最終話 体育祭と借り物障害物競走
暖かい日差しの下、学園の全生徒が同じ方向を見つめる。
その表情は様々で、今にも走り出しそうな生徒や、不安げな顔の生徒。中には立ったまま眠っている生徒の姿も見受けられた。
視線の先には少し髪の薄いお年寄りがマイクの前に立っていた。
綾藤学園理事長。毎回イベントの時だけ顔を出すまさに顔だけは知っている人だ。
そんな理事長がゆっくりと周りを見渡し、待ちに待った……いや、一部にとっては面倒くさいイベントの開催を宣言する。
「ただいまより、綾藤学園体育祭を開始致します!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおををををォォッ!」
スピーカーからその声が流れると同時にグランド中から雄叫びが広がり始めた。
――2時間後――
何のトラブルもなく無事開催された体育祭。
体育祭中の実行委員の仕事はほとんどないため、大抵の人が休める……はずだった……。
「男子! 1人熱中症で倒れたみたいだから担架で運んできて!!」
「またかよ! さっき1人倒れたばっかりだろ! どうせ倒れるなら同時にしてくれ!」
「知らないわよ! さっさと行ってきなさい! あと、同時に倒れたら担架足りないでしょうが!! バカ言ってる暇があったら動きなさい!」
「ふふ……足りないタンカ……一つの担架で寄り添う二人……ふふ」
「そこのあんた! 妄想してる余裕あるなら職員室から追加の氷と水持ってきて!」
実行委員が待機するテントで様々な声が飛び交う。
「委員長! 昼飯明けの競技、玉入れの準備なんですけど、もう1人回せませんか」
「了解。すぐに行かせるので、先に準備を進めておいてください」
「分かりました。おい鮫島行くぞ!」
「……はぁ」
どっと疲れた和真が腰を下ろす。
「だ、大丈夫ですか?」
梨乃が心配そうに和真に声を掛ける。
「あぁなんとか。それより梨乃も大丈夫? 怪我の手当とかで大変だっただろ」
「……いえ、私はずっとテントにいましたから……あっこれお水です」
「ありがとう、梨乃」
受け取ったペットボトルを空けて水を一気に流し込む。
口を離す頃には既に半分ほど減っていた。
「よし。昼休みまでもう少しだ。大変だろうけど、頑張ろう」
「はい!」
梨乃が笑顔で答える。
「みんな、昼休みまでもう少しです。既に昼競技の準備係は準備を始めています。手が空いた人からそちらの手伝いをお願いします」
「それと、テントの外で準備する人はこまめに水分補給をしてください」
「医療係の人もテントにいるからといって水分補給を怠らないように注意して下さい」
「また、俺に手伝えることや、要請があればどんどん言って下さい」
大きな声で口早に話す和真。
少し疲れた顔をしているものの、楽しそうにも見える。
「おーーー!!!」
近くにいた仲間達が声を上げる。
何人かは既に疲れが出始めているにも関わらず、和真と同様に楽しそうに見えた。
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「おっ梨乃ちゃん、和真。お疲れ~」
ようやく午前の部を終えて、和真がクラスの待機場所へ向かうと健吾がいち早く気付いて労いの声を掛けた。
「ありがとう、ございます」
「あぁ。ありがとう。といってもまだ終わりじゃないけどな」
「あぁ~やっときたんだぁ~二人とも遅いよぉ~」
智子が一瞬で気が緩みそうな、ゆるゆるな声でいきなり文句を言い出す。
「もう仕方ないでしょ智子。二人とも大変だったんだから。あっ梨乃ちゃんこっちにおいで。一緒に食べよ」
「あっはいっ」
ちょこんと頷いて、美冬の隣へ腰を下ろす。
「さぁさぁ和真! 君は僕の胸へ!!!」
少し、キザっぽくメガネをクイっと上げて両手を広げる。
「誰が行くか!!! 健吾でも抱いてろ!!!」
「なんで俺なんだよ!!? ってバカ!! ホントに抱きつくんじゃねぇ!!! 暑苦しい!!」
「遠慮はしなくていいぞ! それとそうか。暑苦しいということは冬ならウェルカムかな♪」
「ちげぇよ!! 気持ち悪い!!!」
「梨乃、隣良いかな?」
そんな馬鹿なやりとりを横目に梨乃に話掛ける。
「は、はい! む、むしろ喜んで!!」
「よっと……それにしてもこれ、誰が用意したんだ?」
ブルーシートの真ん中に広げられたいくつもの重箱が置かれていた。
それはまるで花見でもするかのうような……まったくもって、体育祭には似合わない異彩を放っていた。
「えっと、重箱は洋介君が用意してくれて、中身は私とお母さん、智子と、意外にも洋介君が作ったんだよ」
「へぇ~…………って洋介!?」
「ふふ……僕に出来ない事はないのさ。さぁ愛情をたっぷり込めて作った品々を味わいながら食べてくれ」
「……毒とか入ってないだろうな……」
心配そうに重箱に目を向ける。
見た目は華やかでとても美味しそうに見えた。
「はは。さすがに僕でも今日はそんなことしないさ。万が一和真や梨乃ちゃんが当たりを引いてしまったら大変だからね」
洋介が笑顔でそう答える。
「そ、そうか……。念のため、聞いておくけど智子もイタズラしてないよな?」
「ぅ……! な、なに言ってるのぉ? そ、そそそんな事するわけないよぉ~?」
心当たりがあるのか、慌てて和真から目を逸らす。
「おい……。美冬。智子が作ったのはどれだ?」
「えっと、目の前にあるサンドイッチだね。あっちなみにサンドイッチは私も作ったから、私のも混じってるよ」
「ふむ……。なぁ智子。この一つだけ少し歪なサンドイッチを食べないか?」
唯一形の悪いサンドイッチを手に取り、智子に渡そうとする。
「えっ!? い、いやぁ~わたしは、サンドイッチはいいかなぁ~ ふ~ふ~」
智子が誤魔化すように口笛を吹く。
もっとも、まったく吹けていないため、空気が通る音だけが聞こえていた。
「口笛吹けてないぞ。誤魔化すって事はやっぱりこれになにか仕込んでいるんだな」
「うっ……はい……仕込みました……」
観念したようにそう呟く。
「そうか。それじゃあこれを食べてくれ」
「えっ!? そ、それはぁやめた方がいいんじゃないかなぁ……?」
「自分で作ったんだから自分で処理しろよ!!」
「あぅ……梨乃ちゃ~ん……」
智子が助けを求めて後ろから梨乃を抱きしめる。
「ふぇ!? あ、あの……えとその……」
「か、和真くん。えとその、智子ちゃんも反省して、るみたいです、から許してあげません……か?」
「む……まぁ梨乃がそういうなら……」
「わぁああああああ梨乃ちゃんありがとう-!!!!!」
「あぅ……と、智子ちゃん。く、苦しい、です……」
「はぁあ。まったく。カズくんは梨乃ちゃんに甘いんだから……。それで、それどうするの?」
「そうだな……。なぁ健吾。このサンドイッチ食べないか?」
「嫌に決まってるだろ!! なんで自分から進んで当たりを食べ――」
「智子の手作りだぞ?」
「うっ……それは、だが……」
さっきとはうって変わって突然悩み始める。
きっと彼の中では様々な葛藤が渦巻いているんだろう。そう思う和真であった。
「……おい。美冬。なんで今ナレーション入れた。というか2回目だぞ」
「ん~? なんとなく?」
悪戯な笑顔を見せる美冬に呆れる和真。
そんな二人に釣られて梨乃も小さく笑った。
「……よしっ食べるぞ!!!!」
突然、ビシッと頬を叩き気合いを入れ、サンドイッチを和真の手から奪い取るように手に持つ。
その表情には不安や迷いは無く、まるで自ら望んで戦場に駆けつける兵士の形相だ。
「頂きます!!!」
手にしたサンドイッチに勢いよくかぶりつく。
「うっ…………」
それからすぐに顔が真っ青になり、その数秒後に真っ赤に染まっていく。
「辛れぇえええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
健吾の口から腹式呼吸ばっちりな大きな声がグランド中に響いた。
その後、元気な健吾の姿を見た者は誰一人としていなかった――
――Fin
「ゲホッゴホッ!! おい和真! ゲホッ! か、勝手に終わらせてるんじゃ……ゴホッねぇ!!! くっ……」
「悪い悪い。ほら水だ」
「くそっ……ゴクゴクッ……はぁ。なんだよこれなにが入ってるんだ……」
「ふむ……僕は赤唐辛子、赤唐辛子とハバネロを入れているのは見たかな」
「………………」
まだ辛いのか、顔は赤いままで目は少しうつろになっていた。
「……さて、そろそろ時間だし、戻ろうか。梨乃」
巻き込まれたくない一心でいそいそと片付けをし、その場を離れようとする。
「えっあっはい。そうですね……」
梨乃も同様に片付け始め、時たま心配そうに健吾を見ていた。
「くそぉ……和真ぁ……後で覚えてろよ……」
そんな恨み言を背に和真達はテントへ戻っていった。
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「いよいよ……ですね」
緊張した面持ちの梨乃がそう呟く。
「あぁそうだな……」
和真も同様に緊張した面持ちで司会進行役……一ノ瀬先輩の言葉を待つ。
午後の部もつつがなく終わり、ようやくオリジナル競技が始まろうとしていた。
生徒会と体育祭実行委員だけしか知り得ない競技だからか、不思議と他の生徒達も緊張した様子で言葉を待っていた。
「野郎どもー!!! 盛り上がってるかぁああああああああああ!!!」
溢れんばかりの声量でマイクに向かって大声を出す。
あまりにも大きすぎる声でマイクが反響し、キーンという音がグランド中に響き渡る。
「え~っと……これからオリジナル競技が始まるわよ~」
さすがにやりすぎたと思ったのか、若干声のトーンを下げて、言葉を繋いでいく。
「「うをぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォッ!!!」」
その言葉を待っていましたと言わんばかりの歓声が響き渡る。
「今回のオリジナル競技はひと味違うわよ!! その競技とは!」
ジャカジャカジャカジャカジャカジャカ――
どこからともなくドラムロールの音が聞こえてくる。
「……一ノ瀬先輩なんでわざわざスマホから音出してるんだ……」
「あ、あはは……」
和真と梨乃が互いに呆れた表情を浮かべる。
周りには二人と同様に呆れ顔をした者や、キョトンとした1年生達が見えた。
ジャジャン!!
「借り物障害物競争だぁあああああああああああああああ!!!」
「「うをぉおおおおおおおおおおおおおおお……おおおお?」」
期待していた競技とは裏腹にごく普通の競技で落胆したのか、歓声を上げた生徒達が少しずつトーンを落としていく。
「はい。そこ! 今"普通の競技じゃん!" って思ったでしょ! もし普通の競技なら私が許可するわけないでしょ!!」
「いやあの、あの人今さらっと凄いこと言ってるような……」
「あ、あはは…………」
再び呆れる和真と梨乃。
「ということで私が激しくルールを伝え――」
「はいはい。生徒会長。会長の出番はもう終わりです。後は私に任せてください」
「えっちょっと清水! なんで引っ張るのよ! まだ話足りないんだから!」
「そんなの知りません。会長に任せると、ルールにあることないこと言っちゃいそうなので私が引き継ぎます。生徒会の皆さん、お願いします」
「ちょっと、あんた達! 離しなさい! コラーーー!!」
一ノ瀬が複数人の生徒会員に無理矢理退場させられる。
それを見て、ポカーンと眺める生徒達と呆れた顔をした先生達を横目に清水が話を続けていく。
「えっと、今回の競技ですが、ルールはこのようになります」
――借り物障害物競走ルール――
基本ルール:4つの障害と借り物エリアで借り物を手に入れ、スタート地点に戻るタイムにより、各クラスにポイントが手に入る
■障害の一覧
・縄くぐり
・ぐるぐるバット(10回)
・平均台(お邪魔もあるよ♪)
・縄跳び(借り物エリアまで)
■借り物
・お楽しみ
勝利条件:すべての障害をクリアし、"2つ"の借り物を持ってゴールにたどり着く
ボーナス条件:借り物には必ず一つだけ着るものがある。それを着てゴールするとポイントが3倍となる。
「――ルールは以上となります」
「今から10分ほど時間を取りますので、クラスで代表者を一人だけ選出してください」
「代表が決まりましたら各自前へお願いします」
話し終えると同時に当たりがざわめき始める。
「それじゃあ準備しましょうか。男子はなるべく重たいものを運んで下さい」
「女子は例の衣装を見えないよう運んできて下さい。医療係の人は、足りない物があれば今のうちに補給しておいて下さい。余裕があれば準備の手伝いをお願いします」
和真がそう話すと一斉に準備に取り掛かる仲間達。
「ふぅー。やっと始まるな……」
「はい、あの、和真くん。わたしにも何か手伝えることってありませんか?」
「え? うーん。じゃあ着替えボックスが届いたら、衣装ボックスの台がすぐに設置されるから、極力見えないように中に置いてもらって良いかな?」
「はい!」
――それから数十分後
競技は初めから阿鼻叫喚の嵐だ。
縄に引っかかり、抜け出せなくなる生徒やぐるぐるバットで気絶する生徒。
平均台で転んだ拍子に隣を走っていた女子の胸を掴み、ビンタされる生徒。
クラスで一番可愛いと評判の"男子"が借り物衣装でメイド服を引き当て、その場で写真撮影会が開催されるなど、ある意味、今年の体育祭で一番の盛り上がりを見せている。
そんなこんなで大きなハプニング? もなく進行していき、いよいよ和真たち2年生の番がやってきた。
和真達のクラスの代表は足の速い健吾だ。
「健吾、頑張れよ」
和真がスターターを手に持ちながらクラウチングスタートの準備をする健吾に話掛ける。
「おう。こんな競技、簡単にゴールしてやるよ」
自信満々の健吾に思わず笑いがこみ上げてくる和真だったが、必死に押さえる。
「……あぁ。まぁ楽しんでくれよ」
すべてのランナーの準備が整いスタート位置へ移動する。
「それでは、位置について……よーい…………」
パンッ!
乾いた火薬の音と同時に一斉にスタートする。
陸上部ということもあってか、健吾がトップを走り、縄くぐりに突入する。
「余裕だぜ……」
まるで縄が避けていくかのようにスムーズに縄をくぐっていく。
その後ろに続いて、数秒遅れで数人出てきた。そしてその後ろでは服が絡まり身動きが取れなくなっている生徒もいた。
健吾がぐるぐるバットへたどり着き、余裕の表情で10回転する。
10回転を終えると、その目は若干回っていた。
ふらつきながらもなんとか平均台へたどり着く。
飛んでくるピンポン球をものともせずにゆっくりと、確実に進んでいく。
その横には先ほどまで後方にいた生徒が並んでいた。
「ちっ」
健吾が軽く舌打ちをして平均台を後にし、縄跳びに手を掛ける。
互いに牽制し合いながら前に進んでいき、借り物ボックスに辿りつく。
そこには――
『男友達』と『Cボックス』と書かれた紙が入っていた。
「くそ……!」
健吾が急いで和真の元へやってくる。
「どうした健吾?」
「これだよ……」
和真へ突きつけるように借り物が書かれた紙を見せる。
「そうか……悪い。俺は健吾を友達だと思った事はないんだ……」
「ここでそれを言うのか!? つべこべ言わずこい!!!」
「はは。悪い悪い。それじゃあ行こうか」
「それは俺のセリフだ!!」
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「おい……本当にこれを着るのか?」
困惑した表情を浮かべる健吾。
「あぁ……らしいな……」
和真もさすがに困惑していた。
それもそのはずCボックスを空けて出てきたのはプ○キュアのコスプレ衣装(大人仕様)だった。
「…………なぁこれ、着ないで持って行ってもいいんだよな……」
「……あぁ。そういう、ルールだ……」
「ふふ。そうはさせないわよ」
どこからともなく声が響く。
「この声……一ノ瀬先輩!? どこに……」
「さがしても無駄よ~。それにしても、この企画を通した実行委員長がまさか! 逃げるとはねぇ……」
「くっ……」
和真が悔しそうに唇を噛む。
「それで、なにが望みですか……」
「別に私は、ただその服を着て欲しいだけよ~さもないと……ふふ……じゃあね」
意味深な言葉を残した後、ボックス内に静粛が訪れる。
「仕方ない……か」
諦めたようにコスプレ衣装に手を掛ける。
その手は少しだけ震えていた。
「お、おい。マジでやるのかよ……」
正気を疑うような目で和真を見るが、健吾自身も一ノ瀬を怒らせると恐ろしいという事を知っているため、渋々着替え始める。
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「おおっと、Cボックスに入った選手がボックスから……こ、これは!!!!!」
いつの間にか実況席に座っていた一ノ瀬が驚き(演技)の声を上げる
「プ、プ○キュアだぁああああああ!!!!!!!!!!」
「私たちがまだ小学生の頃に流行った子供から大人まで人気な日朝アニメだああああああああ!!!!」
その言葉と同時にグランド上から笑いの声が上がる。
「ちなみにあの衣装は呉服部とアニメ研究会の元で作成された特注品です。衣装はなんと、伸縮性の高い大人でも着れる奴になってるわ!!」
「くそ……まるで罰ゲームじゃねーか。だれだよこんな企画立てた奴!!」
恥ずかしさのあまり、健吾が大声で叫ぶ。
「俺と梨乃、体育祭実行員の皆だ! 悪いか!!!」
「なんで開き直ってるんだよ!?」
「もうどうにでもなれ! さっさとゴールして着替えるぞ健吾!」
「っそれもそうだな……急ぐぞ!!」
「か、和真くん……か、可愛い……///」
「………………」
スピーカーからそんな声が聞こえたような聞がしたが、無視する和真であった。
ようやくここまで来ました……最終話です!!
かなり展開が早いような気もしますが……最終話です。
最後に、エピローグもありますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです。