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キバラナ  作者: 地藤零一
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第二話ノ4

 立駒基地の保守管理主任は宗像俊郎といって、その昔軍人だったとは思えないほど線の細い兄ちゃんである。

「言い訳になるけど、この設備も老朽化が激しくてね。二年で交換する部品を十年も使ってちゃカルガモが爆撃機に見えることだってあるくらいだ」

 無精ひげを生やし、アロハシャツという格好で、アイスコーヒーを置きながら申し訳なさそうに言った。

 場所は基地管制塔。三百六十度ガラス張りの部屋。

 よく冷えたアイスコーヒーをご馳走になったキバリーは「くぅ~」と息を吐き、有馬はきょとんとした顔。

「え? 何の話?」

「昨日の事だよ。有馬の父さんにこっぴどく怒られた」

 いきなりなんだと思ったら、昨日の嵐をもっと事前に予測できなかった事を言っているようだ。

「しょうがないよ。ボロいんだから。それより今日は何してた?」

「いつも通り。設備の保守点検と空模様の見張り。あとは軍事ネットワークのハッキングとかね」

 こうゆう趣味を公言してはばからないのは如何なものか。

「ネットワークなんて生きてるの?」

「一部は。ここが放棄されてから機能は封印されてるんだけど、ハードウェアをちょこっといじれば覗けるものはいくつかある。物理的ネットワークを一新できるほど、この国も回復しちゃいない」

 ククク、と気持ち悪い笑み。彼を左遷した軍は正しい判断をしたと思う。

「椅子ばっか綺麗にする仕事で肩こらないの?」

「はは! ひどいね。こう見えて天職だと思ってるのに」

 窓際からエプロンを見下ろした。たくさんボタンのついたコンソールをキラキラした目で見つめるキバリーを「やめろ」と引っ張りつつ、有馬は、

「今年の流星祭り、ここでできないかな?」

「……は?」

「もしもだよ。もしもの話。ここでお祭りやるとしたら何か問題あるかな?」

「問題というか何というか、突拍子も無いね」少し考えるようにうつむき「今まで何も問題なかった事を、あえて変える意味があるのかい?」

「ある!」

 問題あるとかないとか、そういう事じゃない。

「お祭りを派手にするんだ。露店や神輿だけじゃない、何度見ても飽きないようなエンターテイメントにする! だってそのほうが楽しいから!」

「……それは、」

 面食らったようにして、俊郎は何かを言いかけ、

「──夢のような話だね」

「でしょ? でしょ?」

「実現すればとても面白いよ」

「実現させるためにどうすればいいか考えてるんだよ」

 おかしそうに俊郎は笑って、そうだなぁと切り出した。

「まず問題があるなら電力だ。大規模な祭りなら相応の電気を使う。電源車がいる。燃油が桁外れに高いから発動機は規制されてるし、バッテリーじゃ持たないだろう?」

「この基地で使ってる電力は?」

「今はレーダーと照明くらいだ。特定受電施設といってもフルに使える容量はこの町に無いよ」

「発電機は?」

「それは大量にある。けど全部ガソリン式」

 なら問題はクリアできる。

 こっちにはジョーカーがあるのだから。

「電力が十分なら?」

「……お役所の許可。でも、場所が場所だし、わりとすんなり通るんじゃないか? わからないけど」

 なら、勝ったも同然じゃないか。

 人の良い俊郎だから子供の言う事に付き合ってくれているのだろうけど、それを差し引いても、彼の口調は弾んでいるように聞こえた。

「じゃあさ、もしさ、その問題が全部解決したら、トシさんは協力してくれる?」

 考えるような間は、無かった。

「そんな面白いことに、僕を外す気ならさみしいな」

 子供の戯言に付き合ってくれる大人が有馬は大好きだった。

「約束だから! 絶対だからね!」

「ああ。男と男のの約束さ」

 親指を立てて、ウィンクまでして応えてくれた。見た目優男っぽいのに、こういう動作が気障ったらしくならないのは実に人徳の為すところだ。

「ところで、連れの子はどうしたんだい?」

「あ! キバリー!?」

 また勝手にいなくなってる!

「ごめん! すぐ探してくるからっ」

「珍しいものが多いから見学したくなったんだろう。好きに回ってきていいよ」

「うんごめん! それじゃ!」


 有馬が階下に消えていく。

 一人になった管制室で俊郎はコーヒーをすすった。

「享さんの話、御伽話じゃなかったかな」



 一般開放されている区画でも基地の中は広大で、有馬はあちこち捜し回った。

 立入禁止のテープが張られている場所まで行ったら、さすがに引き返すしかなかった。広すぎて、とても全部は捜しきれない。庭に出て、射撃場を覗いて、迎撃機の展示されている格納庫でやっと見つける。

「おおう! アリマーこっちこっち!」

「勝手に離れるなよ!」

「なぁなぁそれより見ろよこれー」

 手をいっぱいに広げて迎撃機を見ていた。

 後期型の大きなやつだ。超大馬力の複合エンジンで、ロケットのようにすっ飛んでいく。機動性と揚力を着陸時にしか必要としない。小さな主翼と大きな可変式尾翼と、細長い胴体が特徴的なコメットファイター。

「すっげーよな。こんなので隕石ぼっこぼっこ堕としてたんだぜ」

「キバリーも、これに堕とされたのかもね」

「オレっちなら跳ね返すけどな!」

 張り合ってる。

 確か、これは宇宙空間まで出られる機体だ。ハイローミックス全盛の時代に生まれた鬼子で、爆装しても離陸時に10G級の加速がかかる。これを扱えるパイロットは基地に一人いれば良いと言われるくらい操縦者の負担が大きく、「殺人機」や「打ち上げ花火」なんて呼ばれた。成層圏を越え、トリガーを引いてそのまま戻ってこなかったパイロットがごまんといたのだ。

「アリマー、こいつもう飛べないの?」

「ああ、うん。エンジン外されちゃってるし」

「なしてー」

「隕石襲来期の最後の方は国の生産力もカラカラだったから。稼動できる基地になるべく多く機材集めて、使えるとこ継ぎはぎして修理してたんだって。その犠牲になったんだよ。エンジンだけはすごい貴重だったみたいだから」

「はーニコイチってやつか」

 うむむと唸り、探偵のように顎に手を当て、

「じゃあコイツ飛ばしてお祭り騒ぎにすんのは、ムリかぁ」

 恐ろしいことを言う。

 有馬は驚いた。ちゃんと考えててくれたんだ。

 無性に嬉しくなってその線も考えてみることにした。

「できるんじゃないかな。これは無理だけど、ほかのはロートルファイター多いし、エンジンあるやつだって残ってると思うから」

「燃料は? ふつーのと違うんじゃねーの?」

「ジェット燃料って灯油のガソリン割りみたいなもんだって聞いたけど」

 エンジンが元気ならスーパーカブも松の油で動くって言うし、ようは爆発燃焼すればいい。

「なんかそれ恐えーなぁ。ちゃんと調べてから考えようぜ」

 有馬はぐっと息を飲んで赤面した。なんだよ、キバリーらしくない。こんなときだけしっかりするなんて。

「それに、パイロットどうすんの?」

 忘れてた。

 今、飛行機に乗れる人間なんてほとんどいないのだ。内燃機関と燃油の使用が厳しく制限されてからは、航空機の需要なんてほとんど無くなり、あらゆる民間航空便は空飛ぶ化石となってしまった。立駒になら探せば元パイロットの一人や二人くらいいるかも知れないけれど、一体それにどうやって協力してもらおうと言うのだ。

 それを頼むということは、キバリーの正体を明かすということだ。



 そのあとも基地を見学しながら、思いついた端から二人で案を出し合った。ああなるからダメだ。それだとタイクツだ。いいかもしれないけど、現実的じゃない。難しい障害ばかり。気の向くまま、風の向くまま。

 外に出て、滑走路の外周を歩いているとき、キバリーはこんなことを言った。

「ばーか、そんなことしたら嫌われるぜ」

 他愛ない会話のひとつ。有馬のばかな提案に。

 自分は馬鹿らしいくらい非常識な生き物なのに、鋭いところを突いてくるのだ。外見が人間になって表情がついたからそう見えるだけかもしれないが、まるで最初からそうだったようにキバリーは人間のような振る舞いに馴染んでいる。

「キバリーはどんなことが好きなんだよ?」

 小石を拾って脇に投げた。キバリーは滑走路に生えた雑草を引っこ抜こうとしながら、

「やっぱ、あれ、バトルがなくちゃな!」

 すっぽ抜けて引っくり返った。

「──男同士の戦いとか、駆け引きとか、一騎打ちとかいいよな。目と目で話してる感じとか!」

「それは漫画だよ」

「マンガじゃねー! 他のどんなことも忘れて戦いだけに集中する……あちーよ。燃えるよ。これで燃えなきゃヒトじゃねー!」

「戦いねぇ……」

 真剣に考えてみた。高度な駆け引きを要求する催し物といったら相場はスポーツだが、何もわざわざ流星祭りでやらなきゃいけないことでもない。

 滑走路の末端標識が見える。今にもつぶれて消えそうな19Rの数字。その先にある割れた誘導灯。吸い込まれそうなほど開けた視界一面に映る群青の海。

「なあアリマー、あの小屋は?」

 キバリーが指を差したのは、外周側の切り株地帯だ。

 その場所に寄りそうように倉庫がひとつ建っていた。赤錆が浮きまくってるはトタンがひび割れているは、そのくせ何度も修繕された跡がある年輪の分かりやすい小屋。

「電源室かな……にしてはボロすぎるけど」

「行ってみよーぜー」

 薪用の倉庫かな。と思いながらついていった。近付いて見ると、意外に頑丈な作りをした建物であるのが分かる。

 正面扉は両開きの大きなもので、有馬の家の倉庫より広い。奥行きがけっこうある。そのくせ作業場みたいな空気があるのは埃と土の匂いのせいだ。お馴染みの封印テープで扉にでっかいバッテンを貼られていた。

 なぜかにやにやしながら、キバリーは倉庫を見上げ、

「こういうとこに侵入するのって、燃えるよな」

 ええーだめだよ。とか言う有馬もやっぱりニヤけている。

 基地のいたるところにこういった立入禁止の建物はあった。肝心なのは入っちゃ駄目な場所に入るその行為であり、冒険心である。キバリーは分かってるな、と有馬はしきりに感心していた。

 建物の周りを回って、入れる場所がないか探した。

 そしてがっちり、ひとつも無かった。鼠一匹通れない。正面扉にはかんぬきが填められていて、それも鎖で止められている。側面にあった通用口も三つのナンバー錠で閉じられていた。

「ナンコーフラクだな」

「無理だね」

「こういう建物ってガラスとか割って入れるんだけどな」

 何か妙にわかってるような言い方は気にしないことにする。有馬も足のつくような侵入法は取りたくない。

「よし。かくなるうえは、力ずくでこじ開けるか」

「えー!」

 おもむろにナンバー錠を掴むと、紋が手の上に走った。

 ぶちっと、錠前が飴細工みたいにひしゃげて、あっさり引っこ抜かれる。

「力ずくじゃん!」

「そう言ったが」

 残り二つの錠前もぶちぶちもぎ取られてしまう。ああ、もうばれる絶対ばれる。

「あいたあいた。入ろーぜぃ」

「引っ張るな! あーまったくもう!」

 つんとくる木屑の匂い。入ってすぐ正面の壁際には、びっしりと薪が積まれていた。奥に土木機械が並んでいる。思ったとおりただの倉庫だ。

「期待して損したね」「っかしいなー」

 頭をかくキバリー。何がおかしいのだろう。

「ほら、斧とかノコギリとかあるし、ただの倉庫だよ。ここ」

「ただの倉庫にしちゃー変だろ。扉でかいし」

「使われなくなったから物置になったとか」

「いーや怪しい。オレっちのセンサーがビンビン反応するんよ。ここにお宝があるって」

 言われてみると、確かにおかしいところもある。

 ただの倉庫にしては厳重すぎる。関係者以外入ってはいけない理由が見当たらない。こんなに戸締りがしっかりしてると薪をいちいち運び出すのだって一苦労すると思った。

 キバリーは四つん這いになって、床をくんくん嗅ぎ始めた。いきなり「見えた!」と目を見開いて、薪の束を引っ張る。

 下の方から。

 やることが突飛すぎてついけなかった。

 大量に積まれていたものを下から引っこ抜いたらどうなる。もちろん崩落が起こる。ワイヤーでまとめられていた薪束のひとつひとつが、均衡を失い崩れ落れ始めた。その下にはキバリーがいて、有馬は指一本動かせず、声も上げられず立ち尽くしていて、

「…………キバリー?」

 我に返る。

 目の前に降り積もった薪山を見て、ぞっとする。

「キバリー! ちょ、死んだ!?」

 やー生きてますよーとくぐもった声。

「おどかすなよ! 死ぬほどビビったじゃん!」

 慌てるなおちつけ。オレっち様がこんなことで死ぬわけない。きっと何かの間違いだ。ああそれにしても暗い。ねむい。

「キバリー!? おおい!」

 薪山に手をかけた瞬間、ずぼっと首が飛び出してきた。驚きすぎて引っくり返った。

「キャハハハハハ! はらいてー!」

「…………先帰ってるから」

「ごめんごめんそんな怒るなよぅ。あれ? 抜けねこれ」

「それじゃ」

「まって、まってくださいアリマ。ほら、キバリーちゃんぴーんち。助けほしいな」

「トシさん呼んこよ。この人が全部やりましたって」

「アリマさーん? これ踏ん張れないんだって……まじでうわっ、やばっ、うわわわわわっ!」

 アリジコクに引きずり込まれた蟻のように、キバリーの首が沈んでいく。破壊の音をともなって薪山が内に崩れ始め、倉庫から出かかっていた有馬もぎょっとして引き返した。

 薪山にカルデラみたいな穴ができていた。身を乗り出して覗いてみる。

「おーいキバリー? 今度は死んだ?」

「死んでたまるかっつーの!」

 下に空間がある。

 床が抜けたのだ。

 有馬は急いで薪をよけにかかった。「おーい助けてくれー。暗くてなんも見えねえよー」とぼやきが聞こえたが無視。近くにあったスコップを使ってざくざく薪を散らしていく。

 一面をよけると、やはり床に穴が空いていた。薪の積まれていた箇所だけが脆い板張りだったようだ。けど、なんで下に空間なんか──

「キバリー、そっち足場大丈夫?」

「わかんねーけど、石で出来てるっぽい」

「暗視モードとかないの?」

「マンガの見すぎだ」

 キバリーに言われたくなかった……。

 ともかく下に降りてみよう。腰に常備していたペンライトを外し(冒険者たるもの明かりは必需品)下を照らしてみた。散らばった薪と床とにしゃがみ込んでいるキバリー。深さは4メートルくらい。壁際に梯子が添え付けられていた。とすると、出入口に蓋がされ、その上に薪が載せられていて、キバリーが崩したせいで蓋が割れて落っこちたのだ。

 無闇にわくわくしてくる。残骸をよけ、有馬はするする下に降りていく。

「キバリー、大丈夫?」

「……あちこちぶつけて身体中いた……い……痛くないっ!」

 肩をいからせ立ち上がった。

 周りを見てみる。思ったより広い空間。若干建物より幅があるようで、奥の方を照らしてみても光が届かない。ペンライトを回して、明るさを広角にした。途端に、巨大な白い物体が浮かび上がった。

「なんだこれ!」

 地下空間の幅いっぱいを使って、灰色のシートを被せられた何かの構造物がある。

 それもひとつじゃない。奥のほうにも薄らぼんやりと同じものが二つ。どれも横幅のある、ずんぐりした影。

 キバリーは、勝ち誇ったように胸を張った。

「ほら、お宝あったじゃん」

 床に接地しているのは車輪のようだ。前に二つ、後ろに一つ。三点で接地。有馬はこの形に見覚えがあった。

 ライトを口に咥え、シートを引っぺがしにかかる。

 前部に四枚プロペラ。両側にまっすぐ突き出た主翼。

 レシプロ戦闘機だった。

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