとは思うがなぜかそれが嬉しかった。
「それじゃあ次は私が行こうかな」
そう言って向かったのは美冬だった。
「みぃちゃん頑張れ~」
「美冬さん、頑張ってください!」
「っふ……見せてもらおうか、森下嬢の本気とやらを」
誰かさんが某ロボットアニメに出てくる赤い人をマネしてかそんな事を言っているが俺は突っ込まないぞ!
そんな事を考えている間に美冬が1投目を投げ終わったみたいだ。
記録は……ここからじゃよく見えないが14mといったところだろうか? 女の子にしては結構な距離だと思う、たぶん。
計測し終わってすぐに美冬が2投目を投げる。
今度は先程よりも少し遠くに飛んだように見えた。
「ただいま」
美冬がそう言うと智子が電光石火の如く美冬に抱きついた
「みぃちゃんすごいよぉ~」
「ちょ、ちょっと智子、やめなさい」
そう言いながらもちょっと嬉しそうにしている美冬。
「美冬さん、すごいですね」
「え? そんな事ないよ」
否定はしているがその顔を嬉しそうに笑っていた。
美冬の奴かなり嬉しそうにしてるな。
「っと、後ろがつかえてるんだから早くやっちゃいましょ」
「それもそうだな。次は俺が行くわ」
そう行って向かっていったのは健吾なのだが……。
「くそっ…………」
沈んだ表情で帰ってきた。
記録は23m、どうやら俺に負けて落ち込んだらしい。
『陸上部だし肩は……な? しょうがないよ』と励ましたのがその励ましが余計に健吾を傷つけてしまったらしい。後でなんか奢ってやるか……。
「えと、次、私が行きますね」
そう言って向かったのは河上さん。
可愛らしく、そして一生懸命にボールを投げる。
俺たちの後ろで『可愛い……』という声が聞こえたのは無視する方向で、たぶん例のファンクラブだろう。
結果は6.1m、2投目は5.5mだった。
「えと…………」
河上さんが恥かしそうに俯いている。
「お疲れ、そんなに恥かしがることないよ。ここにもっと出来ない人いるんだから」
そう優しく声を掛け、智子の方を向く。
「え!? 和真くんそれちょっとひどいよ! 私だってやる時はやるんだからね!」
「ほぉ、じゃあ見せてもらおうか」
「びっくりして腰を抜かさないでね!」
そう言って智子が準備する。
「あの、荒木さん。今のはちょっと言いすぎじゃ……その、私のためにっていう気持ちは嬉しいんですが……」
「ん? あぁ、そうだな。ちょっと言いすぎたかもな。後で謝っておくよ」
「はい」
「……………………」
智子が無言で帰ってくる。
「智子……」
「なぁに……和真くん……」
いつもの明るい表情は何処へ行ったのか黒く、悲しげなオーラで包まれていた。
「その……なんだ。そういう事もあるさ」
「うん…………」
何を言っても暗い表情のままの智子。
智子の結果は0m……つまり2投ともライン外……。さすが生粋のノーコン。いまだ健在か。
「えと…………」
河上さんはというとそんな智子を見てどうすればいいか分からない様子。
「もう、智子! いつまでいじけてるの。出来ないものは仕方ないじゃない。次、出来るように頑張りましょ? ね?」
美冬が子供をあやすように智子に優しく話しかける。
ほんと、こういうところが美冬の良い所だな。
「うん……」
その言葉で安心したのか少し表情が柔らかくなる智子。
「うし、智子も元気になったところで次の場所行くか」
「おう」
「うん」
「はぁ~い」
「え、えと……はい」
1人だけ戸惑っていたが4人共俺の言葉に返事を返してくれた。
その声を聞いてから俺たちは歩き出す。
「え!? ちょ、ちょっと和真! 僕を置いていくのかい!?」
「ほら、次は君の番だよ。さぁ、投げた投げた」
「和真ぁあああああああ~~~~!」
洋介の声を後に残ったテストを全て受けたその帰り…………。
「和真が見捨てた……和真が見捨てた……僕の事なんてどうでもいいんだ……」
「だぁああああああああああ! 悪かった!俺が悪かったから機嫌直してくれ!」
「和真が……和真がぁ……もうある事ない事全部記事にしてやる!」
「ちょっと待て! それだけは勘弁してくれ!」
冗談じゃない!そんな事されたらこれからの学校生活に擦り傷どころか一発で致命傷じゃないか!
こうなったら頼れるのは美冬しか……!
「み、美冬も何か言ってやってくれ!」
「え!? でも悪いのはカズくんだし……」
見捨てられた!? じゃ、じゃあ……!
「か、河上さん助けて! こいつになにか言ってあげて!」
「えぇ!? わ、私ですか……? えと、その、あの………………あ、荒木さんも悪気が合ってやった訳じゃないんだと思うんです……だ、だからその…………」
「………………」
洋介が睨むように河上さんを見る。
やべぇ……こいつ本気で怒ってるかも…………。
「うぅ…………」
河上さんが今にも泣き出しそうな顔をする。
「はぁ~とまぁ冗談はこれくらいにしておこうか」
そう言って洋介が歩き出す。
「…………は? 冗談?」
「当たり前だろ。僕がこんな事で怒るわけないじゃないか」
「な、なんだ。よかった…………」
お前の冗談は冗談に聞こえないんだよ……!
「ふぇ……? 冗談……だったんです……か?」
「はぁ~たぶんそうなんじゃないかと思ったけど。洋介くん、カズくんはともかく梨乃ちゃんを怖がらせるのはやめてよね」
「はは、ごめんごめん。ちょっと確かめたいことがあってね」
そう言って一瞬こっちを見た気がしたが気のせいだろうか?
「確かめたいこと?」
美冬が俺が思っていたことを口にする。
「あぁ、でもよくわかったよ。ふふ…………」
そう言って右手で眼鏡を『クイッ』と上に上げ不気味な笑みを浮かべる洋介。
「洋介なんだその薄気味悪い笑い方は」
「いや、別に。なんでもないよ。ただ…………和真、もしもっと知りたいと思っているのなら今のままじゃ一生変わらないよ。せめて名前で、ね」
「!? 洋介お前…………」
「おっと、僕はこっちだからここでお別れだね」
俺が続きを言い終わる前に口早にそう告げる。
「え? あ、うん。そうだね」
状況がうまく飲み込めていないのか若干返答に詰まる美冬。
「はい、お気をつけて」
「はは、ありがと。っとそうだ河上さん。さっきは怖がらせてごめんね」
「いえ……」
「じゃあ3人共また明日」
「うん、じゃあね。洋介くん」
「はい、また明日」
「…………洋介」
今は混乱してる場合じゃない。これってたぶんアノ事を言ってるんだよな。
信じられないけど洋介って勘が鋭いし俺なんかが考えてることがわかるのかもしれないな……。
「なんだい?」
「その、なんだ……ありがとな。頑張ってみる。自分でも何でかわかんないんだけど今のままじゃなんか嫌なんだ」
くそ! こいつにマジでお礼を言う日が来ることになるとは!
「ふふ、僕は君に期待しているんだ。まぁ大したことは出来ないけど微力ながら協力させてもらうよ」
「あぁ、もし洋介が困ってる事あったら俺もなんか手伝うからさ」
「本当かい!? じゃあ早速今からミステr……」
「それは断る!」
冗談じゃない! 深夜に呼び出された挙句、朝になるまでひたすら呪文を唱えるなんてごめんだ!
「はは、冗談だよ。まぁとりあえずまた明日」
「おう、また明日な」
洋介の後姿を一度確認した後家路に着こうと――
「カズくん、ちょっといいかな?」
腕をいきなり掴まれ、振り向きさせられる。
「なんだ?」
平然を装い俺は静かにそれだけ口にする。なぜだか今余計ない事を口走ってはいけない。そんな気がした。
「えと……その…………あっ! ごめんなさい。私用事があったの忘れてた! という事でごめん二人共私先に帰るね。じゃあまた明日」
そう言って美冬が足早に去っていった。
え? え? どういう意味!? 意味がわからん……。河上さんに聞いてみるか……。
「なんだったんだ? 河上さん今のわかった?」
「い、いえ……なにがなんだが…………」
「そっか……」
「はい…………」
なんか知っているような気がするけど、まぁいいか。
この場は深く追求しないでおこう。
しばらく2人で美冬が去っていった場所を見つめていた。
7話お待たせしましたー。
前回から1週間ちょっと、ですね。
ここから……この次辺りから色々と急展開になって行きます。
楽しみにしていてください。
今回も特に書くことないので適当に……。
この小説、不定期更新といいながら1~2週間の間に1回更新されてるんですよね。いや、なるべく更新出来るようにしているんですが……それで次回なんですか、もしかしたら更新が2週間越えちゃうかもしれません。
最近ちょっとバイトやら就活やらで忙しくて……すみません。
というわけで、これからもよろしくお願いします!