表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/25

第16話 膝枕と露天風呂

――――――遠くから騒がしい声が聞こえてくる。




「んぅ……」

その騒がしさのせいか自然かはわからないが、目が覚めると優しい温もりを頭に感じた。


スッ――


頭を動かすと布が擦れる音が聞こえてきた。

……気持ちがいい。ぼんやりとした頭で浮かんだのはその一言、程よい温もりが頭全体覆っているような、そんな感覚。


「あ、もしかして起こしちゃいましたか?」

俺が起きた事に気が付いたのか梨乃が優しく声を掛けてきた。


「いや……」

上体を起こし、少し伸びをする。

窓の外を見ると夕日で空が綺麗に紅く染まっていた。


「……俺何時間ぐらい寝てた?」


「えと、たぶん3時間くらいかと……」

3時間か、思ったよりも寝てしまったらしい。それくらい気持ちがよかったという事か。

って待てよ? 梨乃はずっと俺に膝枕してたんだよな。3時間も……。


「足、大丈夫か?」

思わず梨乃の足に目を向ける。

見た感じは……大丈夫そうだな。

というかスカートで足隠れてるから外から見てもわからないか。

それにしてもスカートから覗く相変わらず白くて綺麗な――って今はそんな事考えてる場合じゃない。

急いで浮かんだ邪な考えを振り払う。


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」

俺の気持ちに気づかずに梨乃がそう答える。


「いや、大丈夫って言われてもだな……」

そんな3時間も膝枕してもらって心配するなっていう方が土台無理な話だ。

血行が悪くなったりとかあるわけだし。


「本当に大丈夫ですから。ほら」

そう言ってぱっと立ち上がり、少し歩く。

まぁふらつかないなら大丈夫か。

別に正座してた訳ではないから足が痺れるかどうかは知らないが梨乃の行動を見る限る大丈夫そうだ。


「わかった。大丈夫そうだな」


「もう、だから最初っからそう言ってるじゃないですか」

梨乃がわざとらしく頬を膨らませる。


「ぷっ……」

それを見た俺は思わず噴出してしまった。


「うっ……わ、笑うことないじゃないですかっ!」


「はは、ごめんごめん。梨乃があまりに可愛いからつい」


「うぅっ……か、和真くんの寝顔も可愛かったですよ?」


「ぐっ……み、見たのか?」

いや、見たのかって、膝枕してるんだから普通に見れるか……。

自分に突っ込みを入れた後、恥ずかしさが込み上げてくる。


「はい、すごく可愛い寝顔でしたよ」


「いや、可愛い寝顔って言われても嬉しくないんだが……」

梨乃は男が可愛いと言われて喜ぶとでも思っているのだろうか?

といいつつも内心ちょっと恥ずかしいと思ってる自分がいる。


「ほんと、可愛かったですよ? 思わず……その、キス……したくなっちゃいました……っ」

梨乃が指をモジモジ動かしながら恥ずかしそうに俯く。




だぁああああああああああああっ! だからなんで梨乃はこう、男心をくすぐる様な仕草や言動をするんだ!

思わず抱きしめたくなる衝動を抑えつけ、

平常心、平常心……。

心の中でそう唱える。


「梨乃、キスしよっか」


「あっ……はい♪」

さっきまでの恥ずかしそうな顔はどこへ行ったのやら、梨乃が溢れんばかりの笑顔で返事をする。

腰に手を回し、少し膝を低くして自分の唇を梨乃の小さくて少し張りのある綺麗な唇に運んでいく。


「梨乃……」


「和真くん……」


互いの唇を近づけ――



ダンッ――



「和真いるかぁあああああっ?」

勢い良く襖が開かれると同時に空気を読まない親父の大声が部屋中に響き渡る。


「……と悪い、お楽しみ中だったか。まぁ、その……なんだ。避妊だけはちゃんとしろよ。じゃあ――」


「待て待て待てっ! いきなり入って来て壮大な勘違いしってんじゃねーよっ!?」

というかなんで皆してこういうときに限って入ってくるんだ!

余りの理不尽さに怒りを覚えつつも口には出さない。


「ん? なんだ? 和真は今から梨乃ちゃんとお楽しみじゃなかったのか?」

親父がさも当然のごとくそう言う。


「だからこんなところじゃしないって言っただろ! ただ……その、キ、キスしようとしただけだ!」

あぁ……俺はなに親父に正直に答えてるんだろうか。

自分でも分かるぐらい顔が熱くなっていく。


「そうかそうか。うんうん、まぁわからんでもないな。それじゃあ父さんはいないと思って構わないからそのまま続けていいぞ」


「どこに親父の前で彼女とキスする息子がいるんだよ!」


「え? 俺の目の前――」


「いいからさっさと出てけっ!」

親父の腕を掴む廊下に引きずり出して襖を閉める。


『和真ー、今から皆で風呂に入るから準備しろよー! あ、後水着もちゃんともってこいよー!』

廊下からそんな声が聞こえてきた。

風呂に入るのに水着、なんだか嫌な予感がするのは気のせいであって欲しい。


「はぁ……ったく、これだから親父は……」


「あはは……えと、それでキ――っ!」

梨乃が言い終わる前に唇で口を塞ぐ。


「はふぅ……。か、和真くん、いきなり過ぎます……」


「ごめんごめん、でも梨乃がすごいキスしたそうな顔してたからさ」


「それはどちらかと言うと和真くんです。そりゃあ……ちょっとは思い……ましたけど……」


「ちょっとなんだ」


「はい」


「そっかぁ~、梨乃とすっごいキスしたいと思ったんだけど梨乃はちょっとしか思ってなかったのかぁ~。これじゃあ彼氏失格かなぁ~?」

なんとなく梨乃をいじめたくなったので皮肉っぽく言ってみる。


「ぁっ……うぅ……そ、そんな言い方……ずるい、です……」

あ、やばい。梨乃が若干涙目に――


「わ、わたし……だって和真くんみたいに……うぅん、和真くんよりもキスしたいと思ってるに決まってる……じゃないですかっ」


「うっ……」

涙を溜めた瞳で恥ずかしそうに呟く梨乃の仕草にドキッとする。


「わ、悪い! 俺が悪かった! ちょっと意地悪すぎた。ごめん……」


「もう……謝るくらいなら最初からしないでください」

言葉では怒っているように聞こえるがその顔は少し嬉しそうに見えた。


「あぁ、わかった。善処するよ」


「わかりました。今回だけですよ?」


「はい……」

なんか最近梨乃の尻に敷かれてる気がするのは気のせいだろうか? まぁ、嫌じゃないけどさ。


「はい、それじゃあ早くお風呂に行きませんか? 和真くん」


「あ、あぁそうだったな。梨乃、水着は持ったか?」

珍しく切り替えの早い梨乃に戸惑いつつも返事をする。


「はい、でもお風呂……なんですよね? なんで水着が必要なんでしょうか?」


「さぁ? まぁ行けばわかるんじゃないか?」


「そうですね」


俺と梨乃は手早く支度を済ませ大浴場へ向かった。




親父に言われたように水着を持って大浴場へやってきた。

ここにくると中に女将さんが俺が持っている水着を見て笑いながら『若いっていいわねぇ~』と言われたのだがあれはどういう意味だったのだろうか?


「和真くん? どうかしましたか?」

そんな疑問を感じている梨乃が心配そうに声をかけてきた。


「いや、女将さんの言葉が気になってな」


「……? なにかおかしな所ありましたか?」


「別におかしいって訳じゃないんだが……なんか引っかかってさ」


「うーん、腕組みしてたからああ言われただけなんじゃ……」


「それも……そうだな。大人からみたら人前で腕組みするのは恥ずかしいのかもしれないな」

そう言いつつもやっぱり違う気がする。

腕組みでああ言ったのなら見るのは腕だ。

でも女将さんは明らかに腕を見たあと水着を見て(・・・・・)ああ言った。

「………………」

なんだかすごく嫌な予感がする。

何かと聞かれるとわからないが、それでも直感的にそう感じる。


「むぅ………………えいっ!」


「うおっ!?」

突如俺の体の重心が左にずれていく。

そして左腕に今まで感じていた柔らかさがより一層強くなる。


「お、おい、梨乃急にどうした?」


「皆さん待っているんですから、早く行かないと怒られちゃいますよ」

そういう梨乃言葉にはトゲのようなものを感じた。


「な、なに怒ってるんだ?」


「別に怒ってません」

自称怒ってない梨乃が1人スタスタと先に浴場に入っていった。

追いかけたいのは山々だが、残念ながら女風呂、入れる訳がない。


「はぁ……梨乃の奴なに怒ってるんだか……まさかーー」

いや、まさかな。俺が女将さんの事考えてるって思って妬いた………………梨乃ならありえる……。

こりゃあ後で弁解しないとなぁ。

まぁ今考えても仕方ないし後でいいか。



脱衣所に入ると既に健吾と洋介が水着に着替えて待っていた。

簡単に遅くなった事を謝り水着に着替える。


「……にしても温泉で水着なんて珍しいよなぁ」


「そうだな、温水プールならわかるけどさ」


「2人とも何言ってるんだい? ここは温泉じゃなくて普通のお風呂だよ。天然水を温めただけの」


「「えっ!?」」

健吾と声が重なる。


「てっきり温泉だと思ってた……」


「別に温度が高くなくても天然水を使ってるから定義的には温泉だけどね」


「そうなのか……ちょっと期待はずれだがまぁいいか。それより早く行くか」


「だね」


「おう」


ガラガラガラーー


中に入ると極々普通の風呂場だった。体を洗い、すぐに3人で露天風呂に向かう。


「「お~」」


外に出ると、丁度山が夕陽に照らされ独特な赤色に染まっていた。


「綺麗だな……」

ポツンとそんな感想が漏れる。

ここまで夕陽に彩られた山は地元ではまず見れない。


「これは中々……思った以上に綺麗だねぇ。これなら良い記事が書けそうだ」


「へぇ……洋介でもそんな感想が出てくるもんなんだな」


「そりゃあね。そもそも記事を書くというのは感受性豊かじゃないと案外書けないもんだよ」


「それもそうか。ところで健吾、そんなところで何やってるんだ?」


「べ、別になんでもねーよ! そ、それより早く入ろう。うん、そうしよう」


「……? 変な奴」


「あーそうだ。言い忘れてたけど。というかもううすうす気付いていると思うけど、実はこの露天風呂——」


---- Rino side ------


「ね、ねぇねぇ今の健吾君の声じゃない……?」


「そうかも……この先にカズくん達がいるんだよね」


「あぅ……なんか緊張してきました……」

この先に和真くんがいるんだよね……。

水着大丈夫かな……どこかおかしな所ないよね……。

あーダメだ緊張してなにも考えられないよ……。


「だいじょーぶだよ。水着だから!」


「だ、だから恥ずかしいんです……。その、わたしの水着おかしくないですか……? 似合ってますか……?」


「だいじょうーぶ。だいじょーぶ。すごぉおおおく可愛いよ。たぶん和真くんもイチコロだよ♪」


「イチコロかどうかはわからないけど水着は梨乃ちゃんらしくて良い感じだし。似合ってると思うよ」

智子さんも美冬さんも笑顔で答えてくれる。

二人にそう言われるとなぜだか本当にそう思えてくるから不思議。


「あ、ありがとう……ございます」

でもやっぱりこうやって水着姿を女の子から褒められるのも恥ずかしい。

自然と顔が朱くなっているのがすぐに分かった。


「もうっ梨乃ちゃん顔真っ赤にして可愛いなぁー!」


「え? わぷっ!? ろ、ろろこひゃん! ううるしぃでしゅ!(と、智子さん! 苦しいです!)」


「こらこら、智子。梨乃ちゃんが苦しがってるから離れなさい!」


「わわっ! みぃちゃんもっと優しく……あいたっ!」

美冬さんのチョップが智子さんの頭に直撃する。

痛そうだなぁ……。


「まったく。智子はそうやってすぐ抱きつくんだから……」

溜め息をつきながらやれやれと首を振る美冬。


「だってぇ〜。みいちゃんだって可愛い物を見たら抱きつきたくなるでしょ?」


「それはそうかもしれないけど……。そもそも智子は——」


「うぅ……みぃちゃんはあたしのこと嫌いなの……?」


「あーもう分かったからそんな顔しないの。そんなことより早く行きましょ」


「あ、待ってよみぃちゃん!!」


「あはは……」


---- kazuma side ----


「……ふぅ……」

ゆっくり腰を落として岩盤に背を預ける。


「おいおい。なんだかおじさんみたいじゃねーか」

可笑しそうに笑う健吾を横目に俺は夕暮れで染まった空と桜で彩られた風呂を交互に見つめる。


「だってなぁ……こんな広々とした露天風呂にこの景色なんだぞ? 嫌でもリラックスしてくるさ……」

浮いている桜の花びらをすくい上げてそのまま流す。桜に匂いはないはずなのになんとなく甘い香りがしたように感じた。


「まー確かに……こんな大きい風呂に入るのも始めてだな。それにしてもこの風呂ちょっと大きすぎないか?」


「そういえば……そうだな。普通露天風呂って女風呂と男風呂で仕切る様に作られてるはずだよな。そう考えると男湯と女湯の入り口の位置関係的にもおかしいような……」


「それもそうだよな……って、えっ!!?」

健吾の顔が突然驚きの表情に変わり、一点だけを見つめ始めた。


「どうした健吾。なんか変な物でもあったのか?」


「か〜ず〜ま〜く〜ん。!!」

湯気で微かにしか見えないがその声と大きく揺れる二つの果実には見覚えがある。


「智子!? おまっえ!? なんでここにいるんだ!!?」


「ん〜? なんだって、露天風呂入りにきただけだよ〜?」

さも当然のように智子が小さく首を傾げる。


「そ、そうか……って納得するか!! ここ男風呂だぞ!?」

何で智子が……そうか! 智子の事だからきっと男湯と女湯を間違えて……っていくらなんでもそれはないだろ!? お、落ち着け……冷静に考えるんだ……!


「Why are you here……?」


「和真くん英語になっちゃってるよ!?」


「っ!? 悪い……突然の事で気が動転してたんだ……」

そんなだって……なぁ。いくら友達とは言え同年代の女の子の水着姿を見て

同様しないわけないだろ!?


「えーっとだなそれで、なんで智子がここに——」


「もー智子! 風呂場で急に走ったら危ないでしょ?」


「あはは、ごめんごめん。二人の姿が見えたからつい……」


「な、なんで美冬までここに……って智子と美冬がここにいるってことはもしかして……」

ふと美冬の後ろで隠れるようにこちらを覗いている小さな影に目を向ける。


「あぅ……えっと……お、お邪魔……します……」

小さな影の正体。梨乃が恥ずかしそうに俯きながらそう呟いた。


「あ、あぁ……そのどうぞ……」

突然過ぎる自体に頭が追いつかず、思わずそんな言葉が漏れた。


「ほらっ莉乃ちゃん。私の後ろに隠れてないでカズくんの所に行ったら?」


「で、でも……私……」


「ほら、大丈夫だから。ね?」


「は、はぃ……」

美冬の後ろから梨乃がゆっくりと出てくる。


「えっと……その、おかしく……ないですか?」

ピンク色のワンピースタイプの水着。所々にフリルが使われており、可愛さを前面に出したような作りになってる。

正直かなり可愛い……。


「えっとその……すごい、可愛い……」

そのあまりの可愛さに顔が火照ってしまい、思わず目を逸らす。


「ほ、ホントですか?」


「あぁホントに……びっくりするぐらい……似合ってるよ」


「よ、良かったぁ……」

梨乃が安堵したように息を付く。

きっと梨乃の事だから似合ってないとか言われると思ったんだろうな。


「ぶーぶー梨乃ちゃんだけずるーいー。ねぇねぇ和真くん。わたしの水着はどう?」

そう言いながら智子がアイドルを真似ようとして失敗したのか、変なポーズを取る。


「ん? あぁ健吾にでも見せてやれば良いんじゃないか?」


「ぶー。わたしは和真くんに見て欲しいの〜。それに健吾くんに見せたら鼻血出して倒れちゃったし……」


「あぁ……なるほど……って倒れたなら助けてやれよ!?」


「んー大丈夫だよ〜。洋介くんが面倒見てるから」


「そうか、うん。なら……いいか」

いや、良いのか……? 健吾の事だから大丈夫だと思うけど……。


「あれ? そういえば母さんは一緒じゃないのか?」


「あっ彩子さんなら、向こうにいる幸宏さんのとこに言ってるよ」

美冬がちょうど反対側の奥に向けて指を指す。


「なぁ母さん。僕もあの若々しい少……いや、和真の友達の中へ飛び込んでいいかい?」


「あらあら。なにを言ってるんですか? 今日は夫婦水入らずで一緒に楽しみましょう?」


「痛たたたたっ分かった! 分かったから! 関節技決めるのはやめてくれぇえええええええええ!!!」


「あぁ……」

巻き込まれるのも面倒だし放っておこう。


「あの……和真君。隣……いい、ですか?」

ふと声が聞こえた方に顔を向けると梨乃が恥ずかしそうに立っていた。

夕陽を背に立つ梨乃の姿はとても綺麗で、とても艶めかしく見えた。


「あ、あぁ……」

あまりの綺麗さに思わず少しうわずった声で返事をしてしまう。


「ありがとう、ございます」

梨乃が嬉しそうに腰を下ろす。


「あっ……気持ちいい……ですね。はふぅ~」

少し恥ずかしげな表情で笑顔を向けてくる。

普段とは違うシチュエーションにどうしても緊張する。


「そう、だな……」

どこからか聞こえるお湯の流れる音。鳥の綺麗な鳴き声。

そして時々聞こえてくる梨乃の吐息、そのすべてがここには二人しかいないみたいに錯覚させる。


「あ、あの……和真君。な、なにかお話……しませんか?」


「えっあ、あぁそうだな……。えっと……」

あれ? 俺普段梨乃とどんな事話してたんだっけ?

いつもなら会話に困ることないのに……。


「和真君……? どうかしたんですか?」

心配そうな表情でじっと俺の顔を見つめてくる。

この独特な雰囲気のせいでいつも以上に意識してしまう。


「いや、そのなんだ。いざ話そうと思うと普段どんな話してたか思い出せなくて……」

正直かなり恥ずかしい。

でも本当の事を言うともっと恥ずかしいからそれには触れないでおこう。


「そう、なんですね。えっと……わ、私も同じ、です。えへへ……」

その表情は恥ずかしげで、でもとても幸せそうな表情だった。


「なんだかその一緒にお風呂に入ってるって、思うと凄く……恥ずかしくて、き、緊張……しますね」

梨乃が顔を真っ赤にしながら顔をお湯に少し沈める。


「そう……だな。混浴なんて初めてだし……。梨乃も混浴は初めて?」


「はぃ……。初めてです……。でも、混浴も……悪くない、ですね」


「えとその、こ、こうやって和真君とくっつける……ので……」

そう言って梨乃が恐る恐る近づいてきて、互いの肩と肩が触れあう。

その肩は遠くで見ていたときは気付かなかったが、色白で凄く綺麗で……まるで赤ん坊の肌の様に滑らかだ。


「梨乃……」

ゆっくりと目を閉じて唇を軽く突き出す。


「あっ、和真君……」

お湯がなびく音と同時に唇に息が掛かる。

いつもと変わらないはずなのに、梨乃が裸に近い格好で目の前にいると思うと心臓がいつもより大きく、そして早鐘の様に鳴り響いている。

はやる気持ちを気持ちを抑えながらゆっくりと梨乃へ近づいて、


「んっ……」

二つの唇が触れあい、ゆっくりと離れていく。

互いの唇と唇が軽く触れあうだけの短いキス。

今まで何度もキスはしてきたし、もっと長い間唇を合わせたことはあった。

だけどそれでも、この瞬間はいつも以上に梨乃の事が愛おしいと感じた。


「な、なんか恥ずかしいな。はは……」

顔が赤くなっていくのを隠すように顔を逸らす。

きっと横顔からでも分かるぐらい赤くなっているだろうが、夕陽で染まっているから大丈夫だろう。


「そ、そうですね……」

「で、でもいつもより幸せに……感じました…………って、わ、わたしなに言ってるんだろう……あぅ……」

それからお互いに何も言えずに無言になる。

だけどそれだけ幸せを感じた。


前話同様、書きためた物の投稿となります。


次話からは1年前に執筆した物になりますので、文書ががらりと変わります……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ