第18話 体育祭の準備と少しの我が儘
「――それじゃあ体育祭の競技について話し合いたいと思います」
生徒会で一悶着あった次の日、和真は教壇の上に立っていた。
「まず初めに先週、副委員長と話し合って決めて貰った借り物障害物競争についてですが……」
静まりきた教室が少しざわめき始める。
自分たちの考えた、言ってしまえば無茶苦茶な企画だ。
内心ではこんな企画が生徒会を通ったとは思わない。
だけど、それでも皆どこかで期待しているそんな表情た。
結果を知っている梨乃でさえ緊張した面持ちを浮かべている。
「――生徒会にはあの内容で進めて問題ないと許可を頂きました」
ゆっくりと、だけどはっきりした声で和真はそう言った。
「よ……よっしゃあああああああああああああああああああああ!!!!!」
突然メガネを掛けた男子生徒が声を張り上げる。
それと同時に教室内の張り詰めた空気が一気に爆発した。
「えっ! 嘘でしょ!! ホントにあの企画通ったの!?」
「マジかよ!! 夢じゃないよな!? おい、タケシやったぞ!!!」
「いででででで! 分かったから抱きつくな!!! 気持ち悪い!!!」
「なんだよ! たまにはいいだろ!!」
「よくねーよ!!!!」
「ふふ……私の企画(執事物)が……実はあれには穴が……ふふ」
「ちょ、ちょっとあんた怖いよ……」
「えっと……嬉しいのは分かるけど、ちょっと落ち着いてくれ」
和真がなんとか場を鎮めようと声を掛ける。
すると一斉に静かになり、各の席に座っていく。
「正直この企画が通るとは俺自身思ってなかったんですが、なんとか企画を通す事が出来ました」
「これもすべて皆の協力のおかげだと思ってます。しかし――」
「俺たちにはまだまだやらないといけない事がたくさんあります」
「メイン競技のスケジュール調整やパンフレットの作成。当日の各クラスの配置。会場のセッティング……その他諸々まだまだ決めないといけません」
「そこで今日はまずメイン競技の順番決めを行いたいと思います。梨乃お願い」
「は、はい……。えと……今から資料をお配りするので目を通して、ください」
梨乃が配った何枚かの資料を回していく。
その内容は過去の体育祭のしおりだ。
「例年では序盤に短距離走や綱引き、玉転がしなどから始まり、中盤には比較的皆が盛り上がれる玉入れや騎馬戦、障害物競走がラインナップされていました」
「序盤から中盤に掛けては毎年あまり変わりませんが、終盤について年により全然変わっている事が資料から分かると思います」
「たとえば、2年前には30人31脚レース。3年前ではケイドロ。4年前は逆立ち飴喰い競争などになります」
「そんな感じで、どの年も最後にオリジナル競技を持って来ています」
「これを受け継ぐというわけではありませんが、今年は最後の目玉として借り物障害物競走を持って行きたいと思っています」
「…………」
静粛が教室を包み込む。
窓から差し込む夕陽焼けが少しずつ、実行員達の顔を照らしている。
少しずつ、影が消えていき、代わりに光が差し込んでいく。
影が消え、あらわになった皆の顔は誰もが楽しそうに笑っていた。
「えっと……」
誰もが楽しそうにしているのに誰一人として言葉を発しない状況に困惑する。
「委員長~なんでいまさらそんな話するんですか~?」
「えっ。なんでと言われても……」
小さく首を傾げ、梨乃の顔を見る。
すると梨乃も同じように小首を傾げた。
「はぁ~委員長って意外と抜けてるところありますよね」
「ははは。言えてる。この状況見れば普通は気が付くだろ」
「えっと……」
和真には皆がまるでなにを言っているのか理解出来なかった。
「あーーー!! なんで分からないんだよ!!!
困惑した表情を浮かべると一人の生徒が大きな声を上げる。
「簡単に言うとだなそんな事言われなくても最後にやるに決まってるだろ!!! て事だよ!!」
「あっ……」
ようやくそこで和真が周りの様子が変だったのに気が付く。
「も~委員長いくらなんでも鈍いよ~」
「ふふっでもそれはそれで攻めがいが……ふふっ」
「いや、だからあんた本当に怖いって……」
教室全体から諦めや、呆れによるため息が聞こえてくる。
「えっと、すみません。それじゃあ一応念のため、採決を取ります」
「借り物障害物競走を今年の体育祭最終競技にすることに賛成の方――」
「「は~い!」」
和真が最後まで言い切る前に教室にいるすべての生徒が同時に手を上げた。
「それじゃあ続いて、通常競技の順番について決めたいと思います」
――その後、残りの順番を決めていく中、誰一人として意義を唱える物はいなく、
それはまるで、初めからすべて決まっていたかのように決定していった。
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「ん~~。疲れた……」
歩きながら大きく伸びをすると肩からポキポキと音が鳴り、少しだけ肩が軽くなった気がした。
「あはは……お疲れ様です。和真くん」
和真の横を歩く梨乃が笑顔で労う。
たったそれだけな事だが、それだけで和真は疲れがなくなったように感じた。
「うん。ありがとう。梨乃もお疲れ様」
「えと、わたしはなにも…………いえ、ありがとうございます」
否定の言葉を言おうするが、咄嗟に言い換える。
その言葉に和真が吹き出すように笑う。
少し前なら"何もしていませんから"と答えていただろう。
そんなちょっとした変化が和真には嬉しく感じられた。
「えっえっ? わ、わたしなにか変な事言いましたか……?」
突然吹き出した和真を見て困惑する。
どうやら本人は今までの自分との違いに気付いていないようだ。
「はは。ごめんごめん。今までだったら、"何もしてませんから"って言うだろ?」
「それが"ありがとう"になってたからなんだか嬉しくって」
「ぁぅ……」
梨乃が恥ずかしそうに俯く。
だけどその表情はとても嬉しそうだ。
「あの……和真くん。その、我が儘、言っても良いですか……?」
夕焼けのせいか、いつも以上に顔を赤くした梨乃が和真を見上げる。
「ん? なに?」
きょとんとした顔で梨乃を見つめる。
「えと、か、和真くんがよければ、なんですが……っ」
「そ、その、か、和真くんが、わ、わわわたしが前と変わったって思った時にあ、あああ頭を撫でてもえませんかっ……!」
先ほどとは比べものにならないくらい頬を染める。
恥ずかしいからか、目をぎゅっと瞑り、肩が少しだけ震えていた。
「……うん。えっと、こうで……いいかな」
さすがに和真も本人から直接言われて、恥ずかしいのかぎこちなく梨乃の頭を撫でる。
「っ……あ、ありがとう……ございます」
普段は何気なく撫でられているせいか、自分からおねだりした撫で撫でにいつも以上に恥ずかしさと、それと同じくらいの嬉しさがこみ上げる。
「その、なんだ……。過去の分も含めて撫でればいいか……?」
「っい、いえ……今後で良い、です……。そ、そんなことされたら、わ、わたし恥ずかしくて死んじゃいます……っ」
「あっうん。そ、そうだよな……。俺、何言ってるんだろう……」
そっぽを向きながら頬をかく。
梨乃にはその顔が少しだけ、赤らんでいるように見えた。
「い、いえ……わ、わたしこそ突然すみません……。えとその、も、もう遅いですし、早く帰りましょう!」
梨乃が無理矢理空気を変えようと先に歩き出す。
「あっうん。そ、そうだな……」
そう返事を返して歩き出そうとするが、梨乃が突然立ち止まり、振り向く。
「その、頭、撫でてもらえて、嬉しかった……ですっ」
笑顔でそう答え梨乃は、夕陽に照らされてとても綺麗に見えた。
――数日後――
空一面に広がる雲一つ無い青空。
ポカポカした陽気と遠くから聞こえるセミの鳴き声が初夏の始まりを告げ鐘を彷彿させる。
そんなゆくっりとした時の流れの中で綾藤学園のグランドだけはいつも以上に賑わっていた。
「な~これってここでいいんだよな~?」
倉庫から出てきた男の子がそう叫ぶ。
声に振り向くと、数人の男の子がテントのような物を担いでいた。
「バカ男子! そこは備品置き場! テントはこっちでしょう!」
「まったく……。あっ梨乃ちゃん。ここのイスってこれでいいんだよね?」
女の子が呆れながら梨乃に確認を取る。
どうやら来賓用の席を設置しているようだ。
「は、はい。問題、ないです。えと、それとは別に、後からそれぞれの席にクッションを敷いてもらえれば完成、です」
梨乃が資料に目を通しながらゆっくりと答える。
「ん。了解。それじゃあ残りのイスとクッションは……袋か何かに入れて持ってくるよ」
「あっはい。宜しく、お願いします」
「そうだ。ついでになにか必要な物があれば一緒に持ってくるけど?」
「えと、では保健室から救急箱を……。その、先生に話は通って、ますので……」
「りょ~かい! それじゃあ行ってくるね。あっそこの男子ー暇ならちょっと付き合って-!」
「えっ!? まじで!? いやぁまさかいきなり告白されるなんて……」
驚いた男の子が恥ずかしそうにモジモジしだす。
「そういう意味じゃないわよ!! 物運ぶからついてこいって意味よ! 後その動きキモイ!!!」
「ですよね……はぁ……」
深くため息をついて、肩を落とす。
「ふふ。勝手に勘違いして勝手に落ち込む男子……これはこれで……ふふ」
「はい。あんたも暇なら手伝って」
近くにいた女の子と先ほどの落ち込んでいた男の子の腕を引きながら校舎へ向かって歩き出す。
その姿はまるで、お店の仕事をさぼっていた二人を副店長が無理矢理連れ戻してるかのように見えた和真であった。
「――おしまい」
「……なんだよそのナレーション……というかなんで美冬がここにいるんだよ!!!」
和真が勢いよく振り向く。
そこには幼馴染みの美冬が楽しそうに笑いながら立っていた。
「ん~? 別に~? カズくんちゃんと仕事してるかな~って思って」
「あのなぁ……これでも一応委員長なんだぞ。サボるわけにはいかないだろ」
「そうかな~? 現在進行形で私とこうしてお話してサボってるわけだし」
楽しそうな顔から一転して、イタズラな笑顔を見せる。
もっとも、本人からしたら楽しいので、まったく変わっていないのだろう。
「それは美冬が話掛けてきたからだろ……」
「あはは。ごめんね」
「それで、本当は何しにきたんだ?」
「んー。実は郷田先生からちょっとしたお手伝いを頼まれて、職員室に行くところだったんだけど、サボってるカズくんが居たから気になって」
「だからサボってないだろ! まったく。それで、先生の所にはいかなくて良いのか?」
「うーん良くはないなぁ。そろそろ約束の時間だし」
「おい……」
大きくため息をつく。
いつもの事ではあるが、慣れることはないようだ。
「あはは。そういうことだから私行くね」
スカートを翻し、校舎へ向かっていく。
その姿はやはり楽しそうだった。
「あっそうそう。暑いんだから、いくら忙しいからって梨乃ちゃんから目を離したらダメだよ」
突然立ち止まり、半身を向けながらそう伝える。
「いくら梨乃でも自分の体調管理ぐらいは出来るよ。まぁ頑張りすぎて倒れないか心配ではあるけど……」
「そういうことだよ。色々大変だろうけど、頑張ってね」
「あぁ。ありがとう。美冬も今日は頑張れよ」
「ふふ。当たり前だよ。体力は無いけど、短距離なら誰にも負ける気がしないから!」
そう言い残すと、今度は振り返ることはなく、真っ直ぐと校舎へ向かっていった。
「……よし。準備時間を限られてるし、あと少し頑張るか!!」
ビシッと。頬を叩き気合いを入れる。
その表情は少しだけ笑っているように見えた。
昨日書いたばかりの話となります。
残りは最終話とエピローグとなりますが、本日中にアップしますので、
どうか宜しくお願いします。