第15話 トランプとシュウマイ事件
---- 5月8日 ----
「うぅ~……」
梨乃が涙目で俺を見てくる。
俺の目の前には2枚のカード、そして俺の右には美味しそうなシュウマイ、俺はまだ死にたくない……だけど梨乃を見殺しにするのか? 俺は一体どうすれば……。
遡る事40分――
「ねぇ、皆でババ抜きしない?」
旅館に向かう電車の中で唐突に美冬がトランプを取り出してそう提案をする。
「ババ抜きか、そういえば最近やってないな」
「でしょ? どうせ皆暇だからどうかなって思ったんだけど……」
「俺は賛成だ」
「はい、いいですよ」
俺と梨乃が同時に答える。
「俺もいいぜ」
「さんせ~い」
その後に続いて健吾、智子が答える。
二人とも退屈していたのかその声は少し楽しそうだ。
「洋介くんは?」
「さすがに席が離れてるし遠慮しておこう。それにちょっと調べ物をしているからね」
パソコンに向けていた視線をこちらに向け、洋介が口早に答えた後すぐに視線を戻す。
たぶん記事でも書いているんだろうが、そんなの面白いんだろうか?
「そっか、じゃあ私、カズくん、梨乃ちゃん、健吾くん、智子ね」
「だな。う~んでも普通にやるのは面白くないよなぁ~」
わざとらしく美冬に振ってみる。
それだけで俺が何を言いたいのか分かったのか、小さく頷き、
「じゃあビリの人に罰ゲームっていうのは?」
俺の希望通りの提案をしてくれた。
梨乃が気がついたら嫉妬しそうだが、その心配はなさそうだ。
「まぁ妥当な所か、内容はどうする?」
「そうねぇ……」
美冬が頬に人差し指を当てて考え始める。
「だったらこれを負けた人が食べるっていうのはどうだ?」
後ろの席にいる親父が駅弁を手渡してきた。
「シュウマイ?」
それはどこから見ても美味しそうなシュウマイだった。
「蓋を見てみろ」
親父が意地悪な笑みを浮かべる。
「蓋?」
言われた通りに蓋を見るとそこには『ロシアンシュウマイ弁当』と書いてあった。
な、名前で容易に想像出来る。
箱の表にはご丁寧に注意点が書いてあった。
『シュウマイの中身については肉1割辛味9割』
恐る恐る弁当箱裏にある原材料を確認すると
『タバスコ・ハバネロ・ハラペーニョ……etc』
普段テレビやスーパーでよく聞く香辛料の他に聞いたこともない物がざっと6種類。
「もうこれシュウマイじゃないだろ……」
まぁ複数あってどれか選んで食べるぐらいの罰ゲームならいいのだが、中身は1個のみ、つまり……。
「もしかしてこれ、当たり?」
「あぁ、母さんに食べさせたんだが、見事に当たりだけ残してな……」
まじか……。母さんにそんな強運が……って、
「母さんにそんな物食べさせるなよ!」
「ふふ。いいのよ、和真。お父さんには帰ったら……ふふ」
なんだろう? この悪寒は……。俺の事じゃ無いのにヒシヒシと怖さが伝わってくる。
「か、母さん、いつもの冗談……だよな?」
「ふふ、どうですかね?」
向こうはなんか修羅場になりそうだから放っておこう。
「で、罰ゲームが決まった訳だが、いいか」
俺の質問で全員が静かに頷く。
「じゃあはじめるか!」
その後は淡々とゲームは進み、美冬、健吾、智子の順で上がって行った。
そして残ったのが俺と梨乃という訳だ。
梨乃の手札は2枚で俺は1枚、つまり梨乃がジョーカーを持っているのだが……。
「こっちかな……」
俺から見て右のカードに手を持っていくと――
「あっ……♪」
それはもう、満面の笑みを浮かべる。
そして逆に左のカードに手を持っていくと――
「うぅっ……」
今にも泣き出しそうな顔をされる。
もう十中八九右がジョーカーで決まりなのだが、梨乃泣きそうな顔見るとどうしても自分の上がりカードを引くのを躊躇う。俺だってこんなシュウマイ食べたくないわけで……。
さっきからずっとこの葛藤だ。
「もう、カズくん、早く選んだら?」
「いや、そう言われてもな……こっちは命が掛かってるんだぞ?」
「命ってそんな大げさな……」
「唐辛子とタバスコとハバネロとからしがふんだんに使われたシュウマイだぞ!?」
あんなの想像しただけで辛さで転げ回りそうだ。
「だ、大丈夫だよ。オリーブオイルが入ってるから多少マイルドに……」
「いや、ならないから……」
「あはは、でもこのまま終わる訳には行かないでしょ?」
「そうなんだが……」
本当はやめたい所だが、美冬は勝負事になると止まらない所もあるし……仕方ない。
出来れば梨乃を助けてやりたいが、今回ばかりは……!
「はぁ~……梨乃!」
「ひゃぃ!? な、なんですか……?」
突然の大声に驚いたのか、一瞬肩をすくめる梨乃。
「引くぞ! ……梨乃、ごめん!」
梨乃の左手にあるカードを引く。そのカードには――
左上にJokerの文字、そして絵柄は道化師……え……?
「は……? ジョ、ジョーカーっ!?」
ば、馬鹿な!? 俺は確かに左を引いたはずだ!
ま、まさか梨乃が俺を騙したというのか……!
「ご、ごめんなさい! 和真くん……。えとその……」
梨乃が戸惑う様に何度もこちらを見つめる。正直可愛い……けど。
「くっ……まさか梨乃に騙される日がくるとは……!」
まさか梨乃があんな手を使ってくるなんて思いもしなかった。
「騙されるってカズくんが勝手に勘違いしただけじゃ……」
事実だけに否定出来ないよな……。
「あ、あの、ご、ごめんなさい……」
梨乃が本当に申し訳なさそうに謝る。
「ん? なんで謝るんだ」
「だ、だってわたし和真くんを騙して……」
「あのなぁ……心理ゲームなんだから相手を騙すなんて普通だろ? まぁ、確かに梨乃がこんな事するなんて予想外だったけど。まぁいいや、まだ望みはある! はぁっ!」
高速で2枚のトランプをシャッフルする。といっても何度も入れ替えるだけなんだが……。
「さぁ! 梨乃! 好きなのを選べ!」
「は、はい……」
梨乃が迷わずハートの5を引き抜こうとする。
やばっ……!
ひょい――
梨乃に引き抜かれる寸前で手元をずらす。
「和真くん……?」
梨乃が少し怒った表情で見てくる。
「っと悪い、ちょっと手元が狂って……」
バレないようにカードの入れ替え――
「カズくん、なにカード入れ替えようとしてるのかな?」
……美冬、お前は邪気眼の持ち主なのか……?
「ハハ、ソンナコトスルワケナイダロ?」
「和真、カタコトになってるぞ」
「わぁ~、和真くんずるいんだ~」
健吾と智子が立て続けに非難する。
「すみません…………」
おとなしくカードを戻す。
というかこの時点で俺の負け確定なわけで……。
「えと、じゃあえいっ!」
梨乃が勢いよく引いていったのハートの5、つまり――
「あ、あがりです!」
梨乃が本当に嬉しそうに、そしてそこに見え隠れするのは安堵、よっぽど食べたくなかったんだろうな……。
「くっ……なぁ、梨乃? その……もしよかったら半分食べないか……?」
この質問で返ってくる返事は大体想像が付く、後はうまく罰ゲームをなかったことにするだけだ。
「ええっ!? えとその、わたしそれ食べたら多分死んじゃいます……」
「あー、だろうなぁ……。という事で、これはあまりに危険すぎるからやめておこう」
「カズくん? 罰ゲームなんだから逃げたら駄目だよ?」
「そうだよぉ~。それに和真くんが罰ゲームやろうって言ったんじゃなかったっけ?」
「くっ……!」
作戦失敗、どうやら逃げれないらしい。
「け、健吾!」
「まぁ、その……なんだ、線香ぐらいはあげてやるわ」
助けるどころか殺されてる!?
「り、梨乃……」
最後の望みは梨乃だけ……!
「え、えっと、自販機でお、お水買ってきますね!」
席を立ち、小走りで別の車両に走って行く……っておぉおおおいっ!?
「ま、待ってくれ! お、俺を見捨てないでくれ! それに電車の中に自販機はないぞ! り、梨乃ぉおおおおおおおっ!」
俺の悲痛の声は梨乃には届かなかった……というより完全無視だよな……。
「ほらカズくん、あーん――」
なぜか美冬がシュウマイを差し出してくる。
「美冬、これはどういう意味だ?」
「だってこのままカズくん逃げそうだし」
くっ……そっちがその気なら!
「おぉおと手が滑――」
「らないように持っててあげるね」
俺の高速ビンタが華麗に掴まれる。
今美冬は両手が塞がってる、なら!
「左手も滑ーー……んうっ!?」
俺が左手を動かすと同時に口の中に物体が吸い込まれる。
「……………………」
「カ、カズくん……?」
「か、辛れぇええええええっ!? げほっ、ごほっ! 」
な、なんだこれ!? 口の中で爆竹のように辛さが弾ける。
「げほっ! げほっ! み、水……!」
「は、はい」
差し出された水をひったくる様に奪い、喉へ一気に流し込む。
「っ…………!? けほっ! ごほっ! の、喉がぁああああ!?」
水を飲み込んだ瞬間喉に激痛が走る。
「の、喉が焼けるよう……に……!」
なん……だよこれっ!? 絶対人が食べるものじゃないだろ……!
「うっ……あぁ…………」
もう、声を発するのも億劫なぐらい、口内が刺激で溢れかえる。
「カ、カズくん? だ、大丈夫……?」
「うわぁ……さすがにこれは予想外だな……」
「か、和真くん相当辛そうだよぉ……」
さすがにやりすぎたと感じたのか皆が心配そうに見つめてくる。
…………あぁ、だんだん意識が…………遠……のいて……シュウマイ…………恐るべし……。
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――――――――
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シュウマイ事件(勝手に命名)で気絶し、気が付くと俺は旅館の一室で眠っていた。なんて都合のいい展開があるわけもなく――
「まだ口の中がヒリヒリするぞ……」
数十分ほど気絶した後普通に目が覚め、それから数時間ひたすら口の中の刺激と格闘しながら辿り着いたのは群馬県にある茂林寺前駅…………ではなく、どこかわからない田舎駅だ。
てっきり群馬だから野鳥の森林ガーデンに行くのかと思った。
時期的にも芝桜が咲いてるし。
「だ、大丈夫ですか?」
梨乃が今にも泣き出しそうな顔で覗き込む。
どうやら自分が逃げ出したことに罪悪感を感じているらしい。
「なんとかな。にしてもよくあんなの作る気になったと思うよ」
正直あれはいわゆる罰ゲーム用って感じだ。
そんな弁当がなぜ駅で売られていたのか疑問に思うが、たぶん電車内の暇つぶし程度にしか考えてないんだろうな……。
「そうだねぇ~、たぶん私があれ食べたら死んじゃうよ~」
「さすがに私もあれは……」
「遠慮しておく……」
「お前ら人に無理矢理食わせたくせになんだよ!」
「それは~、ほら罰ゲームだから……ね?」
「だねぇ~」
「だなぁ~」
こいつら揃いも揃って……。
「はぁあ……まぁいいや。で、親父ここからどうするんだ?」
「ここからバスで40分っていったところだ。山奥とまではいかないがそれなりに自然が豊かなところだからな」
「結構掛かるんだな。で、洋介はさっきからずっと何をしてるんだ?」
電車の中からずっと最近……といっても最新機種が最近出ただけなんだが、lpad2というのをずっと操作している
「ん? あぁ、これかい? 今回の旅をちょっと記録しておいて特集記事として出そうと思ってね」
「学園新聞なのにそういうのはいいのか?」
「あぁ、学園新聞だから学園の中だけ、だと面白みがないだろ? だからこうして外での記録を取るのさ」
「なるほどね」
そういえばよく関係ない記事が載ってたな。商店街の福引イベントとか猫の里親探しの記事とかがあったな。
そう考えるとそういう欄があった方が新聞的には面白いかもしれない。
「今回の新聞は期待してもらえればいいよ」
「わかった。この旅行でどんな記事を書くか楽しみにしておこう」
それから数十分ほど待ち、バスに乗り結構な歴史を感じさせる旅館に着いた。
本当にこんな古びた……なんて言ったら悪いか、歴史ある旅館にプールがあるのか疑問に思うがまぁいいか。
軽く旅館の人と挨拶を交わした後部屋に案内されたのだが……。
「母さん、美冬ちゃん、智子ちゃんはそっちの楠の部屋、僕と洋介くんと健吾くんは松の部屋だ。じゃあな」
そう言って部屋に入っていこうとする親父……って、
「待て待て親父! 俺と梨乃はどこ行けばいいんだよ!」
「おぉっとそうだった。和真と梨乃ちゃんは二つ隣にある楓の部屋だ」
「なんで俺と梨乃が一緒なんだ? 後なぜ二つ隣……?」
「そりゃあ2人とも恋人同士だし、夜中に喘ぎ声とか聞こえたら嫌だろ? そういうことだ」
「なっ……!? なに言ってるんだクソ親父! こんなところでするわけないだろ!?」
「『こんなところで』か、つまり既に経験済みっと」
「…………」
くっ……完全に墓穴掘ったぞ……。
「あらあら、避妊はちゃんとしないとだめよ? 後で後悔しても遅いんだから」
母さんが正論をいう。だが正直ここでの正論は欲しくないんだが。
「「…………」」
それを聞いていた美冬たちが顔を少し赤くする。まぁ梨乃はいうまでもなく真っ赤だが。
「ええっと……カ、カズくん? こ、恋人同士だし良いとは思うんだけど……ね? なんていうか……その、こういう所じゃやらないでね? その、き、気持ちは分かるんだけど……やっぱりモラルっていうのがあると思うの……だから――」
「だぁっ~! ストップ! 美冬落ち着け!」
顔を赤くしながらまくし立てる美冬の言葉を止める。
「俺はそんな事一言も言ってないからっ!」
「え……? でもカズくんだし……」
「信用ないなおいっ!?」
「あっ……ぁぅ~……お、お部屋で……っ」
「梨乃もいちいち想像しない!」
「うぅ……で、でも和真くんが望むならわたし……っ!」
「うわぁ~梨乃ちゃん大胆だね~」
「ちょっと意外だな」
「きっと和真君の毒牙にやられて……」
「まぁその『やられて』の『や』はカタカナだろうね」
「お前ら何言いたい放題言ってるんだ!?」
「はは、和真、そんなの皆にも聞かなくても分かるだろ? むしろそれが分からない男に育てた覚えはない!」
「育てられた覚えこそねーよ!?」
くっそ、皆して適当な事ばっかり面白半分で言いやがって……。それからしばらくしてこの話題に飽きたのか親父が急に話を戻し、とりあえずそれぞれの部屋に荷物を置く事になった。
「はぁぁ……」
荷物をおいた後、一面和室部屋の空いている場所に大の字で寝転がる。
正直畳のいい匂いでそのまま寝そうになる。
「和真くん、大丈夫ですか?」
そんな俺を梨乃が隣に軽く足を伸ばした上体で自分の膝を軽く叩く。
「まぁ正直旅の疲れもあるけど、シュウマイがきつかったかもな……」
そのまま首を上げて梨乃の太ももに頭を乗せる。いわゆる膝枕という奴だ。
やるまではなんとも思わなかったが実際やってみるとこれがクセになったりする。なんていうか人の温かさと柔らかさがなんとも言えない気持ち良さを醸し出している。
「あぅ……ごめんなさい」
「いや、だから良いって。それに梨乃が負けても俺が食べたと思うぞ? だから結果は変わらなかった、気にする事はないさ」
「はい……」
「ふぅ……」
空けた窓から春風と一緒に花の甘い香りが運び込まれ鼻腔をくすぐる。
「いい感じに風が入ってきて気持ちがいいな……。このまま寝ちゃいそうだ」
「ふふ、いいですよ? このまま寝ちゃっても」
梨乃にそっと頭を撫でられるが正直ちょっと恥ずかしい。
「いや、さすがにそれは悪いだろ。俺このまま寝たらたぶん夕飯まで起きないぞ? そんなの梨乃がきついだろ?」
「大丈夫ですよ。別に正座してるわけじゃないので。それにこうしてると幸せな気持ちになります」
「そっか」
「はい♪」
そんな梨乃の幸せそうな顔を見ているとだんだん瞼が重くなり――
「あぁ、ごめん……少し……寝る……」
「はい、おやすみなさい。和真くん」
「あぁ……」
そのまま梨乃の膝の上でまどろみに落ちていった。
3年ぶり? の投稿です。
といっても、3年前に書きためていた物ではありますが……。
当時の文章なので、色々酷いかと思いますが、楽しんで頂けたのであれば幸いです。
次話につきましては、本日中に上げようと思ってますので、宜しくお願いします